第99話 表裏
やはり全体的に警備が手薄になっているようだ。いまが深夜ということもあるのだろうが、長く続く廊下は不気味なほどに静かだった。
「やっぱり沢渡だね」
静まり返る廊下を見たレイレイがそう言った。
「どういうことだ?」
「沢渡は蛇のような男だ。無駄に騒ぎ立てず、じっくりと追い詰めていく」
「だから持永さんが逃げたことを知りつつも、警報は鳴らさずに待っているのか」
「嵐の前の静けさってやつさ」
「つまり俺のタイムリミットはその嵐というわけだな」
「うん、そうだね」
システム管理室があるフロアはかなり上層階に位置した。この施設は何をするにしても、カードキーが必要となる。面倒くさいことにエレベーターに乗るだけでもカードキーの承認が必要だ。
樽井がエレベーターを待つこと数十秒、到着したエレベーターの扉が開いた。
すると中には白衣を着た男が既に乗っていた。樽井の顔は一瞬にしてひきつり、足が止まった。
「乗らなんですか」
白衣の男がそう言った。
「いや、乗るよ」
どうやら気が付いていないのだろうか、ここで変に逃げたらむしろ怪しまれるだけだ。ふっと息を吐くと、その密室に足を踏み入れた。
樽井はシステム管理室に向かうことを悟られぬよう、この男が押した階の一つ上を押した。
すると男が樽井の名札を見て話しかけてきた。
「お疲れ様です、伊藤さん」
やはりこの男は人がすり替わっていることに気が付いていない。この施設の職員はお互いの顔を認識していないのだろうか。
「お疲れ様です」
すると男は唐突に言った。
「記憶データってどんな感じでしたか」
名札の上に書かれている所属科を見て、質問してきたのだろう。男が話しかけてきたのも、時間つぶしの世間話というわけでも無さそうだ。社交辞令もなしに、いきなり深い質問を投げかけてきたその表情は、新しく発売されたゲームの内容を知りたい男子小学生のようだった。
ただ自分の好奇心や探求心を満たすためだけの、口下手な会話だ。ここは人類開発センターとかいう奇妙な研究所である。ここの人物は他人に何か興味ない。全ては科学の知識欲のために動いている。男から発せられた言葉の節々にそのような奥底を感じた。
基、ヒューマノイドになってから他者の顔に関心があまり集まらなくなったのも事実だ。我々にとって顔とはファッションの一つに過ぎない。それが一つのアイコンになることはあっても、それがその人を証明する全容になっていたのは昔の話だ。
「別に大したものではなかったよ。まぁ強いて言うならチップチョップスのような形をしていたかな」
「はぁ……」
うやむやな返答に納得の行かない顔をしていた。男がさらなる質問を重ねる前に、エレベーターがフロアに到着する。
男は何も言わず、首を捻りながら降りていく。
エレベーターの扉が閉まると同時に、これ以上にない大きな溜息をついた。
だがこれではっきりしたことがある。ここはあまりに堅牢なセキュリティゆえに職員の意識は研究にしか向いていない。
それなら簡単だ。自分のことを胸張って主治医の伊藤だと思えばいい。樽井は気合を入れるように自分の頬を叩いた。
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