第87話 地下フロント
その日の夜、持永はハイヤーの助手席から流れるネオンを眺めていた。
運転席には樽井が乗っていて、ステアリングに腕をかけながらフロントガラスから外を覗き込んだ。
「あれどうなるんでしょうね」
樽井が車窓の先に見ていたのは国際展覧会の会場だった。首都圏を車で走っている否応なく目に入る。あれだけ集まっていたデモ隊も生嶋の死によって消え去り、本来なら今頃盛り上がっていたであろう、会場は物静かに眠っていた。
「どうやら改めて開催するらしいわよ。芸術はあまり興味ないけど、三日後くらいに改めて式典が執り行われるらしいわ」
「政府もやけに必死ですね」
「いまはそれどころじゃないというのね」
機密文書と由良島の相関性を手に入れた持永は、樽井と共に渾沌の書き込みが集結する地下フロントへと向かっていた。
「レイレイ」
持永が話しけると、カーナビにレイレイが現れる。
「地下フロントの地図とか出せるの?」
「正確かは分からないけど、アクセスポイントと旧地下水路の地図から予測できるのはこんな感じかな」
カーナビに表示されていた地図を東京二十三区がすっぽりと収まるくらいまで縮小すると、後ろから赤い線で描かれた水路が浮かび上がってきた。
「思ったより広いな……」
赤い線は千代田区を中心として、北区から港区の辺りまで繋がっていた。水路が面している地域は東京二十三区の約八割を占めていると言っても過言ではないだろう。
「多分、主な居住スペースはこの放水路のあたりだと思うよ」
レイレイが示した場所はツチノコの腹のように、他よりも膨らんでいる場所だった。そのような個所が三つ連なっていて、それだけでもかなりのスペースを取っている。この一つの膨らみだけでも山手線の駅間くらいは優に越し、集落を作るには充分な場所だった。
「放水路って何なんです?」
「水害時、水を放出する場所のことよ」
「下水道とは違うんですね」
「革命以前、日本は気温上昇によって、熱帯気候に変化しつつあったわ。それにおける水害が危惧されたの。だから首都圏の地下に災害時の放水路を大量に作ったのよ。でも結果的には水不足に陥ったから、放水路を地下シェルターにする計画もあったらしいわね。それがいままで残っていたのは意外だけどね」
「でも地震とか大丈夫なんですかね……いまも俺たち、こんな透け透けな地盤の上に立っているっていうことっすよね」
「大丈夫よ、これらはみんな地盤の下だわ」
「だからサーバーの電波も届かないのか」
「レイレイ、この水路に入れる場所ってどこか分かる?」
「沢山あるよ」
「一番、目立たない場所に案内して頂戴」
「そうだね、こことかどうかな」
レイレイが地図を拡大させた場所は繁華街の裏路地だった。
「ここのマンホールから地下に潜れると思うよ」
「マンホールなんてまだあったんですね」
「ほとんどないけど、十数個は残っているみたいだね」
「ジェンダーはそこから出入りしているというわけね」
繁華街の中に入ると、路地を曲がり、小さな有料駐車場に車を停めた。
一行はレイレイが示す、裏路地のマンホールへと向かう。そこは中華料理屋と居酒屋の間の路地で、壁には油がべっとりと付いていた。
だが虫は一匹もいなかった。換気扇からは真っ黒い煙が出ていて、それが暗い空へと溶けていく。
レイレイが指さした場所にはビール箱が置かれていて、それを足でどかすとマンホールが出現した。
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