第9話 序章

 人の死は政府によって決められた。それは完全に平等で、人による差異はない。人口調整の観点から、八十年がベストとされ、誕生から八十年経った日にヒューマノイドの稼働は停止する。

 中には生前葬をする人々もいて、可視化された終わりは人々に覚悟を与えた。事故死や病死など、突然の死がなくなった現代。八十年という月日を全うするために生き、死ぬ目には生まれる日同様に家族全員に見送られる、それが新しい死の在り方なのだ。

 だがその普遍の死に一石が投じられた。

 それが「特別延命処置法」である。

 最初にこの法律を制定したのは中国だった。これは一部の要人のみが八十年を越えても生きられるというものだ。八十年で死ぬには惜しいとされた者だけが厳正な審査の後に延命処置を受けることが出来る。

 つまり不老不死を手に入れることができるという法律である。


「生嶋総理の一声で国会は大きく揺れていますからね」


「恐らく、アメリカの圧力もあるだろう。生嶋総理を責め立てることが出来ないが、この法律がまかり通れば、人は本当に人でなくなってしまう」


「ええ、その八十年を超えるということは人を虐殺しているのと同じになりますからね。一律の死をもってコントロールしていたのに、誰かが延命したら、それはただの殺人です」


「その通りだ。均衡を崩す行為はただのエゴだ。元々平等ではなかった人をヒューマノイドの全体主義で一つの平等下に置いてしまった。だがその平等は経済力などの要因でいくらでも懸隔化してしまう。そのため私はヒューマノイドも平等だとは思っていないし、こんな何にだってなれる体で有能無能もない。特別延命処置法などただの独裁者の身勝手に過ぎないな」


 彦根は厳しい目つきでそう言った。


「デモは活発化していますね」


「当然だろうな」


 特別延命処置法案に異を唱えるのは野党だけではない。国民がこの法律には不信感を抱いていた。一部の人間だけ生き残れる世界。そしてその選定をするのも自分たちと同じ人間。政治家は神になったつもりなのだろうか。同じ人であることは変わりはないのに、選ばれた者だけが生き残れる。

 国民が猛反発するのは当たり前のことだった。だが世界中を見てもこの動きが強硬的に進んでいる。人は死が怖くなったのだ。終わりが怖くなったのだ。だから我だけはと生き残る方法を模索したのである。

 誰かが生き残れば、自分も、自分もとよく多くの人が延命を望むようになるだろう。もしもそうなれば、人口は増え続け、管理は出来なくなり、それを解決させるための虐殺という恐ろしい未来が待っている。

 彦根は窓の外を流れる景色を眺めながら、唇を噛み締めた。官庁が建ち並ぶ東京の中心地に進むにつれ、破り捨てらえたプラカードがそこら中に散らばっていた。

 毎日逮捕者が出る始末で、その度にデモは過激になっていく。

 彦根はそんな残骸を見つめながら、大きな溜息をつき、沈黙を割った。


「そういえば、持永君。電車で人と話したよ」


「プライベートモードにしていなかったんですか」


「いいや、そうじゃない。あれはヒューマノイドじゃなかった。〝ヒト〟だったよ」


 持永は彦根の言葉に眉をひそめた。


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