第85話 弾丸
銀のトレイはアルミで出来ている。こんな簡単に溶ける金属ではない。先程、垂らした強酸液に反応をしたのかと考えても合点がいない。なにせ、アルミを溶かしたのにこの樹脂製のピンセットは無傷なのだ。酸よって溶けたというなら樹脂が溶け出ていないのはいささかおかしい。
原因不明の事態に目を細めた印波は手のひらを突き出しながら言った。
「彦根君、この弾丸に君は近づかないほうがいいかもしれない」
「どういうことですか」
「もしかたらこの弾丸は金属を溶かす性質を持っているのかもしれん」
ほんの数数分間、トレイに置いていただけなのに弾丸の形に空いた穴。印波はこの弾丸を見つめながら考えた。
「私はこの弾丸の金属物質やコーティング剤を確かめてくる。君は恵奈を見守っていてくれ」
「生嶋総理に撃ち込まれた弾丸と同じものなら……」
「ああ、ヒューマノイド消失の種が分かるやもしれない」
そう言って弾丸を紙で包み、大事そうに両手の中に収めると、ラボの奥へと消えていった。
取り残された彦根は恵奈のベッドに腰かけた。スプリングが沈み、恵奈の体が傾く。治療された腕には包帯が巻かれていて、血は綺麗に拭き取られていた。
怪我を負えば、血が流れるし、痛みで失神する。それがか弱き人間の姿だ。改めて人体のもろさに痛感させられた。
彦根が食い入るように寝顔を見つめていると、恵奈が目を覚ました。
「すまない、起こしてしまったな」
声をかけたものの返事はなく、状況の理解が出来ていない様子だった。見慣れない天井に欠落した記憶、かなり混乱していたが、彦根の顔を見ると、少しの落ち着きを取り戻した。
「私……気を失っていたの?」
「ああ、二時間弱と言ったところだ」
「ここは……」
「天井は見慣れないか。印波博士のラボだよ」
恵奈は周りを見渡してやっとこの場所がどこか理解したらしい。
「もう安心しろ、日本随一の腕を持つ秀才が傷を治してくれたんだ」
「彦根さん、無事だったのね」
「ありがとう。俺は君に助けられてばかりだ」
「私もあなたに助けられたわ」
「一度だけだよ」
「数の問題じゃない」
恵奈はそう言うと、体を起こそうとした。
「安静にしていた方がいい。まだ傷も癒えていないんだ」
「大丈夫よ。見上げながら喋るのは首が痛くなるわ」
恵奈は首を捻りながら、ベッドに手を突くと、ゆっくりと起き上がった。
「あの拳銃、見えていなかったでしょ」
彦根の隣に腰かけると、そう言った。
「ああ、俺にはさっぱりわけが分からなかった」
「つまりあの拳銃はヒューノイドの目には映らなかったということね」
「確かに実体はあったのか」
「ええ、私にはあの刑事が持っていた拳銃となんら変わりなく見えたわ。つまりあれは実体があってもAR空間には認知されていない拳銃ということよね」
「日比谷事件と同じだな。あの時、仕掛けられたダイナマイトも誰の目にも留まらなかった」
「そうよね……」
「恵奈、目が覚めたのか……」
ラボの奥から印波が戻ってきた。手にはあの弾丸を持って、険阻な表情で二人を見つめていた。
「どうでしたか」
「結論から言おう、この金属の正体が分かった」
彦根は息を飲み、耳を傾ける。
「これはアウラジウムだ」
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