第7話 序章
彦根はたった一日だけ検査入院をすることになった。
思えば、ここ最近はずっと働き詰めで休暇などずっとなかった。今こうして、ぼんやりとしていると自分が現実から切り離されたように感じる。
彦根は視界の右下あたりを指でタップした。すると目の前にネットニュースが表示される。それをスクロールしていくと、流れるようにニュース記事が目に飛び込んできた。
本会議にて、日励党が自由党と真っ向勝負か!?
国会を囲む、デモ隊!! 法案はどうなる!?
特別延命処置法に賛否の声
日比谷線、脱線事故が発生
今や情報は無料で入って来る。情報に溢れ、調べればなんだって表示されるのが今の世の中だ。
AR革命が起こったことによって、人々はスマホを持たなくなった。情報端末は消え去り、情報ソフトとしてダウンロードするのが当たり前の時代である。
何もない空間をタップすることで表示されるスクリーンを操作して、電話やメール、インターネットなどが全て人の頭に入ってしまった。
携帯会社も皆、この技術に移行し、スマホの時代に終わりが告げられた。このAR情報ソフトはEYEと呼ばれ、今では国民の九割がこのEYEを所有している。
遥か昔、人一人分ほどの大きさをしていた電話が時代を下るごとに小さく、より体に近い存在へと変貌していった。まさしくEYEは携帯電話の最終形態と言えるだろう。このソフトでは財布すらも管理している。キャッシュレス化は飛躍的に進み、現金での決済をすることはなくなった。紙幣はもはやデータ上にある金の価値を証明する券であり、紙幣を紙幣として使う時代は終わってしまったのだ。
金本位制における金と同じと言えば、分かりやすいだろうか。そのため、スーパーやコンビニでの買い物も自動決済となり、レジが消えた。
商品を持って、外に出れば勝手に決済してくれるのだ。もはや社会科の授業で、現在使われる紙幣の人物を答えるという問題が出る始末。社会は急速にデジタル化を進み、そこに実在するかデータとして存在しているのかは些事なこととして捉えられるようになってしまった。
そしてこのEYEの凄いところはヒューマノイドと一体になっているところだろう。プライベートモードに切り替えれば、姿形も見えなくなる。さらに情報をダウンロードしておけば、それを具現化する機能もある。
例えば、折り畳みの傘をEYEにダウウンロードしておけば、タップ一つでそれを持ち出すことが可能だ。AR世界とは全てが幻で全てが現実なのだ。
ネットニュースを閉じた彦根は何となく外を眺めた。高層階から見渡せる東京の景色。本当なら今頃、この摩天楼の中で馬車馬のように働いていた。そんなことを何気なく考えながら、大きなあくびをすると、病室に給仕ロボットが入ってきた。
機械音を発しながら、定型文の挨拶を終えると、アームを伸ばし、ベッドの取り付けテーブルに食事を置く。
決して病院食とは思えない香ばしい香りが彦根の食欲を搔き立てた。
ウインナーに味噌汁。味の濃そうな漬物に肉野菜炒め。まだ人類が人体に頼っていた頃の病院食は健康を考えて薄味だった。だが、この病院食は味がはっきりとして、かなり旨い。肉体的な病よりも、精神的ストレスが重要視される時代だ。今ではこれが当たり前なのだ。
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