第28話 ディープウェブ
マスターと名乗る人物は世界の変革を宣言した。その黎明として、この社会の穴を突くと言った。
このスレットを読んで鳥肌が立つようだった。渾沌が掲げる人類の解放思想はまさしく生嶋総理が言った「現代社会に対するアンチテーゼ」そのものである。
「こいつらは皆、ヒューノイドではないのか」
「全員がジェンダーであるとは限らないと思う。このアプリはこのサーバーからしかログインできないけど、ジェンダーにしか利用できないわけでは無いわ」
恵奈の言う通り、そこを等式では結べない。ジェンダーだけに絞って捜索するのは早計だ。彦根は口を元抑えながら考えた。
孤立化する我々人類はネットという顔の見えない世界へと逃げていく。そしてそこで寂しさを埋めるためのコミュニティを築き、目に見えないものを追い求めるのだ。顔が見えず、身元が分からないもの同志に絆を植え付けるには一つの思想が重要なのだ。そして荒んだ心にこのように盲信させてくれる宗教があれば、人々の心は癒される。さらにその目的が大きければ、大きいほど参加をした人々の心はロマンへ掻き立てられ、その思想にのめり込んでいくのだ。
これまでの人類史に残った大衆誘導の戦術がふんだんに盛り込まれているのがこの渾沌という組織の全容だ。
人々の繋がりを持たせるための場所。
共通の目的。
共通の敵。
心を掻き立てる陰謀論。
そんな世界に降り立つ一人の救世主。
そして奇跡。
あの脱線事故はAR世界に一石を投じた奇跡である。その一つの事件を皮切りにチャットはさらに盛り上がった。
「他のチャットでは政府の内部情報も開示されていてる。恐らく政府関係者が渾沌の一員でその情報を横流しにしているとしか考えようがないのよ」
「なら生嶋総理を殺した犯人もこの中に含まれているのだな」
「私はそう考えているわ」
「だがこのくらいじゃ満足しないよな」
「渾沌が思想集団であるがゆえに、敵とみなした思想は根絶するまで動くはず。生嶋総理は思想の旗印であるに過ぎないことを渾沌は理解しているわ」
恵奈は渋いを顔をして言った。
「ありがとう。君のおかげで真実に近づけたよ」
「この後、どうする気なの?」
「このマスターと名乗る者の正体を暴いて見せる」
彦根がそう言うと、恵奈は立ち上がった。
「次のターゲットは彦根桐吾、あなたよ」
「なぜ私が狙われるんだ?」
「あなたはサイバー庁のホープ、そして生嶋総理から使命を託された男。狙うだけの理由はいくらだってある」
彦根はその言葉を聞いた瞬間、目を細めた。
「私のことをどうやって調べた。君は何を企んでいるだ?」
「私はあなたのことを知っている。でもいまそれを明かすことはできない。でも一つだけ言えることは私もあなたと同じ考えを持っているということよ」
恵奈はそう言って、彦根の頬をやさしく撫でた。
「お前がマスターじゃないだろうな?」
彦根が勘ぐるような目を向けると、恵奈ははにかんだ。
「もしそうなら、私は殺して」
そう言って恵奈は懐から拳銃を取り出した。そのグリップを彦根の目の前に向ける。
二人の間には静かな時間が流れた。たった数秒の沈黙であったが、その時間は果てしなく長く感じた。
「それは生身の体を守るものだ。君が持っていろ」
彦根はそう言うと、拳銃を押し退けるのだった。
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