10.宿り木
リュースも嘘のように、すっかりアルの言いなりで、アルの言う通り、タルナバに飛ぶ。
ウィードは、あれからずっと笑顔を絶やさないが、指輪に宿ったファングがいなくて、どこか淋しそうだ。
「これ、お前にやるよ」
と、アルがウィードに、ヨーヨーを渡した。
「え、でも、これ、大事なんじゃないの?」
「いいよ、やるよ」
そう言って、アルは無理矢理、ウィードにヨーヨーを持たせた。
「で、でも——」
「オレにはリュースがいるからさ」
そう言って、笑顔を向けるアルに、ウィードは頷いた。
タルナバの城下町——。
不思議な民族衣装を着た人達。城は金のピラミッドのような造りで、町を見下ろしている。独特な雰囲気は異端神的だ。
「成る程。反対国だけあって、崇める神も違うって訳か。太陽神じゃなく、月神なんだな」
ウルフがそう言った。
「月が神様なの?」
ウィードが尋ねる。
「あぁ、普通は大体が自然神の中で最も偉大とする太陽神が崇められてるだろう? 国によって、いろいろあるけどさ、水を崇めてたり、火を崇めてたり。でもどれも太陽神の教えであるから、教徒的には、どれも同じだけど、月は違う。月は独特なんだ」
「どう独特なの?」
またウィードが尋ねる。
「月は夜だから。夜は人間達の世界だけじゃない、魑魅魍魎の世界でもあるからさ」
そう答えたウルフは、シンバを見て、
「な?」
と、問い掛ける。
「うん。それに月は理性を壊すからね、余り良い象徴ではないかな。ティルナハーツもそうだったしね。そうか、タルナバは第2の月を壊す事に反対したのは神だからだ」
シンバは今更、その事に気付いて、頷く。
「でもさ、ティルハーツ症候群? いなさそうじゃん?」
確かにアルの言う通り、町は平和そうだ。誰一人、凶暴には見えない。
「コノ国ノ研究室ガ見タイ」
と、エルムが言うと、
「それあたしも見たい」
と、マルメロが言う。
「まず王に挨拶に行くか。この衣装だ、逢ってくれるだろう?」
と、悪戯っぽい笑顔で、自分が着ているガルボ村特有の衣装を指差して、ウルフがシンバに言う。いつもなら、一緒になって、悪戯っぽい表情になるシンバだが、
「うん、そうだね」
と、普通に頷く。
「おにいちゃん、元気ない?」
ウィードが心配そうに尋ねる。そんな事ないよと笑い返すシンバ。
皆で、城へと向かったが、城の入り口で止められる。ガルボ村の衣装を見せても、王に面会させてもらえない。
兵士達が、帰れ帰れと、シンバ達を追っ払う。それでもしつこくいると、
「今はルピナスからの面会者も来ているのだ、お前達ガキが、この忙しい時に邪魔だ!」
と、怒られた。
「ルピナスから? おねえちゃんかな!」
と、ウィードは嬉しそうな声を出す。
「まさか」
と、シンバとウルフが声を合わせて言った。
「なんでまさか?」
二人に尋ねるウィードに、シンバとウルフは顔を見合わせる。
「ディジーは忙しいんじゃないかな?」
そう言ったシンバに、
「そうそう」
と、頷くウルフ。
暫く、城の前で待つ事にした。
すると中からびよよよよーんと鼻の下に妙な鬚を生やしたルピナスの大臣が出てきた。
ウルフが、大臣を呼び止める。
「あの? ルピナスの大臣ですよね?」
「左様。おお、そう言えば、見覚えがある。キミ達は・・・・・・誰だったか?」
覚えてねぇじゃんと、シンバは苦笑い。
びよよよよーんと鼻の下の妙な鬚を触りながら、大臣はシンバ達を見る。
「俺達はガルボ村の修行者です。この国に立ち寄ったので、タルナバの王に是非、挨拶にと、来たんですが、中に入れてもらえなくて」
ウルフがそう言うと、大臣はフムッと頷いた。
「ここの王はルピナスの王と違い、気難しい。そして厳しいからのぅ」
「なぁ、龍で来たんだろう? 親方と一緒?」
アルが、横から大臣に話し掛ける。だが、大臣は小さな子供など目に入らないようで、びよよよよーんの鬚を触り続けている。
「あの、失礼ですが、何しに?」
と、シンバが尋ねる。
「本当に失礼な質問だ。いや、失礼な口調だ! ワタクシはルピナスの大臣であるぞ!」
「え、あ、えっと、口調!? そうかな・・・・・・すいません」
「ワタクシは近々行われる国の王達の会議の予定を聞きに参ったのだ!」
「会議?」
またシンバは失礼な口調で問い掛けるが、今度は大臣も何も言わず、答える。
「左様! 我等がルピナスの研究者達に寄れば、星々の輝きがおかしくなっておる。もしや第2の月となる衛星を放ったのではと言う者もおる。その件に関して話し合いが行われるのだ」
「それで衛星は放たれたの?」
と、興味津々のマルメロ。
だが、やはり小さすぎる子供とは話をする気がないようだ、大臣はびよよよよーんの鬚を触りながら、マルメロを無視。
ウィードとアルは影踏みをして遊んでいる。
何も答えてくれない大臣にムカついたのか、マルメロもやけになって珍しく一緒に遊び出した。
エルムもふわふわと影を追いかける。
「衛星の光のせいで、他の星の光も反射されてるから、星々の輝きがおかしいんですか?」
そう聞いたウルフに、
「まだ何もわからん。会議はまだ行われておらんしな」
と、何もわかってないのに、偉そうにびよよよよーんの鬚を触りながら、デカイ態度。
「あの、王に会ったんですよね? ここの王様、様子がおかしいとかなかったですか?」
シンバがそう尋ねると、
「わからん」
と、更にデカイ態度。
「おにいちゃんの影、踏ーんだ!」
と、ウィードがシンバの後ろで影を踏む。
「オレも踏み!」
と、アルがウルフの背後で影を踏む。
子供達が五月蝿いのもあって、大臣も苛立っているから、そんな態度なのだろうか。
「どうも有難う御座いました」
ウルフが、もう何を聞いても大した答えはないだろうと、大臣に頭を下げた。
シンバも、ウルフと一緒に頭を下げる。
大臣は上着を脱いで、襟部分から、ボタンにかけて、ヒラヒラのビラビラがついた変な服を脱ぎ出し、上半身裸になると、
「いやぁ、この国は相変わらず暑いなぁ」
と、キラキラの汗を拭いて見せた。
シンバとウルフは沈黙で、フリーズする。
「キミ達も頑張りたまえ」
と、汗を拭きながら、去っていく。
「てか、何を頑張れって?」
と、素朴な疑問のシンバ。
「キモイ。申し訳ないが、アイツ、超キモイ。聖職者になる俺が思っても言っても、いけないだろうが、なんか存在そのものが受け付けない。だって裸になる意味あるか!? 見たくないもの見せられて不愉快だ」
と、ウルフは嫌な顔。
そして、シンバ達は、また城へ向かい、門番の兵士を説得する。だが、どんなに頑張って説得しても、門番程度の兵士が、上からの命令なしに、城内へ誰かを入れる事はない。
「ルピナスの大臣のが見た目、怪しいじゃんよー」
と、シンバは唇を尖らせて、駄々っ子のような台詞。
その時、城の中から、別の兵士が駆けて来て、
「大変だ! 王が! 王が倒れた!」
と、叫んだ。
門番の兵士も、それを聞いて慌てるが、持ち場を離れる訳にも行かず、オロオロ。そこへ来たのは将軍のメダルを付けた男。
「何をしている! 皆を集め、早く王の間へ!」
その台詞に、門番の兵士は敬礼をし、城の中へ駆けて行く。
シンバとウルフは、将軍のメダルがついてる男に駆け寄り、
「僕達はガルボ村から来ました! 王が突然倒れたと聞きましたが、もしや悪霊などの仕業かもしれません! 僕達が役に立つかもしれませんので、王に会わせてはもらえないでしょうか!?」
「俺達の村に神はなく、エリア的にはここと反対国に入りますが、神は太陽神だけではないと理解しています、俺達はありとあらゆる神に仕える者です。神は国や文化で、どこも違えど、信仰心は同じ。月神に祈るなら、俺達も月に祈りましょう! 俺達を信じてもらえませんか?」
そう訴える。
将軍であろう男は、シンバとウルフをジロジロと見た後、
「確かに、その衣装はガルボ村の衣装。だが、キミ達はまだ若いが、修行中か?」
そう尋ねて来た。
「はい! 僕達は旅立ちの儀式を受け、修行に出るのを許された者です」
「修行とは言え、本格的に悪霊を退治する事も行います、それが俺達に与えられた試練でもあるからです」
シンバとウルフは、二人で一つかのように、台詞を言い合う。
「しかし、王をまだ修行中の、しかもこんな子供に。それに心配しなくても、この国にも神父がおられる。ああ、丁度良かった、彼がこの国タルナバの神父だよ」
と、将軍であろう男が手を差した方向を振り向くと、
「あら、これは可愛らしい見習い達ね」
と、ニコニコ笑顔の黒い神父服を着た女性が立っている。
「神父? シスターだろ?」
と、呟いたウルフに、
「いいえ、あたくしは男です」
と、ニコニコの笑顔のまま、どう見ても女性の神父がそう言った。
「男? 男!?」
妙な表情で、二回も聞きなおすシンバに、ウルフも、同じ表情。
「見た目だけで人を判断するのは、よくないですね。まだ見習いだから仕方ありませんが、人は見た目だけでは何もわかりませんよ。しかも、あなた達はあたくしの顔だけで判断していますね。目があり、鼻があり、口があり、どれも機能として正常な働きをしています。それだけで有り難い。そうでしょう?」
シンバとウルフは、その教えに、頷く事しかできない。
「いいでしょう、ここで出会ったのも縁。着いて来なさい。王に逢いに行きましょう」
神父にそう言われ、やはり、シンバとウルフは頷く事しかできない。
ウィード、マルメロ、アル、エルムは、外で待つ事となった。
相変わらず、影踏みをして遊んでいる。
タルナバの神父は女性のような可愛らしい顔の作りで、声も女性のような綺麗な透き通る声で、でも男だと言う、この人を怪しむ所は何もなく、やはり王にトルトの本体が憑いていると思うシンバとウルフ。
だが、王は高熱で倒れただけであって、ディスティープルのカケラさえ、見つからない。
悪霊どころか、怪しい霊もいやしない。
神父が、
「お疲れになっているようです。後で聖水を持ってくるので、お飲みになられてはどうでしょうか」
そう言っているが、まさに、その通りだとシンバとウルフは思う。
兵士達が、大きな王の体を支え、寝室へと運び、メイド達が慌しく動き出す。
「あの王が、トルトが化けている本体であるとも思えない」
ウルフがシンバの耳元でそう囁いた。シンバも頷く。
「じゃあ、トルトの本体ってどこにいるんだ? 誰かに宿っているとしても、第2の月を復活させようとしてる誰かに宿ってるんだよな?」
小さい声で、シンバも、ウルフに聞くが、ウルフはわからないと首を捻る。
「これでは会議に出席はできませんな」
と、タルナバの大臣が溜息をついて言った。
「あの! 会議って、第2の月の事ですよね? 世界中の王が集まって、第2の月を放つか決めるんですよね?」
普通に疑問を口に出せるシンバに、怖い者知らずだなとウルフは思う。
「いいや、第2の月は放たれたんだよ」
平然とそう答える大臣。シンバとウルフは顔を見合わせる。
「衛星だけどね、放たれて、今は、宇宙で、うまく起動できるかどうかの実験中でね。いや、なに、ティルナハーツは放っていない。光は放たれていないんだよ」
「だから、それ問題になってるんですよね?」
シンバがそう聞くと、
「問題? 何がだね?」
と、大臣は首を傾げた。
「月の復活に賛成してない国は一杯あるんですよね、反対してる国があるのに、月となる衛星が放たれたって事は問題になりますよね? その為の会議ですよね?」
ウルフが、わかり易く尋ねると、大臣は笑った。
「まだ発表はされてないが、どこの国も賛成しているんだよ」
と——。
それじゃあ、ルピナスの大臣と話が違うと思いながら、シンバとウルフは顔を見合わせ、そして同時に、
「影!」
そう叫んだ。
「俺達の影は後ろにあった。でも、ルピナスの大臣の影は?」
「僕達が有難う御座いますって頭を下げた時に、大臣の影は前になかった!」
「俺達にわざわざ服を脱いで見せたのは?」
「影がない事を僕達が怪しんだんじゃないかと、ディスティープルのカケラがない事をわざわざ見せて、怪しまれないようにしたんだ!」
「でもって、カケラも、影もなかったって事は!?」
「本体って事だ」
シンバがそう答えると、ウルフは正解と、頷いた。
「くそっ! やられた! アイツ、月を壊す事を反対した国じゃなく、賛成した国々の王にとり憑いたんだ! ルピナスの大臣として型を成し、ルピナスの王を丸め込んだんだ!」
シンバが悔しさの余り、そう吠えた。そして、更にわかったようだ。
「そうか、アイツ、ディジーに封印されてて、その近くにウロウロしてる存在になる事を考えた思念だったんだ! 本体の一番近くの思念だから、形を成す事もできて、更に王を操れる立場になれた。ルピナスの王が頼りないのも、アイツのせいだ! 全く小賢しすぎてムカツク! でも、だったら、何故、直接、王にとり憑かなかったんだ?」
「ルピナスの王にはとり憑けない理由があったんだろうな、元々ディジーがアイツを封印してたから、俺達がルピナスをうろつく事もあったし、村長様だって、ルピナスを訪れる可能性も読んでたんだろう! それに、ディジーが醜かったのをいい事に鏡が存在しなかった話も噂で聞いてたけど、実はアイツの姿が鏡に映らないから、ルピナスには鏡がなかったんじゃないのか!? それにしてもトボケたキャラクターに成り済ましたな! ムカツク! あんな奴、普通に勝てそうじゃんか! しかも最後にアイツ、頑張りたまえって言ったよな? 全て理解した上での台詞か!? 俺達が頑張っても無駄ってか!? クッソ! まじでムカツク!!!!」
かなりの怒りの感情をそのまま言葉に出したウルフをシンバはジッと見る。
「なんだよ?」
「今、なんかその台詞おかしくなかった?」
「どこが?」
「・・・・・・わからないけど、なんか妙に感じたのは気のせい?」
そう言ったシンバに、ウルフは首を傾げる。
「まぁ、いいや! それよりアイツ、本体なんだよな。本体は僕達がタルナバ城に入れたのを知らないんじゃないかな? 今なら、まだ間に合うかもしれないよ。もしかしたら油断してるかもしれない。行こう!」
そう言ったシンバに、
「お待ちなさい」
と、神父が止めた。
「あなた達は誰かを追っているようですね。ですが、それが誰であろうと、あなた達の吐いた言葉は何ですか! アイツ、クソ、ムカツク、なんて言葉を使うのでしょうか。将来の聖職者達が、しかも修行中の身でありながら、その言葉遣いに、その態度! 王が寝室へ行ってしまったとは言え、ここは王の間ですよ、それなのに私語を慎む所か、我が物顔で、ベラベラと!」
めちゃめちゃ叱られるシンバとウルフ。
「なんて残念な事でしょうか。あたくしは神学校の出の者ですが、ガルボ村には聖職者として、素晴らしい能力者達がいると聞いていました。エクソシストを始めとし、ゴーストーハンター、ハイプリースト、トゥールミニスター、レベルの高い名を持つ聖職者はガルボ村の出の者と聞いています。あなた達はガルボ村のその品性すら、汚しているのです!」
そんなつもりはないシンバとウルフ。だが、やはりまだ子供。
叱られると、黙って、只、立ち尽くすしかない。
「あたくしは神学校の出だけであり、精々、この神父、つまり司祭止まりです。あなた達のように恵まれた環境ならば、高僧にも辿り着けたかもしれません。幼い頃からの第六感を鍛える訓練など、ガルボ村でしか学べない事ですからね。さて、あなた達には少し反省が必要のようです。教会を掃除して頂きましょうか!」
そう言われ、シンバとウルフは、急いでるのにぃ〜と、あからさまに嫌な顔。
「なんですか! その顔は! ちっとも反省していませんね!」
と、怒る神父に、シンバとウルフはブンブンと左右に首を振る。
そして、連れられやって来たのは城下町にある大きな教会。
月のオブジェが輝く礼拝堂で、祈りを捧げる人達。
神父にも意味はないだろうが、手を合わせながら、祈りを捧げて行く人もいる。
「聖職者ってスゲェんだな。改めて思わされるよ」
そう言ったウルフに、シンバも頷く。
「でもさ、あの神父の容姿もあるんだろうな」
「え? 容姿」
「ああ。女みたいなさ。どこか神秘的? でも、あれ、普通に飲み屋で働いてたらオカマだぞ」
と、そう言ったウルフにも、シンバは苦笑いしながら頷く。
「容姿かぁ。人の美しさってさ、難しいね。本当に美しい人ってどんなだろうな」
シンバがそう言った後、ウルフは、
「ディジーみたいな人かな」
そう呟いた。その呟きはシンバにも聞こえた。
だが、それはアルビノのエリカの美しい姿をしたディジー?
それとも化け物のように醜かったディジー?
いや、普通に、極普通に女の子の可愛らしさを持ってる今のディジー?
どれも一致するのは、中身だけ——。
「なぁ、ウルフ? お前さ、もしディジーがアルビノのエリカさんの姿じゃなくて、いきなり醜い姿で現れたら、それでもディジーを追いかけた?」
「わからない。お前は? お前、使命じゃなかったら、ディジーと一緒に行動したか?」
ショックだった。
ウルフが『わからない』と、言った台詞に、シンバはショックを受けた。
『追いかけなかったよ』そう答えると思っていたからだ。
「・・・・・・ウルフさ、ディジーが好き?」
そう聞いた時、神父が、バケツとモップ、それから窓拭き雑巾を持ってきた。
「さぁ、働いてもらいますよ!」
と、言われ、シンバは窓拭き雑巾を、ウルフはモップを手に持った。
祈りに来ている人達は、掃除の時間だと出て行き、神父は奥の部屋へと行き、シンバとウルフは二人、黙々と掃除を始める。
ふと、月のオブジェを見上げ、シンバは妙な気分に陥る——。
シンバの瞳に映る月——。
ブォンと言う変な音が礼拝堂の中、響いた。
「・・・・・・ラップ音?」
そう呟いたシンバだが、ウルフは、
「ラップ音にしては大きい。膨大なエネルギーの音だ。電気の音かな?」
と、言う。
「あ、電気? そっか」
と、なんでもないかと思い、安心しきった声で呟いたシンバに、ウルフは、
「上!」
と、吠えた。
「上?」
と、のんびり見上げるシンバ。
月のオブジェが上から、ゆっくりだが、倒れてくる。
だが、シンバはボケッとしすぎた。
シンバが今の状況に気付き、目を閉じた瞬間、ウルフはシンバを思いっきり突き飛ばした。
ウルフは逃げ遅れ、左腕を負傷する。
「ウルフ! 大丈夫か!? お前、それ治りかけてた所だったのに!」
ディスティープルのカケラが埋め込まれてた左腕。包帯はまだ巻かれていたが、またそこから滲む赤い血に、シンバは自分の鈍さに腹が立つ。
「大丈夫だ。大した事ない」
そう言ったウルフに、シンバは泣きそうになる。
「あらあらあらあら、あたくしったら、間違えちゃったのね」
と、神父が奥の部屋から出てきてそう言った。その口調は大きな物音がしたから来たと言う訳ではなさそうだ。
「・・・・・・間違えた?」
シンバが問う。
「トルト様に言われてたのよ、顔立ちの綺麗な男の方を消せって。でも、好み的に、あなたの方が、私は好きだから、てっきり、あなたの事かと思ってたら、銀髪の方だって、今、聞いて。間違っちゃったって思って急いで来たら、結果は良かったみたいだけど」
「トルト様・・・・・・? トルト様だと!? ディスティープルの欠片の化け物の事か!? まさか、アイツの手下なのか!?」
シンバがまた問うと、神父はクスッと笑う。
「何故、ウルフを?」
「さぁ? もう使えないから消せって事じゃない?」
「・・・・・・使えないってなんだよ!」
「だから邪魔って事じゃないかしら?」
「邪魔だと!?」
と、だんだん怒り口調を露にしたシンバの肩を持ったウルフ。
シンバが振り向くと、ウルフは穏やかな顔で首を左右に振った。
「ウルフ?」
「良かった。俺が邪魔なら、俺はもう宿り木じゃないんだな」
だが、そんな台詞のウルフに、
「あらあらあらあら? それはどうかしら? それもこれも全て演技かもしれないわよ」
と、にやにや笑う神父。
「黙れ! 僕達の気持ちを掻き乱して何がしたいんだ!」
そう吠えたシンバに、飛んできたのは鞭。
バシッと顔を打たれる。
「言葉遣いがなってないわ! ガルボ村では、目上の者に対する礼儀は教わらないの? ああ、本当に嫌だ嫌だ嫌だ。これだから田舎者は!」
と、神父の顔はどんどん怖くなっていく。
「トルト様は偉大なる人物だったのよ。科学の発展を考えないこの世界で、ならば人間が進化をすれば良いと、究極生命体を考えた偉大者。何千年も昔の話よ。あなた達は科学を知らないでしょうね。田舎者ですものね。でもね、神学校に通った牧師や神父達は科学も勉強するの。何故かわかる? シックスセンスが優れてなくても、大した霊能力レベルじゃなくても、科学なら、意味不明な経もいらない、無駄な知識もいらない、簡単にボタン一つでできるのよ」
そう言った神父は何やら手に持っていたボタンを押した。
すると、またブォンと言う電波の音が礼拝堂に響き渡り、床が輝き出した。
「な!? なんだ? これ? これ、陣!?」
と、シンバは足元に輝く光を見て、焦った声を出す。
「しかも冥界の生物を呼び出す召喚の陣だ」
と、ウルフも焦っているのだろうが、冷静な判断と口調。
「後はあたくしの声紋で反応するだけ。さて、何を呼びましょうか?」
「これがエルムが言ってた伝送路に通じた扉って奴だな。凄いな、科学って。僕達なら、こんな大きな陣描くだけで必死だよな?」
と、シンバがそう言ってウルフを見る。
「まぁ、でも、所詮科学? 電気切っちゃえば、闇になるってね!」
と、ウルフは床にムーンライトを突き刺した。
しまったと思った神父は急いで名を叫ぶ。
「来なさい! タイタン!」
しかし、ムーンライトで突き刺した床から電流が溢れ出し、陣が未完成のままとなる為か、タイタンは現れない。
ウルフは念の為か、更に剣を床奥深くに突き刺す。
シンバは神父をキッと睨んだ。
「科学って確かに凄いかもね、でも簡単だからって、そう簡単に呼ばれちゃ困るよ。だって、呼んでも、アンタ、どうする事もできないだろう? 異世界の生物を呼び寄せる力の源って、科学じゃあ、どうしようもない。僕達は魂の契約の元、経を上げ、コンタクトとるんだよ。科学で全て解明できると思うなよ。しかも聖域も考えないで呼ぼうとしやがって、それでもアンタ聖職者かよ! 」
「・・・・・・フン! 偉そうに田舎者が言ってくれるじゃないの!」
「アンタ、今現在、トルトって奴が何をしようとしてるのか知ってるのか? 僕達はトルトを阻止しなければならない。究極生命体とか言って、創造しようとしてるのは化け物だぞ? この世もあの世もめちゃめちゃにする気なんだぞ? アンタ、聖職者なら、どっちかって言うと、僕達の味方だろう?」
「聖職者の意見として言わせてもらうなら、一つにする事はいい事よ。全ての世界を一つにする事は、素晴らしい事だわ。あの世と言う死者だけの場所に、どうして能力がある者だけが、生者でも行き来できる訳? どうして能力があれば死者とも交信できる訳? 聖職者として、死者も生者も全て一つにし、平等にするという教えは正しいと思うわ」
「・・・・・・シンバ、コイツに何言ったって無駄。コイツ、学歴コンプレックスだ」
ウルフは、バチッと電流が流れるムーンライトを床から抜き取ると、そう言った。
「学歴コンプレックス?」
聞き返すシンバに、
「俺達、田舎者の方が優れてるのが気に食わないんだよ」
そう答えたウルフ。すると神父は、
「お黙りなさい!」
と、吠えた。ウルフはそんな神父を見て、フッと笑うと、
「俺に似てるよ。追いつけなくて、苛立って、無理な事を正当化しようと必死。超カッコ悪い。挙げ句、アンタはヒステリックで、みっともなさすぎ」
と、馬鹿にした口調と視線を向けた。神父の顔はみるみる怖くなる。
「馬鹿じゃん。アンタみたいな能力のない奴があの世に行ってどうするっていう訳? 神父だろ? 神父なら大人しく、この世の人間の懺悔だけ聞いてろよ。どんな頑張ったって、なれっこないモノはあるんだよ。自分のレベル以上の場所に置かれて、それでアンタ、何ができる? 冥界の生物呼び出そうとして、もし呼んでたら、きっと、呼び出しっぱなしで、後始末もできない癖に、偉そうに俺達に説教してくんなよ!」
ウルフのその台詞に神父はキレた。
そして、台座の下から、何か出して来た。
それはディスティープルのカケラ。
「トルト様が現れた時、あたくしは特別な存在だと思ったわ。あたくしにも霊が見えるようになり、しかもトルト様が、あたくしを選んだのだと思ったわ。でもそれは違った。トルト様は科学の力で、あたくしの目にも映っていただけだった。でもトルト様は言ったわ、科学も霊能力も似たようなものだと。だから、あたくしも進化できる筈。科学の名の元で、霊能力を手にできるの。例えば、進化した究極生命体になるには、体の遺伝子を変える必要がある、その人体システムを解明した科学技術のチカラが、この小さなカケラに含まれた何千年という時間の月のパワーと同じと言う事——」
ディスティープルのカケラから、トルトの思念が発動し始めた。
「あれも声紋で反応するようになってたのか?」
そう聞いたシンバに、ウルフは、
「わからないけど、またここに化け物が一匹生まれるんだな」
と、ムーンライトを構えた。
シンバもクリムズンスターを抜き、神父に構える。
ディスティープルのカケラは神父の手の中から、腕にかけて、根をはって行く。
そして神父は更に、台座の上のボタンを押した。
ウィーンと言う音と共に、天井が開き、そこには、満月があった——。
勿論、科学で出来たティルナハーツのようなものだろうが、その光を浴び、神父の体が更に大きくなる。
何故か、シンバもその光に魅入り、ボーっとしている。
「おい、シンバ! お前、狼男にでもなる気かよ?」
クリムズンスターを下におろし、月に魅入るシンバに、そう吠えたウルフ。シンバはハッとして、またクリムズンスターを神父に向け、構えた。
神父の姿はディスティープルのカケラの根と、月の光で、みるみると化け物に変わる。
「不思議だな、シンバ」
「え?」
「化け物なのにさ、神父の服を着てるだけで正義なんじゃないかって錯覚するよ」
「・・・・・・見た目じゃない。中身が腐ってるから化け物なんだ! それを見抜かなきゃ。綺麗な魂を持ってる者なのか、どうか、見抜かなきゃ」
「ああ、その通りだ。見た目じゃない」
ウルフは頷くと、化け物に飛び掛かる。
シンバも飛び掛って、クリムズンスターを高く掲げる。
科学なんてもので全て片付けられるくらいなら、人間は感情なんて持たなくなるだろう。
悪も善も、人により、変わる。
英雄が臆病者だと言う人もいる。
勇者オレハが英雄よりも強いと言う人もいる。
第2の月を破壊したパト・アンタムカラーが、無能だと言う人もいる。
だから、トルトを善と思う者がいる。
それはとても当たり前の事。
善と悪は人それぞれ。
そして、時間が流れ、言い伝えも変わるように、人の気持ちも変わる。
それが進化じゃ駄目なんだろうか。
例えば、背後から驚かされてビックリしていた事が、驚かなくなるくらい余裕ができても、
例えば、変わらないキミの優しさが、変わらず、そのままだとしても、
例えば、筋肉質で覆われた大きな体を持ち、老けた顔立ちが、線の細い美少年になっても、
例えば、生意気な子供が築き上げた王国が、今も尚、無事に存在し、受け継がれる事も、
例えば、丸まる太った龍が、その魂を天界に召された後、僕達を見守り続けても、
例えば、優しい科学者が、天才少女の憧れになったとしても、
例えば、カジノのディーラーが、絶対に繋がりのない泣き虫少年に繋がるとしても、
例えば、工場で働く暴力的な男が、美しい少女の血筋にあたるとしても、
例えば、その美しい少女には、死んだ弟がいて、その弟は、今もこの世にいるとしても、
そして例えば、本当に恐れる相手が、只の龍使いの少年だったとしても——。
変わらない想いも、次へ繋げば、何も変わらないが、また違う想いとなる。
それが今を生きると言う事。
それが進化じゃ駄目なんだろうか。
変わらない事と、変わる事と、受け継がれる事と、消えてなくなる事と、見守る事と、見離す事と、繋がる縁と、途切れてしまう縁と、その全ては奇跡だと思う。
生まれ、出会い、笑い逢える日々は奇跡だと思う。
なんでもない有り触れた日常が奇跡なんだと思う。
流れる月日の中、いつまでも同じ考えで、変わらない事を考えるトルト。
何も変わらないままのトルト。
次へ繋げるのではなく、全てを自分だけで留めて置くトルト。
あの時のまま、あの頃のまま、あの姿のまま、トルトは今もこの世に存在する。
生きていられる訳もないのに、念だけで型を成し、進化を遂げようとする。
それは進化ではない。
だから憧れるんじゃないだろうか、進化する事に——。
科学は進化する。
でも、どんなに進化を遂げても、科学では解明できない事がある。それさえも手に入れ、トルトは究極生命体になるのなら、全ての奇跡を壊す事になる。
「だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
シンバは気合充分な声で、神父を切り裂いた。
神父は痙攣を起こしながら、
「あたくしに手をかけると言う事は、この国で、あなた方が悪魔になると言う事——」
そう言った。
「だろうな、アンタに手を合わせた民が、この国には沢山いる」
と、ウルフは言い終わると経を唱え出した。
「あたくしをあの世に送る気なの!?」
「ああ、アンタ、もう死ぬんだ」
ウルフは当たり前のように、そう言って、また経を読む。
「・・・・・・あたくしは死ぬの?」
震える声で神父は問う。
「神学校を出たなら、学んだ事を、もう一度、思い出して? 魂はどこへ行くのか。死とは何か。何故、生まれたのか。また逢える日が来るから——」
と、シンバも経を唱え出した。
「いやよ、いやよ、やめてよ、あたくしは死にたくないわ! やっと皆があたくしを崇めてくれるようになったのよ! 子供の頃から貧弱だの女だの言われ、辛い思いして来たのよ、やっと皆があたくしを認めたのよ。あたくしはもっとチカラがほしかっただけ!」
声を振り絞り、シンバとウルフに訴えるが、シンバとウルフは経を唱え続ける。
「あたくしの考えは間違っていたと言うの!? ねぇ、教えて? 教えてよ! あなた達はガルボ村の人なんでしょう!」
シンバとウルフは経を黙黙と唱え続ける。
「あたくしが死んだら、あなた方は殺人者になるのよ!」
それは自分の今の姿を知らないから言える台詞だろう。
もうどっからどう見ても、化け物だ。
「お願いよ、助けて! 助け・・・・・・」
ふと、経を唱えるのを止め、見つめるシンバの瞳に、神父は目を止めた。
その瞳はとても残酷に見える。
助ける気もなければ、悲しむ目でもなく、哀れむ事もない。
だが、シンバの瞳に願う言葉を見る。
もう一度、思い出して——?
魂はどこへ行くのか。死とは何か。何故、生まれたのか——。
「・・・・・・あたくしは、只、綺麗な人達で、綺麗な世界にしたかった。男も女もなく、皆が笑い合える綺麗な世界。皆がそう願うから。でも馬鹿にされない綺麗だけの世界に行きたかったのは、あたくしだったんだわ。生まれて来れた奇跡に感謝せず、こんな世に生まれた事に悲しんでいたのは、あたくしだったんだわ」
そう言い残すと、スゥッと息をひきとり、瞳を閉じた。
化け物の姿から魂が抜ける。その魂は美しい神父の姿のまま。
天へと向かう魂の光に、シンバは、
「あなたの教えは素晴らしい。手を合わせる程に——」
そう呟いた。今、ウルフが経を唱え終える。
シンバはウルフの左腕を見る。
「・・・・・・まだトルトが宿っているんだろうか」
と、ウルフも自分の左腕を見ながら呟いた。
包帯には血が滲んでいる。
「・・・・・・俺があんな化け物になって、助けを請う事をしても、躊躇わず斬ってくれ」
「・・・・・・斬らないよ」
そう言ったシンバに、
「でもお前は斬るよ、きっと」
と、悲しい笑顔でウルフは言った。
「・・・・・・斬らないよ。僕は仲間は斬らない」
「じゃあ、斬るよ、俺はお前の仲間じゃないから」
「なんでそんな事言うかな!?」
「それは俺の台詞だよ。お前こそ、なんでそんな事言うんだよ?」
「仲間だからだろ!」
「その余裕の態度が、すっげぇ、ムカツク」
「は? 意味わかんねぇし」
「てか、どうする? この化け物の死体」
「神父さんもいなくなった事だしな。このままにしとけばいいんじゃない? 誰かが見つけて、きっと神父さんが、化け物を倒してくれたって、更に祈りを捧げてくれるだろ?」
「更にあの神父さんは人々に手を合わせられる訳だ」
と、ウルフは言いながら、外に出る。シンバもウルフに続いて外に出た。
そして、ドアノブに引っかけられた掃除中とかかれた札を取り外した。
外はいい天気。
ウィード、マルメロ、アル、エルムは、まだ影踏みをして遊んでいる。
今、みんなの影が大きな影に飲み込まれ、シンバとウルフは空を見上げる。
「みんなー!」
と、空からバブルに乗って、手を振るディジー。
「嘘!? な、なんで? 髪短い!」
シンバはディジーの髪が短い事に驚く。
「あぁ、髪、不揃いだったから切ったんだよ」
と、ウルフが言う。
「え?」
「てか、冥界帰りかな? 随分と早かったな」
「え? なんで知ってるの?」
「なんでって、そりゃあ——」
そう言ってウルフは、空を見上げていた顔をシンバの方に向けた。
シンバの表情が余りにも、中途半端なまま固まっているので、ウルフは言葉を失う。
だが、直ぐにウルフは理解し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、
「シンバ、自惚れるなよ?」
と、意地悪な口調で言った。
「え?」
「バブルに手紙を運んでもらってたのは、お前だけじゃないんだぜ?」
「・・・・・・え?」
「お前だけ特別だなんて思うなって話だよ」
シンバの目の前が一瞬闇になり、立ち眩みを起こす。
気付きたくなかった事に、今、気付かされる。
タルナバ城に入れなくて、ルピナスからの面会者が来てると聞いた時、『ルピナスから? おねえちゃんかな!』と、ウィードが嬉しそうな声を出したら、『まさか』と、ウルフも言った事。
『ディジーは忙しいんじゃないかな』そう言ったシンバに、『そうそう』と、ウルフが頷いた事。
更に『ルピナスの王にはとり憑けない理由があったんだろうな、元々ディジーがアイツを封印してたから、俺達がルピナスをうろつく事もあったし、村長様だって、ルピナスを訪れる可能性も読んでたんだろう!』
ウルフのその台詞。
その台詞を聞いた時、おかしいと勘付いた。
何故、村長様がルピナスを訪れる事を知っていたのか。
それに勘付いたが、勘付かないふりをした。
何も聞きたくなかった——。
今、ディジーが、ウィ—ド、マルメロ、アル、ウルフと笑い合いながら再会を喜んでいる。
ウルフがショートヘアも似合うねと笑っている。
エルムが呆然としているシンバの傍にやってきて、
「アレハ誰?」
と、尋ねるが、答える気力がない。
笑顔を作らねばと思えば思う程、『なんで? どうして?』と、ディジーに問い詰めそうな自分がいる。
何故か、頭の中で満月が輝いている映像が掠った——。
「シンバー! ただいまー!」
と、とびきりの笑顔で駆けて来るディジーに、
「・・・・・・おかえり」
と、喜びもなく、平然とした顔で答えるシンバは、ディジーとのテンションの温度差がありすぎる。
「髪、短くしたんだよ、どう?」
それはさっきウルフに誉められてたじゃないかと、シンバは無言。
「なぁ、イヤーウィングドラゴンは?」
ウルフがそう尋ねると、ディジーは、うふふふふと意味深な笑い。そして、
「その内、見せてあげるね」
と、大きな鎌を背中に回し、それを軸にクルンと回るディジー。
「やっぱりその鎌だったんだなぁ。俺、言ったじゃん、武器だって」
「だって飾りだと思ったんだもん」
「だけどルピナスも罰当たりだよな、その鎌を物置きに入れとくなんてさ」
「ホントよねぇ、でも私達も相当な罰当たりじゃない? 二人で化け物になりきって、この鎌を引っ張り出しちゃって」
「言えてる。でも俺は付き合わされただけだから、罰が当たるなら、ディジーだよ」
「えー! なにそれー! ウルフだってノリノリだったよぉ、黒子」
ウルフとディジーが、二人にしかわからない会話を楽しげに笑いながらする。
「で、村長様は?」
そう尋ねるウルフに、シンバは何もかも全部知ってるのかと暗くなる。
しかも、髪を短くした事はシンバは知らなかった。
更に、楽しげに話す会話には全く入れずに、意味もわからない。
その分、ウルフの方が余計に親密なんだろうなと考えるシンバ。
「村長さんねぇ、アケルナルで待ってるって」
そう言って、ディジーはシンバを見た。
「なんで僕を見るの?」
「だって、シンバが行くんでしょ?」
「・・・・・・村長様が僕を呼んでるの?」
「そうは言わなかったけど、伝えてくれって。多分、シンバとウルフにだと思う」
と、今度はウルフを見て言うディジー。
「冥界の扉の事かな? 俺達も手伝えって事?」
「冥界へ入って、こちらの世界へ繋ぐ道を塞ぐとかって言ってたよ?」
「アァ、伝送路ヲ切ルンダナ」
と、エルムが会話に参加。
「あ、コイツ、エリカさんの弟」
と、ウルフが紹介すると、ディジーは驚いて、両手で口元を覆う。そんなに驚くディジーに笑うウルフ。
「僕はルピナスに行かなきゃならないから、ウルフ、みんなとアケルナルに行けば?」
突然、そう言ったシンバに、
「なんで? ルピナス?」
と、首を傾げるディジー。
「ルピナスの大臣いるだろ? アイツ、怪しいんだ」
ウルフがディジーに説明をする。シンバは、
「悪い、僕、疲れたから少し休んでくる」
と、一人、町に消える。
「・・・・・・なんかシンバ、怒ってる?」
と、シンバの態度がわからなくて、ディジーはウルフに聞いた。ウルフは半笑いで、
「妬いてんだよ。俺に」
と、答えるが、そんな単純な気持ちではなかった。
シンバは、今にも気が遠くなるのを必死で堪えていた。
——なんで?
——どうして?
——頭が痛い。
——月が僕を変える・・・・・・。
瞳を閉じると見える、満月がシンバを照らし出し、その光が、体の中のどこかで記憶しているように、思い出す。
——月が僕を変える・・・・・・。
——ティルナハーツが足りない・・・・・・。
——光がほしい。
——何も考えれない程に、狂いたい。
——僕には何もない・・・・・・。
ウィードの笑顔も、ウルフが取り戻したようなものだ。
マルメロの知識も、ウルフならまだ話が合う。
アルの憧れも、ウルフのイフリートを倒した強さに惹かれている。
エルムの知力も、ウルフなら簡単に理解する。
ディジーの心も、ウルフなら——。
——あのメンバーに僕はいらない。
——どうして気付かなかったんだろう。
——ウルフは仲間なんかじゃない。
——アイツは、敵だったんだよ・・・・・・。
——敵? 何を言っているんだ? 僕は? あれ?
——僕・・・・・・思考がおかしい・・・・・・?
シンバは自分の考えがわからなくて、目の前が余計暗くなり、ヨロッとよろける。
「シンバ?」
その声に振り向くとディジーが立っている。その後ろにはウルフもいる。
「凄い汗。具合悪いの?」
そう言って手を伸ばしてくるディジーの手をバシッと音を立て、思いっきり弾き返した。
「・・・・・・シンバ?」
驚いたディジー。
「おい、シンバ、いつまで不貞腐れてるんだよ」
と、シンバの行動に、少し苛立ったウルフ。
「バブルを貸してくれないか」
シンバがそう言ってディジーを見る。
「バブル?」
「ルピナスへ行かなければ——」
「バブルは一人しか乗れないのよ、みんなでリュースに乗って行けばいいじゃない?」
「みんなでリュースに乗って、アケルナルへ行ってくれ。僕は一人でルピナスへ行く」
「おい、シンバ、お前がいなかったらどうするんだよ? みんなお前の仲間なんだろう?」
そう言ったウルフをキッと睨みつけ、シンバは、
「くれてやるよ」
と、言った。シンと静まる。
「僕は一人でルピナスへ行く」
「先に冥界への道を断ち切った方がいいんじゃないのか? それにな、俺は仲間なんていらないよ」
そう言ったウルフに、シンバは嫌な笑いをし、
「ほしかったくせに」
そう呟いた。
「なんだと?」
「ほしかったくせに。だからやるよ。それとも僕のお古が気に入らない?」
「てめぇ!」
ウルフはシンバの胸倉を鷲掴んだ。
「最初に付属品だと物扱いしたのはウルフの方じゃないか」
胸倉を掴まれたまま、シンバは更に嫌な口調で言う。
「やめて! どうしたの? シンバ! 少しおかしいよ?」
と、ディジーがウルフの腕を掴んで、そう言った。ウルフは舌打ちをし、シンバの胸倉を離すと、シンバはヨロヨロッとよろけたが、ディジーがウルフの腕を掴んでいる姿が、腕を仲良く組んでいる姿に見え、急に笑い出した。
「あはははは、お似合いだよ、全く! 美男美女? でもさぁ、醜いままだったら、ウルフはアンタなんか相手にしたかなぁ? ねぇ? 醜くて有名な王女様?」
いい加減ぶちキレたウルフが、シンバを思いっきり殴り飛ばした。
シンバは後ろへ倒れ込んだが、直ぐにウルフを睨み返し、
「お前だってさ、トルトに宿られるくらい弱い奴の癖に、付属品がなかったら、僕より強いだって? 笑わせるよな。だからくれてやるって言ってんだよ、親切でさ」
と、更に嫌な言葉で吠えた。
「・・・・・・どうも有難う、有り難くもらうよ。だから悪いがバブル貸せないな。あれは俺の仲間だから」
ウルフはそう言うと、ディジーの腕を掴んで、引っ張って連れて行く。ディジーは何度も振り返りながら、シンバを見る。
人混みに消えていくディジー。
野次馬で、シンバとウルフの喧嘩を見ていた人達も散っていく。
残されたシンバは、突然、吠えた。
「助けて、助けてよ、ウルフーーーーッ!!!!」
でももうウルフには聞こえない。
シンバは自分自身がわからなくて、歯を食いしばり、唇も一緒に噛んでしまい、唇の横から血が流れる。
それをグイッと拭くと、ミニットが目に入った。
ヤーツ博士が造った乗り物ミニット。
ミニットは太陽エネルギーで動き、小さい癖に、空も飛べるし、地も走る乗り物。
「太陽のエネルギーを借りると言うのが気に入らないが、使えるな」
と、呟き、その乗り物をシンバは盗んだ。
行き先はルピナス。
タルナバの町中をミニットはスイスイ抜けると、空高く舞い上がった——。
「ねぇ、離して! シンバが心配よ」
「ほっとけばいいんだよ、あんな奴! 少し頭冷やした方がいいんだ!」
と、ウルフはディジーの腕を掴んだまま、グイグイと引っ張って歩いていく。
「あんな奴って、シンバはあんな奴じゃないよ! 何かあったんじゃないかな」
と、心配するディジー。
ウルフは足を止め、腕を離し、ディジーを見た。
「妬いてんだよ、只、それだけ」
「妬くって?」
「アイツは、言わないけど、キミが好きなんだ。で、俺がディジーと仲良くしてるのが気に入らないだけ。お子様なんだよ。それに俺もキミを好きだと思ってやがる」
「・・・・・・」
「あ、心配しないで? 俺はアイツが好きになった女の子を横取りしようなんて気はないから。俺はアイツが思ってる以上に、アイツの味方なんだ。例え、好きになった女の子が一緒でも俺は身を引くよ。得にアイツと両想いなら、俺が幾ら頑張っても無意味だしね。人を魅了するのはシンバの方が上手だ」
「・・・・・・」
「そんな顔するなって! シンバは俺とは違う。俺の考えと一緒な訳ないだろう? アイツは俺が好きになった女の子を平然と奪っていく奴だよ」
「・・・・・・そうかしら」
「そうだよ。だって、アイツ、悪気なく平然と何でも手に入れる奴だから。クリムズンスターだって、夢で見たからってだけで手に入れたんだぜ? 有り得ねぇよ、普通」
「でもウルフには違うんじゃないかな。シンバもウルフが好きになった女の子なら、身を引くんじゃないかしら? だから——」
「だから?」
「ウルフは私を諦めてね? シンバに身を引かれたら困るもの」
と、悪戯っぽい表情で、ベッと舌を出して言うディジーに、ウルフは、
「自信過剰!」
と、笑う。ディジーもクスクスと笑う。
「でも、アイツ、本当に少しほっといた方がいいよ。一人で考える時間を与えた方がいい。村長様も待ってる事だし、アケルナルへはシンバ抜きで行こう」
「わかった・・・・・・でも一人でほっとかれて平気かな・・・・・・」
「子供じゃないんだし、大丈夫だよ。アイツ、自分で思ってるより頭いいし、強いし、なんてったって、クリムズンスターの持ち主だしさ」
「ウルフって・・・・・・本当にシンバが大好きなのね」
「は? 大嫌いの間違いだろ?」
「あれ? 味方でしょ?」
「味方でも一番嫌いな奴だから」
「うふふ、変なの。前にね、私、ウルフに『アイツを傷つけたら、俺が許さないよ』って言われた時、ちょっと怖かったんだ。でも今ならわかる。怖い位、大事なんだよね」
「・・・・・・何の話?」
「何って、覚えてない? ほら、アダサートで」
「アダサート。あぁ、少し覚えてる。その頃、トルトが宿ってたから、記憶があやふやで」
「トルト? 私の中にいた化け物の事? じゃぁ、アダートで、一緒に散歩した時の事、覚えてないのね? その時に言われたの。アイツを傷つけたら許さないって」
「何の為に?」
「何って?」
「だから、何の為に、ディジーにそんな事を言う訳? 俺が?」
「あの時、私、エリカさんの姿だったでしょう、それで、ウルフは気付いてたんだと思う。なんとなく、本当の私が醜い姿って事。それを知ったシンバが傷付くんじゃないかって思ったのよ。だから何も言わない私に、騙してるような気がして、忠告したんじゃないかな」
「悪いけど、俺、そんなに直感良くないよ」
「え?」
「気付いてたとして、醜い姿のディジーを見て、シンバが傷付くなんて思わないよ。寧ろアイツなら、もっと好きになるって思う。そんな運命の王女様——」
「・・・・・・じゃあ、あれはウルフじゃなかった?」
「でもトルトな訳ないしな。トルトがシンバを傷付けたら許さないなんて言う訳ない」
「そうよね。じゃあ、きっとウルフの記憶がおかしいだけだよ」
「かもな。その時の俺って俺じゃない発言多かったかもだし! さぁて、アケルナルへ向かうか。バブルもいないんじゃあ、シンバ、ここで足止めしてるだろうしさ。その間に、村長様の命令でも片付けておくか」
ウィード、マルメロ、アル、エルムが遊んでる場所へと向かい、皆を集め、シンバ抜きで、アケルナルへ出発する事になった——。
シンバが一人でルピナスへ向かったなど、誰も思いもしなかった——。
その頃、シンバは、ミニットでルピナス上空へと来ていた。
空から町へ舞い降りて、スイスイと町中を抜ける。
人、一人見当たらない。
城へと辿り着く。ミニットは捨てるように、その場に放置。
クリムズンスターを抜き、シンと静まり返る城内へと入る。
「トルトーーーーー! 出てきやがれ! お前が大臣になってんのはわかってんだ!」
と、吠えながら、奥へと歩いていく。
兵士も誰も出て来ない。
何の妨害もなく、奥へ進み、王の間で、大臣、いや、トルトに出会う。
大きな立派な王の椅子に座り、扉を開けたシンバを見ている。
「シンバさん!」
と、縛られ、トルトの膝の上に座らされ、抱かれているのはエリカ。
「・・・・・・エリカさんを離せ! 王や妃、兵士やメイド、町の人達はどうしたんだ!」
びよよよよーんと鼻の下に妙な鬚を生やした、ちんちくりんなトボけた姿で、トルトはニヤニヤ笑っている。
「答えろ! ルピナスの人達はどうしたんだ!」
「地下牢に閉じ込めてあるよ。後、塔の天辺や、使わない部屋などにね。誰一人として殺してない。安心したか?」
「・・・・・・エリカさんを離せ!」
「それはできない。何故なら、この美しい女はアルビノとして面白い素材だ。この美しい素材を、花嫁として研究して行きたいのだよ。なんせ、究極生命体と言っても見た目の美しさも大事だと、そう思うからねぇ。究極生命体とアルビノの美しさとの間に生まれた子供なんて、見てみたいと思わないか?」
「お前、馬鹿だろ、幾ら本体が実体化しても生きてる訳じゃないんだ、子供なんて作れる訳がない。それに何が花嫁だ! お前みたいな奴、エリカさんが結婚を同意する訳ないだろ! それともエリカさんにとり憑いて、同意する気か? それ、相手が自分自身なだけだぞ」
「何か勘違いをしているようだね。確かにね、霊体となると、この世に実態する体がほしくなる。その為、誰かにとり憑いたりするが、チカラのある霊体は思いのまま体を実態化する事もできる。だがね、実態化した所で、何も変わらない。誰かにとり憑いても、それは永遠じゃない。思念でコントロールしても、それは只の思念で、自身ではない。私は私自身となる体がほしいのだよ。それも究極のね」
もう完璧に喋り口調が大臣ではない。今迄、おとぼけキャラを作っていたのだろう。
「・・・・・・なにそれ?」
「まず、思念でコントルールした体の中に、私自身、つまり本体が入る。思念でコントロールされている相手の魂は外に出て来ないよう、内の中で縛り付ける。そうすれば、本体が眠っている間も、油断している間も、相手の魂は出て来れない。そして本体である魂はその相手の魂に少しずつ接触して行く。相手の魂も外ヘ出たいが為に、接触を最初は拒んでいても、最終的には拒まなくなるだろう。これは憑依ではない。プラスとマイナスのエネルギーが交わるという、大きなチカラだ。プラスのエネルギーとマイナスのエネルギー、全く違うエネルギーが一つになると言う事はどういう事か、わかるか? プラスにはプラスにしかないチカラ、マイナスにはマイナスにしかないチカラ、それが交わり、一つになり、完璧になるのだ。キミにだって、あるだろう? 自分にはないチカラ。それがほしいと思う事、ないかい?」
「・・・・・・僕にないチカラ?」
「そう、例えば、頭の良さ。キミは周りに評価される程、利口ではなさそうだが?」
「いいだろ、別に! そんなの関係ないだろ!」
「だが、利口になれるなら、なりたいだろう?」
「・・・・・・なりたいけど」
「そう、なりたいんだ。私もね、頭の良さはいいんだが、体力的な事は無理だ。キミのように強くなりたいよ」
「・・・・・・強く?」
「シンバさん、駄目です! 話にのっちゃ駄目ですよ!」
エリカが震える声で叫んだ。
「そう、キミはシンバって名前なんだね? 究極生命体となった私を斬り裂いた奴もそんな名前だった」
「え?」
「シンバ・フリークス。英雄とまで呼ばれた男の名だよ。私には英雄と言うよりも、月のニオイをさせる究極生命体にしか見えなかったけどね」
「・・・・・・シンバ? 僕と同じ名前?」
「そうキミと同じ名前。そして、キミは英雄と同じ、その剣を所有した——」
「クリムズンスター・・・・・・」
「その剣の名前だね? クリムズンスター、いい名前じゃないか。究極生命体の私が斬り裂かれた瞬間、この世の最強の究極生命体は、その剣を所有した男となった——」
トルトの話を聞いていると、シンバは急に立ち眩みを起こし、その場でふらつく。
「もうわかるだろう? 私はキミになりたいんだ。究極生命体のキミに——」
「・・・・・・ふざけるな!」
「ふざける? なら聞くが、キミは何故ここへ来た?」
「何故って、お前を倒す為に!」
「わざわざ私がこうして、キミを招く為に、待っていたのに?」
「待ってた?」
「そりゃそうだろう、キミがいつ来るかわからないのに、町の人々を閉じ込め、この女を抱きかかえ、ずっと待ってる訳ないだろう? キミが来るから、こうして待っていたんだよ。キミが来るのをわかっていたんだ」
「・・・・・・わかってた? なんで?」
「何故? それはキミは私だから」
「・・・・・・僕は——?」
シンバはハッと気付いて、ズボンのポケットに手を入れる。
「やっと気付いたんだね? 大事に持っていてくれて有り難いよ」
「・・・・・・宿り木は・・・・・・僕・・・・・・?」
泣きそうな声で、そう呟き、ポケットの中にあるディスティープルのカケラを取り出そうとするが、カケラはシンバの腰辺りで、根をはっていて、取れない。
「キミの体も心も大事にするように、私なりに守ってきたんだよ。そのカケラもね、慎重に、ゆっくりと根をはらせた。気付かなかっただろう? 邪気など、感じなかったろう? 風呂に入ったって、根さえ、体の奥へと入れば気付かないもんだ。植物を応用すれば簡単なんだよ。それよりも、一体化する魂が弱くなられては困るからね、心を傷つけないようにする為、必死だったよ。あのウルフを思念で操っていた時は——」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
シンバはクリムズンスターを落とし、頭を抱え、苦しみ出した。カケラの根が一気にシンバの体に張り巡る。
「キミだって、薄々は気付いてただろう? 少しずつだが私に支配されてる事に」
ニヤニヤと、シンバの苦しむ姿を見ているトルト。
「キミがディジーという女の体に封印されていた私を解いてくれた時に、『僕だってウルフが羨ましいんだよ』そう言ったのを聞いて安心したんだよ。キミも心に付け入る隙があるんだとわかってね。確かに脆い生き物だが、私とキミが一つになれば、究極となる。いや、神になるんだ」
シンバはもがき、苦しんでいる。
エリカは見ているのが辛くなり、目を伏せ、俯く。
やがて、シンバは体中一杯に、根を張り巡らされ、動かなくなった——。
トルトはエリカをどかせ、立ち上がると、シンバに近付き、そして、張り巡らせた根を解いた。コロンと転がるディスティープルのカケラ。
もう根がなくても、カケラに秘めたチカラはシンバの体の奥に入っている。
そして、トルトの実態化している本体も、霧のように靄がかり、シンバの体に被さるように覆い、シンバの体に吸い込まれるように入って行く。
エリカが脅えて動けず、只、目を伏せる事なく、全てを見ている。
暫くすると、シンバはムクッと起き上がった。
「シ、シンバさん?」
エリカが声をかける。シンバはエリカを見てニッコリ笑い、
「そうだね、そう呼んでくれて結構だ。その名前、気に入ってる。神にも名は必要だ」
そう言った。そしてシンバとなったトルトはクリムズンスターを拾い、高く掲げ見る。
「はーはっはっはっは、月の香りのする体! 最高のチカラ! 漲る月のパワー! 目を閉じれば、ティルナハーツが鮮明に想像できる! 自ら作り出せる月の光! ティルナハーツが遺伝子の中に残っているかのようだ! 人の記憶とはこれほどまでに素晴らしいものなのか! これぞ究極生命体! 私の体だ!」
脅えるエリカ。
「何も怖がる事はない。この剣を所有できる体の隅々まで調べ、遺伝子も残せるのかを考え、そして、私がこの体の魂と一体化した時には、お前は私の子を生めばいいだけの事。何匹も生み、その中で最も素晴らしい出来の者と、私がまた一体化する——」
「い、いやです」
「今はそれでいい。今は邪魔な者を消すのが先だ」
「じゃ、邪魔な者?」
「私が何故、この剣に拘るか。それはね、うまく使いこなせば、魂をも切り裂くのだよ。魂が見える私は、魂を無にできる。つまり邪魔な奴は全て無にしてしまうのだ。嘗ての英雄は私を無にできなかった。それは死んだ者を見るチカラがなかったからだ。だが、私は死んだ者をハッキリと見る事ができる。この世で殺して、尚、魂までも無にしてやれる」
「や、やめて下さい。そんな事!」
「それは私の花嫁としての意見か? それとも邪魔者の味方なのか?」
そう聞かれ、黙り込むエリカ。
「来い!」
シンバとなったトルトはエリカの腕を掴む。
「痛ッ! 痛い! やめて! どこへ行くんですか!」
「あの世で最も恐ろしいと言われる場所、冥界だ」
「め、冥界?」
「まずは冥界王とやらの魂を無にしてやらねばな」
「な、何て事を! おやめ下さい!」
「いいから来い! お前は私と共にあるのだ。折角の花嫁だ、逃がす訳にはいかない。見た目がこうも美しい者はそうはいないからね」
もうエリカはどうしていいかわからず、力を失い、引っ張られるがまま、連れられていく。
「ルピナスは最高の科学技術班のいる国だ。いや、大臣として頑張った私の成果かな。それに転送装置という素晴らしい物を発明してくれた昔の部下に感謝だよ。転送装置を応用し、エネルギー転送交換というものも出来た。覚えているか? お前はここの本当の王女と一時期、魂が入れ替わったんだ。それは私が仕組んだんだよ」
「な、何故? 何の為に?」
「何の為? 私の封印を解く為だよ。そして王女はのこのこと封印を解ける者を連れて来た。その時、また私は魂を元の鞘に戻しただけだ。全ては私の筋書き通り。お前を王女として養女に提案したのも私だ。その美しさが、いつか、私の手に入る事も考え、そして、王女との魂交換に適任だと考え、全て事を運んだ。この国の大臣である私には容易い事だ」
「な、何て事を——!」
「そして、運命は私を選んだのだろう、王女が連れて来た男が、まさかクリムズンスターを所有する人物だったとは。私に最強になれと言っているようなものだ。そして、私は今、究極生命体となる体と知力を手に入れた。神としての第一歩だ! さぁ、お前も見たいだろう、更に転送装置を応用した物を! 冥界へとワープする装置を!」
喜々としながら、シンバとなったトルトは、王の間を出て、国の研究室へと向かった。
そこには冥界へと転送できる装置がある。
冥界の伝送路に繋がっているのだ。
目指すは冥界——。
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