第15話 会談

「それゆえに人は利己的に生きるのです。生物として循環する歯車から逸脱し、瞬間的な人生を全うするために便利な技術に頼っていく。だが特別延命処置法はその瞬間的な人生を恒久的なものへと変えてしまう。それがいったいどれほど危険な事か。そしてこの幻想がどこまで続くのか。私はそんな偶像に似たこの機体を恨んでいるのですよ」


「本当に君はお父さんとは正反対だな」


 彦根は父のことを口に出された瞬間、怒りを露にした。空気が一瞬にして凍り付き、低い声で睨みつける。


「わざわざ父の話をしに私をここに呼んだんですか」


「父親が憎いか」


「その問いに答える必要ありますか」


 すると宮部は口角を上げ、落ち着いた声で答えた。


「君が父のことを憎んでいるのはよく分かる。天才科学者と称された由良島天神によってヒューノイドは完成した……」


「父は人を人以外に変えた張本人ですよ。そして人のことをただの道具としてしか思っていないクズだ」


「君の言う、循環する歯車から人類は完全に逸脱してしまったからな」


「父の話をするなら帰ります」


 彦根は脇に置いてあったビジネスバッグを手に取り、立ち上がろうとした。


「待て――」


 宮部は扇子を閉じて、卓上に突き立てた。


「私とて暇ではない。昔話をするために君をここに呼んだわけでは無い」


「ではそろそろ本題に移りましょうよ。宮部先生、私をここに呼んだ真意を教えてください」


 彦根がそう言うと、宮部は視線を戸襖の方へ向けた。彦根もそれにつられて、そちらに視線向ける。

 それに呼応するように、女将の声が聞こくる。戸襖がゆっくりと開き、女将が会釈をすると、その背後から黒い影が見えた。

 生唾を飲み、知らされていない訪問者に身構える。


「君が彦根君か」


 その声と共に訪れた男に息が止まりそうになった。

 宮部は扇子をバッグにしまうと、澄ました顔でこう言った。


「君は初めてお会いするだろう。生嶋総理だ」


 明月亭の一番奥の間、彦根と畳一畳分の先に現在の日本を代表する男が仁王立ちしている。


「総理……なぜここに」


 彦根は動揺が隠せなかった。この会談はお忍びのはず。それが総理大臣に明るみになってよいのだろか。彦根は丸くした目で宮部を見つめる。


「君には言っていなかったが、今日は初めから総理が同席する予定だったのだ」


 EYEに示された時計を見ると、確かに現時刻は八時半である。


「君のことは宮部から聞いているよ。サイバー庁のホープらしいね。君のような若者が未来を背負うと考えると、今後の日本にも少しばかりの明かりが見えるように思えるよ」


「生嶋総理……ありがたいお言葉、恐悦至極でございます」


 彦根は深々と頭を下げ、その伏せた顔の下で目線を泳がせるのだった。

 生嶋は宮部の隣に腰を掛け、頭を下げる彦根に対して、一言掛けた。


「そんなにかしこまらないでくれ。これはある意味プライベートなのだから。だが今日は君に一つ頼み事をしに来たんだ」


「頼み事ですか……」


 彦根は眉間にしわを寄せながら顔を上げるのだった。





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