第81話 継ぐ者

「その後、由良島はどうなったんですか」


「確かに魂の電子化には成功した。ただし不完全な状態でな」


「不完全な状態……?」


「奴は誰にも見えない。データだけがこの世界に残り続けている。いわばジェンダーと対比する存在となったんだ。実態を持たない人間、ヒューマノイドの機体のない無線空間のみに存在する男。それが渾沌のマスター、由良島天元だ。だから奴はアルファオメガを使い、人を集めている。奴はずっと思っているんだ。人の実体を作るのは認識だと」


「宮部先生の力で、アルファオメガを止めることはできないですか」


「開発者にそこまでの力はない。なんとか開発時に作ったコードを利用して、管理者画面にアクセスをすることは出来ても、管理権限を得ることは不可能だ。だが由良島の目的ははっきりしている。なぜこの期に及んで、自分の造り上げた世界を壊そうとしているか。人類解放のスローガンの意味は……」


「認識の超越ですよね」


「そうか、君は印波博士から話を聞いていたのだったな。そうだ、奴はこの世界を破壊することによって、全てを無に帰す大実験をしようとしてるんだ。そして奴が最後に狙っているのは君の体だ」


「俺の体ですか」


「結局、あの男がもう一度、肉体を手に入れるには遺伝子レベルが近しい人間に寄生するしかない。周波数の問題だよ。遺伝子という周波数が近くなければ、住む次元が違ってしまう。ゆえに息子である君の肉体を狙っているんだ」


「気持ち悪い話だ」


「奴は日本中に自分の種をばらまいた。一つは渇きを埋めるため、そしてもう一つは来たる落日の素体を増やすためだ」


「俺の他に奴の子供はいるんですか」


「ああ、私が聞いた限りでは、娘がいるらしい。まぁそれが誰かは見当もつかんがな」


「まぁ日本全国に散りばめられた兄弟のうち、俺だけがはっきりとしているということですね」


「君は優秀過ぎたからな。だが逆に言えば、奴を止めることが出来るのはそんな子供たちだけだ。奴は見えない。だが君なら由良島を視認することができるかもしれない。死んだ生嶋総理が言っていただろ。この世界にはナポレオンが必要だと。ナポレオンになるのは由良島じゃない。君自身だ」


 宮部はそう言うと車を停めた。そこは生嶋事件から二人が逃げてきた路地裏へと続く道だった。この先のマンホールから降りて、水路を歩けば印波が待つ地下フロントに着く、宮部は黙って車のロックを解除した。


「君がどんな選択をしても、その世界を私は歓迎するよ。生嶋総理のいったリーダーが引っ張っていく世界。それも魅力的だ」


 宮部はそう言うと、初めて振り返って彦根の顔を見つめた。


「落日は近いぞ」


「ええ、新たな時代に過去の遺物は要りません」


 彦根はそう言うと、恵奈の体を担ぎ上げ、小走りで路地裏の先へと向かっていった。車に残された宮部は大きな溜息をつくと、天井をぼんやりと見つめた。そしてEYEを開き、ファインドソフトのページにアクセスした。そして開発コードを打ち込むと、管理者画面からログアウトしたのだった。



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