第92話 人類開発センター

 朱雀は手足を拘束していたベルトのバックルを外そうとしていた。


「あなた何やっているの?」


「君を助けに来たんだよ」


「ふざけないで、誰があなたのことを信じるの?」


 すると朱雀は手を止めて、持永の顔を見上げた。


「僕は君たちの味方だと言った覚えはない。だけどそれは同時に誰の味方でもないということだよ」


「あなたの目的は何なの?」


「それは初めにも言ったけど、僕の目的はたった一つさ。渾沌の暴走を止める。それだけだよ」


「それで私を助けるのがどうしても結びつくのよ」


「君はここがどこだか知っているかい?」


「警視庁の暗部施設じゃないの?」


「半分正解。だけどもう半分はそれ以上の施設だよ」


 朱雀は持永の手足を拘束していたベルトを外すと、立ち上がった。


「ここは人類開発センターの中だ」


 その単語を耳にした瞬間、朦朧していた感覚が覚醒した。先程まで快楽に溺れていた全身に数百ボルトの電流が走ったようだった。


「なぜそんなことを教えるのよ」


「僕は君たちを裏切ったわけでもなければ、信じたわけでもない。ただ君たちが僕に必要な人物であることだけは分かった。だけどここは政府直轄の施設で公安の監視下にある。いくら君では警視庁の時のように簡単にはいかないさ。迂闊に近づくことさえもできない場所だ」


「裏切ったふりをして、私をこの場所に連れてきたということでいいの?」


「肉を切らせて骨を絶つ、つまりそういうこと」


「まだ信用できないわ」


「別に君と友情関係を築こうとはしているわけではないよ。でもこの方法以外にこの場所に入ることはできなかったのも事実だよ」


「分かったわ。もう一度のあなたと相関関係を結びましょう」


 持永は怪訝そうな表情でそう言うと、差し伸べられた朱雀の手を握り締めた。そのまま引っ張り上げられ、ふらふらとしながらも拘束椅子から立ち上がった。

 まだこの少年を信じたわけではない。疑いの目はあったが、このまま押し問答をしていたところで先には進めないし、あの尋問椅子に居座るのはもっと嫌だった。

 室内は昼間に比べて薄暗く、扉の脇には赤いランプがぼんやりと灯っていた。

 朱雀はそのランプの下部に手をかざすと、持永の手を引いて外に出来た。廊下は煌々と明かりが点いているが、人の気配はなかく、静まり返っていた。


「どこに行くのよ」


「この施設の最深部だよ」


「教えてちょうだい。私は人類開発センターがいったいどんな場所なのか知らないの。確かにあのfile45という文書に書かれていた場所であることは知っている。でも知っているのはその単語だけよ」


「簡単に言えば、渾沌のマスター、由良島天元のラボだ」


「やっぱり由良島が関わっていたのね。でもあの人の稼働時間はとっくに過ぎているはずでしょ」


「それはヒューノイドに限定される話だよ。由良島はヒューノイドでもなければジェンダーでもない。人の認識によって成り立つ存在、シュレディンガーの猫なんだ」


 朱雀はさらに説明を続けた。


「AR世界は感染症のようなものなんだよ。例えは誰かが白い烏が存在すると言っても誰も信用しない。だけど白い烏を見たという目撃情報が多く寄せられると、その白い烏は実際に存在していないのに、存在したことになってしまう。それが認識による存在だよ」


「有名な例だとネッシーやビックフッドね。でもそれとこのラボがどう関係あるわけ?」


「その認識を操るのが渾沌という集団であり、このラボというリセットボタンなんだ」


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