第93話 人類開発センター

「他者の認識を集め、実態を為すそれが由良島の目的ということ?」


「その通りだ。あの男の目的は人類の解放、つまりシュレディンガーの箱を開けることだよ。その箱を開けるための手段こそがARに対する疑念であり、大衆の注目なんだ。そしてリセットボタン、由良島の最期の一手はファインドソフトを全世界に発信し、インターネットブラウザを過去に戻すことだ」


「ファインドソフトの開発者は宮部ではないの?」


「確かにそうだよ。だけどいまそれを所有のしているのは由良島なんだ」


「この際だから経緯は省いていいわ。でもファインドソフトで過去に戻すってどういうことなの? あれはただのインターネットブラウザで、タイムマシンじゃないわよ」


「そうでもないんだよ。いわばこの世界を取り囲む情報を過去に戻すだけ、一見するとどうしたことでもないように思える。だけどさっきこの世界が認識によって成り立っているという話をしたよね。生身で暮らしていた時の人類にとって情報はメディアだった。だけどこの世界は全てをARという情報に依存している。現代に置いて最も力のあるものは財ではなく、情報であり、情報は世界を形作るそのものなんだ。由良島はファインドソフトの過去閲覧機能を拡張させ、全ての情報を過去に戻すという手段を使って、AR世界を停止させようとしているんだ」


「この世界の電源を落とすということ? ちょっと理解できないことが多すぎるわ」


「無理もないよ」


 朱雀は分かっていると言わんばかりの優しい表情でそう言った。


「でもなんで過去の戻す必要があるのよ。だって由良島の目的はこの世界の電源を落として、AR世界を無に帰すことなんでしょ?」


「見方の問題だよ。時間は前にしか進まない。ファインドソフトの過去閲覧機能は電源スイッチをもう一度押すことの同じなんだ。進化し続ける人類を解放しようと思った時、その電源スイッチを切ることは過去に戻ることと同義なんだよ。つまりファインドソフトを使って情報を革命以前のものにするということはこのAR世界の情報を一瞬にして遮断するのと同じなんだ。ファインドソフトが映し出す過去自体が人類にとってはネッシーのような存在なんだよ。それを信じなければ、情報が遮断されても、EYEの機能は停止しない、過去の情報と大衆の疑念が一つに合わさった時、認識によって支配されていた世界は解放される」


「よく分からないわ。真実を見た人類は疑念がなくてもその真実に絶望すると思うのだけれど」


「君はAR革命を理解していない。もうこの世界に真実と呼べるものは存在しないんだ。ジェンダーはヒューノイドに移行しなかった過去の人類でしょ。あのジェンダーが見つめている真実の地球だって、それは過去の価値観で見た地球なんだよ。つまりこの世界に真実は存在しない。あるのは過去と現在、それだけだよ」


 朱雀のガラス玉のような瞳が一層、作り物のように見えたのは気のせいだろうか。呑み込んだ生唾が胃液に落ちるとき、その波紋が全身に響き渡るようだった。


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