第86話 弾丸
「なぜそんなものが……」
「知っているの? 私は聞いたことないんだけど」
「だろうな、こいつは周期表なんかには載っていない金属だ」
印波は渋い表情をしながら言った。
「本当に公安が……」
彦根も同じような表情で唸った。
「警察関係者が渾沌と繋がっていることを示すには十分すぎる証拠だ」
「なんなのよアウラジウムって」
印波と彦根の間に割って入った。すると彦根がその質問に答える。
「アウラジウムっていうのは警視庁が機密保持のために開発した人工金属だ。警視庁の警備部には機密レベルの高いデータを保管するための特別官室という部屋が存在する。そこではハッキングなどが出来ないように常に電磁パルスの状態を保っているんだ。その部屋ではヒューノイドの機能も止まり、人工臓器だけしか動かない。だからそんな部屋で使用されている導体金属は特殊にする必要があった。それがアウラジウムだ」
彦根が説明を終えると、続いて印波が補足した。
「つまりアウラジウムは金属の対極に位置する物質なのだよ」
「とどのつまり金属なの?」
「分かりやすく言うと、電子と陽電子のようなものだ。どちらも粒子ではあるが、素粒子と反粒子に分けられる。アウラジウムは金属における反粒子であるがゆえに電磁パルスには反応しない」
「なぜそんなもので弾丸を……」
すると彦根が吐き捨てるように言った。
「ヒューノイドは金属だ。考えてみろ。電子と陽電子がくっつくとどうなる?」
「対消滅だな」
「え?」
科学の知識が乏しい恵奈にはあまりピンと来てないようだった。
「恐らくこれがヒューノイド消失の種だ。ヒューノイドの体内に撃ち込まれた弾丸は内部で飛散し、体内で対消滅を繰り返す。そのため証拠となる弾丸も残らないし、ヒューノイドの機体はきれいさっぱり消え去るというわけだ」
「もしもあの時、恵奈が俺を守っていてくれなければ」
「彦根さんは飛散していた……ということね」
「だがこれを保持できるのは公安だけなんだ。これが一般に出回るわけがないんだよ。つまり渾沌に対して、このアウラジウムを回している者がいる。それも公安の上級職だ」
「裏切り者がいるということ……?」
「いや裏切り者どころの話ではないよ……公安自体が渾沌のバッグについていると考えられる」
「アウラジウムとはそのくらい機密性の高い物質なんだよ」
三人はこの事実を前に唖然とした。この弾丸から出てきた証拠が全ての闇を握っているのだ。
「そもそもアウラジウムの開発者は公表されていたのかね?」
「いえ……ただし一つだけ分かることがあります。アウラジウムの開発に携わった研究所に入るにはこいつが必要であるということです」
そう言ってポケットから取り出したのは由良島の遺伝子データだった。
「もうそれが答えだな」
「ええそうです。あの由良島天元の研究所を出資した国家機関は警視庁、それも公安だったということになるでしょうね」
「全ては由良島のシナリオ通りというわけか」
「この世は物語でもなければ、実験場でもない。それを思い知らせてやりますよ」
彦根はそう言うと、由良島の遺伝子データを強く握り締めた。
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