第5話 AR革命

 そこで立ち上がったのがアメリカのシリコンバレーに本社を持つシグマ社である。

 シグマ社は以前から、パワードスーツの研究を行っていた。先進国の少子高齢化が進み、老々介護の問題が浮き彫りになった現代、より楽により快適に暮らせるためのツールとして、人間の筋力補助は重要な課題となっていた。

 シグマ社はスタンフォード大学と協議重ね、医学的観点と科学的観をうまくすり合わせ、革新技術の研究を早急に進めていった。

 そしてシグマ社が開発した新技術は人が生まれながらに持っている臓器をこの汚染された地球に合わせて作られた人工臓器に置き換えるというものだった。


 肺や心臓は人体における重要な器官である。そこを人工臓器に置き変えて、特効薬を作るのではなく、感染症の効かない体へと改変する。

 さらには食糧危機を解決するために胃や腸や肝臓までも作り変えていったのである。それと同時に人工オートミールという機械的な栄養食品を開発し、生物として必要なエネルギーをゼロから変えていった。極端な事を言えば、人体が完全に機械化してしまえば、食事は要らなくなり、それこそ充電をするだけに充分になる。

 内臓機器を総入れ替えしたことによって、本来生物にとって必要なタンパク質や炭水化物が無くても生きている体を作ってしまったのである。

 人工臓器の開発は次々と進み、ついには脳までもマシーンに頼るようなった。キリスト原理主義や世界各国の宗教機関はこの動きに猛反発したが、目の前に迫る死という恐怖には誰も抗えない。殉教者以外が結局、この時代の変遷に従わざるを得なかった。

 人類はこの時、進化の選択が問われたのだ。


 しかし地球はそんな人類に牙をむき、今度は皮膚病を蔓延させた。さらにはオゾンホールによって降り注がれる紫外線が人類の唯一残った細胞を攻撃し始めたのだ。

 それにより、中身だけではなく外見まで機械に頼ることになった。

 当初は崇高に作られた生物性樹脂を用いた人工皮膚でその外見を人間に保っていたが、それではあまりにもコストがかかる。生まれたばかりに赤子の皮を引っぺがし、内臓の全てを入れ替える。それは本当に産み落とされた赤子なのだろうか。

 人類すべてを改造人間にアップデートするには、コストもかかり、その意義が無くなってしまった。

 そこで人は脳を騙したのである。

 アメリカのシリコンバレーはAR技術に目を向けた。もはやこの段階で人間はロボットと変わらなくなった。それなら一層のことヒューマノイドの眼球に特殊なレンズを埋め込み、世界を元の地球へと改変してしまえばいい。

 シグマ社とVRゲームの大手、カイセル社が共同開発したARレンズが世界に革命をもたらした。

 拡張された幻想は現実となり、人々の目には以前の青い地球が飛び込んできた。

 そこには存在しない人類が見え、そこには存在しない地球が見える。それが世界におけるAR技術の革命だった。

 そして人はそんな桃源郷の中で神に手を伸ばした。

 仏教における四つの苦行、生、老、病、死、を克服してしまった。ついに人類は容姿も自分で決められ、病で苦しむことも無くなった。そして生殖機能も失い、セックスはただの性的開放でしかなくなった。

 ヒューマノイドは政府に管理下の元、生まれ。政府に定められた時間を全うすると終わりを迎える。家族すら偽りであり、そもそもその体には血が流れていない。

 ハリボテの愛は人類に大きな孤独をもたらしたのである。



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