第65話 喉元
持永はバッグからインスタントカメラを取り出した。このカメラならジャマーの中でも撮影が可能だ。現在、ヒューノイドの記憶管理メモリーは電磁パルスによって稼働を停止している。重要な個所は画面を撮影し、記録として残すしかない。
次に持永はキーボードを操作して、公安内部の削除ファイルを探り出した。閲覧し始めてすぐに首を捻り、唸り声を上げた。
「いくつかの通信ログが削除されているわ」
この二つの事件に関係するログは公安のメインサーバーから削除されただけではなく、わざわざこの特別管理室の秘匿サーバーからも削除されていた。誰かが閲覧権を使って、直接削除したということになる。よっぽど見られてはまずい情報が書かれていたのだろうか。特別管理室のログを削除することは禁止されているはずだ。閲覧権利者に情報が共有されないのはおかしい。
「わざわざ誰かがここに現われてログを削除したということは、同じ閲覧権取得者の中にも内部派閥が存在しているのでしょうか」
「派閥とは言い切れないわ。だけど渾沌と公安の上層部が何かしらの癒着をしているのは確かだわ。もしかくは公安の中に、渾沌のメンバーが紛れているのかも」
「そんなの大問題ですよ」
「だけど十分にあり得る。渾沌は言わば形を持たない組織よ。インターネットという匿名の海の中にぼんやりと存在する思想の塊。マスターの正体もメンバーも顔も知らないのよ。だからこそどこにいてもおかしくない。従来の極左団体やカルト宗教とはわけが違うのよ」
「じゃあ公安の幹部で事件の糸を引いている人間が居ると?」
「それかマスターから指示を受けている傀儡がね」
持永は一息ついてから、話を続けた。
「それを裏付けるように、生嶋総理の暗殺における鑑識の情報が一切ないわ。普通の事件なら公安や捜査一課と同時に科捜研が現場検証をするはず。その記録を公安が共有していないなんておかしい」
「事件の種は明かせないということでしょうか」
「この二つの事件の大きな謎。でもこれではっきりしたわね」
「警視庁はその原因も掴んでいる」
「それをいまから確かめるわ」
持永は樽井と話している間にデータの復元を行っていた。どんなに削除しようと、一度残されたログは必ず残っている。プログラムを書き換えれば、復元も可能だ。警視庁のスーパーコンピューターを相手にしても物怖じすることなく、ハッキングする持永の技術は朱雀日和にも引けを取らないだろう。
実行ボタンを強く押した持永はにやりと笑った。展開されていく画面に削除されたメールが次々に現れた。
だが捜索もここまでのようだ。廊下から警報音が鳴り響く。
「緊急用電源が復旧したようね」
「まずいですね、持永さん」
「確かにこれを悠長に読んでいる暇はなさそうね」
持永は出来るだけ多くのログをインスタントカメラで撮影し、復元したログの削除を行った。
あとは足が付かないように工作し、閲覧モニターの電源を落とす。鼓動に響く警報音を背にして落ち着いて作業を終えた持永は椅子から立ち上がった。
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