11.時空を超えて

アケルナル。

川の果て。

世界の果てとも言われるここは、流れの激しい長い川をのぼり、滝をのぼり、磁石もきかず、太陽さえ見えない樹海をくぐり、険しい山を登り、やっと川の果てに着くと言われている場所。

死者が集る場所で、生きてる者が行く場所ではないと言う伝えもあり、行った者は帰って来れないと言う自殺の名所でもある。

辿り着いた者には至福の死が訪れると言う謂れもあり、それは死者を冥福する為の謂れだろう。

何もない殺風景な風景なのに、まるで異空間。

地獄と極楽を垣間見る事ができると言う話もあるが、事実そうだろう、あの世とこの世を繋ぐ場所となる程、ここは、聖域も魔域も混じった空気の流れをしている。

どこかで温泉が湧いているのか、硫黄のニオイがする。

いや、自殺者の死体が腐ったニオイかもしれない。

余りいいニオイじゃない。

ガルボ村の村長は、そこで一人、空を見上げていた。

「このリュウキンカ、年老いて、またここに来るとはな。若い頃、イタコの口寄せをやっとったあの子との出会いを思い出すわい」

と、一人、思い出に耽る。

イタコとは、生まれながらか幼くして盲目、半盲目になってしまった女の子が生活の糧のために、苦しい修行を経て能力を身につけて独立し、その口寄せにより、先祖の霊や死んでしまった友人、知人、肉親など死者の世界と現世に生きる人の仲立ちとなって今は亡き人の意志を伝達する者である。それは所謂、占い、予言的なもので、死者と会話を楽しむものではない。だが占いや予言は外れると、詐欺などと罵られ、やがて、イタコと言う職業を持った者は死刑となり、今ではイタコを職業とする者はいない——。

一般的に知られている憑くという概念から、イタコも霊が乗り移り喋っていると思われがちだが、そうではない。

イタコはあくまでも死者と生者の仲立ち。

死者の想いを口にする。

死者の中には、訳ありの者もいて、思念だけで、誰かに何かを伝える者がいる。その時、憑依ではなく、死者の思念を聞く者として、イタコの存在があった。

何故、イタコが盲目、または半盲目でなければならないのか、それは思念が見えると、本当の伝えたい想いが聞こえなくなるからだ。

想いがうまく伝えられる為、中には自分の目を潰した者もいたと言う——。

それでも、やはり未来的予言は当たり外れがあり、職業としても成り立たなくなった。

「あの子に言われた通りじゃな。わしは年老いて、またここに来ると。今なら詐欺ではないと証明できる。よう当たるイタコじゃった。確か、あの時の口寄せに現れた霊の名はディジー・ブローシアと言ったか? よう覚えとるのぅ、わしも——」

いや、覚えていたのではない。

忘れていたのだが、思い出したのだ。

ディジー・ルピナスが、ガルボ村に尋ねて来た夜に、思い出したのだ——。

『ルピナスの王女として生まれ変わります、名は変わらずディジーと名付けられるでしょう。そしてガルボ村に行く時、私を助けるのは、呪われた剣クリムズンスターを持ったシンバという少年を適任だと言って下さい。私は彼に助けられる為に、醜い化け物となっても、生まれ変わります。彼に逢う為に——』

「あの頃のわしは霊の姿すら、まだよく見えぬ半人前の更に半人前で、イタコの口寄せなど、聞いちゃいなかった。だが、本当にルピナスの王女が尋ねて来るとは、本当によう当たるイタコじゃったなぁ。だが、あのディジー・ブローシアと名乗った霊の思念、何故、そこまで的確に未来を当てられたんじゃろう? 霊体となる者は時に予知するチカラを手に入れる。そして、それを生者に知らせる。昔は霊力がない者が、その知らせを何かの拍子に感じ、それをよく虫の知らせなどと言うたが、あのディジー・ブローシアの思念は虫の知らせなどという物ではない。完璧な未来予言じゃ。まぁ、イタコの口寄せじゃ、それなりの未来予言は当たり前じゃが、それにしても完璧な予言とはなぁ。不思議じゃなぁ・・・・・・」

不思議も不思議。

自分が生まれ変わる時の名前まで言い当てたのだ。

そして、クリムズンスターを所有する少年の名もシンバと言い当てている。

クリムズンスターを所有する者など、現れるとは思わなかった為、イタコの口寄せは余り信じてはいなかった。

だが、シンバが簡単にクリムズンスターを所有する事を許されたのも、村長の記憶に残っていたイタコの口寄せのせいもあった。

「・・・・・・シンバが適任じゃよ」

ディジーがガルボ村に来た時の事を思い出し、そして、そう言った事を、また口にしてみた。そして、若かりし頃を懐かしむ――。



『もし? あなた様はガルボ村から来た方ですか?』

『え? そうですが? あなた、目が?』

『はい、ワタシ、イタコで御座います』

『イタコ?』

『あなたに是非聞いてもらいたい思念の想いがあります、その思念の名をディジー・ブローシア。あなたの孫だった子です』

『孫!?』

『はい。あなたは生まれ変わりましたが、あなたの御孫さんは、まだこの世に生まれ変わっていません。思念の想いを聞いてあげて下さい』

『はぁ・・・・・・、あのどうして・・・・・・?』

『どうしてここに来るのがわかったのか?ですか?』

『はい』

『わかりますよ、ワタシはイタコですから』

そう言って微笑んだ彼女——。



「今になり、わかっても、もう遅いかのぅ。わしはアンタよりも霊力がなかったからのぉ。でも今なら、負けんけどの。なんせ村の長にまでなったんじゃからのぅ。このわしが、村の長じゃ。アンタの言った通りじゃな。やはりアンタの霊能力者としての意見は正しかったんじゃ」



『孫を可愛いと思うならば、思念を聞き入れる為に、人に命令できる者になりなさい』

『さっきから孫孫孫って! 孫なんか持った覚えないよ!』

『それは今のあなた。昔はあなただって、おじいちゃんだったんですよ』

『昔は赤ちゃんだったんだよ!』

『まぁ! うふふふふ。あなた、ガルボ村から来た方なのに、面白いわ』

『どっちが!』

『ワタシはイタコ。イタコの言葉を聞き入れるも、入れぬも、あなた次第。お好きに』

『そんな! 言いたいだけ言っておいて、無責任すぎる!』

『あなたも何れわかる時が来るでしょう、あなたには秘められたチカラがある。それを生かすも殺すもあなた次第』

『それもイタコの口寄せ?』

『いいえ、これはワタシの霊能者としての意見。あなたには人を束ねるチカラがある』

『なんでわかるの?』

『わかりますよ、ワタシはイタコですから』

また、そう言って笑う彼女の笑顔は、目が見えないとは思えない程、豊かで、柔らかく、綺麗だった——。

だが、彼女は詐欺師として死刑になった。

その頃のイタコ、殆どが、そういう無残な刑を宣告された。

わしは、彼女の口寄せ、予言、それらは正しいと証明する為に、村の長となる為、修行を積んだ。死んだ彼女が、あの世から見ているかもしれないと、どんな苦しい修行も耐えた。

「なぁ? 見とるか? アンタの予言の口寄せも意見も詐欺ではなかったんじゃ。今になって証明しても遅いかのぅ? わしもシンバがクリムズンスターを所有し、ディジー王女が尋ねて来るまで、すっかり忘れておった過去じゃ。今更と笑うか? だが証明させておくれ。わしも、もうそう長くはない。アンタに逢える日も近いと思うんじゃ。その時に予言は正しかったと、あの世で証明してやるからのぅ」

空に向かって、そう呟く村長の背後で、

「年寄りになると、独り言が多くなるもんなんですか?」

と、声をかけたのはウルフ。

「おお、ウルフか。いや、なに、過去の亡霊と会話しとったんじゃよ」

そう言った村長に、

「それって生霊?」

と、ウィードが聞いて来た。

「おお、ディジー王女から聞いてはいたが、本当に子供ばかり集めたもんじゃのぅ。で、そのリーダーのシンバはどこじゃ?」

リーダーって言い方はどうなのかとウルフは苦笑いしながら、

「リーダーは、体調を悪くして、タルナバの町で休んでます」

と、答えた。

「・・・・・・ならウルフが引き連れて来たのか?」

「悪いですか?」

「いや、悪くはないが、苦手じゃろう?」

「単独プレイしかしませんからね、俺は」

「わかっとるじゃないか」

「でもチームプレイもできるようになる為に、頑張ってるんですよ、評価して下さい」

そう言って勝ち気なウルフに、そういう言い草が単独プレイしかできない所なんじゃと思う村長だったが、敢えて何も言わず、頷いた。そして——

「ウルフよ、お主、一人で大丈夫かの?」

「え? 何がですか?」

「冥界ヘ行くんじゃよ」

「村長様は?」

「わしは、ここで冥界の扉を開ける役目をする。大きな聖域を作り、他の魔物が寄って来れんようにしなきゃならんし、冥界の化け物が開いた扉から出てくる事も考えられるからのぅ。巨大な聖域を作って、魔物が入って来れんようにせにゃぁならん」

「幾ら村長様でも、そんな聖域を作れるとは思えませんが・・・・・・」

「だから天界の生物に助けを求めたんじゃよ。聖域を作るには持って来いじゃ」

と、村長はディジーを見る。

「オレ、その冥界って言うの? 行ってみたいな」

アルがそう言うと、ウィードまでが、

「ボクもボクも!」

と、はしゃぎ出した。

「い、いや、待て、子供はやめた方が」

と、何故か焦る村長。

村長は、ウルフは一人の方がチカラを発揮できると知っている。そんな村長の気持ちを見抜き、ウルフは、

「いいぜ、みんなで行こう」

そう言った。

チームプレイだって出きるのだと見せたいのだ。

「私もイヤーウィングドラゴンを呼んだら、ウルフと一緒に行きます。心配だから」

そう言ったディジーに、それは余計な心配だとウルフはムッとする。そんなウルフの表情に気付いたディジーは、

「違う違う、ウルフが心配なんじゃなくて、子供達が心配なの」

と、言うが、だから気に入らないのだとウルフは思う。

これがシンバなら、何の心配もなく、子供を預けるだろうと思うからだ。

「オイラモ行ク。行カナケレバナラナイ。伝送路ヲ繋イデイル、メインノ機体ヲ壊スノハオイラガスル」

と、エルムがそう言うと、村長は、仕方ないとばかりに、頷き、

「では、ウルフの言う事を聞き、無茶をせずにな」

と、諦め口調で言った。

「あたしは待ってる。意味不明な事には付き合えないわ」

と、相変わらず、オペラグラスで空を見ながら、どうでも良さそうに呟くマルメロ。

村長が陣を描き、

「冥界の扉よ、この世に姿を現せよ」

そう言うと、経を読み始める。

ディジーは大きな鎌を空高く上げ、

「異界へ召された天界の魂、イヤーウィングドラゴンよ、ディジー・ルピナスの命により、出でよ!」

と、高く掲げた鎌を、振り落とし、空間を刃で切り裂いた!

その切り裂いた空間に、異空間へと繋がる狭間ができる。

そして、ヌッと、そこから顔を出したのは、大きな龍の顔。

ルピナスの鎌で切り裂いた空間は直接、イヤーウィングドラゴンと繋がるようだ。

流石、初代シュロ王に仕えていたドラゴン。

ルピナスの血の者に忠実だ——。

グオーっと大きな口を開けると、凶暴そうな顔付きで、皆を見据えるが、とても大人しく、バッサバッサと大きな翼を広げながらも、ディジーの傍で座り出す。

天界の生物がいるだけで一気に聖域の空気が流れ出す。

ディジーは鎌をその場に置くと、

「いい子ね、大人しくね、鎌の所から動かないでね」

と、ドラゴンに言い聞かす。

「すっげぇな!」

と、やはり見えるのだろう、アルがそう言った時、村長の経も終わった。

そして、目の前には山のように大きな黒い扉がある。

ウルフがゴクリと唾を飲み込み、ドアに手を伸ばすと、

「ウルフよ、自分の命をなくしても、皆の命だけは守るのじゃ、何があっても。それが聖職者になる者の定め」

村長にそう言われ、ウルフはコクンと頷いた。そして、扉が開けられ、中から魔の空気が溢れ出した。それは聖域となる外の空気と触れ合うと、魔の空気の方が負けてしまう為、消されていく。だが、扉の向こうの世界は魔の空気で一杯だ。

ウルフは再びゴクリと唾を飲み込んだ。

「それから」

また声をかける村長に、ウルフは、

「言いたい事があるなら、一気に言っちゃって下さい! 行く決心が鈍ります!」

と、村長に怒った。村長は苦笑いし、

「すまぬな。わかっておると思うが、奈落にだけは落ちるな?」

そう言った。

「・・・・・・わかってます。もうないですね?」

「ああ、もう何も言う事はない。お前達が戻ってくる迄、扉を開けて待っておる」

村長は頷き、そう言った。

簡単に頷き、簡単にそんな場所へやれるのも、信じているのだ、ウルフを——。

きっと大丈夫だと——。

ウルフが中に入ると、ウィード、アル、ディジー、エルムと、中に入ったが、アルだけ急いで出て来たと思ったら、

「そうそう、ガルボ村の村長様に会えって!」

と、村長に近付いて来て、そう言った。

「わしに?」

「親方が!」

「親方?」

「『行けばいいんだ。行って、自ら証明してやれ、俺は正義だってな。俺が育てたんだ、間違いねぇ!』ってさ。親方はルピナスの龍使いだよ! よくわかんないけど、会ったからね! じゃあね」

と、アルは手を上げ、行こうとする。

「待て! お主、名を何と言う?」

「オレ? オレはアルって呼ばれてる。アルファルド」

そう言うと、アルは、扉の向こうへ駆けて行く。

シンと静まる間——。

「アルファルド・・・・・・まさか、あの時の——?」

村長は魔界へ、とんでもない化け物を向かわせたのではと、不安になる。

イタコの口寄せも、この後、どうなるか、予言しなかったようだ。

「あら? みんなどこ行ったの?」

オペラグラスで空ばかり見ていたマルメロが緊張感のない声で、呟く——。



暗く重い世界。

この世とあの世を繋ぐ扉を抜け、直ぐに大きな門が現れる。

地獄の門と言われる場所。

「・・・・・・ここが地獄の門?」

と、ウルフはキョロキョロする。

「おかしいな、ケルベロスがいない」

「ケルベロス?」

聞いたのはアル。

「ああ、地獄の門番ケルベロス」

「なにそれ? 魔物の名前?」

「ああ、そうだよ」

と、ウルフはアルに答えながら、いちいち答えるのが面倒臭いなと思っていたりする。

「いないなら、良かったじゃない。きっとどこかでお昼寝中なのよ」

と、天界へ行ったディジーは、朗らかな事を言い出す。ウルフは苦笑いしながら、

「どこかでお昼寝ねぇ」

と呟いた。

「ねぇ? 奈落ってなぁに?」

ウィードがウルフに尋ねる。

「奈落? ああ、村長様が言ってたからか? 奈落ってのは闇の事」

「闇?」

「うん、どんなに見ても見えない闇。ほら、そこにも、小さな黒い穴のようなモノがあるだろ、あれが奈落。どこへ繋がっているのか、わからない闇。小さい闇はいいけど、大きな闇は体ごと突っ込んじゃうと危ないだろ? 助けられない」

「ふぅん。どこへ繋がってるか、どうしてわからないの?」

「誰も帰って来た事がないから」

「・・・・・・いい所に繋がってて帰りたくなくなっちゃったとか」

「なら、ウィード、試してみるか?」

そう言ったウルフに、ウィードはブンブンと左右に首を振った。そしてなんとなく気付いたのはウィード。

「ねぇ? ウルフおにいちゃんって、僕達の事が嫌い?」

「は?」

「だって、なんかいつもね、笑顔だけで、シンバおにいちゃんと話す時と僕達と話す時、違うよね。僕達と話すのは面倒そうだから」

そう言ったウィードに、そんな内面的な感情を子供に悟られてしまうなんてと、ウルフは頭を掻いて、苦笑い。

いや、子供だから、純粋な分、気持ちを悟られやすいのか——。

誤魔化さずに、正直に答えようと、ウルフは思った。

「嫌いとかじゃないんだ、苦手なんだよ、他人が。なんていうか、笑顔で話してればいいかなって感じで、余り深入りされたくないし、できないし・・・・・・」

「苦手? でも、それでも笑顔で話してくれるの?」

そのウィードの質問に、ウルフは驚く。

責め言葉ではなく、受け入れようとしてくれる言葉。

なんて優しい子なんだろう、やはり、嫌いにはなれないと、ウルフはニッコリ笑いながら、

「でも大事だから。ウィードもアルもディジーもエルムも、それからマルメロも。シンバの仲間だから、大事にしたい」

優しい声で、そう言った。

「ウルフおにいちゃんだって仲間でしょ!」

「俺? 俺は仲間じゃないよ」

「どうして?」

その質問に、ディジーが、

「ライバルなの。シンバとウルフは良きライバル。仲間とは違う所で強く結ばれてるの。ほら、ウィード? 余り質問してると、ウルフは苦手なんだから可哀相よ」

そう言って、笑った。そんなディジーに、

「なんでだろうな、ディジーにもわかるのに、アイツはわかんないんだ。俺を仲間だって言って聞かない。俺はアイツの中で特別でも何でもなくて、只の友達。俺に追いつく事もないし、追い抜かそうって考えもない。俺だけだが追いつこう、追い抜こうって考えてばかり」

と、ウルフは少し悲しげな微笑みを見せた。

「そんな事ないよ」

「え?」

「シンバ、ウルフの事、尊敬してる。ウルフとは違う感じで、ウルフを認めてる。絶対に追い抜けないって諦めてる。そこがシンバとウルフの違う所よ。ウルフなら、負けないって、追いついてやるって、そして追い越してやるって、どんどん強くなる。でもシンバは違うの、自分より優れたものを心から尊敬して、それが自分の事のように本気で喜ぶ人。どっちも悪くないし、どっちも素敵だよ」

「・・・・・・余裕があるからだよ。シンバには誰にも追いつけないって余裕があるんだ」

「でも、追い越してやるって思ってるでしょ?」

「勿論。簡単に追い越してやるさ」

「余裕?」

「しゃくしゃく」

そう言ったウルフに、シンバと同じ事を言うと、ディジーはクスクス笑う。

何を笑っているのか、わからず、ウルフは首を傾げる。

「ア!」

突然、エルムが声をあげた。そして、変な機体を見つけ、

「コレダ、コレガ伝送路二繋ガル地点トナルンダ、コレヲ壊ス」

と、その機体に水を吐いて、ぶっかけた。そして更に、機体の中をいじり出し、いろんな線を断ち切る。

「ねぇ、こっちにも似たようなのがあるよ」

と、ウィードが言うと、

「ソレモソウダ。アッチコッチ二アルカラ、全部壊サナイト」

と、エルムは忙しそうに動く。

「・・・・・・それにしても変だなぁ」

ウルフは辺りを見回し、呟く。

「どうしたの?」

と、聞いて来るディジーに、

「魔物が一匹も出て来ない」

と、また呟くように言った。

「ウルフの強さに恐れをなしたとか?」

と、冗談口調で言ったディジーに、

「まさか」

と、笑ったが、ハッとアルの存在を見る。

アルを酷く怖がり逃げようとしたイフリート。

それを考えれば、冥界の化け物達がアルを怖がり姿を現さないのも納得できる。

だが、こんなにも何も感じないものなのだろうか。

まるで、いなくなったようだ——。

伝送路へと繋がる機体はあちこちにあり、それを一つ一つ壊していく。

どんどん冥界の奥へと入るが、魔物が一匹も出て来ない。

「なんだよ、せっかく面白そうとか思ったのに、つまんねぇの」

と、アルが、欠伸をしながら言った。

魔の域とは言え、欠伸が出る程、本当に穏やかな空間すぎる。

「なぁ、アル?」

ウルフが、アルに話し掛けた。

「ん?」

「イフリートの事、覚えてるか?」

「うん、覚えてるよ、デカい火の化け物だった」

「そうじゃなくて。イフリートが何故消えたか・・・・・・」

「何故って、倒したんだろ?」

「誰が?」

「誰がって——」

「俺だと思ってるのか? 見てないのに?」

「・・・・・・他に誰もいなかったじゃん」

「いたよ」

「誰が?」

ウルフはアルを指差した。アルは訳がわからず、きょとんとしていると、

「・・・・・・シンバ?」

と、ディジーが、奥を見て、呟く。

「え?」

と、ウルフがディジーを見ると、ディジーは、奥へと駆けて行く。

「お、おい、勝手に走るなよ!」

と、ウルフはディジーを追いかけ、直ぐにディジーの腕を掴み、そして——

「シンバ?」

シンバと出逢った——。

シンバの後ろでガタガタと振えているエリカ。

「・・・・・・シンバ? お前、どこから? 行き違い? エリカさんはなんで? 村長様に会ったか?」

「誰かと思えば、お前等か。お前等などに用はない。サッサと失せろ」

「シンバ? お前、まだ妬いてんのか?」

「逃げて!」

突然エリカが吠えた。

「逃げて! この人はシンバさんじゃないの!」

泣き出して、必死に叫ぶエリカ。

「エリカさん?」

ウルフが、近付こうとした時、シンバがクリムズンスターを抜いた。

「冥界の化け物共、その王さえも退かせた私に容易く近付くな、無になりたくなければ失せろ」

「シンバ? 無になりたくなければ? 何言ってんだよ?」

「私はあの世でも一番強いのだ。その私に近付くなと言っているのだ」

「・・・・・・シンバ? お前、シンバだよな? 違うのか? まさか、エリカさんがいるって事は一人でルピナスに行ったのか!? トルトに取り込まれたのか!? そうなのか!? トルトの本体なのか? シンバの体なのに?」

ウルフがそう言い終わると、シンと静まり返り、そして、シンバとなったトルトはニヤリと笑った。とてもとても、嫌な笑みで——。

「・・・・・・嘘だろ? 返せ! 返せよ! それはシンバの体だ、返せ! お前が!! お前みたいな奴がシンバに勝手になるな!!!!」

ウルフがムーンライトを抜いて、吠えながら、飛び掛ったが、クリムズンスターで簡単に受け止められて、弾き返され、後ろに転がる。しかし、ウルフは直ぐに立ち上がり、

「俺だって、村長様に冥界へ行く事を許されたんだ。冥界王にだって立ち向かえると判断されたからだ! お前なんか、シンバでもない癖に!! お前なんか大した事ねぇよ!!!!」

と、また飛び掛る。

「それはどうかな。冥界王ですら静められる経を唱えられるだけの事じゃないのか? 例えば子守唄のように、眠りにつかせるとか。ここは冥界だ。人間の世界じゃない。だから化け物がいて当たり前。化け物も無闇に暴れたりはしない。人間の世界で呼び出され、無闇に暴れる者を相手にするよりは容易いだろう?」

平然とした顔で、喋りながら、ウルフの攻撃を全てクリムズンスターで受け止める。

しかも片手だけで——。

「コイツはなかなかいい体だよ。潜在能力を引き出してやれば、本当に強い。最強だよ。冥界王など、私の敵ではなかった」

「その割に、結構、傷だらけでダメージ受けてるじゃないか!」

その台詞が気に入らなかったらしく、シンバとなったトルトはクリムズンスターを薙ぎ払い、ウルフの剣を弾き、そして、腹部を刺した。咄嗟に避けたが、掠り傷を負う。

「ほう、お前もなかなかいい動きをする」

と、クリムズンスターに少しだけ付着した血を見て、笑っているシンバとなったトルト。

ウルフは唇を噛み締め、そして、

「・・・・・・シンバ! おい! シンバ! 聞こえないのかよ! お前、何やってんだよ! シンバ! おい! シンバ! らしくないだろ!! こんなの!! お前がこんなの!! おかしいだろ!! シンバ!! シンバ!! シンバァ!!!!」

と、シンバの名を何度も呼ぶが、シンバとなったトルトは、不敵に嫌な笑みを浮かべるばかり。

「何か勘違いしてるのかな? キミを操っていたのは思念だからね、キミも意識があったろう。だが、これが私なんだよ。わかるか? 私自身なんだよ。シンバは私だ」

シンと静まる。

突然、泣き出すウィード。

ディジーがウィードを抱き締める。

アルも呆然としている。

エルムも何をしていいのか、わからずに、只、浮遊している。

ウルフは、皆を見て、バラバラな行動をとっている事に、やはり単独プレイしかできない自分が悔しくてならない。

シンバなら、皆にチカラを貸してもらい、この場をなんとかするだろう。

そう考え、ウルフは気付く。

「・・・・・・残念だったな、トルト」

「何?」

「お前がなったソイツさ、単独プレイは苦手なんだ。俺だったら良かったのにな」

「なんだと?」

「ちょっと焦っちゃってさ、見失ってたけど、俺はソイツより強いよ。1対1なら負けねぇ!!」

ウルフは懲りずにシンバとなったトルトに飛び掛る。

さっきより、ウルフの動きが俊敏だ。

シンバとなったトルトもクリムズンスターを両手で持ち、あたふたし始めたが、それでも、やはりウルフの攻撃は弾き返される。

「フッ! ふはははははは! お前、何故、私を斬らない?」

そう、斬る隙は何度かあった。

「そうか、コイツを斬れないんだな? 負けないとは言うが、負けだよ、キミのね」

その通り、ウルフにシンバは斬れない。

勝ち目が見えても、斬れない限り、負ける。

「・・・・・・斬るよ。多分、それをシンバが望むから」

「ほう・・・・・・なら、そろそろ月の光を浴びるか」

「月? ここは冥界だ、月はない!」

「いいや、コイツの体には月の光がある。ティルナハーツが眠っているんだよ」

「まさか! シンバがティルナハーツ症候群?」

「誰もがそうだ。誰もがティルナハーツを体の中に持っている。月のある星に生まれたのだ。それが本能。だから満月の日は犯罪も多くなる。だがティルナハーツに犯されたと気付く者は少ない。気付いた瞬間、思考が破壊されるから、それが怖いのだろう、無意識に、誰もが自分にブレーキをかける」

「ブレーキがかかるんだ、それはティルナハーツに犯された訳じゃない!」

「いいや、中にはブレーキをかけれない程、超スピードでアクセル全開の奴もいるさ」

「そんなイカれた奴とシンバを一緒にするな!」

「誉め言葉なのに?」

「黙れ!! それのどこが誉め言葉だ!!」

「フッ。キミは本当にコイツをわかってない」

「なんだと!?」

「コイツはね、強い。本当に強い。嘗て、私を斬り裂いた英雄の如く、素晴らしい潜在能力を秘めている。月の光が記憶されているこの体も、最高に素晴らしい。誰もがブレーキをかけるのはね、誰もが、ブレーキとなるものを持っているからだ。大事なモノや大切なモノ、それを失うと、ブレーキは効かなくなる。キミだって、そういう経験あるだろう?」

思念とは言え、ウルフの体に一時期入り込んでいたトルト。

何でもお見通しのような台詞。

「キミは負けず嫌いだよね? これから負けるキミに存分に教えてやろう。本当の恐怖を。自分の情けなさ、無力さ、ひ弱さ、その全てに溺れるがいい。殺しても殺さなくても、あの世もこの世も一緒だ。キミは永遠に負け続ける——」

そう言うとシンバとなったトルトは瞳を閉じた。何やら変身前のような感じで、シンと静まり返る。次に目をカッと開いた時、シンバの瞳は爛々とブルーシルバーを放っていた。

そして、ウルフにクリムズンスターを向け、物凄いスピードで、剣を裁く。

ウルフはその剣裁きを何とか受け止めるが、押されて後ろへと後退して行く。

シンバとなったトルトは余裕いっぱいで、剣を振り回し、ウルフを追い詰める。

もうこれ以上、下がれば、ウィードやディジー、アル、エルムが危険だと判断したウルフは、踏ん張るが、そのせいで、胸部分が横に裂かれ、血が噴射する。

それでもウルフは痛さなどなかった。

目の前のシンバとなったトルトに一杯一杯で、兎に角、剣を振るう。

ブルーシルバーの瞳のシンバの姿は、まるで化け物で、ウルフは恐怖よりも、只、只、悲しくて、歯を食いしばり、剣を振るう。

もしもゴールデンスピリッツを手に入れていればと、自分の弱さと情けなさに腹が立つ。

ウルフの腕に剣が刺さる。腹部が左右に引き裂かれる。全て軽傷で済む程度にしか、傷を負わせて来ないシンバとなったトルト。

今、ウルフの剣が宙を舞う。

シンバとなったトルトの顔が喜々とし、剣を高く振り上げた瞬間、

「余裕しゃくしゃくって言った癖に! 嘘つき!」

ディジーが泣きながら叫んだ。

その台詞はシンバに?

それともウルフに?

わからないが、シンバとなったトルトの動きが止まり、顔が一瞬、苦痛に歪んだ。

ウルフはそれを見逃さず、剣を掲げたシンバとなったトルトの空いている腹部に向かって、体当たりで、頭突きをかます。思いっきり腹部に衝撃を受け、後ろへズザーッと音を出し、引き摺るように転がり、倒れこんだシンバとなったトルト。

今の隙に、ウルフは宙に舞った剣を急いで拾うが、今になって気付く、自分のズタボロさに。こんなにもチカラの差がある。そして、剣を拾っても無駄だったとわかる。もう体が言う通りに動かない。シンバの動きが止まったと言う事は、中で、まだシンバ自身の意識があるんだと言う事に、折角、気が付いたのに——。

「せめて俺にゴールデンスピリッツがあれば」

そう諦め口調で呟き、ウルフはアルを見た。

呆然としたままのアル。いや、待っているのだろうか、名を呼ばれる事を——。

「クッ! まさか剣なしで向かってくるとはな、油断していたせいか、少しばかり効いた」

と、起き上がるシンバとなったトルト。

ウルフは、シンバとなったトルトに剣を向け、

「アルファルドーーーーー!!!!!」

叫んだ。

「アルファルドーーーーー!!!!! 俺のゴールデンスピリッツとして、その魂、この聖剣ムーンライトに宿り給え! 我の命に従え! アルファルドよ!」

何を叫んでいるのか、ウィードは泣き止み、ウルフを見る。

ディジーもエルムも、気が違えたのかと、ウルフを見る。

シンバとなったトルトも、眉間に皺を寄せ、ウルフを見る。

「トルト、お前の負けだ。教えてやろう、最強の奴を。シンバが恐れているのは、お前でも俺でもない。冥界王でもなければ、村の長でもない」

「ほぅ」

「俺の記憶が正しければ、そして俺の考えが正しければ、シンバは絵画を見ただけで気分を悪くした程だ。シンバが一番恐怖を覚えているのはアルファルドなんだ」

「・・・・・・ほぅ」

「アルファルド! 我の命に従い、聖剣ムーンライトに宿り給え! アルファルドよ!」

アルがドサッと倒れる。

そして、キラキラと月の光のようなものがムーンライトを包み込むように憑依する。

ムーンライトを通して、ウルフに降臨する魂。

今、ウルフとその魂が一体化し、ウルフの瞳がシンバと同じブルーシルバーに輝く。

「シンバ、お前の危機を遥々と助けに来てやったんだ。有り難く思え」

その台詞はウルフのもののようで、ウルフのものではない。

「・・・・・・なんだ?」

シンバとなったトルトが、自身の体の異変に気付く。

ガタガタと震えが止まらないのだ。

「なんなんだ? この凍るような寒さ? この止まらない震え? この冷たく何も感じる事のできない指先? 溢れる苦しさ? なんなんだ? 何が起こっている!? 私の体に何が!?」

「随分と体調が悪そうだな? 風邪でもひいたか?」

と、ニヤニヤと笑いながらウルフが言うと、シンバとなったトルトはキッと睨み、

「貴様か! 貴様の存在が私をこうさせるのか!」

と、吠えた。

「俺の存在が? だとしたら、それは風邪じゃない。教えてやろう、それが何なのか」

と、ウルフはまるで別人のような台詞。そして、クッと喉の奥で笑いを堪え、

「それ、恐怖って言うんだ」

と、シンバとなったトルトに教えた。

「恐怖・・・・・・だとぉ? あの世もこの世も知った私に恐怖などない!」

「やっぱりアンタは馬鹿だ」

その台詞は、ウルフだ、どちらかが消えるのではなく、ウルフと、アルファルドが、ひとつになっているのがわかる。

「私は天才だ! 科学者としても最高の頭脳者であり、あの世でも最高のチカラを得て、神になるのだ! その私に恐怖などない!」

「もうその考えが馬鹿だ。恐怖という感情が持てるだけ有り難いと思え。恐怖さえなくなったら、本当に一人だ。孤独は何より悲しい。神になった所で何を得る? 得られるのは孤独なら、それは無に等しい。だが、神になるのが、お前の願いなら、叶えてやろう、今すぐに無にしてやる」

「・・・・・・ゴールデンスピリッツだと? それが剣に宿ればクリムズンスターと同じで、魂も斬れると言う訳か? だが、クリムズンスター、この剣に敵う訳あるまい!」

そう吠えたシンバとなったトルトに、ウルフは人差し指で、来い来いと招き、

「試してみろよ?」

と、挑戦的な台詞。

「フッ、いいだろう、試されて、死んだら、尚、魂も切り殺してくれるわ!」

と、シンバとなったトルトはクリムズンスターを掲げ、ウルフに飛び掛った。

しかし、ウルフは簡単に薙ぎ払い、更に、クリムズンスターの刃に、ムーンライトの刃を打ち当てる。形勢逆転。シンバとなったトルトが後退りする。しかも、ムーンライトを受け止める事が出来ていない。只、打ち当てられるがまま、後退りし、クリムズンスターを持っているのが精一杯。

「只のゴールデンスピリッツじゃない。月の光なら、無限大に増幅させられるぜ?」

と、剣を交えながら、ウルフが余裕の台詞。

動けない程の傷を負った体も、今のウルフには関係ないようだ。

どんどんシンバとなったトルトを追い詰めて行き、そして、その後ろで座り込み、震えているエリカに、

「ディジーの方へ走れ!」

そう叫んだ。エリカはウルフに睨まれ、ビクッとし、動けないと首を振る。チッと舌打ちをするウルフと、歯を食いしばり悔しそうなシンバとなったトルトの横を走り抜けたのはディジー。そしてエリカの元へ辿り着くと、肩を貸し、ウルフの後ろへと連れて行く。

ウィードは突然倒れたアルを起こそうと、名を呼んだり、擦ったりしている。

今、エリカとディジーが、ウィ—ド、アル、エルムの元へ辿り着く。

「エリカ? オイラガワカルカ?」

と、エルムがエリカの傍に近付くが、エリカはディジーにしがみ付き、脅える。

「大丈夫、みんな、味方。大丈夫、シンバも味方だもの」

と、ディジーはしがみ付くエリカの髪を撫でながら、シンバとなったトルトを見つめる。

「クッ! あの女! 私を閉じ込めただけでなく、花嫁まで奪いおって!」

「勇ましくて、優しくて、心が綺麗な姫だろう? シンバ、お前の好きな姫じゃないのか?」

「黙れ! 私の奥深くに封印されている者に勝手に話しかけるな!」

「なんで? それって話しかけたら、奥深くから表に出て来るから?」

「黙れ黙れ黙れ!」

もう戦いがヤバそうで、焦っているのだ。

「ソイツの中にどれ程の潜在能力があるか知らねぇけど、それを使うのも、使わないのも、シンバが決める事だ。その強さも、その度胸も、その正義も、その悪も、その体も! 使えるのはシンバだ。シンバが判断して、シンバが決める。そうして魂が出来上がるんだ。シンバという魂が。それはお前のものじゃない! お前のものじゃないのに、自分のもののように、シンバを使うな!!!!」

ウルフは怒りの余り、交わった剣を思いっきり弾いた。そして、シンバの心臓目掛け、思いっきり、ムーンライトを突き刺す。

シンバとなったトルトは自分の胸に突き刺さった剣を見て、驚いた顔でウルフを見る。

「・・・・・・教えてやる。俺達ガルボ村の出の者は、聖職者として、学ぶのは知識だけじゃない。聖剣を操るチカラも覚える。更にゴールデンスピリッツが宿る剣の扱いも会得する。そしてクリムズンスター同様、肉体を傷つける事も、魂を傷つける事も、両方できる。それは聖職者の意思で——」

「な・・・・・・なんだと・・・・・・? それはどういう事だ? わざわざ肉体を滅ぼす必要なく、魂だけを引き摺り出せるとでも? まさか! できる訳がない! 不可能だ!」

「アンタ科学者だっけ? 科学じゃわかんねぇよ」

と、ウルフはニヤリと笑い、剣の柄にチカラを込める。

「ぐはっ!」

と、シンバとなったトルトの口から苦しげな吐息が出る。

「我が名はウルフ・ポルベニア。シンバ・ジューアの中の悪しき魂よ、我が聖剣ムーンライトによって、今、離脱させる!」

悪魔払いのエクソシストが使う高度な技だ。しかも悪しき魂よりも強いゴールデンスピリッツがなければ、この技は成功しない。

ウルフは慎重に、剣をゆっくりと抜く。

黒い靄がかったものが、キラキラの月の光のような霧に、引き抜かれていく。

シンバの体から、黒い影がズボッと抜け、シンバはその衝撃で、かなり後ろへ飛ばされ、ドサッと倒れる。

黒い影はムーンライトから溢れる月に似た光に掴まるように、そこにいるが、今にも逃げようと暴れている。

「・・・・・・抜け落ちれば、何のチカラもない魂。他人に寄生してるだけのチカラのない魂。全てシンバのチカラだ、お前のチカラじゃない。今、無にしてやるよ」

と、ウルフはムーンライトを構える。

黒い影が何かベラベラと喋っている。

「悪いが、お前の声はもう聞こえない」

ウルフはそう言うと、黒い影に戸惑う事なく、ムーンライトを突き刺した。

「誰にも愛されないモンスターには死を——」

ウルフはそう呟き、そして、

「神となろうとする哀れな魂よ、その願い通り、神になり給え。無になり給え!」

そう唱えた。黒い影はあっけなく、それはもう本当に終わりはあっけないくらい、簡単に、消滅していく。今、エルムの機体の中で、グルグルに巻きついているディスティープルのカケラが零れ落ちるように、落ちた瞬間、粉々に砕け散った——。

「シンバーーーーー!」

その悲鳴に似た声を上げながら、シンバの元へ突然、走り出したのはディジー。

「え?」

と、何が起きたのかわからずに、ウルフが振り向くと、シンバの体が奈落へ落ちていく所。

倒れた場所に大きな奈落があったのだ。

ディジーが、シンバの体にしがみつく。

「バカヤロウ! 出られなくなるぞ!」

と、ウルフが手を伸ばした瞬間、二人共、奈落の底へ消えた・・・・・・。

「嘘だろ・・・・・・」

トルトが片付いたばかりなのに、何故——。

「ウルフおにいちゃん! シンバおにいちゃんとディジーおねえちゃん、どこに行ったの!? アルは一体どうしたの!?」

と、泣きながらウィードが尋ねる。

「・・・・・・アル? あぁ、アルは、今、元に戻すよ」

と、呆然と奈落を見つめながら、ウルフは答え、ムーンライトを掲げた。

「・・・・・・アル、アルファルド、元に戻れ」

その声は気が抜けすぎていて、誰がその声に反応するだろう。しかし、ムーンライトから月の光に似たものが溢れ出し、そして、その光は主に従った。

アルの体の中に吸い込まれていく光。

そして、まだ気を失ったままのアルの口が動いた。

「心配するな。必ず戻ってくるだろう、アイツの居場所はここにしかない。その為に生まれ変わったのだろう」

「アル? いや、アルファルド? シンバはお前とどんな関係があったんだ? シンバの前世と何か関係があるのか?」

「約束をしたんだ」

「約束?」

「安からにと——」

「安らかに? 死んだ時に、そう祈られたのか?」

「オレを人間に戻してくれた。そして安らかにと願ったアイツに、オレは安らかでいようと誓った。だから、今度、助けるのはオレの番だろう?」

「・・・・・・お前、シンバの為に? シンバの為にアルになったのか?」

「いいや、オレの為だよ。オレが安らかにいる為に」

「・・・・・・もう全て忘れていいんだ。忘れてアルになっていい。本当のお前はアルなんだから。ティルナハーツが記憶に眠ってても、眠らせてればいいんだ。目覚める必要なんてない。今を生きればいいんだ。折角、アルとして、今、この世に生きているんだから」

「これじゃぁ・・・・・・まるで懺悔だ・・・・・・」

「まぁ、聖職者としての台詞だから」

そう言って、笑うウルフに、アルは少し笑ったように見えたが、そのまま動かなくなった。

だが、呼吸をしているアルに、ウルフは大丈夫だとウィードに頷く。

「あの・・・・・・ディジー王女とシンバさんは・・・・・・?」

まだ終わってないと、エリカが教える。

トルトが無になり、トルトが退かせたと言う、冥界の化け物達が唸り声を上げ、戻ってきた。

「今はここを急いで出よう! 村長様にお話するんだ!」

ウルフは、アルを背中に乗せ、そう言うと、ウィードもエリカもエルムも頷いた——。



甘く優しい香り。

ディジーの花の香りがする。

気が付けば、天国かと思うような場所にいた。

見渡す限り、ディジーの花が一杯に咲き乱れ、青い空と白い雲が広がっていて。

只、それだけがある場所——。

『ねぇ、キミの名前は?』

その声に振り向くと、ディジーに似た感じの子がいた。

『僕はシンバ』

『シンバ? 本当に?』

まるで知っていた癖に、知らなかったような風で、嘘でもついているんじゃないかって見つめてくる彼女に、シンバは、

『うん、シンバ・ジューア。本当だよ』

と、素直に答える。

彼女は誰だったっけ——?

忘れられる筈がない。だけど、どうしても思い出せない——。

『ねぇ、シンバ?』

『ん?』

『教えて?』

『何を?』

『キミが旅をしてきた事——』

『旅? 旅って言っても大した事ないよ? ついこの間だよ、村を出たのは』

『ううん、キミがこの世に生を宿して、生きる旅が始まった時から——』

『・・・・・・僕が生を宿した場所はガルボ村。小さな村で、喉かないい所だよ』

そう言うと、彼女はにっこり笑い、

『知ってるよ、クリムズンスターがある村でしょ』

そう答えた。

何故だろう、ディジーに似てるからだろうか、こうも簡単に心を許し、

『僕が所有したんだ、クリムズンスター』

と、背中に背負ったクリムズンスターを抜いて見せた。

『・・・・・・相変わらず、大事にしてるんだね、クリムズンスター』

『相変わらず?』

『旅の続きを聞かせて?』

『——うん』

何故だろう、話さなきゃいけない気がした。

僕が生まれてから、どう生きてきたのか、彼女に話さなきゃいけない気がした。

ディジー・ルピナスに出会う、その時の事も鮮明に話した。

『私はまたキミに助けられるのね。助けられる為に、生まれ変わるのね』

『え?』

『それで醜い姫に生まれたその人を、それでも嫌いにならなかったの?』

『なる訳がない。凄く綺麗な気持ちを持ってる子だから。そりゃ最初は嫌な奴だなって思ったけど・・・・・・でも本当は凄く優しいんだ・・・・・・』

『でもね、そのくらいの優しさは誰でも持ってると思う。だからそれは愛なんだよ』

『愛?』

『うん。愛だよ。愛だから、どんなに醜くても綺麗に見えるんだよ。普通の優しさも凄く優しく感じるんだよ。愛はね、イイなと思う所を増幅させるから』

『いや、でも・・・・・・愛とかじゃなくて、本当に優しい子なんだよ』

『だから、その程度の優しい子なんて一杯いる』

『いないってば! ディジーは一人だよ!』

思わず、大きな声でそう吠えたら、

『ほら、やっぱり愛だ』

と、笑いながら言う。そして、ディジーの花を一輪とると、

『花占いって知ってる? キミはその子を愛してる、好き、愛してる——』

と、花びらを一枚一枚、取り始める。だが結果が出る前に、

『僕がそう思っても迷惑なだけだから』

と、ディジーが愛していないと言うような台詞を吐いた。

『・・・・・・どういう事?』

『ディジーはウルフの事が好きなのかも』

『それは違うと思う』

『僕なら、ウルフを選ぶよ』

『選ぶのはシンバじゃないでしょ』

『・・・・・・僕の事もウルフの事も知らない癖に、なのになんで? なんで、見透かすような事ばかり言うの? まるでディジーの気持ちを知ってるみたいに——』

彼女は一面のディジーの花畑を見渡し、

『ディジーって言うの』

そう言った。首を傾げるシンバに、優しく微笑み、

『この花の名前、ディジーって言うの』

と、そう言って、優しく見つめてくる。

彼女の短い髪が優しい香を運ぶ風に揺れて、ますますディジー・ルピナスに似てると思いながら、シンバは頷き、

『知ってる』

そう答えると、彼女は、

『この花からもらったんだよ、私の名前』

と、悪戯っぽい可愛らしい表情で笑った。

『え?』

『私達、また逢えるんだね』

『・・・・・・え?』

『キミが、私に気付く迄、何度でも呼ぶから』

『・・・・・・ディジー?』

『シンバ、約束だよ』

『約束?』

『また逢えるよね』

彼女の笑い顔が、ディジー・ルピナスそっくりで、目眩しくなるくらい、胸が苦しくなった。

どこからか聞こえてくる愛の聖歌。

どこかで結婚式が行われているのだろうか、シスター達の歌声が響き渡る——。



「My lover is mine, and I am his.(恋しいあの人は私のもの、私はあの人のもの)

Promise me(誓って下さい)Promise me(誓って下さい)」

その歌声と、龍の声で目が覚めた。

「・・・・・・ん? んん?」

目の前に大きな龍の顔があり、リュースかと思ったが、違うとわかると、シンバは飛び起きた。胸部に傷を負っていて、ドクドクと血が溢れている。

ウルフがトルトを引き摺り出した傷だ。

中にいる悪霊を引き摺り出すとは言え、致命傷にはならずとも、それはかなりの重症を負う。当たり前だ、悪霊にとり憑かれる心の弱さ、自分だけが無傷な訳はない。

ウルフだって、左腕の傷はなかなか治らなかった程だ。

頭痛も目眩もする。

シンバはまた倒れ込む。

大きな龍が、シンバの傷を大きな舌で舐めとる。

不思議な事に、体が癒されていくようで、痛さがどんどんなくなっていく——。

その龍の首から下げているのはアルのヨーヨーだ。

真ん丸の龍のメダル。

今はウィードが持っている筈だが、それは紛れもなく、あのヨーヨーだ。

「ありがとう、キミはリュースじゃないな? 親方の龍かな? 見た事のない龍だな。その大きな翼みたいなのは耳?」

と、シンバはまた起き上がる。

ふと隣にディジーが倒れている事に気付くが、揺さ振っても起きそうにない。

ここはどこだろう?と辺りを見回し、すぐにアダサート城だとわかった。

だが、これはまだ夢の続きなのだろうか、あちこちにディジーの花がちらほら咲いている。

大きな龍の傍には、ディジーが持っていた大きな鎌が置かれている。

「・・・・・・お前、ディジーに召喚された天界のイヤーウィングドラゴン?」

いや、そんな訳ないなと、シンバは、首を振る。何故なら、その龍は生きている。

ディジーを抱きかかえ、聖歌が聞こえる方へ歩いていく。

兎に角、ディジーを休ませたいと、考える。

教会に行けば、聖職者がいるだろうと、シンバは結婚式の最中かもしれない、その大きな扉を開けた——。

開けた瞬間、大きな目眩に襲われ、後ろに、そのまま、倒れこんだ。

抱えていたディジーも、シンバに抱えられたまま、シンバの上に落ちる。

その時のバターンと言う物凄い音で、聖歌も神父の愛の誓いも、全てフリーズ。

折角の結婚式が台無し——。

あぁ、なんかヤバイかも?と思いながら、シンバは再び目を閉じた。

次に見た夢は、どこか体の奥に記憶しているような、身に覚えはないが、そんな経験をした感じがあった。

ブルーの中落ちていく——。

それは大きな湖で、キラキラ光っていた。

まるでティルナハーツのように——。

苦しい、息ができない、もう死ぬ——。

目を開けると大きな満月が照らしていた。

「・・・・・・かはっ! ごほっ! はぁ、はぁ、はぁ、危ない、夢で溺れるとこだった」

そう言いながら、シンバはガバッと起き上がり、そして、驚いた。

知らない人達が、シンバを覗き込んでいるからだ。

「・・・・・・あ、あの・・・・・・えっと・・・・・・?」

シンバがオドオドと、言葉に困っていると、皆顔を見合わせ、

「そっくりねぇ、目から鼻の辺り?」

と、綺麗な女性がそう言うのを合図に、皆、喋りだした。

「まさか、隠し子がいたとか? 年齢的に有り得ないけど」

と、自分の冗談に自分で笑いながら、メガネをクイッと上げる男性に、マルメロに仕草が似てるなと思いながらも、その男性の顔に、見覚えがあり、シンバは悲鳴を上げた。

「あああああああああああああ!!!!! パト! パト! パト・アンタムカラー!」

と——。

教材に載っている写真のパト博士にソックリなのだ。シンバは幽霊かと思うが、やはり生きているから、違うと余計に驚いた顔をする。

そんなシンバに、皆、シーンとする。

「僕、結構、有名なんですね」

そう言って、笑うパトに、

「有名っていうかさぁ、反感受けてるの間違いじゃん? 第2の月、壊すの反対してる人、結構いるって聞いたよ。タルナバエリアなんて、一人で歩けないだろ? ま、タルナバの王は気難しいって言うからね。でも悪い王じゃないよ、軽く王の器は持ってる」

と、シンバと同じ年齢くらいの少年が言った。そして、その少年は、シンバを見て、

「怪我してたみたいだね、バルに舐められたおかげで、だいぶ治ったんじゃない? 成龍の唾液は傷を癒すチカラがあるんだよ。普通は主の傷しか癒さないんだろうけど、バル、人懐っこくて」

そう言われ、シンバは自分の胸部を見る。服に血が付着しているが、確かに傷は回復している。

「・・・・・・助けられました、ありがとうございます」

「それはバルに言ってやってよ」

シンバはコクンと頷き、顔を上げると、物凄く顔が怖い、体の大きな男が、ずっとシンバを睨んでいるのに気付いた。何かしたのだろうか——。

シンバはその睨みつける男の視線から避けるように、辺りを見回す。

直ぐ隣にはディジーが横たわっている。

ここは教会のようだ。

だが、アダサートの教会ではなさそうだ。造りが違う。

「・・・・・・ここ、アダサートじゃないんですか? 僕、アダサートだと感じたんですけど、違ったみたいですね?」

そう言ったシンバに、皆、黙り込んだ。

「あの? ここは教会ですか?」

「ここは式場よ、アダサートに教会はないわ」

綺麗な女性がそう言って、更に、

「あたし、ローベ・リアカーディ・ナルス。よろしく」

そう言った。

「・・・・・・ローべ・リアカーディ・ナルス?」

聞き返すシンバに、

「ロベリアでいいわ」

と、笑顔で言うが、呼び難いから聞き直した訳ではない。

「僕はキミの知っての通り、パト・アンタムカラー」

「・・・・・・そっくりさん?」

「え? いや? 僕はパトだよ?」

「・・・・・・同姓同名のそっくりさん?」

と、また聞き返すシンバに、皆、顔を見合す。

「俺様はセージだ。セージ・アセルギウム! グリティカンの整備士だ」

「アセルギウム? グリティカン? エリカさんとエルムの親戚とか? いや、その割には下品だな」

「下品だと!? 今、下品って言ったか!?」

と、どこから持って来たのか、スパナを片手に、振り上げる。ビクッとするシンバに、セージを止めたのは、さっきからシンバを睨み付けている男。

「・・・・・・私の名はオーソだ。オーソ・ポルベニア」

「え? オーソ・ポルベニアって・・・・・・伝説のゴーストハンターの・・・・・・?」

「伝説? 確かに私はゴーストハンターだ。お前は誰だ? 何故、そのガルボ村の衣装を身につけている? その背中の剣はレプリカか?」

「レプリカに決まってんじゃん」

と、シンバと同じ位の年齢の少年が答えた。

「だってクリムズンスター、村にあったんだろう? ならレプリカだろ。もしかしたら、どっかで、あんちゃんに出会ってるんじゃないの? で、ちょっと似てるからって、真似してみたとか? 俺、シュロ・ルピナス。一応、ビーストハンター?」

「・・・・・・・シュロ? シュロ・ルピナス? お、お、王様!?」

と、シンバはビビリ出す。

「シュロよ、シンバの真似をするなら、何故ガルボ村の衣装を?」

オーソがそう問うと、シュロは、そこまでは知らないと首を傾げる。

「とにかく、アナタね、式を台無しにしたのよ、ローズ王女の式を!」

と、ロベリアは困惑中のシンバに叱るように言った。

「・・・・・・ローズ王女? ローズ王女が結婚?」

ますますわからなくなるシンバ。

「でもさぁ、俺、扉開いた瞬間、あんちゃんとおねえちゃんかと思った」

そう言ったシュロに、皆、同じ思いだったのか、シンと静まり返った。

「・・・・・・ん?」

ディジーが目を覚まし、知らない顔ぶれに、やはりシンバ同様、ガバッと飛び起きた。

「本当、この子もソックリね。生まれ変わり? それも有り得ないけど。他人の空似って本当にあるもんなのねぇ」

と、ディジーの顔をマジマジと見つめ、ロベリアが言う。

ディジーは隣にシンバがいる事に気付き、

「大丈夫だった!? どこか痛くない? ウルフが胸を突き刺したのよ? 平気?」

と、シンバにしがみつき、心配して、急いで早口で聞いて来る。

「・・・・・・体は平気だけど、頭がイカレちゃってるかも」

と、苦笑いのシンバ。

「ねぇ?」

シュロが、ディジーに話し掛ける。

「そのメダルの紋章? どこの国のだっけ? かっこいいね、龍に鎌?」

「え、あ、えっと、アナタは誰?」

「俺はシュロ。シュロ・ルピナス。知らない? 結構ビースト倒して回ってるから、有名だと思ってたんだけどな。まだまだ知名度薄いなぁ。あんちゃんまで、なかなか辿り着けないや」

「・・・・・・シュロ・・・・・・王・・・・・・?」

「いや、まだ王じゃないよ。やっぱりシュロよりルピナス王のが有名か。それにしても、本当におねえちゃんソックリだ。胸が小さいとこが違うけどね?」

と、笑いながら言うシュロに、ディジーは自分の胸を見て、

「・・・・・・ち、小さいかな?」

と、変な呟き。

「シュロ、あんた、惚れた? ラン王女はどうするのぉ?」

「ロベリアさん、本当に老けたね」

「なによ! 関係ないでしょ!」

「だって女の子と話してたら直ぐに惚れただの何だの。最近の若い奴って割と一途だよ?」

「へぇ、一途ねぇ。よく言うわ」

と、ロベリアは笑う。なんせオーソとパトが、起きたディジーを見て、今にも告白しそうな勢いで鼻息を荒くしている。

「そろそろパーティーの方に顔出した方がいいだろ」

そう言って、先に式場を出たのはセージ。

「そうだな、少しここで休んでおきなさい。そのガルボ村の衣装の事、レプリカのクリムズンスターの事、そ、それから、そ、そのお嬢さんの事、色々と後で聞きたいからな」

オーソがセージの後を追うように出て行く。パトもロベリアもシュロも——。

シンと静まる式場。

「・・・・・・シンバ?」

「・・・・・・ん?」

「不思議な所に来ちゃったみたいね? 覚えてる? 私達、奈落に落ちたのよ」

「・・・・・・覚えてない」

「そっか」

「・・・・・・僕はトルトになった筈」

「ならないよ、シンバはシンバでしょ?」

「・・・・・・だけど——」

「ウルフがシンバを元に戻してくれたんだよ」

「・・・・・・ウルフが? そっか、アイツ、いつの間にそんなに強くなったんだろう」

「最初からよ」

「・・・・・・ディジーはウルフが好き?」

「好きよ」

「・・・・・・だよね」

頷いて笑うシンバの顔は、悲しげだ。そして俯く——。

俯いたまま、

「酷い事、言ったね、醜いままだったら、ウルフはアンタなんか相手にしないってような事。あれ、嘘だから。そんな事、思ってないから。本当にお似合いだよ、二人は——」

笑顔で言わなきゃならないが、言えずに、暗い声で呟いていた。

「酷い事を言われても嫌いになんかなれない。シンバの事はもっと好きだもん」

「え?」

顔を上げるシンバ。

「特別大好きだよ」

と、笑顔のディジー。

「・・・・・・手紙」

「手紙?」

「ウルフにも手紙書いてたの?」

「何言ってるの? みんなに書いたじゃない。ウィードにも、マルメロちゃんにも、アルにも、みんなに書いたよ?」

「嘘!? だって——」

知らない筈だ、一人、バブルを待つ為、外に出たりしていたのだから。

そんな自分がおかしくて、笑いが止まらない。

「なぁに? なんで笑ってるの?」

と、不思議そうなディジー。

「人間って小さいなぁって思って」

「小さい?」

「些細な事で簡単に壊れちゃって、些細な事で簡単に元に戻る。滑稽だなぁ」

「それでも、また生まれたいんだと思う。死んでも、また生まれたいと願うんだと思う。生まれて来て、逢いたい人がいるんだと思う。どんな苦しくても、どんなに悲しくても、辛くても、痛くても、笑われても、罵られても、嫌われても、歯痒い思いをしながらでも、逢いたい人がいるんだと思う。別人になるとしても、醜くなるとしても、どんな風なカタチで生まれて来るかわからなくても、愛されると信じられるんだと思う。きっとどんな私と巡り逢っても、大丈夫だから——」

ディジーはそう言うと、シンバをジッと見て、

「私にとって、それがアナタなんじゃないかしら」

そう言った。そして、更に、

「最初、逢った時は嫌な奴だって思ったけど」

と、思い出し笑いをする。

「僕だって、最初は見た目だけ綺麗で、嫌な子だなって思ったよ」

と、シンバも笑う。

「でも醜い私を知っても逃げなかったわ」

「当然。僕は聖職者になるんだよ? 見た目で人を判断する訳ないでしょ」

「じゃあ、私がまだ醜かったら?」

「そうやって笑ってくれるなら、構わないよ」

「嘘」

「嘘じゃないよ、醜くても、ディジーが、そのまんまのディジーでいてくれるなら」

「でも私はシンバが醜かったら逃げるけど」

「じゃぁ、その時は追い駆けて、掴まえて、絶対に離してやんない」

二人笑う。

「帰ろう」

シンバが言った。

頷くディジー。

でも、ここはどこなんだろう?

「ここは夢の国かな?」

そう言ったシンバに、ディジーは頷き、ポケットから小瓶を取り出して来た。

「神霊のオーブ?」

「うん、私、使わなかったの。ルピナスに戻って、塔の上に行って、眠る醜い私となったエリカさんを確認して、私はシンバにあげるディジーの栞を持って、またその部屋を出て、扉を閉めた瞬間、気付いたら、元の醜い私に戻ってた。てっきり、使ったものだと思ってたけど、その後、エリカさんに、ポケットに入ってたって渡されて——」

「・・・・・・そうなんだ。トルトが何か仕掛けたのかな?」

「そうかも」

「だとしたら科学のチカラ?」

「・・・・・・うーん、そうかも?」

「凄いなぁ、科学」

「凄いね、科学。でもこれは科学のチカラでは解明できないわよね?」

と、ディジーは小瓶の蓋を開ける。

神霊のオーブが小瓶から出て、シンバとディジーは祈る。

仲間のいる場所へと戻りたいと——。

今、シュロが扉を開け、

「あのさぁ、ローズ王女が良かったら是非パーティーにって・・・・・・あれ?」

そこには誰もいない。

誰かがいた形跡もない。

不思議な事だ——。

「・・・・・・クリムズンスターは箱に入れて封印する必要があるな」

シュロの背後で、オーソが呟く。

「なんで? だってあれはレプリカだろ?」

「だとしても、似たものは似たチカラが宿りやすい。例え本物よりも半減されるとしても、恐ろしいチカラには変わりあるまい?」

「・・・・・・クリムズンスターは恐ろしくないよ、だって、あんちゃんの剣だもん」

「・・・・・・そうだな。またあの剣を正義として扱うとしたら、アイツしかおるまい」

「・・・・・・あの二人、どこ行ったのかなぁ?」

「帰るべき場所に帰ったのだろう」

「どこへ?」

「自分達がいるべき場所に」

「ふぅん。名前聞いておけば良かったね。また逢いたいよ。凄く似てたから」

「・・・・・・似た者は似たチカラが宿りやすい・・・・・・か。全くだ」

オーソはそう呟くと、パーティーへと戻っていく。

シュロも、また扉を閉め、パーティーへと向かう。

シンと静まった式場に、扉から入ったディジーの花びらが、ひらひらと舞い落ちる——。



仲間。

大事な仲間。

自分を助けてくれる仲間。

自分をわかってくれる仲間。

時には傷つけ合い、意味もなく苛立ったり、酷く悪く思ったり、それでも分かち合える事の方が多い仲間。

シンバは夢の世界で出逢った人達を見て、仲間について、わかったような気がした。

只、一緒にいるだけでは仲間とは言えないと言う事に——。

直ぐ目の前で、ウルフが三つの頭を持った猛獣に襲われる瞬間で、シンバは素早くクリムズンスターを抜き、その猛獣の喉辺りを裂いた。

猛獣は奇声を上げ、後退する。

「シンバ!?」

「ウルフ、大丈夫か?」

「お前、どこから?」

「夢の国から」

そう言ったシンバに、ウルフは、眉間に皺を寄せ、首を傾げる。

「ケルベロストハ、暗号二ヨル認証方式ノ一ツ。通信経路上ノ安全ガ保証サレナイ伝送路二オイテ、全テノ情報ヲ暗号化シ、確認スル事ナンダ。デモ確認サレナイ場合モアル」

エルムがそう言って、シンバの周りを飛ぶが、

「もう少しわかりやすく」

と、シンバが剣を構え、言うので、

「暗号ヲ確認サセナケレバイイ。例エバ、ケルベロス二違ウウィルスヲ送リ込ム」

と、簡単に言ったようだが、シンバはわからないと首を振り、ケルベロスの牙を剣で受け止める。

「つまりケルベロスの脳に何か別の情報を送り込めばいいんじゃないかしら? 子守唄とか歌って、眠らせるとか。エルムの話だと効果ありそうよ!」

と、ディジーが提案し、そして、ディジーとエリカが子守唄を歌い出した。

シンバとウルフが剣で、ケルベロスの牙と爪を受け止めて、防御し続けていると、ケルベロスの三つの首が欠伸を始め、そして、その場にバターンと倒れ、グゴー、グゴーとイビキを掻いて眠り出した。子守唄が効いたようだ!

シンバとウルフは剣を仕舞う。

「凄いな、科学。ケルベロスの扱いまで知ってるんだ?」

そう言ったシンバに、

「イヤ、オイラガ言ッタノハ、認証方式ノ話ナンダケドネ」

そうは言うものの、エルムはクルクル廻りながら、自慢気だ。

「おにいちゃん! 無事だったんだね!」

ウィードがシンバに飛びつく。

「どこから現れたの?」

と、アルが聞く。

「夢の国だってさ。随分といい場所そうじゃねぇか」

と、傷だらけのウルフが言った。

「・・・・・・仲間の場所に戻りたいって願ったんだ」

シンバはそう言って、ウルフを見て、

「ライバルだっていなくなったら淋しいじゃん?」

と、いつものシンバの調子いい表情で、言う。ウルフはライバルと言われた事に少し驚いたが、やっと気付いたかと、笑う。そして、

「バーカ、100万年早ぇよ! 俺のライバルになろうなんて!」

と、更に笑う。ディジーとエリカも抱き合い、二人無事だった事を喜ぶ。

「さぁ、外ヘ出よう!」

シンバの台詞に、皆、頷く。

扉は開けられたままで、シンバ達が、冥界から出てくると、外では村長が待っていて、強い念力のようなチカラで、扉を固く閉ざし、そして、扉はこの世から消えた——。

村長はシンバが一緒にいる事を不思議に思わず、何も聞かなかった。

シンバは外に出て、ディジーが呼んだイヤーウィングドラゴンに目を奪われる。

大きな鎌が置かれた場所で、動かず、そこにいる姿は、あの時のままだ。

「・・・・・・バル?」

イヤーウィングドラゴンに、そう呼びかけ、近付いていくシンバ。

「・・・・・・バル? だよね? 御礼が遅くなってごめんね、あの時はありがとう」

そう言ったシンバに、イヤーウィングドラゴンは喉と鼻を鳴らした——。

「さて、シンバよ、ウルフよ、第2の月が放たれた。この星に大きな異変が起こると言われておる。それを踏まえた上で、これからのお主達の事を話し合いたい。一度、村に戻って来るのじゃ。今迄の旅の報告も、一度も来とらんしな」

村長にそう言われ、シンバとウルフは、

「わかりました」

と、頭を下げた。

ウィードも母親に逢う事ができた。

ディジーも自分の姿を取り戻せた。

アルもガルボ村の村長に逢う事ができた。

マルメロもあちこちで星の観測を行い、第2の月が放たれた情報も得た。

エリカとエルムも出逢い、エリカの幸せを見届けたら、エルムも成仏するとわかり、皆、目的は達成している。

なら、そろそろ、戻らなければならない。

アルの指示で、リュースが皆を運ぶ。

トルトがいなくなった事で、トルトがして来た悪事も全て魔法が解けたように、元に戻っているだろう——。

ポスティーノの町もすっかり元に戻り、人々にとり憑いた守護霊達も、無事、あの世へ向かったようだ。

マルメロの両親が、マルメロの行方がわからなくなり、心配していたようだ。

「あたし、天文学者になるわ」

星を見続けて、何か目覚めたのだろうか、オペラグラスを手に持ち、そう言った。

「うん。第2の月となる衛星の事もあるし、マルメロが大人になる頃には、この世界も変わるかもしれない。その時、マルメロのチカラが必要となるかもね。頑張って」

シンバがそう言うと、マルメロは頷いて、

「あなたも頑張りなさい」

と、相変わらず上目線からの台詞。

ルピナスで、ディジー、エリカ、エルムを下ろす。

エリカとエルムは深く頭を下げ、シンバとウルフに感謝する。

シンバとウルフはお互い顔を見合い、そして笑う。

「エリカさん、これから王女としてディジーと共に頑張ってね」

シンバがそう言うと、エリカは、

「はい、ディジー王女のチカラになれるよう、頑張ります」

と、白い髪をサラリと風になびかせ、相変わらず綺麗な顔立ちで微笑む。

そして、シンバはエルムを見る。

「エルム、お前、エリカさんが幸せだとわかったら成仏しろよ?」

「ワカッテイル! エリカヲ幸セ二シテクレル人ガ現レテ結婚シタラ成仏スルサ」

「お前、結婚相手、許さなそうじゃん。呪いそう」

そのシンバの台詞に、皆、笑う。

「シンバ」

ディジーが名を呼び、シンバに、

「また逢える?」

そう尋ねた。

「勿論。直ぐ逢いに来るよ」

笑顔で即答するシンバに、

「約束ね」

と、小指を立てるディジー。シンバはその小指に自分の小指を絡ませて、

「約束」

と、二人、また逢う事を誓い合う。

「私、王女として、もっともっとチカラをつけて、平和な世界へ導けるよう頑張る」

「うん」

頷くシンバに、ディジーも頷く。

「ウルフも元気で」

と、ディジーがウルフに微笑み、ウルフも笑顔で頷く。

大きく手を振り、別れる。

そしてリュースは再び空を駆ける。

ぺージェンティスでは、ウィードと別れを告げる。

「おにいちゃん、時々、遊びに来てくれる?」

「勿論だよ」

「うん! ボク、頑張るからね」

「ああ!」

手を振るウィード。

ウィードがちゃんと孤児院に行くか、いつまでも、空の上で眺めていた。

ウィードが橋の上を行こうとした時、子供達がウィードを取り囲む。

久しぶりに会うウィードに、やはり意地悪な言葉しか出て来ない子供達。

だが、ウィードは今迄と違うと、ヨーヨーを取り出した。

それはアルがくれたヨーヨー。

「ボクのチカラ、思い知れ!」

と、ヨーヨーを使い、アルのように、かっこよく裁き、皆の頭にゴツンとくれてやろうと思ったのだが、うまくいかない。余計、笑われてしまう。

だが、ウィードを置いて、皆、逃げていった。

訳がわからず、ポカンとするウィード。

ウィードの後ろに、飛んで行った筈のリュースがバッサバッサと立っていて、余りにも大きな龍に、子供達は逃げて行ったのだ。

でも、ウィードは何も気付かず、行ってしまう。

「きっと、もう大丈夫だよ、アイツ、頑張り屋だから、ヨーヨーの練習かかさないだろうしさ。それにまたリュースで直ぐに会いに行って、様子見て来るし」

子分がいなくなる淋しさを感じてるアル。

「自分のチカラとなる迄、練習しまくりそうだな」

と、ウルフは呟く。

やがて、森に隠れた小さな集落が見え始める。

つい、この前、ここを旅立ったばかりだが、なんだか、とても懐かしい——。

ガルボ村で、シンバとウルフ、それから村長がリュースから下りる。

「アル、親方によろしくな?」

「おう! 親方にリュースに主として認めてもらった事、一番に報告だぜ!」

「そうだよな、お前、凄いよ、お前のチカラが一番凄かったんじゃないの?」

そう言ったシンバに、アルは、いやいやいやと、首を振りながらも、満更でもなさそう。

「アル、また親方のチーズ料理? 食べに行くよ」

と、ウルフが言った事で、

「なにそれ!? チーズ料理? 僕食ってないぞ?」

と、シンバが吠えた。

「ああ、お前、牢屋に入ってた」

と、ウルフが、笑いながら答える。

「牢屋とは? どういう事じゃ?」

と、村長が話しに加わって来る。

「や、悪い事なんてしてませんよ! 勘違いです、勘違いで入れられたのー!」

と、シンバは言いながら、村の中へと逃げるように走って行く。だから全て言い訳に聞こえてしまい、村長は難しい顔をするが、ウルフが、

「本当に勘違いですよ」

と、言うので、村長は、

「信用してやるかの」

と、呟いた。

そして、リュースは飛び立つ——。

シンバは村から空を見上げる。

もうリュースが、あんなに小さく空を飛んでいく。

皆、それぞれ自分のチカラを得て、自分を見つめ直し、出逢った頃よりも、皆、綺麗に見える程、輝いている。

だが、シンバとウルフは——?

二人の考えは、旅立ちの頃と、どう変化したのだろうか。

只、剣の扱いに慣れた、強くなった、それだけでは、何の意味もない。

当然の事がレベルアップするのは、レベルアップとは言わない。

それは当たり前の事。

これから、二人は村長に今迄の旅の経過を話さなければならない。そして、これからの事も話さなければならない——。

村長の屋敷に、シンバの家族、ウルフの家族も呼ばれ、村長を目の前に、シンバとウルフは二人並び、今迄の旅の事を話す。

だが、二人共、トルトの事は口にしない。

シンバはウルフが操られていたなど、言う必要ないと思うからだ。

また、ウルフもシンバが操られていたなど、言う必要はなく、冥界には伝送路を使って、シンバは現れたとしか言わない。

だから、話がおかしな事になる。

「・・・・・・まぁ、良い」

村長がそう言って、にこやかなのが、少し怖いが、シンバもウルフもホッとする。

「ではお主等に聞こう、旅の使命は果たせたのか?」

そう聞かれ、シンバもウルフも黙り込む。

「ウルフよ、ゴールデンスピリッツは手に入れられたのか?」

「・・・・・・いいえ、まだです」

「何をしておったんじゃ」

「・・・・・・先程、話した通りです」

「お前共あろう者が、目的以外に寄り道をし、未だ使命も果たしとらんのか」

「・・・・・・すいません」

「でもウルフは使命通り、誰かを救う事はしてきています!」

と、突然、シンバが言った。

「ウィードの母親とウィードの心を癒した時、僕は感動しました! ウルフの本当のチカラを見たような気がしました!」

「人の事を庇っとる場合か? シンバよ、お主、自分が言い放った使命は果たせたのか?」

「・・・・・・えっと、英雄伝を築き上げるって奴ですよね? あれ、冗談ですから」

と、ヘラっと笑って見せるが、村長の顔が怖くなっていて、シンバは真顔になる。

「シンバはディジー王女にとっては英雄です!」

今度は、突然、ウルフが言い出した。

「ディジー王女はルピナスの王女ですよ。その王女を救ったのはシンバのチカラです!」

そう言ったウルフに、

「いや、それ、なんか違う。ほら、みんなでチカラ合わせたじゃん? 僕だけのチカラじゃないし」

と、あたふた答えるシンバに、ウルフはキッと睨んで、

「ディジー王女が救われたのは、醜い姿から綺麗な姿に戻ったからじゃないぞ! お前が醜いディジー王女を受け止めたからだ!」

そう吠えた。

「・・・・・・お主等は鏡のようじゃな」

「鏡?」

シンバとウルフは同時に、聞き返した。

「全く似ておらんが、よく見ておる。自分の姿を見る時、鏡に自分を映すじゃろう? お主等は、鏡に映る自分を見ておるんじゃよ。シンバはウルフを。ウルフはシンバを。良き事も悪しき事も、全て見ているからわかる。だが、それはシンバ、お前ではなく、ウルフじゃ。ウルフ、お前も、それはシンバじゃ。お互い、憧れても、しょうがあるまい。幾ら、その鏡で、身なりを整えても、映るのは相手の顔じゃ。常に自分の鏡を持て。そこに映るのは、自分自身であるように——」

シンバとウルフは、コクリと頷く。

「さて、これからの事じゃが、シンバよ、ウルフよ、旅の経過で、この先、自分が成り得るだろう職業を少しは考えたか?」

その質問には、シンバもウルフも強く頷いた。

「ほぅ、ならば、ウルフ、お主から話してみろ」

「はい。俺はまだゴールデンスピリッツも手に入れてないので、旅はこれからも続け、まずゴールデンスピリッツを手に入れたいと思います。それで、その後も旅を続け、ゴーストハンターになります。もっといろんな世界で霊に困っている人達を救えたらと思いました。もっといろんな人に逢いたいんです。仲間を・・・・・・作ろうと思います・・・・・・」

「これまた驚いた答えじゃな。お主なら頭脳派じゃから、エクソシストなどが向いておろう。それを蹴って、旅をするとな?」

「はい」

「しかも仲間を作るとな?」

「はい。一緒に行動するだけが仲間じゃないと思います。離れていても、心が繋がっているような、そういう仲間を作ろうと思います」

「ほぅ。いい答えじゃな。じゃが、それはお主にとって、過酷じゃろう。先程も言ったが、お主はシンバではない。ウルフ、自分自身の向き不向きを考え、己を見つめてみたらどうかの? 無理に辛い道を選ばずとも、もっと楽な道で、お主自身を活かせる事がある筈じゃ。辛い道を選んで、お主、自分の将来が見えるのか?」

「見えません。でも見えてしまう未来など、興味ありません。確かに俺はシンバじゃない。だからこそ、過酷な道を選びます。俺はいつもそうして来たつもりです」

確かに、ウルフは努力を惜しまない。

そして、どんな辛い道も、目的地に必ず辿り着けて来ている。

それは村長自身もよく知っている事。

「いいじゃろう、やってみるが良い。だが、限界だと感じたら、いつでも振り返るのじゃ。家族も、わしも、待っておる」

「有難う御座います!」

ウルフは笑顔で頭を下げる。

「さて、シンバよ、お主の番じゃ。話してみぃ」

「はい。僕は神学校へ通います」

その台詞には、ウルフも驚いた。

だが、もっと驚いたのはシンバの両親だ。

シンバの後ろで、母親が何やら悲鳴を上げている。

「静かにせぃ! それは何の意味があるのじゃ? お主、この村で一応は全て知識を得ておろうが」

「いいえ。旅の途中で出会った神父に、僕は言葉遣いを注意されました。そして、神学校では科学を習うという事も聞きました。科学って凄いなって思ったんです。勿論、科学に携わる職業になろうって訳じゃありません。でも、ガルボ村以外の聖職者の知識を知ってみたいと思ったんです。村以外での勉強は僕に品性も与えると思うんです!」

「品性って、お前、言葉遣いは俺も注意されたろ?」

と、ウルフが言うと、

「あの時、ウルフは頭に来てたからじゃん。僕は、なんか、馴れ馴れしいっぽいし」

と、シンバが頭を掻きながら言った。

「確かにお前はど厚かましいけどさ、今更!?」

「ど厚かましいってなんだよ! 馴れ馴れしいって言っただけだろ!」

「静かにせぃ! お主等のそう言った言動がなっとらんのじゃ!」

と、村長に注意される。

「シンバ! 神学校なんて許しませんよ! お金どうするの!」

突然、シンバの後ろで母親が怒鳴った。

「大丈夫だよ、バイトするから。親から金もらおうなんて思ってないって!」

「バイトって! この村で得た知識は、どの神学校なんかより凄い事なのよ!」

「わかってるから。つーか、黙っててよ」

と、シンバは母親に面倒そうに言う。

「シンバよ、それでお主、どうするんじゃ?」

村長が話題を戻す。

「はい。僕は将来、神父になりたいんです」

「ちょっと待て! シンバ! お前、クリムズンスター所有しといて神父ってなんだよ!? 町の人々の下らない懺悔聞いてるだけのようなもんだぞ? お前、自分の実力わかってねぇだろ!」

と、ウルフが怒り口調でシンバを睨み言う。

「ウルフ、僕はね、教会で行われる祝日学校には子供達相手に語ったり遊んだりしたいんだ。旅をして思ったんだよね、子供って結構好きかもって」

確かに、ウィード、マルメロ、アル、エルム。

全てシンバより10歳は離れた子供だ。

「子供相手に遊ぶのって僕に向いてると思うし、だけど、僕の知識じゃあ、子供に何も教えてあげれないって気付いた。科学だって、これからの世界、必要だし、何気に、科学とオカルトって似てるだろ? 僕にも理解できると思うんだ。だけど、悪霊に悩んでる人がいれば、僕はいつだってクリムズンスターを使うよ」

「シンバよ、お主は旅で、自分に向いている道を探し当てたと言う事じゃな。じゃが、向いているからと言って、全て簡単にできる訳ではない。神学校は物凄い金額のかかる所じゃ。この村で得た知識で、トップの成績はとれても、金がなければ進学も難しいぞ。それ所か科学と言う新しい分野を手にとる訳じゃ。それも努力なしでは成績も上がるまい。バイトと言っておったが、バイトをし、勉強をし、時間に追われる日々を、この喉かな村で育ったお主が、できると思うとるのか? お主ならクリムズンスターを扱えるんじゃ。エクソシストの修行を始めるか、ハイプリーストとして学ぶか、ウルフ同様、ゴーストハンターと言う道もある」

「でも僕は頑張ってみます。神父になってる自分って想像つくし、でもエクソシストもハイプリーストもゴーストハンターも想像はつくけど、結局、周りに助けてもらってる感じするんですよ。神父って、割りと孤独なんですよね。人々の懺悔を聞いても、自分の懺悔は誰にも聞いてもらえないし、皆に崇められても、大したチカラもないのにプレッシャーだし、だけど人々に教えていかなければならないんです。何を教えとし、自分なりの神の理論を解釈するには、僕は何も知らな過ぎる。勉強をし直して、自分でも納得できるくらいの立派な教えを、少しでも多くの人に聞いてもらい、少しでも平和な世界にしたいと思うんです」

確かに、シンバなら、人を惹き付ける魅力はある。

教えが素晴らしければ素晴らしい程、皆、シンバの声を聞くだろう。

それは小さなチカラかもしれないが、大きなチカラでもある。

村長も、それは認めている。

「いいじゃろう、やってみるが良い。だが、甘えるな。前を見て走れ。家族も、わしも、見守っておる」

「有難う御座います!」

シンバは笑顔で頭を下げる。

「第2の月となる衛星が放たれた。それぞれの国の王が集まり話し合いされたが、何故こんな事になったかは未だ原因不明じゃ。ティルナハーツは放たれていないと言っておった国の王も、各地で放たれていた事がわかり、自分の言動に戸惑いを隠せなくなっておる。その混乱を防ぐ為にも、民には何も言っておらぬらしいが、これから発表されるかもしれん。衛星は壊す事は今の所、難しい。その爆発が、この星をも巻き添えになると言う学者がおるのじゃ。何年か先、この星は変わるかもしれん。良くなるかもしれん。悪くなるかもしれん。生物も全て息絶えるかもしれん。お主達の未来、お主達が選んだ道で、描いたままの自分自身になれるとは限らん。待っておるのは絶望か、安楽か、想像すらできん世界じゃ。だが、お主等なら、その得たチカラで乗り越えられるじゃろう。ウルフよ、素晴らしいゴーストハンターになれ。シンバよ、皆に愛される神父になれ。どんな世になっても、自分のチカラを信じて、自分を見つめよ——」

シンバとウルフは有り難きお言葉と、頭を深く、深く下げた。

「後は家族で話し合うが良い」

村長にそう言われ、皆、深く頭を下げると、屋敷を後にし、それぞれの家へと向かった。

ウルフの家族はウルフがゴーストハンターになる事を賛成し、旅を続け、安息の地はここガルボ村にある事を約束した。

シンバの家族は夜遅くまで話し合っていたが、シンバの神学校への入学を許し、勉学に励み、卒業後、神学校の出の神父になったとしても、ガルボ村の教えから離れない事を約束した——。

そして、夜が明ける。

ウルフはゴールデンスピリッツを探しに、シンバは神学校のあるタルナバエリアのナスタの町を目指す。

旅は始まったばかり——。

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