第46話 異邦人
天才高校生由良島は十七歳の若さで京都大学の二回生となった。この天才がいったいどこの学部に入り、そしてどの教授の研究室に入るのか皆が注目した。その天才を一目見ようと、新入生の入学式には報道陣の他、沢山の野次馬が訪れた。
もちろん京大生も休みを返上し、入学式にかけつけた。まるでハリウッドスターが来日するかのように、キャンパスはそわそわとしていた。
だが由良島はその日、会場に現れなかった。
代わりに印波の目の前の姿を現したのだ。
春休みだというのに独り研究室に籠り、ブタの心臓を使ったマシンインターフェイスの実験をしていた印波は、クーラーの効いた研究室の窓から講堂に集まる取材陣を見下ろしていた。
印波はその優秀さから教授に研究室の使用権を貰っていたのだ。そのため休みの間もずっと研究室に籠り、取り憑かれたように研究に没頭していた。
「あなたが印波さんですね」
その気配に気が付かなかった。ぼうっとしていたのもあるが、背後に立たれるまで物音ひとつ聞こえなかったのだ。
印波は目を丸くして、振り返る。そこには学ランを着た由良島が立っていた。
「ゆ、由良島君か」
「僕と会話が出来るのは見たところあなたしかいなさそうだ」
「だから入学式をサボってこんなところに来たのか」
「僕はああいう伝統とか、人との繋がりとかすごく嫌いなんだ。ああやってしきたりに沿っていなければ何もできないような奴らを見ていると殺したくなる。だが印波さんは違うんですね。独りこんな場所で皆の輪から離れている」
「人混みが苦手なだけだ」
印波は生意気な新入生に対して少しだけ苛立ち、突き放した言い方をした。
「人は皆、大衆の歯車みたく自分の意志を持っていない。僕はそれが我慢ならないんだ」
「あのインタビューで言ったことか」
「そうですね、僕はもう人に飽き飽きしているんだ。それは地球も同じことでしょう」
「神にでもなるつもりか」
「神? それは人が作り出した妄想ですよ。だけど言ってみれば人は妄想である一つの概念を作り出してしまう。人の認識が生み出した概念を神だとすれば、神という存在も一つの最終形態なのかもしれないですね」
「認識が作り出したものが神であり、それが人の最終形態だとするなら、認識を失えば人は死ぬということだな」
「そうですね、例えどんなに堅牢な肉体を持とうとも、どんな財と地位を持っていようとも、認識が消えれば神ですらも世界の王でも死ぬ」
「人は他者の認識や記憶の中にしか存在しない。つまり自分が死ぬことと、自分以外の全ての人類が死滅することは同義。認識における生死とはその二面性を持っているということだろ」
「やっぱり印波さんと話していると面白いですね。僕の言いたいことがよく分かっている。だから僕は人以外、つまり認識を自由に操れる存在になりたいんだ。つまり自分以外の人類が死滅しても生き続ける存在。これが本当の死の克服なんですよ。僕は思うんです、自分の死はまだ完全な死とは言えない。死んでしまった人も他者の記憶の中で生き続ける。だけど自分以外が死滅したことによる死は絶対死であり、この三次元空間ではどうすることもできない不可逆。僕の目指している場所はそこですよ」
由良島の話はあまりにも突飛すぎてついていくので精一杯だった。だがこの者と話していると不思議とそれが不可能には思えなかった。
その後、皆が注目した由良島の学部と研究室は印波と同じところになった。
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