第97話 表裏

 持永の拘束が解かれた同時時刻。

 憔悴しきっていた樽井が目を開けると、そこはベッドの上だった。記憶が飛んでいて、自分の身に何が起こったのか把握できなかった。白い天井に白いカーテン、そして肩まで丁寧に掛けられた白い布団。

 なにかしらの事故に遭って、入院しているのだろうか。だがある一点だけがそこが病院ではないことを告げていた。

 体が動かない、いくら力を入れても、手足が言うことを聞かなった。

 その痛みと共に全てを思い出した。自分は地下フロントに向かう途中で、沢渡に捕まったのだ。樽井は意識を取り戻すなり、持永の名前を叫んだ。

 だが返事はない。ここがどこなのかも分からない。不安と焦りだけがこの不自由な状況で増大していった。


「ちょっと静かにしてよ」


 布団の中から聞き覚えてある声が聞こえる。その途端、手足がすっと軽くなった。すぐに飛び起きた樽井は手足があることを確認し、念入りに指を動かした。

 すると太腿の辺りから再び、先ほどの声が聞こえてきた。見るとそこにはレイレイが立っている。


「こ、この裏切り者が!」


 樽井はとっさに平手で叩き潰そうとするが、レイレイの体は透けてしまい、触れることすらできなった。


「やっぱり僕がこっちでよかったよ……」


「この野郎!」


 何度も自分の太腿を殴りつける樽井にレイレイはあきれ声で言った。


「樽彦君、忘れたの? 僕に実態はないんだよ」


「そ、そうか……」


 樽井は手を止め、その平手を見つめると、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。


「いまさら俺の前に出てきて何の用だよ。お前のせいで俺たちは捕まったんだろうが」


「詳しい話をしている暇はないんだ。だけど君はこれで晴れて自由の身だよ。いまから僕の言うことをよく聞いて」


「何を言いたい?」


「ここで逃げるのも君の選択だ」


 樽井は目を細めた。


「早く言えよ」


「ここは人類開発センターの中、全ての始まりの地であり、そして終わりの地でもある。いま由芽がその中心となる電波塔の破壊に向かっている」


「持永さんが……」


「そうだよ。だから君にはそのアシストをしてほしいんだ。これは君にしか頼めない」


「具体的に何をすればいい」


「この施設を統括するシステムを破壊するんだ。そこを抑えれば、人類開発センターの指揮系統は麻痺する。それが君の使命だよ。やれるかい?」


「当たり前だ」


「僕たちは飛んで火にいる夏の虫ではない、それを証明しよう」


「ああ、伊達にサイバー庁に入ったわけじゃねぇよ」


 樽井は拳を固めて、ベッドから降りた。


「だがこれだけは言っておく」


 樽井はレイレイを睨みつけた。


「俺はお前のことを信用していない。どんな理由があったにせよ、俺たちに嘘をついて騙したことは事実だ」


「それは謝るよ、ごめんね」


「が、許してやる。希望のないベッドより、希望のある泥船だ」


「君ならそう言ってくれると思ったよ」


 樽井はレイレイに向けて拳を突き出した。その大きな拳にレイレイの小さな拳が触れる。そこに言葉は無かった。だがこれが樽井なりの感謝だった。


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