第101話 表裏

 ぞろぞろと職員の群れが出口の階段へ殺到する。樽井は顔を伏せながらその群れの中に紛れ込み、階段の中段辺りで身を潜めた。

 最後に目と鼻の先を沢渡が駆け抜けていった時は冷や汗が出た。だが流石にこの群れの中に違和感を覚えることはなかったらしい。沢渡は立ち止まる彦根に目もくれずに走り去っていった。

 軍隊のように意識の高い行進をするわけでもない。職員たちは各々、談笑しながら行動する。日本の科学力の粋を結集したこの施設には団結力などはない。ここは社会不適合者の天才が天才ゆえに集められた掃き溜めでもあるのだ。

 システム管理室から飛び出していった職員の群れがまばらになった折、沢渡は飄々とした表情で中に戻った。

 沢渡から指示を受けたA班は男女五人足らず。眼鏡を掛けたポニーテールの女史が眠そうな目を擦りながら、高画質の大画面を見つめていた。

 樽井がその肩を叩くと、耳元でクラッカーを鳴らされたかのように驚いた。


「すまん、驚かせてしまったね」


「い、いえ。どうされたんですか」


 女史は眼鏡を上げながら答えた。


「みんな聞いてくれ。実はここにいるA班は私のD班に交代命令が出されたんだ」


「そんな話は聞いていてないですけど」


「沢渡さんからの命令だ」


「こんな早くに配置転換ですか」


「まぁよく分からないが、状況が変わったのだろう」


 するとA班の職員は思いのほか素直に言うことを聞いた。


「そうですか」


「君たちは一階に呼ばれている。そこで次なる指示を貰ってくれ」


 エレベーターがここから一階に降りるには一分はかかる。これが嘘であることが発覚するまでは数分。システムを壊すには充分な時間である。

 樽井は説明しながらもシステムの重要ヵ所を目視で確認していった。


「では後はお願いします」


「ああ、君たちも急ぎたまえ」


 A班がシステム管理室から全員出て行ったのを確認すると、すぐに作業に取り掛かった。椅子に座った樽井が施設の電力供給画面を目にすると、意外にもここのシステムは簡単だった。

 ここの電力システムはあの画面に映る巨大な塔に集中している。そのため全ての電力をあの塔に供給する方法があった。ガラスによって保護されていた赤いボタン、それがこの施設の電力を全て注ぎ込むためのトリガーのようだった。

 だがそれを押しただけでは本当にあの巨大な塔を動かしかねない。危険を冒さないためには、まずは少しでも多くの電力を混線させる下準備が必要なのだ。

 電気回路をぐちゃぐちゃにいじり倒し、うまく電力が供給されないようなストラクチャーを構築した状態で電力を一気に集めようとすれば、熱が高まり、この施設の電力システムはパンクする。

 それが手動で出来てきてしまうのが、セキュリティAIに頼っていないこの施設だ。

 分かりやすく言うと、エアコンとドライヤーとこたつをいっぺんに使ってブレーカー落とすことと同じである。

 準備を整えた樽井は拳を振りかぶり、電力供給スイッチを押し込んだ。

 ほんの数秒後、ついに施設の電力がパンクし、明かりが消えた。

 よし、小さくガッツポーズをした樽井は肩をなで下ろした。画面も暗くなり、非常用電源の淡い光だけが安堵する彦根を照らした。

 だが次の瞬間、全身から力が抜けた。その場に膝をつき、視界は地面と水平になった。足元の非常用電源が眩く彦根の目を照らし、微かに動くまぶたをしばたかせつつ、目にした革靴。髪の毛を引っ張られて、見つめた先には睨みつける沢渡がいた。


「やってくれたな、樽井」


 樽井は失望の淵でその運命を嘲笑った。

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