第27話 ディープウェブ

 彦根は目を細めて、その画面に釘付けになった。


「シグマじゃないな。随分とマイナーな検索エンジンを使っているようだな」


「ええ、そうよ」


「どうりで電波が届かないここでもネットに接続できるわけだ」


「そうよ、ここでEYEの使用はできない。だからジェンダーはこのサーバーを介して、世界に繋がっているのよ」


 彦根は仕事をする上で一度だけ目にしたことがある。だがIT企業など山のようにあり、そのうちのどれかなどいちいち覚えていない。だがジェンダー専用のサーバーがこの世界に存在していることは今、初めて知った。


「じゃあこいつを見るにはわざわざパソコンなどの外部出力機器を買わないと見れないんだな」


「私もあまり詳しくないから分からないけど、多分そうだと思う。ヒューノイドのAR技術はアメリカの一部IT企業の寡占状態でしょ。恐らく他の企業が入り込める隙は無いはずよ」


 恵奈が興味なさそうにそう言うと、メインページのアプリ画面から、「アルファオメガ」というアプリをクリックした。


「待て」


「なによ?」


「そのアプリ……」


 それは以前、サービスを終了したはずのオンラインチャットのアプリである。昔は少しだけ流行したが、その波も数か月足らずに過ぎ去り、サービス終了となった。それがなぜ未だに存在してるのだ。疑問に思った彦根は目を細めるも、口を噤み、息を飲んだ。


「いい?」


「ああ、続けてくれ」


 そのアプリを恵奈は当然のように開く、そしてある一つのチャットルームを彦根に見せた。


「渾沌……なんだこれは」


 チャットルームの名前は「渾沌」となっている。そこには数千人規模のアカウントが登録されていて、かなり巨大なチャットルームとなっていた。


「これはある一つのスレットに過ぎないわ。同じように渾沌の名前を使ったチャットルームは無数に存在して、それがどれだけあって、誰が始めたのか分からないわ」


 彦根は恵奈のノートパソコンをスクロールしていく、チャットルームのログを過去に遡っていくと、そこには現在の政府に対すると不平不満が書き連ねてあった。ただの反政府思想やネットの中だけで悪口を言うチャットルームかと思いきや、そうではなさそうだ。この渾沌というアイコンはどうやらグループの名前らしい。

 そしてどこの者たちは何者かによって操られている。渾沌と名の付くスレットはどれも同じような内容だが、完全な匿名が守られていて、その全容を見ることが出来ない。


「なんなんだこの気持ち悪いスレットは……」


 狂信的に渾沌はある一つの思想を信じている。それは「人類の解放」である。この言葉が何を意味しているのか分からない。だがまさしく教会や教祖を持たない宗教団体のようである。それはこのアルファオメガというアプリのチャットにか存在せず、まさしく幽霊のような存在だった。


「このスレットを見て欲しいの」


 恵奈がそう言って、彦根に見せたスレットは日比谷線の脱線事故の前に立てられたスレッドだった。タイトルは同じく「渾沌」。そこで初めてマスターと名乗る男が登場するのである。

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