第98話 表裏

「それにしても、どうやって見つからずにここを突破しろいっていうんだ?」


「ここの監視システムにセンサーはない。すべて人による監視でセキュリティを動かしている」


「なぜそんな前時代的なことを?」


「それは落日のためさ」


「人類の解放とかなんとかってやつか」


 レイレイは頷いて続けた。


「ここの技術は総じてAR革命以前のものなんだ。だから今頃、監視の目は朱雀日和とそれによって連れ出された持永由芽に集まっている」


 レイレイはそう言うと、人差し指を口の前に置いて静かに言った。


「そろそろ主治医が深夜検診に来る時間だ」


「そこを狙うんだな」


 樽井はもう一度、丁寧に布団をかぶると、舌なめずりをした。

 数分後、レイレイの言った通り、白衣を着た男が現れた。樽井は薄目を開けて、その様子を見ていた。

 男は樽井に繋がれた点滴を見ると、次に顔を覗き込む。この病室には樽井とこの主治医だけだ。

 顎からじっくりと異変がないかを確認し、そのまま鼻、頬と順番に上がってくる。瞼に目を向けた瞬間、樽井の目が見開いた。驚いた主治医の首に手を回し、そのまま自分の胸に押し付けた。

 主治医はうめきながら、手をばたつかせる。樽井は暴れる主治医の腹に膝を入れると、そのまま回転した。

 馬乗りになると、上から口を塞いだ状態で、頚椎の辺りに指を入れる。ヒューノイドの頚椎には脳と体を繋ぐ、神経導線がある。ヒューマノイドとて、その造りが人型である以上は急所や重要機関は同じなのだ。

 樽井の手の中で叫び声をあげる主治医の頚椎を締め上げた。これで主治医の感覚神経は喪失し、手足を動かすことは一時期的に困難となる。

 数分もすれば、神経導線は元に戻り、再び手足が動き始めるが、ここから逃げるための時間稼ぎくらいには充分なるだろう。


「悪いな、おっさん」


 一仕事終えた樽井は息を切らしながらそう言った。そのまま、主治医の口の中に布団の綿を突っ込むと、白衣とキーカードを抜き取った。


「そんなもんがあったところで、意味ないぞ」


 主治医は口の中で綿を絡ませながらそう言った。


「聞こえねぇよ。あんたはここで少し寝ててくれ」


 主治医の手足を拘束ベルトに取り付けると、その白衣の袖に手を通した。主治医から奪ったカードキーを扉にかざすと、自動で開く。


「じゃあな、おっさん」


 樽井はそう言い残すと、病室から飛び出すのだった。


「レイレイいるか」


「ここいるよ」


 レイレイは白衣の胸ポケットに入っていた。


「俺はどこ行けばいい?」


「僕がその都度、指示するよ」


「お前はここの構造を理解しているか」


「もちろんだよ」


「任せたぞ。また袋のネズミに誘い出したら、お前のファンに色々ばらしてやるからな」


「悪かったって、謝るよ」


「冗談だ」


 樽井はレイレイの指示を受けながら、人類開発センターのシステム管理室を目指した。

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