第64話 喉元

 その瞬間、ツーンという高い音が耳をつんざいた。廊下に連ねていた足元灯が消え去り、EYEの機能が停止した。空間をタップしても何も表示されなくなり、ヒューマノイドの電波体性も消え去った。全ての通信手段が遮断され、人工臓器により生命維持のみが始まった。


「なにやったんですか」


「電磁パルスよ」


「えっ? じゃあ俺たちもヤバいじゃないですか」


「ヒューマノイドは電磁パルスじゃ止まらないわ。でもここら辺一体のセキュリティは全ても無効になったはず」


 持永はそう言うと、丸い物体を取り外し、堂々と特別管理室に入った。ここで用いた機材は小型電磁パルスを起こすものである。半径数十メートルに電波障害を発生させ、全ての電子機器を停止させる。主に凶悪なサイバー犯罪などの現場で用いられるもので、これもサイバー庁の特権と言えよう。


「でもこれってまずいですよね」


「そうね、異常を感知した者が現れるまであと数十分と言ったところかしら。だからとっとと終わらせるわよ」


 特別管理室は巨大なスーパーコンピュータを中心に太いケーブルが張り巡らされていた。二人はそのケーブルを踏まないように跨いで奥へと進んでいく。

 全てアウラジウムを配合した導線を使っている。無線化が進んだ現代ではこれだけのケーブルは見られない。だがこの場所に限り、全てがオフラインで有線なのだ。

 メインコンピューターの奥に閲覧モニターがある。たった一つだけ椅子があり、机には普通のパソコンではありえないほど多くのボタンを持ったキーボードが表示されていた。

 持永はその椅子に座るとすぐにモニターの電源を入れた。ここには膨大なデータが集まる。秘匿率が高いデータの他、公安内部で一度削除された記録もここにログとして残っている。その分複雑で表示されたファイルは全て暗号化されている。一見するとどれがどのファイルか分からない。

 だが持永に掛かればそのくらいのカモフラージュは簡単に突破できた。

 無数のファイルをクリックし、中身を見ることで並べられているパターンを推測する。そこから渾沌に関連するファイルを絞り込み、全ての情報を横並びにした。

 ここまでの作業をものの数分でやりのける姿に隣で見ていた樽井は慄然とした。まるで人が出来る反応速度ではない。目くるめく変わる画面にかじりつき、秒単位で情報を頭の中に叩き込んでいる。流石としか言いようがないだろう。

 すると持永が口を開いた。


「渾沌はインターネットを介して生まれた思想団体ね。それにジェンダー特区のプラパイダを介して情報を発信しているわ。恐らくIPアドレスが残らないブラウザね」


「ジェンダー特区ってなんですか」


「私もよく分からないけど、ジェンダーが暮らしてみる場所がこの日本にはあるみたい。そこがどこなのか全く見当がつかないけど、渾沌という組織が出来たブラウザはそこを介している。分かりやすく言えば、海外のサーバーを使っているようなものよ」


「つまりあの事件を起こしたのは読み通りジェンダーということですか」


「まだ分からないわ。でもジェンダー特区と呼ばれる場所にヒントが隠されているのは確かだわ」


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