第89話 地下フロント

 その背後には朱雀もついている。


「沢渡……」


 持永は咄嗟に踵を返そうとするが、気が付いた時には既に沢渡の背後から湧いて出てきた公安の部隊によって動きを封じられた。この狭い空間を占領した数十人規模の部隊によって二人は囲まれた。

 部隊の手にはテーザーガンを擁し、その銃口が二人を串刺しにした。


「ご苦労だったよ」


 沢渡がそう言うと、レイレイはゆっくりと離れていった。そして朱雀が手を差し出すと、レイレイの体は朱雀と同化していく。


「裏切ったというわけ……」


「違うよ由芽、最初に言ったでしょ。僕は君に協力する。そして君も僕に協力してほしい。僕はそんな相互関係を求めて、君の元に現れたんだってね」


 朱雀の声はレイレイにそっくりだった。


「どうなっているんですか、これ」


 樽井は状況の把握が出来ないまま、小さな声で呟いた。


「鈍いな、君たちは。僕がレイレイだったんだよ。この世界に完全に自立したメタファーなんて存在しないでしょ。レイレイは僕の分身で、君はそれを仲間だと思って行動していただけだよ」


「そういうことね……」


「騙されたなんて思わないでよ。僕は君たちのことを仲間だと思ったことは一度も無かったからね。全ては利害の一致による相互関係でしょ」


「ええ、そうだわ。あなたの言う通りよ」


 持永は拳を握り締めながらそう言った。


「君たちは深夜、警視庁に侵入して、データを盗んだ犯罪者だ。よって逮捕する」


 沢渡がそう言うと、テーザーガンを構えた部隊が一斉に距離を詰めてきた。


「抵抗はしないほうがいい。ヒューノイドにだって痛覚はあるからな」


「持永さん、俺が食い止めます。逃げて下さい!」


 樽井はそう言うと、ファイティングポーズをとった。敵は武器を持った公安の精鋭部隊、素手でやるには分が悪い。だが持永一人を逃がすくらいならなんとかなるかもしれない。闘志の籠った目はいつにも増して光輝いていた。


「早く、逃げて下さい! あなたがいなかった室長は帰る場所を失ってしまいます!!」


 樽井はさらに大きな声で叫ぶが、俯いた持永は微動だにせず、その場に立ち尽くしたままだった。


「持永さんっ」


「樽井、ごめん」


「持永さん……」


 持永は素直にその両手を差し出した。その場に膝をつき、後ろ手に手錠をかけらえる。その姿を見た樽井も握り締めていた拳を緩めた。

 取り押さえられる中で持永は沢渡を睨みつけながら言った。


「私には何してもいいわ、ただ公安の正義を信じるわよ」


 すると沢渡は苦笑いをした。まるで感情の読み取れない笑いだった。


「早くこの二人を連れ行け」


 たった一言吐き捨てると、腕を組んだまま、背を向ける。そして立ち去る沢渡の映像はブラックアウトした。

 二人は黒い袋をかぶせられると、その上から遮音性能がついているヘッドホンを付けられた。

 抱え上げられた二人は、運搬物のように人から人の手へと渡っていった。視覚も聴覚も遮断された暗闇の中、自分たちがどこに連れていかれるのか、ここがどこなのかも分からない。いきなり座らさられると、車のドアが閉まる音がした。エンジンがかかり、男たちが乗り込んでくる。

 すると何やら甘い匂いが鼻腔を刺激した。嗅いだことのない匂いだ。その瞬間、意識が混濁し、記憶が途切れた。

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