第11話 一端

 彦根は深く座り直した。

 指先で唇をなぞり、病室で考えたことを頭で整理しながら話を聞いた。


「脱線事故の公的な要因としては未だは発表されていません」


「そうだろうな、原因究明を急ぐと思うが、恐らく政府に都合のよい方向にもっていく。それか無かったことにするかのどちからだ」


「そうですね、状況から考えられるに、線路内に立ち寄ることが出来るのは駅員か、ヒューマノイドの安全装置が作動しないジェンダーのみ。このどちらかが線路に細工を施したとして考えられません」


「うん、それが妥当な判断だ」


 彦根は腕を組み、頷いた。


「恐らく、この事件は迷宮入りとなるでしょうね。いずれ政治家の汚職や芸能人の不倫ニュースでかき消されるでしょう」


「そうだな、人は事件を忘れやすい」


 ヒューマノイド化したことによって人々が事件や事故を忘れやすくなったのも事実だ。なぜならどんなに残酷な事件が起きようと、どんなに凄惨な事故が起きようとこの肉体である限りは死なないし、重傷も負わないからである。事件や事故に巻まれたとしても病院で検査入院をして、壊れ部分を直せば何とかなる。一命をとりとめるなどの危機存亡も無く、人は死なないことが当たり前になった。

 そのため事件や事故で大切な人を亡くしたという遺族もいないため、被害者会も出来ない。この脱線事故も「会社や学校に行けなくなった」「怖い思いをした」くらいにしか思っていないだろう。

 そのため警察は正義の温床として町を監視している存在でしかなくなり、捜査をして何として犯人を見つけ出し、牢屋に入れるという気概も薄れつつある。分からない事件は分からないまま放っておけばいい。

 機械仕掛けの体のせいで責任というものが機械化されていく。

 人間の官僚主義はさらに加速をしていった。

 だが彦根は官僚でありながら、その考えが最も嫌いな人である。


「しかし事象には要因がある。コップを横にしなければ水は零れない。レールと車輪がかみ合っていれば、電車が横転することなんてまずないんだから」


「ええ、私たちはこれをテロであると見ています」


「証拠はあるのか」


「証拠はありません。鉄道局の監視カメラサーバーからは線路内に立ち寄った人間を見ることは出来ませんでした。だが一つだけ分かってことがあります。この映像を見て下さい」


 持永が空間上をタップすると、ディスプレイが二人で共有された。それはサイバー庁の技術を駆使して、持永が鉄道局のサーバーをハッキングして得た監視カメラ映像だった。さらにその映像を0.1倍速に加工し、レールの動向を捉えている。車輪とレールを拡大して、スローモーションで脱線の状況が映し出された。

 車輪から火花が立ち、レールの破片が吹き飛んでいく。次の瞬間、車体は横転し、黒煙がカメラを覆った。

 脱線事故の一部始終を捉えた映像だ。音声は入っていなくとも、ホームにいた人々の悲鳴と金属音が聞こえてくるようだった。



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