第94話 人類開発センター
真実が存在しない、哲学的だが的を得ている。ジェンダーが見ている世界は人類の見ている世界ではない。それは他の動物が見ている世界が人が見ている世界よりも色が少なく映っているのと同じだ。例えばタコが見ている世界に色はなく、全てがモノクロである。ではそのタコが見つめている世界が真実ではないと誰が証明できようか。もしかしたら人類が見ているこのカラフルな世界のほうが間違いで、タコの見るモノクロの世界こそが真実なのかもしれない。
「でも由良島ってそのAR革命を起こした張本人じゃない。それがなぜ、そんな自ら壊すような真似を……」
「それはあの人がAR革命を起こした人物であって、AR世界の子供ではないからだよ。だから稼働停止は必要だったんだ。人体の克服を成功させた由良島の次なる目的は認識の克服。自ら作った世界という認識を壊すことで、その大実験をこの地球で行おうとしている。それが渾沌という組織が出来た真の目的なんだ」
そう言うと、朱雀は足を止めた。
「あそこが人類開発センターの中枢、ファンドソフトのマザーコンピューターが眠る電波塔だよ」
真っ白い壁だけが続き、何も見えなかった廊下の突如として渡り廊下。そこで初めて、この場所が堅牢なコンクリート張りの建物であることを知る。
一つの塔を囲むようにして建てられたコンクリートの壁。そこが人類開発センターなのだ。塔は実にユニークな形をしていて、まるで現代アートのモニュメントのようだった。大阪万博を象徴した太陽の塔を彷彿とさせる存在感と異様さを兼ね備え、その肢節から無数のアンテナが飛び出ている。
だがその塔よりも高くそびえたっていたのが円柱状にくり抜かれた壁である。塔はその壁にすっぽりと埋まっていた。壁面の影に覆われた塔のてっぺんだけに太陽の光が反射し、白く輝いていた。
「なんのよ、これは……」
「あの電波塔から全世界に発信される。いまはまだ眠っているけど、あの塔はいずれ地上に出る。そしてそれがこのAR世界の終焉だと思っていい」
約五十メートルはあるだろう、その塔は持永に形容しがたい畏怖を覚えさせた。
「ここはいったいどこなの? こんな不気味に施設がなぜいままで隠れていたのよ」
「ここは国際展覧会の会場の地下だよ。会場は人類開発センターの上に立てられたんだ。そしてあの管理塔は『解放のバベル』という名前で当日に公開される予定だった。だが本来の期日に生嶋総理暗殺事件が起こったんだ」
「あなたはそれを知っていたの?」
持永が問いかけると、朱雀は首を横に振った。
「ううん、僕が呼ばれたのはその後さ」
「そもそもあなたはいつ警視庁をハッキングしたのよ」
持永が足を止め、矢継ぎ早に質問を重ねると、朱雀は丁寧に答えた。
「あの脱線事故が起こった翌日だよ」
「まるで小説だわ。誰かが仕組んだシナリオみたい」
奇しくも重なる共通点。持永のその発言を聞いた朱雀はその隠喩が事実であるように深く頷いた。
「その通りだよ。日比谷線の脱線、生嶋総理の暗殺、北海道での模倣事件、相次ぐ模倣犯となぞの失踪。全てのその明日、あの衝撃のヒューノイドの死から二週間の開会式はもうすぐ目の前まで迫っている」
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