第12話 一端
持永は脱線の直前まで映像を巻き戻し、停止させた。
「ここを見て下さい」
共有されたディスプレイに映っているレールを指さした。そこをさらに拡大し、画像の解析度を上げると、その箇所に大きな亀裂が見られた。経年劣化による亀裂ではない、辺りは黒く焦げていて、明らかに焼き切られた後がある。
「この画像を覚えていてください」
そう言うと、さらに映像を巻き戻した。五分ほど巻き戻ると、電車の後方が画面に見切れた。
「これが一本前の電車が通り過ぎた直後のレールです」
先ほどの画像と比べると、不自然な亀裂はない。いたって正常なレールが伸びていた。
「つまりたった五分の犯行だったということか」
しかしこの五分の間に人が線路に立ちった様子は一切見られなかった。なぜこのようなことが起きたのか。彦根は思案しながら、質問した。
「この亀裂が出来た瞬間を捉えた映像はあるのか」
「ええ、しかしこれがどうも不思議なんです」
その犯行が起こったと考えられる五分間を今度は1.2倍速のスピードで再生させた。亀裂があった個所を限界まで拡大して観察すると、その異変はすぐに起こる。
誰もいないのにレールからいきなり小さな煙が立ち上ったのだ。そしてその煙はみるみるうちにレールを焼いていく。
「止めてくれ」
映像を止めさせて、じっくりとその部分を見つめるが、やはり勝手にレールが焼けていくようにしか見えない。遠隔装置が作動しているようにも見えないし、実に古典的な方法でレールが焼き切られている。
「このデータを手に入れたのはいつだ?」
「事件が起こってすぐです。室長が考えているように、鉄道局や政府がデータを改ざんしたとは考えにくいですよ」
「そうか、ならこの映像が真実となるわけだ。つまり誰もいない場所から勝手に煙が立ち、勝手にレールが焼きられたと……」
「ええ、さらに侵入感知センサーもレールが損傷していることが知らせる信号も何も反応しなかった……まるで幽霊の仕業ですよ」
「仮にこの事故が偶然ではなく必然である事件だとすれば、この管理社会に大きな風穴を空けることになるぞ。このことが国民に知られれば、いま政府が進めようとしている法案にも大きな打撃を与えることになる。ヒューマノイドという一つの共同体を破壊するゴーストが明るみに出れば、延命どころではない。政府はこの事実を知った上で、全力で隠蔽するだろうな……」
「もしかしたらこのゴーストの存在は私たちヒューマノイドに対するアンチテーゼなのかもしれませんね」
「持永くん、君はこの事件を極秘裏に調べてくれ。くれぐれも局次長には見つからないように」
「ええ、かしこまりました」
持永が深く頷くと、ハイヤーは停まった。サイバー庁の門前に到着したのだ。
彦根は窓の外にそびえたつサイバー庁の官庁を仰ぎ見た。燦々と輝く太陽が高層ビルの窓を照らし、地上まで反射の光を及ぼしている。
ハイヤーは入口のポールが上がると、地下駐車場の暗闇へと吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます