第45話 異邦人
世界が滅びの一途をたどった二十一世紀末、人類の命運はシグマ社とスタンフォード大学に託された。
当時、スタンフォード大学で唯一の日本人教授である由良島天元はヒューノイドの発展に伴うAR技術の論文を発表し、早急にシグマ社の技術者を集め、協議を重ねた。その論文は世界で高く評価され、由良島はノーベル賞を獲得すると同時に、世界の救世主となったのだ。
だがその時、同じくしてノーベル賞を受賞した日本人がいた。それが印波湘洋である。印波は若くして、京都大学の教授となり、三十歳の若さで人工医療機器の論文を発表し、パワードスーツを手掛けていたシグマ社と共同開発を進めていた。
由良島との決定的な違いは印波の論文はどれも医療によるものだったというところだ。一世代前までの技術である人工臓器の開発者は印波であり、世界に絶大な衝撃を与えた人物ではあるが、それは歴史の狭間に押しつぶされてしまった。
印波は紫外線による皮膚病対策として人工皮膚や人工細胞の開発を提案したが、由良島の革新的なAR技術の前に倒れたのだ。
その後、印波はヒューノイドにおける臓器と人工交配の方面から由良島とタッグを組むこととなる。日本人科学者の二人が世界に影響を与え、印波は総理大臣直々に栄誉を与えられた。
科学者たちは二人を天才コンビと呼んだ。だが英雄は二人もいらない。AR技術を開発し、EYEの基本式を完成させた由良島のほうが大衆に広く知れ渡り、メディアも広く取り上げた。
実際、由良島のほうが革新的な発明をしたといえるだろう。印波の人工交配の技術も凄まじいものだが、あくまでの人が受け継いできた医療の集大成である。一方、由良島は世界の根源をも変えてしまう発明をしてしまったのだ。世俗の目は由良島に向き、やがて印波の名前は流布することなく、人々の記憶から薄れていった。
そんな天才日本人二人の関係は奇しくも大学時代からあった。とは言ってもたった一年だけだ。
京都大学の二回生だった印波はナノマシンによる再生医療や人工細胞などの人体工学について学んでいた。研究室の中でもかなり優秀だった印波は百年に一度の天才と言われていたのだ。ただしその年の春、学部に激震が走る。
それは十七歳にして京都大学に入学した学生が現れたという噂を耳にしたのだ。
「おい印波、聞いたか」
それは印波が学食のカツ定食を食べている時だった。研究室の三回生の先輩から話しかけられ、その事実を伝えられる。
「飛び級ですか!? 何年ぶりですかそれって、しかも十七歳なんて、まだ高二じゃないですか」
「それがさらに驚きなのが、どうやらいきなり二回生らしいんだ」
「嘘でしょ、じゃあ三つも飛び級したんですか。そんなの数学オリンピックを何連覇しても無理でしょ」
「それが本当だから、恐ろしいんだ。噂によれば幼稚園でホッジ予想を理解して、学会で発表したとかな」
「キリストですか」
「恐らく将来は十三人の弟子を引き連れて崇め奉られるだろうよ」
先輩の話を冗談交じりに聞いていると、学食のテレビでそのニュースが流れた。昼のニュース番組でその高校生が取り上げられていたのだ。高校生は冷たい目でインタビューに答えていた。
「将来はどのような人になりたいですか」
というアナウンサーの質問に対して、その天才高校生は笑いながら答えるのだった。
「人以外ですね」
先輩はその答えを聞いて笑ったが、印波は内心ぞっとした。その高校生は冗談を言っているように思えなかったのだ。なにやら本当にとんでもないことをやるのではないだろうかと、そのテレビを見ながらカツをあまり噛まずに飲み込んだ。
「い、以上でインタビューを終わりにします。由良島天元君、ありがとうございました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます