第91話 人類開発センター
「そうか、君がそういう態度に出るなら、仕方がないな」
沢渡がそう言うと、部屋の明かりが消えた。その途端、体がふわふわと浮いたように、さらに感覚が曖昧になり、いま目を開けているのか、それとも閉じているかもわからなくなった。
視覚情報を奪われ、聴覚情報を奪われ、そんな昏倒状態の中で、恐らく脳の中枢神経をいじって意識を麻痺させているのだ。自分がどこにいて、何の目的があるのか、注ぎ込まれる快楽物質によって前頭葉が働かなくなり、意識は混濁する。
持永そんなトリップ状態に陥っても、奥歯を強く噛み締めて、意志を保たせた。
「なぜそんなに頑なになるんだ。君は何を隠しているんだ」
持永の猛烈な姿を見た沢渡は好奇心と驚愕が混じった声でそう呟いた。
「私の官僚としての誇りよ。情報を扱うサイバー庁が簡単に情報を渡すと思わないでよね」
「その仕事粋、見事だ。だが私も一人も警察官として仕事を全うする義務がある」
意識の混濁はさらに激しいものとなった。目が覚めた時、感覚が鈍かったのはこのせいか、噛み締めていた力がかなり弱くなっている。まるで重力も気圧も全てが消え去ったようだった。手足や胴体の感覚が無く、まるで意識のある脳だけが宇宙空間を漂っている。
これが最新の尋問というやつだ。そこに苦痛はない。あるのは受け止めきれないばかりの快楽と誘惑だった。ドーパミンやアドレナリンが人間性を欠落させる勢いで流れ出ている。この快感はいままでに味わったことなかった。死の直前に味わうと言われている脳内ドラッグとはこのような感覚なのだろうか。
少しでも気を緩めると、何もかもがどうでもよくなりそうだった。
そのような尋問はその後も続いた。時間感覚などとうの昔に欠落していた持永にはそれが数日にも感じられたし、数分にも感じられた。
再び明かりが点くと、憔悴した持永の耳にあの耳障りな声が響いた。そのおかげで先ほどまでの幻想空間から現実に引き戻される。
「また明日、話そう」
「明日来ようがなにも変わらないわよ」
どうせ記憶データを渡したところで大したことにはならない。持永が得た情報などたかが知れている。だがこの尋問を耐えるには二つの理由があった。一つ目は誇りの為、そして二つ目は時間稼ぎだ。
沢渡はこの場所を離れることが出来ない。捜査における最優先事項はこの後に及んでも隠し続ける記憶データの詳細だ。その間、彦根の捜索が停滞するのは間違いない。沢渡が自分に構っている間、彦根は自由に動くことが出来る。これはそのための時間稼ぎでもあったのだ。
尋問を終えた持永の体は想像以上に疲れていた。ぐったりとし、目を瞑るとそのまま眠りに落ちた。
どれくらい寝ていただろう。目を覚ますと、代り映えのない景色が広がった。しかしたった一点だけ、変化があった。それはこの空間が一人ではなくなっていたということだ。
目を開けると、頬を叩いて、起こす朱雀の顔があった。
「あなた……なにやってるの?」
「起きたね」
朱雀は持永の寝起きの顔を見ると、にっこりと笑うのだった。
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