第90話 人類開発センター
目を覚ますと目の前は真っ白い天井だった。寝起きのせいか、純度の高い白さはやたら眩しく感じた。容赦ない光に眉をひそめながらも、ゆっくりと首を上げて、腹部に目を向けた。
どうやら、分娩台のような椅子に座っているらしい。青い検査衣を身にまとい、その隙間からは無数の管が延びていた。その先には巨大な機械が繋がっていて、まるでこの身が機械と一体化しているようだった。
手足はがっちりと拘束され、身動きは取れない。近くのモニターには心電図が映し出されていて、体の中身を全てさらけ出しているような気持ち悪さがあった。
朦朧とする意識の中で、樽井を探したが、近くにはいなかった。人の気配はなく、この部屋には持永一人のようである。
感覚がいくらか欠落している。地下水路は歩いている時に感じた疲労感や空腹感はどこにもなかった。座っているという感覚もあまりなく、羊水の中を漂う胎児に似た気分だった。
「おはよう、持永次官」
部屋の中に沢渡の声が響き渡った。寝起きにこの男の声を爆音で聞くのは寝覚めが悪い。
「私の体で変態趣味は堪能できたかしら」
「あいにく下らない問答をしている時間は無いんだ。君の体の中は調べさせてもらった。だが肝心な部分にロックがかかっているんだ」
そうか、すっかり忘れていた。警視庁に侵入する夜、EYEの記憶データにロックをかけていたのだ。その解除をずっと忘れていた。記憶データを閲覧するには持永の脳内を分解したとて意味がない。システムとして本人が操作する以外にロックを解除する方法は設定されていないのだ。
この記憶データというものは一般国民には与えられていない特権である。サイバー庁など情報を扱う職務をする人間は国家から拡張皮質の装着を許可される。
本来の脳は記憶を大脳皮質に保管している。拡張皮質とはこの大脳皮質の機能を拡大させる役割を持っているのだ。人の記憶は翌日には八十パーセントの割合で欠落する。しかし拡張皮質には見て聞いた情報は精巧に保管されるため、一度見たものなどはここに半永久的に残り続ける。ただしそれは記憶として存在してではなく、あくまでもデータとしてだ。
この拡張皮質に記録されたデータを記憶データと呼び、このデータは職員による完全な管理を任されていた。つまり記憶データと記憶は全くの別物なのである。捜査官の耳目を再生できる記憶データは情報社会では重宝され、行使されてきた。ただしそれを抽出するのは倫理観において倒錯的な手段であると言えるだろう。
「もう一人のほうの記憶データはもう手に入れたよ。だから君がここで意固地になる必要はないんだ」
「それなら昔みたいに私を拷問したらどうなの?」
「その言い方だと、私が昔君を拷問したみたいじゃないか」
沢渡は呆れたようなため息を漏らした。
「とにかくだ。金庫から一個一個、取り出すよりも鍵を渡してしまったほうが早いだろ。さっさと記憶データのロックを解除するんだ」
「女性がそんな簡単に合い鍵を渡すと思う?」
「私が紳士であるうちにさっさと渡すんだ。さもないと強硬手段にでなければならない」
「やってみれば? 死んでも渡さないけどね」
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