第100話 表裏
「なにしてるんだい」
胸ポケットからレイレイが顔を出した。それもそのはず、樽井は尻のポケットから大事そうに点滴パックを取り出したのだ。
「いや、あの医者がマットサイエンティストだってことは分かるぜ。でもいきなり点滴を外していいのかって思ってよ」
樽井はそう言うと、点滴パックのキャップを開け、その中身を飲もうとしている。
「君は馬鹿なのかい?」
「なに言い出す?」
「それはただの高圧電解水だよ。ヒューマノイドの体内に流れる電力を外部から供給するためのただの電解水さ」
「俺にはもう要らないのか」
「むしろ持っているだけ危険だよ」
するとレイレイが樽井の持っていた点滴パックを指さした。
「それはただの電解水と違ってかなり高圧電流が流れているからね、少しでも火が点けば爆発するんだよ。火気厳禁、そう書いてあるだろ」
点滴パックを目線の高さまで上げ、表示の裏に注目すると、赤い字で「火気厳禁」の文字があった。
「君はもう立って歩いているんだし、もう電力不順を起こすことはないよ」
レイレイにそう言われた樽井は恥ずかしそうにそれをポケットに押し込む。
「それに点滴パックを直接飲もうとしていたよね」
嘲笑するかのように言ったレイレイに顔を赤くしながら舌打ちをする。
「うるさいな、もういいだろ」
「そんな、へそ曲げるなよ」
「曲げてねぇよ。ほらレイレイ、もう着くぞ」
「よし、このフロアの奥にあるのがシステム管理室だよ。樽彦君、あとは任せた」
「どこに行くんだ?」
「ここから先、僕はもう着いていくことが出来ない。このフロアも公安の特別管理室同様、電磁パルスに侵されているんだ」
「そうか、じゃあここでお別れってわけだな」
「うん、また会おう。今度は由芽と三人でね」
「ああ」
到着のベルと共にエレベーターの扉が開く。他のフロアと違い、廊下は透明のガラスで仕切られていた。その先には下へと続く階段が二つあり、入り口に繋がっているようだった。見た感じ、どちらから進んでも辿り着きそうな構造をしている。
例のごとく、ガラスにカードキーを押し付けると、透明度の高いガラスが開いた。ガラスとガラスのつなぎ目は見えず、かなりの密閉性を保っていたことが見受けられる。
中に入ると、どことなく体が重たくなった。ここから先が電磁パルス区域なのだろう。ヒューマノイドの電力器官は全てシャットアウトされ、生命維持に切り替わる。
樽井が壁に背を張り付けながら階段を降りると、中からの聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「全てのシャッターを下ろし、奴らを完全に閉じ込めてください」
それは沢渡の声だった。胸についていたピンバッチの銀色の部分を鏡にして中を見ると、白衣を着た職員たちが沢渡の話を聞いている。何かの集会のようだった。
そんな樽井の背後から足音が聞こえてくる。心臓が止まるかと思い、勢いよく振り返ると、同じ白衣を着た男が樽井には目もくれずにしれっと中に入っていった。樽井もそれに乗じて、管理室の中に入り込み、最後列に収まる。
白衣を着た職員たちは数十人ほどいた。周りを見渡しても、沢渡の他に警察関係者がいる様子はなく、沢渡は一人で指揮を執っているようだった。
「では、A班はここに残って再び、監視を。残りは所定の位置から監視と操作をお願いします。くれぐれも接触がないようにお願いします」
沢渡のその一言で職員たちもそれぞれ動き出した。
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