第26話 アリの巣

 彦根は恵奈の家に案内されることとなった。

 メインストリートから路地に入り、壁際に到達すると、そこにはブリキの階段があった。左はコンクリートの壁、右は鉄柵一つ。そんな階段がかなり高くまで続いている。幸いなことに彦根は高所が苦手というわけでは無いが、一番上までこの階段を昇ると考えただけで、肝を冷やした。

 階層の中段まで階段を昇った彦根は前を歩く恵奈に向けて問いかける。


「ここから落ちた奴もいるのか」


「なに怖いの?」


「いやそういうわけじゃないが、あまりにも高いものでな」


 そう言いながら鉄柵に手を突いて、下を眺める。すると歩いてる人が豆粒のように見えた。


「風が吹かないだけ増しでしょ。ちなみにあなたが落ちたらめでたく一号目よ」


「落ちても私は死なないけどな」


「下の人が危険だわ」


「全くその通りだ」


 恵奈が住む階層は中層よりも少しだけ高い位置にあった。階層には長い通路が続いていて、木製の扉がずらりと並んでいる。だが鍵は付いていないようだ。どの扉もかなり使い古されたもので、ところどころに穴が開いている。

 恵奈の部屋はその階層の一番奥にあり、同じく鍵などはついてなかった。

 帰宅した恵奈はドアノブを掴み、躊躇なく開くと、彦根を招き入れた。

 内装は実にシンプルなワンルームだった。入口すぐに小さな洗面台とキッチンがあり、その横にシャワールームがついている。

 簡易的なテーブルの脇にソファベッドが一つ。机や椅子はなく、奥の壁には小さなタンスが一つあるだけだった。


「男を簡単に部屋に入れていいのか」


「あら、私がそんな軽い女に見えた?」


 彦根は薄い笑みを浮かべながら首を横に振った。


「助けてくれた恩返しよ」


「それはもう済んだだろ」


「じゃあ真実を知りたくないの?」


 恵奈はソファベッドに腰かけると、そう言った。そしてテーブルの上に置いてあったノートパソコン開くと、電源ボタンをタップして立っている彦根を見上げる。


「知っているのか? あの事件の真相を」


「そこまでは言えない。でもあなたたちに見えないものが私たちには見えたりするのよ」


 彦根はその言葉に導かれるように、恵奈の隣に座った。

 ノートパソコンなど久しぶりに見る。いまではこのような古典的な機械を使う者はほとんどいない。全てはEYEの空間上に映し出すディスプレイで事足りるのだ。


「何を見せるつもりなんだ?」


「インターネットよ」


「インターネットだと?」


 彦根は聞き返しながらEYEのネット回線を確認するが、ここではやはり圏外と表示される。これだけ深い地下でインターネットを使うことは想定されていないため、一般のネットは繋がらない。地下作業をするときはそれ用のルーターを使うのは主流だが、ここにはそれらしきものも見当たらなかった。

 恵奈は戸惑う彦根を横目にパソコンを操作すると、インターネットブラウザをクリックした。

 展開された画面に映し出されたページは滅多に見ることのない世にも珍しいホーム画面だった。

 

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