8.世にも醜い眠り姫

海底トンネルを走る列車に乗り込み、シンバはボックス席で一人、ぼんやりしていた。

他の皆は、列車の最後尾にある食堂車両へと行ったのだ。

トンネルの真っ暗な闇が、窓に流れ、自分の顔が反射して映る。

疲れきった顔に、シンバは溜息を吐いた。

「大丈夫?」

その声に顔を上げると、ディジーが心配そうに立っていた。

「あぁ、ちょっと疲れただけだよ」

「いろいろ無茶させちゃったね、神霊のオーブとか——」

「ディジーのせいじゃないよ、それは僕の使命でもあったから。そうだ、渡しておくね、神霊のオーブ。小瓶の蓋をあけて、オーブを出して、願いを唱え続ければいいんだよ」

シンバは、小瓶をディジーに渡す。

小瓶の中に光輝く玉があり、ディジーは不思議そうに、それを見つめる。そして、

「前、座っていい?」

と、シンバを見て聞いた。

「あ、ああ、いいけど、もう食べたの? 何がおいしかった?」

「ううん、食べてないの、シンバが心配だったから、食欲わかなくて」

「あ、ごめん、いいよ、食べてきなよ? 海底列車の名物は魚介類の料理だったよね?」

「またお腹すいた時でいいよ、その時はシンバも食欲あるかもしれないでしょ? そしたら一緒に行きましょ? まだ6時間程、この列車に乗ってなきゃいけないんだし」

「6時間か。遠いなぁ、ルピナスは——」

「翼竜だと、あっという間なんだけどね」

と、ディジーは言いながら、シンバの前に座る。

「僕も乗ってみたかったな、キミの友達に」

「バブル? そうね、シンバなら、懐くかもね」

「あ、そういえば、列車のチケットの代金って幾らだったの?」

「思い出しちゃった? いいの、気にしないで?」

「え、そうはいかないだろう?」

「いいの、みんな忘れてるから、このままで」

「だって、結構高いだろう?」

「本当に気にしないで? こんな事くらいしか、できないから、せめてものお返し」

「・・・・・・」

「でも私のお金じゃないんだけどね。王の名義の証書で、お金はルピナスに請求されるの。結局、こんな事くらいしかって言っても、私自身のチカラではない。私は自分を無能だと思う。何の取り柄もないの。綺麗な声でもないから、歌さえ、歌えない。美しくもないから、微笑む事も許されない。只、誰の迷惑にもならないよう、死ぬのを待つだけ——」

「・・・・・・なんで?」

「え?」

「僕にはわからないよ。ディジーは綺麗だ」

「そう見えるの?」

「見えるよ」

「だったら、シンバに光が映らなければいいのに。闇の中なら、私の姿は見えない」

「・・・・・・いいよ」

「え!?」

「そんなに見られたくないなら、僕は目なんていらない」

「何バカな事言ってるの!?」

驚いて、ディジーがそう叫んだ時、列車がゆっくり速度を落とし、闇のトンネルから、透明なカプセルのトンネルへと抜け、窓に海の底が映し出された。

「ここは海底でも美しい魚達の生息する場所であり、光に反応し、更に鱗を輝かす珍しい魚達がいる。猛毒がある為、食する事はできないが、目にも鮮やかな魚達は心を癒してくれます。暫くの間、海底の散歩をお楽しみ下さい」

と、アナウンスが流れた。

「綺麗ね」

と、ディジーは、うっとりしながら言った。

「・・・・・・例え、この景色が見えなくても」

「え?」

「これから先、どんな美しいものを目に映せなくなっても、それでもいいよ。綺麗だと感じるもの全てが目に映るものじゃないと僕は思う」

シンバがとても好きだとディジーは思った。

シンバはどうして、こんな事を言う自分がいるのか、よくわからなかったが、これもデジャヴと言うものだろうか。

『シンバがモンスターでも好きだよ』

そう言って、変わらず愛してくれた人がいたような気がした。

有り得ない話である、ガルボ村で、親以外に、愛情を注いでくれた者の存在などなかった。

友達とは違う、深い愛情。

やはり、デジャヴと言うものなのだろうか、それでもシンバは、愛された事で救われた思いが今も強くある。

モンスター、それはどんなに恐ろしく、醜く、悲しい生き物だったのだろう——。

シンバは赤髪の男を思い出す。

『誰にも愛されないモンスターには死を——』

前世では、あの男に殺されたのかもしれないと、シンバは思う。

ウルフがウィードとマルメロを引き連れて、食堂車両から戻ってきた。

「おねえちゃん、何も食べないで平気? シンバおにいちゃんと同じで体調悪いの?」

と、ウィードが心配そうに尋ねる。

「ねぇ、窓から見える景色、綺麗よねぇ」

と、マルメロが、さっきのディジーのように、うっとりして言った。

ウルフがシンバとディジーに、缶に入ったジュースを渡す。

「飲み物なら、大丈夫だろ?」

そう言ったウルフに、

「気が利くねぇ」

と、言うシンバと、

「いただきます」

と、笑顔で言うディジー。

シンバが缶ジュースを開け、ゴクゴクと喉を鳴らし、飲んでいる最中、急に列車が急停止し、その反動で、列車が揺れ、立っているものは倒れ込み、座っているものも、前のめりになった。シンバも当然、体が大きく揺れたが、前に倒れるよりも、飲んでいたジュースを思いっきり吹き出してしまった。

「きゃぁぁぁぁ」

と、揺れたからではなく、シンバの吹き出されたジュースを浴びたせいで、悲鳴をあげるディジー。

「あ、あ、ごめっ、ごめん、あの、綺麗だから!」

慌てて、シンバがそう言うが、

「何が綺麗なのよぅ!」

と、泣きそうになるディジー。

「シンバ! 歌!」

ウルフが突然そう吠えた。

「え? 歌?」

と、シンバはウルフを見上げると、ウルフが真剣な顔をして、遠くを見つめている。

シンバも、目を閉じ、何かを感じとる。

「歌が聞こえる。この歌声は・・・・・・この世の歌声じゃない」

そう、その歌は、人の心を魅了する不思議な只の音として、皆の耳に届く。

「なにかしら? 耳鳴りがするわ」

と、マルメロは耳の穴に小指を入れる。

「ディジー、ここで待ってて。ウィードもマルメロも」

シンバがそう言うが、

「ボクも一緒に行くよ」

と、ウィードはシンバとウルフの後を追う。

海底列車は自動操縦となる。その為、急停止は何かが起こった為。

乗客は慌てている者もいれば、歌に聞き惚れている者もいる。

操縦室となる部屋に入ると、パノラマに広がって見える海の景色。そして、海底を優雅に泳ぐ——

「セイレーン」

ウルフがそう呟いた。

セイレーンとは海の精とも言われる化け物の一種で、船乗りを美しい歌声で魅了し、船を難破させると言われている。

「これもまた冥界の生き物だよな?」

そう聞いたシンバに、

「恐らくな。さて、どうする?」

と、ウルフはシンバを見る。

「・・・・・・弱らせて、経だけで冥界への道を作り、戻すしかないじゃん、こんなとこで陣描けないもん」

「どうやって弱らすんだよ、相手は海底にいるんだぞ!? 俺達は列車から出れない!」

そう言われ、シンバは少し考え、

「ファング!」

と、ウィードの指輪に宿る霊を呼んだ。

大きく美しい犬が、シンバの声に従い、姿を現す。

「お前の加勢をする。僕とウルフはお前が強くなる経を読む。お前はセイレーンを弱らせるまで戦う!」

「待てよ、無理だよ! 相手は冥界の化け物だぜ? この霊は只の霊だろう?」

そう言ったウルフに、ウィードが、

「ファングは只の霊じゃない! ボクのゴールデンスピリッツだ!」

そう言った。

「なら、余計無理だ! この犬がやられたら、ウィードも同じ傷を負うんだぞ! ウィードが倒れて死んだら、この犬の霊だってどうなるか! シンバ、他の手を考えよう!」

「考えてる暇ないだろう! セイレーンの歌声、でかくなってきてるし! それに対抗し、僕達が経を唱えるしかない! 大丈夫、ファングは強い! ウィードだって、どんなにいじめられても、負けた事はない!」

そう言ったシンバに、ウルフは何も言い返せずに、黙り込む。

後ろの車両では、セイレーンの歌声に魅了された乗客が狂い出してるようだ。

「ウィード、できるよな?」

シンバがそう聞くと、ウィードは強く頷く。

「よし! ウルフ、守護霊の攻撃力を上げる経を唱えてくれ、僕は守備力を上げる経を唱える! 似た経だからな、僕の唱える経に惑わされて、間違えるなよ?」

そう言ったシンバに、

「誰に言ってんだ、間違えるとしたら、お前だ」

と、ウルフはその場に、座禅を組み、経を唱え出した。

シンバも座禅を組み、経を唱える。

ファングは唸り声を上げながら、列車を通り抜け、海底へと踊り出た。

ウィードは、祈りを捧げ、ファングの応援をする。

——ヤバイな、押されてんな、海の精だもんな、海の中では向こうに有利だ。

セイレーンは余裕でファングの攻撃を交わし、歌声を上げていく。

——ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 経が読めない!

シンバは、セイレーンの歌声に魅了されつつある。

目の前で、ウィードが傷だらけになって行くのがわかり、シンバは、経を読まなければと、必死で、声を出そうとするが、意識が遠のいていく。

遠のいてなるものかと、シンバは自分の手の甲に、思いっきり噛み付いた。

自分の肉を引き千切る勢いで噛み付き、そして、その痛さで、自分を取り戻す。

また意識が遠のくと、シンバは自分の腕に噛み付いた。

ファングの守備力を上げる経を唱える為に、左腕が血だらけになって行く。

ウィードも、どんなに傷ついても倒れない。負けたりしないと、頑張っている。

やがて、セイレーンはしつこいファングに、歌うのを止め、攻撃を仕掛けて来た。

歌が止めば、こっちのもんだとばかりに、シンバとウルフの声は大きく、高らかに、海の底深くにまで響く。

ファングが二人の唱える経により、光り輝くオーラを纏う。そして、セイレーンに飛びかかった。今だとばかりに、シンバとウルフは剣を抜き、また別の経を唱え出した。

そして、

「冥界への道は開けたり!」

と、ウルフが唱える。

「帰り給え、セイレーンよ!」

と、シンバが唱える。

二人、剣を掲げ、冥界への道を剣の刃先で照らす。

二人の唱える経に、返すように、セイレーンが奇声を上げ、冥界へと帰って行く——。

セイレーンの姿が消えると、剣の刃で照らされた光が消え、静かな海底に戻る。

「・・・・・・凄いな、俺達。冥界の化け物を経だけで返した」

「・・・・・・僕達だけじゃ無理だったよ、ウィードが頑張ったから」

そう言って、シンバは気絶したウィードを抱き上げる。

ファングも事が済んだと、大人しく、指輪へと戻った。

「シンバ! お前、左腕、血まみれじゃないか!」

「あ、ああ、僕は駄目だな、ウルフと違って、まだまだ精神的に雑がある。何度もセイレーンの歌声に魅了されそうになったよ。その度に噛み付いて、意識を取り戻してた」

「大丈夫か? ウィードは俺が連れて行くよ」

「でもウルフだって左腕に怪我をしてるんだろう?」

そう言って、ウルフの左腕に巻かれた包帯を見る。

「だから何度も言わすなよ、俺のは大した事ないんだって。お前、唇も切れてるじゃないか。食いしばった歯が当たったんだな。ウィードも傷だらけだし、治療しなきゃ。食堂車両の向こうが救護車両となってた筈だ、行こう」

ウルフはウィードを背に乗せ、救護車両へと向かう。

シンバは自分の左腕を見て、そして、切れてる唇を右の手で触ってみる。

「ホントだ、切れてる。左腕を噛んだ時についた血もついてるのかな」

と、軽く手の甲で拭いた。

列車は何事もなかったように動き出す——。

包帯でぐるぐるになったシンバの左腕は、ウルフの左腕と同じに見える。

「同じ衣装に、同じ場所の傷。まるで鏡に映してるみたいね」

と、マルメロが言う。

「鏡か、いい表現だな。俺とシンバは対称的だもんな」

と、ウルフが言うが、シンバは意味がわからず、きょとんとする。

「シンバ、お前が太陽なら、俺は月だろう。お前が宝石なら、俺は石だ。お前が——」

「ウルフが光なら、僕は闇だ」

シンバはそう言って、ウルフの台詞を止めた。

「・・・・・・逆だろう?」

そう言ったウルフに、シンバは、

「光は光りすぎて、気付かないんだよ。どれだけ輝いているか。だから自分が闇にいると思い込んでる。いつも周りを照らしてるから、自分を照らさないんだ」

そう答えた。

「僕が光だと言うなら、ウルフの光で照らされて、光って見えるだけだよ」

と、そう言ったシンバに、ウルフは、何も言わず、違う車両へと移った。

「プレッシャーかけるのね」

と、ディジーが言う。

「・・・・・・ウルフは気付いた方がいいよ。本当にウルフは光だから。絶対にアイツは光だから!」

「まるで闇を晴れさそうとするような言い方ね」

「ディジーこそ、気付いた方がいいよ! キミこそ、本当に綺麗だよ!」

シンバはそう言うと、ムッとした表情のまま、ウルフを追うように違う車両へと移った。

マルメロはまだ気絶したままのウィードの傷に薬を塗りながら、

「難しい年頃なのよ」

なんて言うから、ディジーは笑う。

「ねぇ、ディジーさん、あなた、ルピナスで何をしてる人?」

「え?」

「ルピナスから来たって言ってたけど、何の用があったの?」

「あ、あの——」

「チラッと小耳に挟んだんだけど、王女って本当?」

「え!?」

「別に立ち聞きしたり、盗み聞きしたんじゃなくってよ! 只、耳に入ったのよ!」

シンバとの会話、ウルフとの会話が、マルメロの耳に入ったのだろう。

「ルピナスの王女は生まれながらの化け物だと聞いたけど、あなたは、あの詐欺師の言う通り、綺麗だわ。そのアルビノの体も、余計にあなたの綺麗さを引き立ててる。もしあながた本当に王女だとしたら、何故、化け物だと言う噂があるのかしら」

「・・・・・・マルメロちゃん? その薬を塗る前に、消毒した方がいいかも」

そう言って、マルメロの質問には答えず、ディジーは消毒薬を渡す。そして、別の車両へと逃げるように行ってしまう。

「はぁ、みんな、難しい年頃なのねぇ」

と、マルメロは呟きながら、ウィードの手当てを続ける。

皆、バラバラに席に座り、会話を交わす事もなく、過ごした。

シンバもウルフも黙ったまま、思いつめた表情。

だが、一番、思いつめているのはディジーだった。

ルピナスへの距離が近付いているのが、ディジーの表情を暗くする。

列車はスピードを上げて、走り続ける——。

そして、バラバラの席に座っていたシンバ達は、ルピナスに着くと、列車を下りて、ホームで、皆と落ち合った。

「ホームを出て、直ぐにルピナスの城下町よ。近くに、ホテルがあるから、そこで今夜は休んで? フロントで、私の名前を言ってくれれば、部屋を用意してくれるよう、手配しとくから。明日の朝、私がロビーに行くから、その時に、シンバに押し花の栞を渡すから」

そう言ったディジーに、

「もうバイバイなの?」

と、シンバが聞く。コクンと頷くディジー。

「嫌だよ、だって——」

「ルピナスに着いたら、私の指示に従う約束でしょ!」

と、ディジーはシンバをキッと睨みつけ、キツい声色を出した。

「・・・・・・だけど」

「シンバ、何か勘違いしてない?」

「え? 勘違い?」

「私はガルボ村の村長に頼んで、あなたを雇っただけ! 無事に私はルピナスに着いて、あなたには感謝してるけど、それだけよ! ちょっと優しくしたからって、親しくして来ないで! 私は王女なのよ! 無礼過ぎるわ!」

そう言われると、シンバは何も言い返せなくて、

「・・・・・・わかったよ」

と、頷くしかできなくなる。

一人、行ってしまうディジーに、シンバとウルフは、ホームで見送るしかできない。

マルメロとウィードが、

「やっぱし王女だったの?」

と、二人、こそこそと話している。

「近くにホテルがあるって言ってたな、行こうか?」

そう言って、荷物を背負うウルフに、シンバは頷く。

ホテルは豪華なスイートルームを用意され、マルメロもウィードも大きなベッド、ジェットバス、綺麗なシャンデリア、豪華なルームサービスに、はしゃいでいた。

シンバは落ち着かず、ベッドに横になっても眠れずに、何度も寝返りを打つ。

ウルフも眠れないのか、ルームサービスで飲み物を何度も頼んでいた。

一夜が明け、シンバ達はロビーでディジーを待つ。

広いロビーに、マルメロとウィードは駆け回る。

「おい、ウィード、お前、まだ怪我が良くないだろ? 静かにしてろよ」

と、思わず、苛立ちを無邪気な子供にぶつけてしまうシンバ。

そんなシンバに、ウルフは、

「好きなのか?」

と、言い出した。

「何が?」

「ディジー王女の事」

「なにそれ」

「だって、お前の苛立ちって、そう言う事だろう?」

「好きって、別に。只、淋しいなって——」

「淋しいって言うのは悲しいって事で、苛立つ事じゃないだろ?」

「苛立ってなんかないよ!」

「ほら、また大きな声出してさ」

「・・・・・・ウルフが変な事言うからだろ」

「変な事? 気持ち当てられたのがムカツクのか?」

「だから好きじゃねぇよ!!!!」

「ガキだな、好きって言うのが恥ずかしいと思ってる」

「だから違うって!!!!」

本当にシンバはわからないのだ。

この苛立ちがなんなのか。

だから、余計に苛立つ。

ディジーが光避けのフードとコートを身に着けて現れた。

そして、シンバ達をキョロキョロ探し、見つけると、傍に駆け寄り、何も言わずに、シンバに、栞を差し出す。

白い花びらが、くすんでクリーム色になった押し花の小さな栞。

「あ、ありがとう、これがディジーの花の押し花?」

シンバがそう言って受け取ると、ディジーは頷いた。

そして、ディジーは頭を下げると、立ち去ろうとした。

シンバはそんなディジーの腕を掴む。

掴まれた勢いでフードが外れる。

そして、ディジーもシンバも二人見合う。だが、何も言わないディジーに、シンバは、

「・・・・・・キミ・・・・・・誰・・・・・・?」

と、不思議な質問をする。

「おにいちゃん? それディジーおねえちゃんだよ?」

と、ウィードが横から言い出す。マルメロも、

「嫌がらせにしたら、悪趣味な質問よ!」

と、怒り出す。

「・・・・・・ディジー?」

そう聞き返すシンバに、ディジーは俯いて何も言わない。

「なぁ、折角なんだ、少し話するぐらいの時間はあるだろう? 今までの旅路の話くらいしようよ、もうお別れなんだから、少しは俺達との別れを惜しんだっていいんじゃない?」

そう言ったウルフに、ディジーは顔を上げ、ブンブンと左右に首を振る。

「・・・・・・キミは誰なの? ねぇ、ディジーはどうしたの?」

シンバが、またそんな事を言い出すから、ディジーは困ったように俯く。

「何か困ってるなら、俺達が助けるよ? 今まで一緒に旅をして来た仲間だろ?」

そう言ったウルフを、ディジーは上目遣いで、見つめ、

「・・・・・・アナタ達、ガルボ村の人?」

小さい声で、そう尋ねて来た。

「俺、前にディジーに言ったんだ、『キミを解放する術を知ってる。だから、相談する気になったら、相談してくれていいからね?』って。相談のるよ?」

いつの間にそんな事を言ったんだと、シンバは驚いてウルフを見る。

「・・・・・・本当の事を話したら、わたくしを助けて下さいますか?」

そう尋ねて来たディジーに、シンバとウルフは顔を見合わせ、そして、頷いた。

ロビーのソファーに、シンバとウルフ、そして、ディジーも腰を下ろす。

ウィードもマルメロも、近くのテーブルでジュースを頼んでいる。

「キミはディジーじゃないよね?」

そう聞いたシンバに、ウルフは、

「お前の第六感は凄いけどさ、じゃあ、誰だって言う訳?」 

と、シンバを見る。シンバはわからないと首を振りながら、

「でも、なんでかな、もしディジーなら、例え、見た目が変わっても、間違えない自信ある。そりゃ、ついこの間までは知らない人だったけどさ、いや、今だって知らない事ばっかりだろうけど、でも、僕はディジーを間違えない。だからディジーの見た目でも、違うって感じるから、ディジーじゃないってわかる」

そう言った。

「お話します。わたくしの名はエリカ・アセルギウム。グリティカンからルピナスに来ました」

「グリティカン?」

シンバがそう聞きながら、ウルフを見る。

「グリティカンは整備工場のある所で、電子工学を学ぶ者が多くいる。ここから凄く遠いよ」

と、ウルフは教える。

「わたくしの父は電子工学者をしていました。弟も将来は電子工学者を目指し、勉強に励んでいたんです。でも弟は事故で、昔、亡くなったんです。父は悲しみの余り、寝たきりになりました。父を尊敬していた生徒達も、寝たきりで、妙な言葉を呟き続ける父に恐れて、いなくなってしまいました。母はそんな父の為に働きに出て、わたくしと父を養ってくれていました。ある日、父の書斎から、火が出たんです。火など使う場所でもなかったですし、ストーブも置いてない部屋からです。それからです、グリティカンでは自然発火が、様々な場所で起こるようになったんです。整備士の人が突然、燃えた事もありました。わたくしの父が、弟のいる黄泉へと、皆を送ろうとしていると言う噂がたったんです。父が、『エルムが呼んでいる、エルムが淋しいと泣いている』と、呟き続けるから・・・・・・」

「エルムって弟の名前?」

シンバが尋ねると、ディジー、いや、エリカはコクンと頷いた。

「グリティカンの人達は、焼かれる前に、焼いてしまおうと、わたしくし達の家に火をつけたんです」

「え・・・・・・酷いな・・・・・・」

思わず、シンバが呟き、ウルフも、

「生きてる人間が一番怖いってね・・・・・・」

と、呟いた。

「でも、わたくし、その時、煙の中で、弟に会ったんです! エルムがわたくしの手を引いて、家の外に出してくれたんです! そして弟は、『化け物がいる』そう言い残し、消えたんです・・・・・・」

エリカは涙を流し始めた。

「わたくしは、グリティカンを出て、ガルボ村に向かう途中、ルピナスに立ち寄ったんです。お金も尽きたので、仕事を探していました。またお金を貯めて、ガルボ村に向かう為に。アナタ達はガルボ村の人なんですよね? お願いです、弟を助けてあげて下さい。弟は成仏してないんです! どうか、どうか、成仏するように——」

そう言って、頭を下げるエリカに、シンバとウルフは顔を見合わせる。

「その前に、ディジーはどこにいるの?」

シンバがそう尋ねると、エリカは顔を上げた。

「王女様は生まれながらの化け物として、城の塔の天辺に閉じ込められています」

「生まれながらの化け物って? どう化け物なのか説明してよ」

ウルフがそう言うと、エリカは首を振って、

「わかりません、わたくしは王女様の御世話係として、雇われた筈でしたが、ルピナスの王が、わたくしを余りに美しいと申し、養女にするとおっしゃったんです。ですから、本物の王女様とは会う事もなく——」

そう言った。

「でもさ、キミはディジーと名乗り、俺達の前にいたんだよ」

「それは・・・・・・あれは城の中庭にあるディジーの花畑に呼ばれた夜の事でした。わたくしは何者かの声に誘われるまま、花畑に行ったんです。初代シュロ王が大好きだった人が眠ると言われる場所の銅像の前で、私は意識をなくしたんです。気付いたのは先程です、塔の天辺にある王女様の部屋の前にいました。そして、扉の向こうから、王女様が仰ったんです、わたくしと、王女様の魂が入れ替わっていたと。そして手に持っている栞を何も言わずに、ホテルのロビーで待っている人達に、渡して来てほしいと言われたんです。わたくしは、どういう事なのか、話を聞こうとしたんですが、もう睡魔がやってきたから、話せない。王には、養女になる為に、少しの間、自由をくれと願い出た。それから、アナタの美しい体は、傷もつけずに大事に扱いました、アナタに戻しますと——」

シンバは呆然とする。そして、

「なんで? 自分の子供だろう? なんで塔の天辺なんかに閉じ込めるの?」

と、シンバは一緒にいたディジーを思い出す。

『所詮、人間は見た目で判断するわ。男はブスな女を嫌う。女はブサイクな男を嫌う。例え、どんなに美しい心を持っていても、見た目だけで卑下される。そういうものよ。御伽噺もそうだわ、醜い化け物だの、なんだの出てきても、最後には美しい姫や王子に姿を変える。美しくなければ、許されないのよ』

出会ったばかりのディジーは、そう言っていた。

『この体、少しも傷つける訳にいかないもの!』

自分の体でもないのに、大事に大事に扱っていた。

『今夜、アダサートに着いたら、夜の砂漠を、二人で歩かない?』

『ねぇ、シンバ? 魔法のかかったままの私を覚えててね』

『私は自分を無能だと思う。何の取り柄もないの。綺麗な声でもないから、歌さえ、歌えない。美しくもないから、微笑む事も許されない。只、誰の迷惑にもならないよう、死ぬのを待つだけ——』

どんな気持ちで、こんな台詞を言っていたのか、シンバは何も気付いてやれなかった事に悔しくて涙が溢れ出る。

「何が第六感だ、僕は何も感じずに、何もしてやれなかった」

そう言って、涙を流すシンバに、

「なぁ、その化け物の姫さぁ、もしかして前世の呪いじゃないか?」

と、ウルフが言い出した。

「前世の呪いですか?」

と、エリカが聞き返す。

「あぁ、前世の呪いが解ければ、王女は普通の人間の姿に戻れるんだよ。シンバ、授業で習ったろ? 前世で呪いを受けて死んだ場合、現世で呪いを受けたまま生まれるって奴」

「あったけど、そういう症例は余りないし、呪いを解くのは難しいって話だったよな? テストに出なかったし、余り覚えてない・・・・・・」

そう言って俯くシンバに、

「俺が覚えてるよ、俺は無駄な知識も一応手に入れないと嫌な性分だからさ。でも無駄に終わらずに済みそうだ」

そう言って、大丈夫と微笑むウルフ。

「ディジー、助かるの?」

「助けてほしいんだろ? お前がそう望むなら、俺はチカラを貸すよ」

「・・・・・・本当に?」

「当たり前だろ、俺達、友達だろ?」

頼りになるウルフに、シンバの顔も明るくなった時、

「まだ前世の呪いと決まった訳じゃないんですよね?」

と、エリカが言い出す。シンと静まる。

「あ、だって、わたくし、ディジー王女がどう化け物なのか話してないですし、勿論、何も知らないから、話せないだけなんですけど・・・・・・」

「王女はアナタに睡魔がやって来たから話せないと扉越しに言ったんだよな? それで俺はピンと来たんだ。前世からの呪いは強い怨念故に、現世にまで留まると、それを受けている者は苦しみから避ける為、本能的に、眠り続けるってさ。だから、前世の呪いと判断していい筈だ。さて、シンバ! 眠り姫を助ける為に材料探しに行くぞ」

と、ウルフは立ち上がる。

「材料って?」

「呪いを解くには経だけじゃ駄目なんだよ、材料を調合した薬も必要だ」

「薬って、僕は、薬剤の取り扱いは苦手だし、調合とかもできないよ、その資格はとらなかった。ウルフ、持ってるの?」

「いや、俺も薬剤師の資格は持ってない。でも今から村に戻って、薬剤師の資格も持つ僧を引っ張って来る気か? イロイロ面倒な事になるぞ」

「そうだけど・・・・・・」

「俺に任せろよ、資格なんてなくてもやれるさ」

黙り込むシンバに、

「じゃあ、姫を助けるのは俺だけでいいよな、お前はそうやって何もせずに悩んでれば?」

そう言った。

「ぼ、僕も行くよ!」

「よし、じゃあ、エリカさん、アナタにもお願いがあります、ディジーの花は白いんですよね? 白い花の根が必要です、取って来てくれますか? 必ず、グリティカンへ向かい、このシンバが、あなたの弟さんを成仏させますから!」

と、ウルフはシンバを指差した。

なんで僕なんだと思ったが、今はそれ所ではない為、シンバはコクンと頷く。

「わかりました。でも、わたくしの立場もありますし・・・・・・どうか、ホンモノの王女様が余計に酷くなるような事だけは、絶対にやめて下さい…」

頷いて、そう言ったエリカに、ウルフは、

「これ以上、酷くなるような事はないよ」

と、

「後、アナタにはまだ協力してもらう事があります、城に入る時もアナタが必要ですから」

と、そう言うと、エリカはまた頷いた。

「シンバは龍の鱗と爪を手に入れて来て。俺は溝鼠の尻尾と蝙蝠の目玉を探して来る。ウィード、マルメロ、お前達は病院に行って、血を抜いてもらって来い。その血は使うからな、医学の実験の宿題に使うとか、うまく言って、ちゃんともらって来いよ? 子供の血が必要だから。手に入れたら、城の前で待ち合わせよう」

そう言った後、ウルフは更にシンバを見て、

「後、もう一つ、呪われた剣が必要だ」

そう言った。

「・・・・・・クリムズンスターじゃ駄目なの?」

「いいや、充分だよ」

と、ウルフは頷くと、溝鼠の尻尾と蝙蝠の目玉を探しにホテルを出て行く。

エリカもシンバに頭を下げると、ディジーの花の根を採取する為、城へと向かった。

意味のわからない事に参加させられ、ぶつぶつ文句を言うマルメロを引っ張り、ウィードも病院へ向かう。

「・・・・・・龍の鱗と爪か」

シンバもそう呟くと、ホテルを後にした。

ルピナスの城下町は美しい。

そこ等に翼龍の彫刻がしてあり、町自体が美術館のようだ。

肝心の翼竜はどこにいるのだろうとシンバは、とりあえず、あちこち歩いてみる。

「バブルは、ディジーが呼ばないと来てくれないもんな・・・・・・」

「よぉ、にいちゃん、探し物かい?」

そう言って、シンバに声をかけてきたのは、ウィードやマルメロくらいの子供。

深く帽子を被っていて、生意気そうな感じだ。

手には丸いモノを持っていて、それが紐で繋がっていて上下に振ってるのを見て、ヨーヨーだとわかる。だが、そのヨーヨーが笑える。まん丸なのに、龍の形をしているのだ。

「それじゃあ、太りすぎの龍だろう?」

と、思わず笑いながら言うシンバに、

「おっと、聞いて驚け? この龍はな、シュロ王が従えてた伝説のイヤーウィングドラゴンなんだ」

真剣に、そんな事を言うから、シンバは更に吹き出す。

「そんな太りすぎの丸っこい龍なんて、従えたら、只の道化だろ?」

「なんだと!? シュロ王がまだルピナスを造る前、これがこの国の紋章となる筈だったんだぞ!」

「その真ん丸の龍が? ルピナスの紋章に? だったら今の鎌と翼龍の紋章はなに?」

また笑うシンバ。

「笑うな! シュロ王が国を造る前に、今の紋章の鎌と龍のデザインをどこかで見て、今の紋章になったんだけどな! でも本当の紋章はこっちなんだ! シュロ王が従えたイヤーウィングドラゴンの首にずっとかけられてたメダルなんだからな、これは!」

と、真ん丸ドラゴンのヨーヨーを見せて来る。

「じゃぁ、やっぱりそれじゃぁカッコ悪いと思って、今の紋章になったんだ」

シンバは、ヨーヨーを指差してゲラゲラ笑いながら、言った。

「笑うな! 見た目はこんなんでも、中身は最強ドラゴンかもしんねぇだろ!!!!」

と、その子が吠えたと同時に、その子の背後に忍び寄った大きな体の男が、

「何をさぼってんだ、アル!!!!」

と、その子の頭にゲンコツをかました。

「いってぇ、親方ぁ」

と、頭を押さえ、子供は男を見上げる。

「さっさと干し草を取って来い! 皆、腹空かせて待ってるぞ!」

「なんだよ、オレだって腹空いてんだかんな!」

「龍達の飯が終われば、お前も昼飯だ」

そう言って、男は大きな体をズシズシと揺らし、行ってしまった。

「あ、あのさ、キミ、龍飼ってるの?」

シンバが尋ねると、男の子はシンバを睨みつけ、フンッと鼻で息を飛ばし、スタスタと歩いていく。

「あのさ、僕にさ、龍の鱗と爪を譲ってもらえないかな?」

「にいちゃん、そんなの何するの?」

「必要なんだよ」

「オレに言ったって知らないよ、さっきのオレの頭どついた人、親方だから聞いてみたら?」

「え? あの人に? 僕が? 怖いな」

シンバは男の子の後ろにくっついて、歩きながら話し掛ける。

男の子もスタスタと歩きながら、シンバの話に答える。

「大丈夫だよ、親方は見た目より優しいから」

「親方はキミのお父さん?」

「まさか。オレ達は只の龍使い。王様が出かけたりする時に、龍を出して指定場所まで龍を操るのはオレ達の役目だし、姫や王子が生まれたら、龍を従える訓練をするんだけど、その時に、あらかじめ、危険がないように、龍を躾るのもオレ達の仕事。後は毎日の龍の世話とか。親方は龍使いの中で一番偉い人。オレは捨て子だったらしいよ。親方に拾われたんだ」

「・・・・・・そうだったんだ。バブルって龍知ってる?」

「バブル? ディジー王女の龍の事?」

「そうそう! ディジーが言ってた。子供の頃、石鹸を飲んでバブルって名前にしたって」

「ディジー王女はもう何年も城から出てないよ? バブルもここ最近、ずっと姿が見えなくてさ、昨日、突然、帰って来たんだ」

干し草が沢山積んである納屋に着き、リアカーに積み始めるから、シンバも手伝いながら、

「ルピナスの王女は化け物だって塔に閉じ込められたって聞くけど、子供の頃は外に出てたんだろ? バブルと遊んだりしてたんじゃないの?」

と、話し続ける。

「にいちゃん、手伝うならさ、それ生草だから、干してあるのだけ積んでよ。ディジー王女の事はよく知らないけど、成長するに従って体中の爛れが酷くなったらしいよ。腕のいい医者もお手上げで、なんで肌が爛れるのか、わからないらしい。今ではボコボコに皮膚が爛れてるって噂。それで顔が化け物みたいになっちゃってんだってさ」

「龍って干し草食うの?」

「生草も食うけど、干し草の方が下痢にならないんだ」

「下痢?」

「うんち片付けるのもオレ達の仕事だろ、柔らかいうんちは片付けるの大変なんだ」

「あぁ、成る程。それでディジーはさ、民には慕われてないの?」

「知らないよ、城から出て来ないんだから。そんなに王女の事が知りたいなら、親方と話したら? 親方なら、バブルが生まれた頃の事も知ってるから、ディジー王女の事もよく知ってるかもよ」

そう言うと、男の子は干し草の上から、リアカーに積んだ干し草の上にジャンプした。そして、更に地面にジャンプして着地する。

「なぁ? なんで僕に話し掛けたの? 探し物かって、僕に声かけて来たよね?」

「え? 変な服着た奴が、キョロキョロしてたからさ、何か探してんのかなって思ったんだよ。どいて、邪魔だよ」

と、男の子はリアカーを引いて行く。

「あ、僕も手伝うよ、親方に会わせてほしいし」

と、シンバもリアカーを男の子と一緒に引いて行く。

そして、男の子と目が合い、シンバは笑顔で、

「僕はシンバ。シンバ・ジューア。ガルボ村ってとこから来たんだ」

そう言った。男の子は、ふぅんと頷き、

「オレはアルって呼ばれてる」

そう言って、帽子を取り、笑顔で、

「アルファルドって名前、長いだろ? だからアルでいいよ、よろしくな」

と、言った。シンバは、帽子をとった男の子の血のように赤い髪の色にドクンと痛苦しく心臓が鳴る。

「どうしたの? にいちゃん、急に顔色悪いよ?」

「・・・・・・い、いや、キミが余りにも知ってる人に似てたから驚いたんだ」

「ふぅん」

「アルファルドって名前は誰がつけたの?」

「親方じゃん?」

「へぇ。キミさぁ、目がブラックなのに、横から見ると、シルバーっぽいね・・・・・・」

「よく言われる。目が悪いんじゃないかって。でも視力はいい方なんだけどね」

と、アルは、また帽子を深く被る。

やがて、広い広い野原のような場所に着いた。そこには龍があちこちにいて、空高く飛んでたり、龍同士、鳴き合ったり、首をからませていたり、そんな光景に驚いているシンバの横を通り抜け、

「親方ぁ、親方にお客さんだよぉ」

と、アルが小さな納屋に向けて叫んだ。親方がそこから顔を出すと、

「ガルボ村から来たシンバって言う人ぉ」

と、アルはシンバを指差した。シンバはお辞儀をすると、親方が納屋から出て、近付いて来る。アルは、リアカーの干し草を龍にあげる為、ばら撒き始める。

シンバが親方に何か言う前に、

「とうとうこの日が来たか。こっちへ来な」

と、親方の方からシンバに話があるような感じで言い放ち、納屋の奥へと向かう。

「アル! それが終わったら昼飯にしていいぞ」

そう言いながら。

納屋の奥を通り抜け、外に出て、更に歩くと小さな家がある。親方はそこへシンバを招き入れた。そして、

「龍のミルクだ」

と、珍しい飲み物を出してくれた。親方もそのミルクを一気に飲み干す。そして、口髭についた白いミルクを手の甲で拭き取り、

「うめぇぞ、飲んでみろ」

と、シンバに言う。

「あの、それより——」

「わかってる。アルの事だな」

「え?」

「連れて行け」

「は?」

「・・・・・・お前、アルを迎えに来たんだろう?」

「いえ、何の話ですか?」

「お前、ガルボ村の聖職者じゃねぇのか?」

「僕はガルボ村の旅立ちの儀式を受けて旅立った修行者です」

「・・・・・・アルを連れて帰るんだろ?」

「いえ? あの子がどうかしたんですか?」

「・・・・・・いや、迎えに来たんじゃないならいいんだ」

「え、気になるんですけど」

「・・・・・・ガルボ村の奴なら、話しても大丈夫か」

と、親方は話し始めた。

「昔な、一匹の龍を躾ていた時だ。その龍は暴れて、なかなか言う事を聞かねぇ。気付けば、川の果てと呼ばれるアケルナルまで飛んで来ていた。死者が集まる場所とも言われ、自殺の名所のそこで俺はリュウキンカと名乗る僧に会った」

「リュウキンカ!? 村長様だ!」

シンバがそう言うと、そうかと親方は頷いた。そして話を続ける。

「僧は冥界の扉が開かれようとしていると言った。冥界へ送られた魂の一つが、この世に戻りたいと願っているからだと言い、その願いを聞き入れるか、またはこちら側から扉が開かないよう封じるかと迷っていた」

「それっていつの話!?」

「そうだな、もうかれこれ、5年、6年、いや、7年になるか。僧が言うには、扉は10年程前から、開かれようとしていたが、何とか封じて来ていたそうだ。だが、封じるのも限界が来ていて、それでも何としても封じるとするか、考えていた」

「10年前からって言うと、今それから7年経ってるとして、今から17年前から扉が開かれようとしてたって事か」

それって自分の生まれた年じゃないかと、シンバは思う。

17年前に、この世に戻りたいと願った冥界へ送られた魂——。

「僧は冥界へ送られた魂が、この世に戻ったとして、それが悪しき者ならば、どう封じるかと悩み、苦しんでおられた。俺は、魂は生まれ変わるんじゃないのかと尋ねたんだ。こんな俺でも昔は悪くてな、心を入れ替えた時期があった。だから悪い奴も良い者に生まれ変わるチャンスは必要じゃないのかって言ったんだ。僧はそんな俺に、その通りだと頷いた」

「それでどうなったの!?」

「僧は妙な魔法みたいな言葉を唱え続けた」

「魔法? 経の事?」

「目の前には冥界の扉があると言っていたが、俺には見えねぇ。でも僧はぶつぶつと唱え続け、そして、杖のようなもので——」

「杖? 錫杖の事?」

いちいちシンバは、ひとつひとつ聞き返すが、男が詳しい専門用語までわかる筈もない。

「杖を高く掲げたその時、目の前が光輝いた。俺は眩しくて目を閉じた。そして目を開けると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた」

「なにそれ? どういう事!?」

「僧は冥界へ送られた魂が、この世に戻りたいと願ったので、その願いを聞き入れ、赤子の中に、その魂を入れたと言っていた。赤子は丁度、岩の影で、母親に抱かれていた。母親は既に死んでいて、赤子も共に亡くなっていたのだろう、自殺の名所だ、どこに死体があってもおかしくない。僧は、まだ腐敗してない死体を感じとり、そして、その中に魂を入れたのだ」

「冥界へ送られた魂を? 一人でそんな事したの? あのジジィ、そんなすげぇの?」

思わず、シンバは村長の笑顔を思い出し、そう呟いた。

「肉体と言うものは入れ物に過ぎない。その赤子の入れ物に入った魂が、何故、この世に戻りたいと願ったのかは、わからんが、その強い願いが、いつかは目覚めるだろう。そして、その赤子の中身の魂は、冥界へ送られた魂。それは恐ろしいチカラを持った化け物だと言う事だ。いつか、そのチカラが目覚め、入れ物から飛び出し、恐ろしい事を招くかもしれんと、そう言われた。赤子は自分の場所を知らせるように泣き続け、そして、嘘のようにピタリと泣き止むと、自分をアルファルドと名乗った。冥界の化け物共を従え、その頂点の冥界王までもを退かせる、我が名はアルファルドだと——」

シンバは急に無言になる。

「俺はその赤子を連れて帰り、育てた。いい子に育ったよ、本当に」

「・・・・・・あの、アルはその時の記憶は?」

「ないよ。自分を捨て子だと思っている。それに問題なく普通に育っている。だが、その時の僧が、ある程度成長したら、ガルボ村の者を迎えに来させると告げた」

「・・・・・・それで冥界の扉は?」

「そりゃ問題なく閉じただろう」

「その僧は言ってませんでしたか? 何年かしたら、また開くとか」

「いや、何も」

「・・・・・・そうですか」

では、冥界の化け物が、何故、今になって、この世に出てきてしまっているのか、また誰かが冥界の扉を開けたのだろうかと、シンバは考え込む。

「あんた、アイツを迎えに来た訳じゃないんだろう? なら、何故ここに来たんだ?」

「あ、あの、龍の鱗と爪がほしくて」

「あぁ、いいが、そんなモノどうするんだ?」

「アナタなら信じてくれると思うから話します、ディジー王女の呪いを解きたくて」

「ディジー様の?」

「ディジーの子供の頃とか、知ってますか?」

「勿論だ。ディジー様が従える龍を躾たのは俺だからな。ディジー様は心の優しい方でね。今では化け物だの何だの言われているが、それは今の王と王妃が悪いんだ。病気のディジー様を化け物だと言い、塔の高い所へ閉じ込めたのだから。そんな事をすれば、民共も、化け物だと思ってしまう!」

「・・・・・・当時のディジーは病気もなかったんですか?」

「いや、体に発疹やら爛れやらが直ぐに出来る子でね。よく痛がっていたよ。そして妙な事を言っていた。体の中から怖い声が聞こえるとね」

「怖い声?」

「まぁ、子供が言う事だと、誰もが笑っていたがね。だが、ディジー様の病は酷くなる一方で、体中に傷や発疹が出来て、爛れてしまい、もう見る姿も悲しい程になく、医者もお手上げだと言ったそうだ」

「・・・・・・そうですか」

「ディジー様の病気が呪いだったら、あんた、解けるのか?」

「わかりません、でも解きたいんです。僕もディジーは心の優しい人だと知ってるから」

そう言ったシンバに、親方は、

「鱗と爪でいいのか?」

そう聞いた。

「あ、はい! 譲ってくれるんですか!?」

親方は、少し待ってろとシンバに手を上げ、一人、外へと出て行く。

シンバはその小さな家に一人残され、テーブルの上に置かれた龍のミルクを見つめる。

そして、一口、飲んでみる。

「お、なんだ、意外と美味い」

と、シンバはゴクゴクと飲み干した。

すると、親方が戻ってきて、

「すまないな、鱗はあるが、爪がない。龍の爪は抜け落ちて、新しく生えるんだが、今、どの龍も抜けた爪がなくてな」

と、シンバに鱗を渡した。キラキラ光る龍の鱗。

親方の後ろで、

「でも一匹、爪が抜けそうなのがいたから、数時間もすれば抜けるんじゃねぇの?」

と、アルが言った。

「あぁ、アルもいたんだ」

そう言ったシンバに、いちゃ悪いのかと、アルは睨む。

「数時間、ここで待ってるか?」

親方がそう言うが、シンバは、

「また取りに来ます、他に仲間がいるんで、ソイツ等が集めてるものを手伝いに行きます」

と、立ち上がった。

「オレが届けてやるよ。どこに届ければいい?」

と、ヨーヨー遊びをしながら、アルが言う。

離れたヨーヨーは、しゅるしゅるとアルの手の中に戻って来る。器用にヨーヨーを操る。

「・・・・・・じゃあ、城の前に」

シンバがそう言うと、アルは頷き、

「わかった。爪が抜けたら持っていくよ」

と言う。そして、シンバが御馳走様と頭を下げ、家を出て行くと、アルは、窓から覗き込み、シンバを見送る。

「アル、気になるのか?」

親方がそんなアルに尋ねると、アルは、

「あのにいちゃん、オレを探してたのかと思った」

そう言った。

「何故?」

「なんとなく。オレはあのにいちゃん探してた気がしたから」

「・・・・・・そうか、なぁ、お前、そろそろ龍の躾を本格的に始めてみるか?」

「え!? マジで!? いいの!?」

「あぁ、リュースはもう成龍だ。性格も大人しい。乗りこなしてみろ。乗りこなして、リュースに主だと認めてもらえるよう、誰かの為に、何か良き行いをして来い」

「え?」

「リュースに、お前が主人であるという証を見せるんだ。お前が誰かの為に、何かすれば、その行為をリュースが認めてくれるだろう、お前はリュースの主になる」

「・・・・・・でもオレ——」

「心配するな、お前はいつだって、ここに戻ってくればいいんだ。いつだって仕事はある」

「親方・・・・・・」

「あのガルボ村から来た、にいちゃんに付いて行け。そしてガルボ村の村長に会いに行って来い。自分からな」

「村長って、なんでそんな人に会うんだよ?」

「行けばいいんだ。行って、自ら証明してやれ、俺は正義だってな。俺が育てたんだ、間違いねぇ!」

そう言って、大口開けて笑う親方に、アルは首を傾げた。

シンバは、いろんな事が頭の中でグチャグチャに回っていて、破裂しそうだと思いながら、ウルフを探しに戻った。

溝鼠の尻尾と蝙蝠の目玉なら、下水道かなと考え、シンバは下水路へと下りてみる。

数時間捜したが、下水路は広くて、ウルフは見つからず、シンバは城へと向かう事にした。

すると既にウルフもウィードもマルメロもいる。

そして、

「にいちゃーん」

と駆けて来るアル。

「にいちゃん、爪!」

「ありがとう」

「あのさ、親方から聞いたんだけど、にいちゃんって旅立ちの儀式ってので今は旅をしてるんだろう?」

そう言いながら、アルは、ふと、シンバの後ろに隠れてジッと見つめて来るウィードの存在に気付いた。

「なにお前?」

と、アルはウィードに言うと、ウィードはサッとシンバにしがみ付き、シンバの後ろへと身を全て隠す。

「おい、シンバ、お前は保育園でも開くつもりか?」

と、ウルフはアルを見て言った。それでなくても、ウィードもマルメロもいるのに。

「いや、違うんだ、この子は爪を届けて来てくれただけで——」

そう言ったシンバに、

「翼竜ならオレが乗せてやるぜ? よろしくな!」

と、言い出すアル。

「いや、お前、何言ってんの? 親方は?」

「なんかにいちゃんに連いて行って、ガルボ村の村長に会って来いってさ」

そんなアホなと、シンバは頭を抱える。

そうでなくても、アルとは一緒にはいたくないのだ。

今は帽子を深く被っているから、小さな子供にしか見えないが、帽子をとれば、赤い髪に角度違いで、時折光るシルバーの瞳。

しかも親方の話では、冥界の化け物だと言う。

いや、冥界の化け物達、その王までも退かせた魂だと言うではないか。

それに夢の中に現れた赤髪の男に似ているアルを、とてもじゃないが、共に行動はできないだろうと思う。

「あの、ディジーの根を持って参りました」

そう言って、城から出てきたエリカ。

シンバも龍の鱗と爪をウルフに渡す。

ウィードとマルメロも、瓶に入った自分達の血を、ウルフに渡す。

「俺はホテルに戻って、これを調合してくる。シンバはディジー王女が閉じ込められてる塔へ行って、ディジー王女を起こして来てほしい」

ウルフにそう言われ、シンバはエリカの案内の元、城へと入る事になった。

後の子供達は、意味もなく、遊んでいる。

無邪気に遊ぶアルに、シンバは、只の子供だよなと自分に言い聞かせながら、エリカの後を追った。

まず、城に入り、向かった場所は兵士達の部屋だった。

「ここで、兵士の鎧に着替えて下さい」

そう言われ、シンバは言われるがままに兵士の鎧を身に着けた。

兵士の部屋を出て、直ぐに、

「エリカ様! こんな所におられたんですか! 王がお呼びですぞ」

と、びよよよよーんと鼻の下に妙な鬚を生やした男に呼ばれた。

「彼は大臣よ、わたくしは行かなければ。ディジー王女の塔は上へ向けて階段を只管上ってください」

小声でそう言うと、エリカは行ってしまった。

「なぁにをしておる!」

びよよよよーんの鬚を生やした大臣がシンバに吠える。

「あ、あの、見回りに行ってきます」

と、シンバは鉄の仮面を被っていて良かったと、ホッとしながら敬礼をした。

そして、階段を捜し、上へ上へと登る。

どれだけ登っただろうか、まだ天辺まで辿り着けない。

兵士の鎧も見た目は軽そうだが、頑丈に作られていて、かなりの重さがある。

「うへぇ、鎧の下、汗びっしょりだ。くせぇ」

シンバは、鎧を脱ぎたくて、堪らない。鉄仮面はとっくに外して、手に持っている。

ぐるぐる回る階段に、もう目がクラクラする程、上り続け、シンバは、こんな誰も来ないような所に閉じ込められてるのかと思うと、悲しくなった。

その気持ちをバネに、休まずに一歩一歩、足を上げる。

「くっそぉ、絶対助けてやるからな! こんなとこに閉じ込めやがって!!!!」

まだそんな文句を口に出せる元気はある。

そして、一歩が、重く、なかなか上がらなくなった時、天辺に辿り着いた。

シンバは息を切らし、辺りを見る。壁の出っ張りに、蝋燭があり、マッチも置かれている。

シンバは火を灯し、錆び付いた重い扉の前に立った。

「・・・・・・ディジー?」

返事がないので、小さくノックしてみる。

「開けていい?」

やはり返事がないので、ドアノブを回して見るが、鍵がかかっている。

シンバは扉を調べ、錆びついた鍵穴と、錠を見つけ、クリムズンスターを抜くと、錠を斬り落とした。

そしてまたドアノブを回して見るが、開かない。中からも鍵がかかっているようだ。

「ディジー? いるんだろ? 開けてよ、僕だよ、シンバだよ」

返事がない。

『前世からの呪いは強い怨念故に、現世にまで留まると、それを受けている者は苦しみから避ける為、本能的に、眠り続ける』そう言っていたウルフの言葉を思い出し、眠っているのかと考える。

「ディジー? 僕だよ! シンバだよ!」

大声で叫んでみる。

そして、ドンドンドンと錆びた扉を強く叩いてみた。すると、

「だ、誰?」

その声は、今までのディジーの声とは全く違っていたが、女の子の声だった。

「・・・・・・ディジー?」

「シンバ?」

「ディジーだね?」

「シンバなの!?」

「助けに来たんだ、扉、開けて?」

「助け? 何言ってるの? 帰って!」

「あのね! ディジーの体が酷くなってるのは前世の呪いかもしれないんだ」

「・・・・・・前世の呪い?」

「うん。それを解く事がウルフならできるかもしれなくて」

「ほっといて! 私はこのままでいいから! アナタ達に姿を見せたくないの! アナタ達も私を見たら、化け物だと逃げていく——」

「・・・・・・父親と母親がキミを閉じ込めたから?」

「そうよ、父様や母様が私を化け物だと言うくらいよ、アナタ達なんて、私を見たら——」

「じゃあ、見ないから」

「・・・・・・見ないって?」

「僕、兵士の鎧を着てるんだけど、これ、重いけど、ディジーが着てさ、顔も鉄仮面で隠せるし、見えないよ」

「・・・・・・でも」

「大丈夫だよ」

「・・・・・・でも」

でも——、その後の台詞が、出て来ないディジー。

「目を閉じるよ、僕を中にいれて?」

「・・・・・・でも」

「迎えにきたんだ。僕は王子様じゃないけど、キミを迎えに来た」

そう言ったシンバに、ディジーは夢を思い出す。

ディジーを誰かが迎えに来てくれる。そして、この塔の天辺から出してくれる。そんな夢を時々見ていた。それは夢だと思っていた——。

「今、鍵を開けます——」

ディジーの声が不安に、とても小さくて、ガチャリと音をたて、扉の鍵を開ける音だけが、シンバの耳に届いた。

シンバは目を閉じて、重い、重い扉を開く——。

「目を開けてもいいわ」

「え!?」

「あなたが助けようとしている化け物の姿よ。見てみて?」

そう言われ、シンバはゆっくりと目を開ける——。

目の前に立つのは、紛れもなくディジーだと思う。

「・・・・・・ごめん、言葉が思いつかないから、村長様の言葉で言うと、肉体と言うのは入れ物に過ぎない。それは僕も思うんだ、例え、とても美しくても、例え、とても醜くても、キミはキミだよ。僕はキミがどんな人なのか、知ってるつもりだよ。つい、この間、逢ったばかりなんだけど、キミと一緒に過ごしてると、不思議と、ずっと前から知ってる気になるんだ。ずっと前から、キミを・・・・・・兎に角、キミはキミだから」

そのシンバの台詞は、ディジーの中で、幸福感を与える程で、ディジーは、醜い姿の自分を目を逸らす事なく、顔色を変える事もなく見つめてくるシンバを——

この人を好きだと思った。

「それより、痛くない?」

「もう慣れたわ」

シンバは部屋を目だけでグルリと見渡す。

王女だと言うのに、野宿も平気だった理由が今わかる。

いらない物、使わない物などが、山積みにしてあり、中でも一番目に付いたのは大きな鎌だ。まるで死神が扱うような禍々しさのある大きな鎌。

「辛かったね、こんな場所で、一人きりで」

「一人じゃないわ。見た目なんて気にしないで、仲良くしてくれる子もいるのよ。大きな窓があるでしょ。朝になると、小鳥が沢山集まってくれる。バブルも挨拶に来てくれるし、それに——」

そう答えた時、チューチューと鳴きながら、ディジーの足元に小さなネズミがやってきた。

「大変! もうそんな時間?」

「え?」

「食事が運ばれて来るのよ、私、パンとか、ここに住み着いてるネズミさんにあげてたから、食事の時間になると、出てくるの」

「まるで御伽噺の苛められてるお姫様だね。仲良しは動物達?」

「冗談言ってる場合? メイドが来たら大変よ!」

そう言った矢先、

「きゃーーーーー!!!!」

と、食事を運んで来たメイドが、扉が開いている事に悲鳴を上げた。

そして走って逃げていく。

「ど、どうしよう」

「なんであのメイド、悲鳴上げて逃げたの?」

「私が化け物だから!」

「嘘だろ!? ぶっ飛ばしてやりたい!!」

「いいの、それより、私はここから出れない。化け物は出ちゃいけないから」

「ディジーまで何言ってるんだよ、化け物なんかじゃないだろ、兎に角、今直ぐに、僕が着てる、この兵士の鎧を着て? きっとメイドの悲鳴を聞いて、直ぐに兵士達が来ちゃうから、窓から逃げよう」

「ここは塔の天辺よ!? 窓から落ちたら死ぬわ!」

「落ちなきゃいい」

「そんな簡単な事じゃないでしょう!?」

「難しい事でもないよ」

言いながら、シンバは兵士の鎧を脱いで、ディジーに渡す。

「肌にあたると痛いかな?」

シンバは鉄仮面をディジーに被せながら聞いた。

「痛いのは慣れてるけど、重いわ・・・・・・」

「そうなんだよね、超重かったもん。でも見られたくないんだろう?」

「う、うん、重いの我慢する」

「満月だ」

高い塔の上、月は大きく見えた。

そして、シンバはその大きな窓を開けた。

「やべぇ!!!! 高すぎ!!!!」

「だから高いって言ったでしょう!!!!」

びょーーーーーーーっと言う音と共に入って来る風。

シンバの髪も服もバサバサと揺れる。

シンバは窓の淵に飛び乗った。

「うわっ! やべっ!」

と、窓の端にしがみ付く。そして、ディジーに手を伸ばした。

「嘘でしょう?」

「ここから出なきゃ、どこから出るのさ?」

「だ、だけど」

「早く! 大丈夫、まだここは柵がある!」

「で、でも」

「落ちたら落ちた時! 僕と一緒だ! 絶対に手は離さない! 約束する! 大丈夫! 一緒なら怖くない! 死んだって、一緒だから!」

「・・・・・・一緒?」

「うん、一緒だから! 絶対に手は離さないよ、ずっと握ってる。約束する」

ディジーはシンバに手を伸ばす。

鎧の大きな手を、シンバは握る。

「握ってもらってる気がしない」

そう言ったディジーに、シンバは、

「鎧の上からだしね」

と、笑う。だけど、しっかり握るシンバに、ディジーは、

「危なかったら、離してもいいわ」

そう言った。

「危なかったら、余計離さないよ」

そう言って、シンバは、ディジーを引っ張り、淵に立たせた途端、ディジーは前のめりになった。

「お、おい、ディジー!? うわぁぁぁぁ!!!!」

ディジーの片手を掴んだまま、高い塔の天辺で宙ぶらり。

「ディジー! 手を握り返して!」

そのシンバの言葉は聞こえてないのか、ディジーはブラーンとぶら下がったまま。

風も強いが、シンバは鎧の重みで、落ちそうになる。

「くそっ! おーい! 誰か早くきてー!」

この際、兵士でも何でもいいから、さっきのメイドが早く呼んで来てくれる事を願う。

「ディジー!? 寝てんのか!? 睡魔が急に来たのか!? 嘘だろ!?」

こんな時に、睡魔が襲って来るなんて、どういう運命してるんだとシンバは歯を食いしばりながら、ディジーの手を両手で握る。



その頃、城下町では、アルがウィードに、ヨーヨーのテクニックを見せ放題していた。

「うわぁ、かっこいいなぁ」

「ふふふふん、まぁ、俺ぐらいになると、ヨーヨーも自由自在? ちょろいもんだよ」

「ねぇ、ちょっと!」

オペラグラスで空を見ていたマルメロが、ウィードに話し掛ける。

「なぁに?」

「城の天辺で、詐欺師が鎧をぶら下げてるの。何の合図かしら?」

と、マルメロは塔の天辺を指差し、ウィードもアルも見上げる。

「お、おにいちゃん!? 落ちそうじゃない!?」

ウィードが驚いて、そう叫んだ。

「合図じゃないの?」

と、暢気なマルメロ。

「俺に任せろ! リュースーーーーー!!!!!」

と、空に向かって叫んだアルだが、シーンと静まり返る。

「なんだよ! アイツ! 干し草多めにやったのに!」

と、アルは首から下げてる龍の形をした笛を出して来た。

「なにそれ?」

ウィードが尋ねる。

「これは龍笛。龍にしか聞こえない音が出るんだ。一個一個音色が違ってね、これはリュースを呼ぶ用の笛なんだって今は説明してる暇ないだろ!」

と、自分に突っ込みを入れた後、アルは笛を吹く。

確かに、笛の音はウィードにもマルメロにも聞こえないが——。

満月から降りて来たかのように、大きな、それは大きな龍が、笛の鳴った場所へと降りて来る。バサバサと翼を上下に振りながら、アルの目の前に着地するが、アルが、その背に乗ろうとすると、振り落とす。

「いってぇ!!!! 何すんだよ! お前、言う事聞けよ!!!!」

そう言って、何度も乗るが、何度も振り落とされる。

ウィードもマルメロも余りにも大きな龍に腰をぬかしたのか、ペタンと、その場に座り込んで、龍を見上げている。

「お前なぁ!!!!! 俺が主なんだぞ!!!!! 主の言う事は聞けよ!!!!」

だが、リュースはアルを主だとは認めてないようだ。

笛が鳴ったから御馳走にありつけると来て見れば、御馳走もない挙げ句、背中に乗られようとされ、不愉快だとばかり、帰ろうとし、翼を左右に降り始めた。

「お前!? 飛び立つ気か!? 俺がまだ乗ってないだろう!?」

そんな事知るかとばかりに、リュースが宙にふわっと浮く。

アルは下唇を噛み締め、

「お前なんかなぁ!!!! お前なんか大っ嫌いだぁぁぁぁ!!!!」

と、吠えると、長いリュースの首に、ヨーヨーを絡ませた!

意外とヨーヨーの紐も長い。

ぐるぐるっと二周り程すると、まん丸の龍の形をしたヨーヨーはアルの手の中に戻ってきた。アルがヨーヨーをしっかり握り締め、リュースにぶら下がるが、リュースはそれが気に入らない。アルを振り落とそうと首をグルングルン振り回し、それが駄目だとわかると、飛び立った!

「う、うわぁ!」

背中に乗れず、宙にぶらさがったままのアル。

ヨーヨーの紐を力一杯握り締めながら、なんとか上に登り、リュースの背中に乗ろうとするが、リュースも乗らせるものかと、体を振りながら飛ぶので、飛び方もめちゃくちゃで、城の壁に体当たりし、レンガが崩れ落ちる。

その騒ぎに、町中の人々が集まり、兵士達も城から飛び出して来る。

「危ないだろ! リュース! お前、俺を殺す気か!?」

殺す気などないが、不愉快な事をされるなら、死ねばいいのにとリュースは天高く舞う。

「うわぁーーーーーーー!!!!」

と、急上昇するリュースに悲鳴をあげるアル。

「クオーーーーーーーーー」

その声はリュースではない龍の鳴き声。

バサバサと翼を振り、リュースの前に現れたのはバブルだ。

「バ、バブル、お前、なんで!?」

呼んでないバブルが何故来たのか、それはディジー王女が危機だからである。

リュースよりも遥かに小さいバブル。

リュースは威嚇し、

「グルルルル」

と、喉を鳴らすような音を出す。だが、バブルはリュースの目の前から消えない。

その間に、アルはヨーヨーの紐を辿り、リュースの背に乗り、リュースの首を掴んだ!

もう全てが気に入らずにリュースはその場で体を振り出し、暴れる。

「うわ、うわ、うわ、親方ーーーーーーッ!!!!」

思わず、アルは親方と叫んだが、そうじゃないと気付き、今、助けを求める相手は親方ではないのだと、

「やめろ! やめてくれ! 俺の言葉を聞け! 聞いてくれ! リュース! リュース! 助けてくれ! リュース!!!! リュース!!!!」

と、何度もリュースの名を呼ぶ。

だが、リュースはアルの言葉などに従うつもりはないのだ。

「クオーーーーーーーーーー」

と、またバブルがリュースの前に立ちはだかる。

「バブル! リュースを塔の天辺に導いてくれ! 早く!」

アルはリュースの首に巻きついたヨーヨーを引っ張り、手綱のように使う。

「リュース!!!! 聞け!!!! 右だ! 右に回れ! バブルについて行くんだ! ほら! こっちだ! ようし! 後で干し草やるから、そのまま真っ直ぐに飛べ! 真っ直ぐだ! そっちじゃない! 早く!」

アルが必死で、シンバの元へとリュースを導いて行く。



シンバの手も、痺れて来た。

どうやら、外の龍の騒ぎで、シンバ達の所へ兵士達が来る様子は全くなく、ディジーも目を覚まさないままだ。

どうせ化け物の姫一人、こんな所へ閉じ込めるくらいだ、いなくなれば清々するとでも思っているのだろう。

シンバは余計悔しくなる。

王女と言えば、綺麗な衣装を身に纏い、贅沢な食事に、美しい部屋で、至れり尽せりで、皆からも大事にされ、それはそれで大変な部分もあるだろうが、誰からも愛されて、大切にされる存在なのではないのかと、シンバは悔しくて悔しくて、涙が溢れ出す。

もう直ぐ目の前にリュースが来ているのさえ、気付く事もなく限界が来た。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!!!!」

シンバはそう吠えたかと思うと、体ごと、ズルリと鎧の重みで、落ちた。

だが、シンバはディジーの手を、鎧の大きな手を離さない。

しかしドサっと落ちたのは龍の背中。

だが、その龍も、余りの重さに、ヨロッとする。

「バブル?」

シンバが龍に問う。

「バブルか? 大丈夫か?」

バブルはまだ小さい。

しかも鎧を着たディジーは、鎧の分もあり、これでは3人の人間が乗っているのと同じだ。

「頑張れ! バブル! 鎧、捨てられないんだ、ディジーは鎧を着てたいんだ。だから頑張れ! 頑張ってくれ! バブル!」

フラフラと飛びながら、バブルは人気の少ない場所を捜す。町中は人が一杯だ。城の庭も兵士達で一杯だ。どこへ行けばいい——?

「バブルーーーーーー!!!!!! 龍の牧場へ!!!!!! あそこなら龍使い以外は誰も行けないし、王族以外、近寄らない!!!! 今は王族も訓練者がいないから、あそこなら誰もいない!!!! バブル、お前の主の為に頑張れ! 頑張れよ!!!!!!」

結局、間に合わず、それ所か、まだ暴れているリュースの背中で、アルが吠えた。

バブルが突然現れた事、塔の天辺での事、そして、シンバとシンバの持っている鎧を自分のチカラ以上のチカラを出し切ってでも助けようとしたバブル。それでアルは、鎧の中にはバブルの主であるディジー王女がいるのだと全て悟ったのだ。

バブルはアルの言う通り、龍の牧場へヨロヨロと飛ぶ。

バタバタと上下に振る翼も、一杯一杯だ。

どんどん重力により、落ちてきている。それでも牧場まではと、

「クルッ! クルルッ! クルルルルッ!」

と、苦しそうに鳴きながら飛び続ける。

やがて牧場が見えてきた。他の龍達が眠っていたのを邪魔されたとばかりに、バブルに唸り声を上げたが、

「オメェ等ぁ!!!! 静かにしやがれぇ!!!!」

と、親方の声が聞こえた途端、龍達は嘘のように大人しくなった。

そして、龍達は、バブルが着地する場所を空け、バブルは、フゥー、フゥーと鼻息荒くしながら、そこにズザーーーーーッと着地ではなく、落ちた。

シンバは鎧を抱いたまま、バブルの背から転がり落ちる。

鎧の下敷きになったシンバに、親方が覗き込み、

「大丈夫か?」

と、聞いたが、シンバは、転がった時に、思いっきり背中をぶつけたらしく、大丈夫ではないと首を振る。

「誰だ? コイツは?」

「ゲホッ、ガハッ! ディジーだよ、ゴホッ!」

咳き込みながら答え、シンバは立ち上がる。

「ディジー様!? バブルが連れて来たんだから、そうだろうなぁ。なんで鎧なんか?」

「見せたくないんだよ、自分の姿を」

「そうか。今、気絶してるのか?」

「ううん、眠ってるんだと思う」

「眠ってる?」

「前世からの呪いは強い怨念故に、現世にまで留まると、それを受けている者は苦しみから避ける為、本能的に、眠り続けるんだって」

「前世からの呪いかぁ。ディジー様の前世が誰かは知らんが、呪われる程、誰かに恨みを買う人物だったのかねぇ。ディジー様を見ていると、そんな感じは全くないが」

「そうなんだよね」

「なんだ、お前もそう思うか?」

「うん。実を言うと、先祖からの呪いならわかるんだけど前世からの呪いって、ディジーは前世でも優しい人だった気がするんだよね。でも先祖からの呪いなら、呪い続けている悪霊がどこかにいる筈で、ソイツをやっつければいいんだけど、悪霊はいないみたいだし。でも僕、呪いとか、その辺、よくわからないんだ、勉強不足だなって思い知らされた」

「頼りねぇ聖職者だなぁ!」

親方にそう言われ、

「まだ修行中!」

と、シンバはムッとして答えた。

「おにいちゃーん」

その声に振り向くと、ウィードとマルメロ、ウルフが駆けて来る。

「シンバ、薬できたよ、さぁ、始めよう」

と、ウルフは瓶に入った怪しい気味の悪い色をした液体をシンバに見せた。

「どこで呪いを解くの?」

「ここでいいよ、丁度、広いし。地面に陣を描ける」

そう言ったウルフに、

「陣、必要なの?」

と、シンバが問う。

「あぁ、まぁ、黙って見てろって」

沢山の龍達に囲まれ、満月の光だけを頼りに、ウルフは陣を草原の上に描く。

「なぁ、ウルフ、ディジーは呪いなのかなぁ? 体中、傷だらけで、酷く痛そうだった。呪いなら、例えば、醜い爬虫類に姿を変えさせるとか——」

「呪いも色々あるだろ、それに傷だらけで醜くなってんだ、それこそ呪いだろ? 醜い爬虫類って、爬虫類という命に失礼だぞ」

「・・・・・・そうだけど」

なんて言えばいいのか、シンバはうまく言葉にならずに、苛立つ。

「よし、陣はこれでいい。この陣の中央にディジー王女を寝かせて、あ、シンバ、クリムズンスター」

「え?」

「言ったろ、呪われた剣が必要だって」

「あ、ああ、うん」

シンバはクリムズンスターをウルフに渡した。渡しながら、

「なぁ、ウルフ? ウルフが調合した薬さ、子供の血とか蝙蝠の目玉とか、まるで——」

「なに、お前、俺の知識をバカにすんの?」

そう言われ、シンバは首を左右に振り、ウルフにしっかりと剣を渡した。

ウルフは陣の中央に寝かされたディジーの真横に、クリムズンスターを寝かせる。

そして、怪しげな薬の瓶の蓋を取り、クリムズンスターの刃の部分と、ディジーの体へと降りかける。勿論、ディジーは鎧を着ているから、鎧の上から降りかけているのだ。

「薬って、直接、肌につけないの?」

と、ウィードが素朴な疑問をするが、

「儀式だから」

と、ウルフが答え、ウィードは、首を傾げながらも頷く。

そして、ウルフは満月を見上げる。

「全ては整った!!!!」

と、突然、大声で吠えた。そして、

「我を封印せし、魂よ、我を切り裂いた光よ! 我を解き放て!!!!」

と、訳のわからない事を吠え出した。

「ウ、ウルフ?」

シンバが、どうしたの?とばかりに、ウルフに近付こうとした瞬間、陣が光り輝きだし、クリムズンスターとディジーの体からは黒い影がモヤモヤと溢れ出した。

「我は忘れもしない。我の名はトルト。究極生命体を創り上げる神なり!」

「ウルフ? 何言ってんだよ?」

「その昔、我が体を斬り裂き、我が魂をも封じた者がいた。我が体を斬り裂いたモノ、それはこの忌わしき剣! クリムズンスター! 我の魂をも斬り裂こうとしたが、それを食い止めたにも関わらず、この女の魂により、我が魂は封じられたのだ! 魂になり、究極とは何かが閃いた瞬間でもあった、その時だ! この女が、この女の魂が、我の魂を雁字搦めにしたのだ。だが、我は塔に我となる思念を幾つも飛ばし、我そのものを創り上げた。我が本体となる魂はこの女に封じられたものの、思念は本体からでも飛ばせる。そして我は待ったのだよ、待ち望んだのだよ、この時を!!!!!」

狂笑した表情でウルフがそう言いながら、天高く手を広げている。

シンバは何かを感じ取り、クリムズンスターを取りに陣に入ろうとしたが、金縛りになる。

そこにいる皆、金縛りに合っていて、身動きが取れない状態だ。

「生まれ変わってまで、我が魂に自由を与えずにいたこの女を、我はこの女の体の奥底から呪い続け、傷つけてやり、なんとか出ようと試みたが、やはり、封印は、解かなければ、こちらから無理に出る事はできない。だが、どうだろう、この女は自分が我を封じた事も忘れ、体にできる傷を治したいと願った。願うだけではなく、美しい女を見ては妬む気持ちさえもあった。我の心地いい場所となっていったこの女の体。思念も強く飛ばせるようになり、一つの思念がコイツと出会う」

ウルフは、自分を指差し、そう言った。

「コイツの中はもっと心地良い。妬み、嫉妬、屈辱、恨み、お綺麗な顔とは違い、汚い気持ちで一杯だ。私はそういう奴が大好きだ。何故なら、動かしやすいからね」

言葉遣いが、だんだん、普通の人間っぽくなってくる。

「コイツがいつも思っていた事を聞きたいだろう?」

そう言った嫌な笑みを浮かべたウルフだが、その顔が苦しさで歪み、

「思ってない! 俺は思ってない!」

と、突然、ウルフに戻る。だが、直ぐに嫌な笑みを浮かべる。

「俺は何故シンバより劣るんだ? アイツより俺のほうが優れているのに、どうしてアイツがみんなから認められるんだ? それはアイツのチカラなのか? 一人じゃ何もできない癖に、それを自分のチカラのように言うのは正しいのか? 俺なら一人で何でもできるのに、どうして、誰も認めない? アイツがいるからいけないんだ、アイツさえいなくなれば——・・・・・・そう思ったよなぁ?」

言いながら、また本物のウルフが表に現れ、

「違う!!!!」

と、叫ぶ。だが、また嫌な表情で、

「違う? なら、もっと本当の事を言ってやろう、アイツさえいなければ、クリムズンスターを扱えるのは俺だけだ! そう思ったよなぁ?」

と——。

「や・・・・・・め・・・・・・ろ・・・・・・やめろよ・・・・・・ウルフの体から・・・・・・出て行け・・・・・・!!!!」

シンバが金縛りに合いながらも、そう口を動かす。

「僕だってなぁ・・・・・・僕だって・・・・・・ウルフに同じような事・・・・・・思ったりするんだよ・・・・・・僕だってなぁ、ウルフが羨ましいんだよ!!!!」

と、大声で叫び、シンバは金縛りを解いた!

そして、陣へと足を踏み入れ、クリムズンスターを手に取り、ウルフの横に見える影に向かって、振り落とした。

だが、影は切り裂けたものの、

「言ったろ? それは思念に過ぎない。本体はこっち」

と、ディジーの体から溢れ出たドス黒い影が笑って言った。

そして、シンバはまた動けなくなる。

「私は神だ。願いを叶えてやったのだよ。この女のな」

言いながら、どんどん溢れる黒い影。

「感謝しているよ、その剣には。私を切り裂いてくれたからこそ、私は本当の姿というものを知った。本当の究極生命体は、この世とあの世を結ぶ者。私はこの世でもあの世でも究極の生命体となる!」

言いながら、影はウルフに近付いた。

ウルフは生気を亡くしたように、只、立ち尽くしていたが、近付く影に、左腕の包帯をスルスルと解き、そして、その腕の切り口に指をグッと突っ込んだ。

普通なら、物凄い激痛だろうが、今のウルフには何の感覚もないのか、平然とした生気のない顔をしている。

そして、その腕の切り口から、ディスティープルのカケラを出して来た。

それを影に渡すウルフ。

「そうそう、私の思念の一つ。なかなか私の思念が届かなくて、体に埋め込ませたんだよ。最終的に左手の甲から腕の関節まで思念の神経が張り巡らされて、やっと落ちたがね。さぁ、飛び立った思念が全て回収され、全ての人の思いを知る時、私は神を超えるだろう」

ドス黒い影は嬉しそうだ。

「お前・・・・・・一体・・・・・・何をする気だ・・・・・・」

シンバがまた力任せに金縛りを解こうとしている。

「私はね、究極生命体になる筈だった。だが邪魔されたんだよ。しかし、その御蔭で、あの世を知った。これは最大のチャンスだ。私は全てを支配する。このようにね!!!!!」

と、そう言い終わると同時に、シンバが遠くに飛ばされた。

思いっきり地面に叩きつけられる。

「もう私は自由だ。この女に封じられる事もなく、この男の体を借りる必要もない。後は思念の入ったディスティープルのカケラを集めればいいだけ。それも直だよ、私の部下であった男がポストという便利な機能を開発してくれていた御蔭で。あぁ、部下の弟だったかなぁ?」

「部・・・・・・下・・・・・・だとぉ・・・・・・? お前・・・・・・科学者なのか・・・・・・?」

シンバが、叩きつけられながら、金縛りに合いながらも、尚もしつこく金縛りを解こうとしている。

「何度も言わせるな! 私は神だ!」

と、影は怒りを露にした声を出し、シンバを更に地面へと叩きつけた。

シンバは鼻血を噴出し、口からも血が出ている。そんなシンバに、

「脆い生命体だ」

と、バカにした台詞を吐き捨てる。

「僕達を・・・・・・殺すのか・・・・・・」

「殺す? 殺して何になる? あの世もこの世も支配する私に、その質問はないだろう」

「なら・・・・・・どうする気なんだ・・・・・・」

「何度言わせれば気が済む? 私は全てを支配するんだよ。私の思念は死者にも生者にも届く! さっきも見せたが、もう一度、見せてやろう!!!!」

そう言うと、今度は、シンバをウルフの前まで駆け寄らせ、ウルフ目掛け、クリムズンスターを振り翳させた。

「やめろよぉ!!!!」

と、シンバは大声で叫び、クリムズンスターを投げ捨てる。

「本体を手に入れても、まだまだ思念が弱いな。今まで飛ばした思念も全て回収せねば」

と、シンバをうまく操れなかった理由を呟くドス黒い影。そして、満月へ向けて、高く高く舞い上がり、そのまま消えた——。

シンバは一人、その場で呼吸を乱し、みんなを見る。

皆、気絶しているようだ。

一匹の龍が満月に向けて、クオーーーーッと鳴くのと同時に、皆が目を覚ました。

兵士の鎧をつけたディジーも、重い鎧でガシャガシャと音を出しながら、なんとか起き上がる。シンバはディジーに駆け寄り、

「ディジー? 大丈夫? どこか痛いとこある? 体どう? 鎧とってみて?」

と、言うが、ディジーは首を振る。

「鉄仮面とってみてよ、大丈夫、今、みんな頭がぼんやりしてるから」

と、意味のわからない事を言い出すシンバに、ディジーは更に首を振る。そして、

「ここは龍の牧場? 私は塔の天辺から出れたの?」

と、ずっと眠っていたディジーは何もわからない様子。

「もう全部終わったんだよ、だから見せてくれなきゃ、わからないだろ」

と、少し苛立った口調のシンバに、ディジーは戸惑いながら、ゆっくりと鉄仮面を外した。

「・・・・・・私、化け物みたいでしょ?」

不安気にそう聞いたディジーの顔は満月の光に映し出され、とても美しい——。

シンバは、ディジーの素顔に、涙が溢れ出て、気持ちが兎に角高ぶって、強く、強くディジーを抱き締め、

「やっと逢えたね」

無意識に、そう、口を吐いた。

全てのディジーの魂が解放されたディジーは、シンバの中で、ディジーそのものだと感じて、何故か、よく知っているディジーのように思えて、そして、逢いたかった、とても逢いたかった、逢いたかったんだと、もう絶対に離さないと、強く抱き締める。

そして、ディジーは、その言葉と、シンバの温もりを待っていたかのように、ボロボロと涙を零れ落とし、頷く。

薄い紅色の小さな唇から、ヒックヒックと漏れる小さな声。

不揃いの長さの髪の色は黒く、瞳の色も黒く、それは白い肌に美しく、月の光に輝いている。少し桃色がかった頬に流れ落ちる涙も月の光でキラキラと光る——。

アルビノのエリカに比べれば、美しさは半減する。だが、ディジーは、極々、本当に極々普通に可愛らしく、意地悪な部分も、優しい部分も、汚い部分も、綺麗な部分も、全て持っている可愛らしい性格に合っている。つまり、どこにでもいる女の子。

でもシンバにとっては、その極普通の見た目でも、強く抱き締める程に、愛おしい。

今、シンバが、抱き締めるディジーを離し、流れる涙を指で拭き取ろうと、頬に触れようとした時、

「奴だ、捕まえろーーーーー!!!!」

と、声が聞こえ、振り向くと、周囲にはルピナスの兵士達が、シンバ達を取り囲んでいる。

「勝手に入ってくるんじゃねぇ! ここは只の牧場じゃねぇんだ! 龍の巣だぞ!」

そう言った親方に、大佐が一歩前へ出た。そして、

「その者を捕まえに来た。醜い姫をどこへやったのだ。お前には誘拐の罪がかかっている」

と、シンバを指差し、そう言った。更に、

「王と妃がお怒りだ。姫の醜い姿を世間に曝す者には死刑をと!」

そう言うと、ディジーが、シンバの前に出た。

さっき迄、泣いていた顔とは違うキツい顔つきで、

「私は第一王女ディジー・ルピナスです。父様と母様には私からお話をします! この者は私を助けてくれたのです。乱暴な事は許しません!」

と、言うが、皆、ザワザワと騒ぎ出し、引く様子はない。

「あなたが王女様だと言う証拠は?」

そう言われ、ディジーは黙り込む。

「その男をひっ捕らえよ!」

大佐の合図で、兵士達がシンバに飛び掛った。逃げる気のないシンバは簡単にとっ捕まる。

「やめて! シンバを離して!」

そう吠えるディジー迄、大佐に捕まえられる。

その場にいた親方も、ウィードも、マルメロも、ウルフも、証言者として捕らえられる。

そして、皆、城へと連行され、夜が明けた——。



シンバ以外は皆、釈放され、本当の姿を取り戻した王女も本物であると認められた。

だが——

「彼を地下牢から直ぐに出して! 彼は私を助けてくれたのよ!」

ディジー王女は王と妃に、抗議を続けていた。

「駄目だ駄目だ。アイツはお前を誘拐したんだぞ」

「そうですよ、ディジー。あなたもこの国の王女としての自覚を持ってくれなくちゃ。いつの間にか、もう女性へと成長してるんですもの。それにその容姿。どこの国の王子も、あなたをほしがるわ。大きな国の王子と結婚し、ルピナスを発展させ——」

「冗談じゃないわ!!!!」

ディジーは、そう吠えて、妃の言葉を途中で黙らせた。

「大体、この容姿に戻ったのは、地下牢に閉じ込められている彼が戻してくれたのよ! その彼を閉じ込めておいて、私が結婚ですって!? 父様も母様も世間の目や言葉ばかり気にして、美しくなければ姫ではないと私を化け物として、塔へ閉じ込めて、今度はルピナスを発展させる為に結婚!? エリカさんはどうなるの? 彼女を養女として招き入れたんだから、彼女も立派な王女でしょう、結婚なら、彼女に話を勧めたら?」

「確かにエリカも王女として、エリカの相手も大きな国の王子を探している。だが、お前はまたいつ化け物のように醜く戻るかわからんだろう。今の美しい内に——」

「シンバは醜い私にも手を差し伸べてくれたのよ!!!!」

ディジーはまた大声を上げ、今度は王の言葉を途中で黙らせた。

「彼は醜い私に目さえ逸らさなかった。それどころか、手を差し伸べてくれて、その手を離さずにいてくれた。もし彼が許してくれるなら、私は彼と結婚をします」

「バカな!? 奴はガルボ村の者だぞ!? 田舎の村だぞ? お前はルピナスの王女なんだぞ! 田舎者と結婚などできるものか!」

「田舎者ではないわ、聖職者になる人です」

「ならんならん! 兎に角だな、おい! どこへ行くんだ!」

「散歩です! いい加減、わからない親に頭が痛くなって来たんです! 気分転換でもしなきゃ、また醜い化け物になりそうだわ!」

そう言うと、ディジーは外へと飛び出した。

バブルに逢いに行こうと龍の牧場へ向かう途中、公園のベンチで座り込んで、ピクリとも動かないウルフを見かけ、声をかけた。

「ウルフ?」

だが、ぼんやりしていて、ディジーの声に気付かない。

ふと見ると、公園の滑り台で遊んでいるウィードとマルメロ。

ディジーはウルフの肩をポンポンと叩いた。ウルフはハッとして、ディジーの存在に気付くと立ち上がった。

「座ってていいわよ、私も隣に座っていい?」

「あ、ああ」

「大変ね、シンバがいないから、子供の面倒はウルフが一人でみるんだもんね? でも安心して? シンバは直ぐに釈放するから。私がなんとかするから」

そう言ったディジーに、ウルフはぼんやりした瞳で、滑り台で遊ぶウィードとマルメロを見る。そして、

「違うよ」

と、呟いた。

「え?」

「違う。俺は一人でぼんやりしてただけ。そんな俺をほっとけなくて、アイツ等、俺の近くで遊んでるんだ」

「・・・・・・そっか」

「もう俺はどうしたらいいのか、わからない」

「わからないって?」

「キミは眠ってたから知らないだろうけど、話は聞いたんだろ? 俺は封じられていた化け物を解いてしまったんだ。キミの前世が、悪しき者をこの世に放たんと、封じていた者を、俺は解いてしまったんだよ。俺がいつもシンバを妬んでいた汚い気持ちが、こんな災いを招いたんだ。俺は村には二度と帰れない。聖職者のタマゴの癖に、俺は——」

「ありがとね」

突然、そう言ったディジーをウルフはわからなくて見る。

ディジーはウルフにニッコリ笑う。

「私の前世が何を考えてたのか、今の私には記憶にもない事で、前世でやった事が、今の私に降りかかって来ても、本当に迷惑で、だから、それを解いてくれて、心から感謝してるの。アナタの村で、私が証言してもいいわ、アナタに助けられたって事を——」

「・・・・・・俺は助けたんじゃないよ? 俺は只、操られていただけだ」

ウルフは言いながら、左腕に巻かれた包帯を右手で握り締める。

ズキンズキンと痛む傷——。

「言う必要ないじゃない?」

「え?」

「操られていたなんて言う必要ないわ、シンバだって、きっと、私と同じ事を言うわ」

「嘘はつけない!」

「嘘じゃないわ。あなたは私から、悪しき者を取り除き、助けてくれたのよ。大事なのはそこでしょ?」

「・・・・・・キミは知らないんだ、あの化け物がどんなに恐ろしい者か。アイツは思念を飛ばせるチカラもあれば、思念だけで人を操れるチカラもある。生きている世界も知っていれば、死者の世界も知っている。それだけじゃない。生きていた頃のチカラだろうが、優れた知力もあるし、知識もあり、それをフル活用できるだけの理解力の速さも持っている。それがどんなに怖い事か、キミは知らないんだ。あの化け物なら、この世の運命を変える程のチカラがあるんだよ!」

「でも私はシンバの人の気持ちを動かせるチカラを知っているわ」

「え?」

「そして、あなたの努力で手に入れた知識を理解する知力の高さを知ってるわ」

「俺?」

「あなたは知らないのよ、運命なんて、自分自身で変えれる事を——」

「・・・・・・運命は神が決める」

「違うわ、あなたの運命はあなたが決めるの」

そう言ったディジーに、ウルフは首を振る。

「キミの前世は、きっと、キミのような、考えの持ち主だったんだろうな。誰かのせいになんてしないんだ。何か悪い事が起こっても、それは自分がして来た事で、自分の過ちであって、自分の選択してきた事だから、自分が犠牲になるのも、当たり前だって思うんだろうな。キミの前世は、英雄が斬り裂いた化け物がゴーストに堕ちた瞬間、自分のその魂で、雁字搦めにした。なんでだと思う? きっと苦しかっただろうと思うよ、キミと同じくらい、痛くて苦しくて、それでも自分が犠牲になっても、化け物の魂を封じる必要があった。なんでだと思う?」

「・・・・・・さぁ?」

「愛してたからだよ」

「誰を?」

「この世を。きっと、この世にいる大好きな人が幸せであるようにって——」

そう言いながら、ウルフは俯いて、

「そのキミの前世の想いも、俺は踏み躙ったんだ・・・・・・」

と、悔しい表情で、顔を歪ませた。

「前世の想いなんて、私、記憶にないよ。あるのは今。今の私。あなたは私を救ってくれたんだよ? それは嘘じゃない。あなただって苦しかった筈」

「・・・・・・俺が苦しかった? 自業自得だよ、だって、俺に卑しい気持ちがあったから、こんな事になったんだ。シンバがクリムズンスターを所有して、俺は内心、許せない気持ちで一杯だった。シンバより俺の方が優れているのになんで?と迄思った。気付けば、いつもいつもシンバばかり楽に得してるんだと、勝手な妄想膨らませていた。俺の先祖は英雄と共に旅をし、大きな使命を果たした凄いゴーストハンターらしくてさ、だけど、俺は凄い伝説のゴーストハンターじゃなくて、英雄になってやるって、シンバじゃなくて、俺が英雄なんだって、そんな事ばかり考えて、英雄って名を聞いただけで、馬鹿みたいに反応して、ディスティープルのカケラなんて買っちゃってさ——」

全てを悔やむウルフ。

「俺は最初からわかってたんだ。シンバには勝てない。そんな事、村に住んでた時から、ずっと前からわかってた筈なのに——」

「・・・・・・ウルフはシンバに真っ直ぐね」

「え?」

「シンバに真っ直ぐ矢印が向いてる。でも、わかる気がする。シンバはそれだけ人を惹き付ける魅力があるもの。でも、あなたは知らなすぎる。自分の魅力を——」

「俺の魅力?」

「あなたは自分の矢印を自分に向けるべきだわ。あなたが勝負を挑む相手、シンバじゃないと思う。だって、シンバはあなたとの勝負なんて、最初から白旗上げてるもの。それにあなたとの勝負なんて、シンバは望まない。シンバなら、きっと、あなたに手を伸ばすわ。例え、あなたに首を落とされても、手を差し伸べて、笑顔で全てを許すわ」

「・・・・・・首を落とされてるのに笑顔で?」

と、聞き返し、少し笑うウルフ。ディジーも笑いながら、

「ええ、だって、シンバだもの」

と、納得の台詞。

「手を取り合ったら、きっと、今より、強くなれる。化け物なんかに負けないくらい強くなれる。運命なんて、自分のチカラで変えれるよ。握り合った手は、それ程、強いから」

ディジーはシンバが差し出してくれた手を思い出す。

その手を握って、そして、今の自分があるのだと、何度でも確認する。

「ねぇ、お腹すいたね? 一緒に龍の牧場に行かない? 龍のミルクが美味しいのよ、おじさんのチーズの料理も美味しいんだから」

と、ディジーはウルフに手を差し出した。

ウルフは戸惑いながら、ディジーのその手を見て、ディジーを見て、そして、ソッと手を握った。ディジーは笑顔で、ウィードとマルメロを呼び、ウルフを引っ張って、龍の牧場へと向かう。

広い龍の牧場へ行くと、親方がディジーを大喜びで出迎える。

大きな体で、小さなディジーを抱きしめ、

「ディジー様、本当に良かったですね」

と、目には涙を浮かべる。

「おじさん! 苦しいわ!」

と、強く抱きしめられるディジーが、そう言うと、親方は慌てて、ディジーを離した。

「おじさん、みんなで龍のミルクを飲みに来たの。おじさんのチーズの料理も食べたくて」

無邪気に言うディジーに、親方は、

「ああ、ああ、いいだろう、いいだろう!」

と、張り切る。

「ねぇ、バブルは大丈夫? 昨日、私とシンバを乗せて飛んだんでしょう?」

「ああ、バブルならあっちで寝てたな」

と、親方が指差した方向を見て、

「あ、アルだ!」

と、ウィードが叫んだ。

遠くで、積んである干し草の上、アルが三角座りをしているのが見えたのだ。

「アイツ、リュースを乗りこなせなくてな、しょぼくれてんだ」

と、親方が言う。

「まだ小さいのに、龍使いとして一人前の修行してるの?」

と、ディジーがアルを見ながら言うと、ウィードが、

「アルは凄いんだよ、くるくるっとシュパッとバイーンなんだから!」

と、意味不明な事を言い出す。マルメロが、

「くるくるっとシュパッとまでの効果音はわかるけど、バイーンって何よ?」

と、聞くが、ウィードもよくわかってないみたいだ。

「くるくる? シュパ? なんの音?」

ディジーが尋ねると、マルメロが、

「ヨーヨーよ。丸い龍のヨーヨーを操るの、あの子。だけど、龍は操れないけどね」

と、眼鏡をクイッと上げて、意地悪な口調で答えた。

「でもおっきな龍、笛で飛んで来たじゃん!」

と、ウィードがマルメロに反撃する。

「あら、あの笛を吹けば誰でも呼べるみたいじゃないの」

と、マルメロも言い返す。

「ねぇ? 丸い龍って、もしかして、初代シュロ王が従えてたと言う伝説のイヤーウィングドラゴン?」

と、ディジーが親方に聞く。親方は頷き、

「あぁ。初代王が従えていた龍がしていたと言い伝えられてきたメダルをな、どこからか持って来てアイツがヨーヨーに作り変えたんだ。納屋の奥にある倉庫の中からでも持ってきたんだろう。なんせ龍がしていたアクセサリーだ。誰も興味持たねぇ代物だよ、傷だらけだしな」

そう言って、遠くのアルに、

「おーーーーい! お客さんだぞーーーー! 食事にするから、お前も来ーーーーい!」

と、叫んだ。だが、アルはピクリとも動かない。

「さっきのウルフみたいね」

と、笑うディジーに、ウルフは頭を掻いて、笑う。

「ボクが呼んでくるよ!」

と、ウィードが走り出した。

途中、ウィードは龍達が食べ散らかした干し草に足をとられ、ビターンと転び、振り向いて、ディジー達に苦笑いすると、また起き上がって、アルの元へ駆け出した。



アルはボーっと宙を見ている。

「アルゥーーーー? アルってばぁ?」

アルの視界に入るように、ウィードはジャンプして手を振ってみせるが、干し草が高すぎて、アルの視界に入っているのか、わからず、ウィードは干し草を登り出したが、干し草が、ウィードの重みで倒れ出した。

アルは干し草の天辺から放り出されるように、地面に落ち、更に干し草がドサドサとアルに落ちる。何事かと干し草を掻き分け、顔を出すと、目の前に干し草だらけのウィードが出てきて、アルは、

「うわぁ!」

と、驚きの声を上げた。

「良かったぁ、アル、死んじゃったのかと思ったよ」

「よ、良くねぇよ、お前、オレを驚かせておいて、何やってんだよ!」

「食事にしようって。アルを呼びに来たんだ」

「・・・・・・いいよ、オレは」

「なんで? チーズ料理だって言ってたよ?」

「食べたくないんだ」

「お腹痛いの?」

「オレはガキじゃないんだ! 腹が痛いってだけで拗ねるかよ!」

「拗ねてたんだ?」

「うるせぇ! 向こう行けよ!」

「じゃあ、ボクも食べないや」

「はぁ!?」

「だってアル、食べないんだろう? じゃあ、ボクも拗ねてる」

「なんでお前が拗ねる必要があるんだよ! 理由もないのに拗ねるな!」

「アルは理由があるの?」

「・・・・・・お前も見たろ? オレは龍使い失格だ」

そう言うと、アルは体中の干し草を払って、その場から離れる為に歩き出す。

「でも大きな龍、最後にはアルに従って、ちゃんと着地したんだろう?」

五月蝿く付いて来るウィードに、アルは振り向いて、

「着地もしなかったよ! オレは結局、城の池に落ちたんだよ!」

そう吠えた。

「オレ、何の役にも立たなかった! 城の壁を壊しただけだったよ! みんなオレの事、笑ってんだろ! お前も龍使いなんて、なれっこないって笑えばいいだろ!」

「・・・・・・笑ってほしいの?」

「なんだと!?」

「笑われたいの? だったら、龍使いになんかならないで、サーカス団に入って、ピエロにでもなればいいんだ」

「テメェ、殴られたいのか!」

と、アルが大声を出し、ウィードを突き飛ばした。

ウィードは後ろに倒れ、尻餅をついたが、

「笑われた事もない癖に!!!!」

と、アルよりも大きな声を出し、吠えた。

「ボクのお母さんはなぁ、ボクを置いて男と出て行ったんだ! 死んだって事になってるけど、でも大人達は、みんな知ってて、ボクに同情の目を向ける。それが嫌で、ボクが苦しくて悩んでたら、友達だった奴等が、みんな、ボクをからかい出したんだ! ボクを見て笑って、ボクを罵るんだ! ボクはアルみたいに得意なモノもないし、自慢できる事なんて何もなくて、いつも一人だった。今のアルみたいに拗ねて、ずっと橋の上にいたんだ。おにいちゃんが話し掛けてくれる迄は!!!!」

尻餅をついたまま、地面を睨みつけ、ウィードがそんな事を言うもんだから、アルは驚く。

「な、泣いてるのか?」

と、ウィードに言うと、ウィードは腕で涙の溜まった目をグイッと拭いて、

「生まれ変わりの話をして来たおにいちゃんは、変な奴だって思ったけど、ボクだって、みんなと同じ命だから、お母さんが、ボクをいらないって捨てても、きっとボクを必要とする人だって現れるって思ったんだ! 笑う奴は笑わせておけばいいんだよ! ボクを必要としてくれる人が笑わなければ、それだけでいいもん! おにいちゃんは笑わなかったもん!」

と、更にそう話した後、もう涙が止まらないと思ったのか、ウィードは両腕で目を隠し、塞ぎ込んだ。

「・・・・・・お前、いじめられてたのか?」

そう聞いても、もうウィードからは何の返事もない。アルは、塞ぎ込んだウィードの傍に座り、そして、ウィードの両肩を強く掴んだ。

ウィードはソッと顔を上げると、アルが、

「今度いじめられたら、オレに言えよ。そいつ等、ぶん殴ってやるからさ」

そう言って、笑った。

「・・・・・・殴らなくてもいいよ」

と、小さい声で言うウィードに、アルは笑いながら、

「じゃあ、オレがガツンと言ってやるさ! オレ達、親に捨てられた同士だったんだな! これからも仲良くやって行こうぜ?」

と、言うので、ウィードの顔も一気に明るくなって、何度も頷く。

「そうだよな、笑いたい奴は笑えばいいんだ。そんな奴等のせいで、落ち込むなんて、おかしいよな」

そう言ったアルに、ウィードは更に強く頷く。

アルは立ち上がり、ウィードに手を差し出す。ウィードはアルの手を握り、立ち上がる。

「行こうぜ、親方のチーズ料理はうまいんだ」

そう言ったアルに、ウィードはまた頷いて、二人、走り出す。

そんな二人の様子を伺うように遠くからジッと見つめているリュース——。



小さな家の中に、大勢集まって、窮屈だが、みんな楽しそうに、親方のチーズ料理を味わう事となる。

そして話題はシンバの話へとなった——。

「いつ頃、出て来れそう?」

と、ウルフが聞くが、ディジーは困ったように笑う。そして、

「直ぐ! 絶対に直ぐ出すわ」

と、言うが、子供達は不安そうに、フォークを置いてしまう。

「ど、どうしたの? 食べなさい? あ、そうだ、おじさん、このチーズ挟んだパン、シンバに差し入れしたいんだけど、まだ作れる?」

と、ディジーは明るい声を出す。

「おねえちゃん、おにいちゃん、悪い事したの?」

ウィードの質問に、ディジーは首を左右に強く振る。

「シンバは、みんなと同じで、私を助けてくれた。だけど、それをわかってもらえなくて。でもわかってもらえるまで、王には話すから」

「あら、でも詐欺師がディジーさんを城から出して、妙な儀式を起こしたのよ、それに変な薬のようなものを使って、あたし達を騙すつもりだったのかも」

と、マルメロが言い出す。

実を言えば、マルメロの話が、シンバを悪くしてるのもあった。

「お前さぁ、ブスの癖して、生意気なんだよ」

と、何の根拠もない文句を言い出すアルに、マルメロは、

「アンタこそ、干し草臭いのよ!!!!」

と、根拠だけの文句で返す。

「兎に角、私、シンバにパンを差し入れして来る。おじさん、今夜、みんなの事、よろしくお願いします」

と、ディジーは頭を下げ、包んでもらったパンを受け取ると、一人、また城へと向かった。

王の間は、何やら騒がしく、

「何事なの?」

と、ディジーが扉を開けると、そこにはキラキラ光る衣装を来た若者が数人立っていた。

「おお、あれがうちの姫だ。世の中では醜い眠り姫などと言う噂が立っておるが、余りの美しさに妬んだ者が言っただけの事だ」

などと王が言い出す。そして、一人の若者が、ディジーの前に来て、

「初めまして、これは可愛らしい眠り姫だ。私はバッカス城の第一王子クロスと申します」

と、ぺコリと頭を下げて来た。

ディジーは事の事態を把握し、

「私は結婚なんてしませんから!」

と、王を睨みつけ、怒鳴った。そして、ツカツカと王の前に行き、

「地下牢の彼を今すぐ出して!」

と、更に怒鳴りつける。

「まだその様な事を言っておるのか」

「いいわ、父様がその気なら、私、醜い化け物に戻ります」

「な!? なんと申した!?」

「本当の醜い化け物がどんなものか、知るといいわ」

ディジーはそう言うと、クルリと背を向け、ツカツカと歩いて、

「邪魔!」

と、クロス王子を突き飛ばすと、部屋を出た。

「おや、ディジー王女様。どちらへ?」

「なによ! 変な鬚生やして勝手に城に入って来ないで!」

ディジーはびよよよよーんと鼻の下に妙な鬚を生やした男に、噛み付くように吠えた。

その男が大臣である事は、長年、塔の上で過ごした為、スッカリ忘れているようだ。

ディジーは、その長年過ごした塔の天辺へと来た。

見慣れた汚い物置き。

ディジーが来た事で、ネズミが何処からともなく現れ、足元でチューチューと懐く。

「あ、そうだ、シンバに持ってきたチーズのパン、あなたにあげるわ」

と、ディジーは手に持っていた袋を開けて、中のパンを取り出し、床に置いた。ネズミは嬉しそうにパンに飛びつく。

ディジーは大きな窓を開け、

「バブルーーーーーッ!」

と、叫んだ。暫くすると、バブルがバサバサと翼を広げ、やって来る。

「昨日はごめんね? 重かったでしょう? ウルフの事、わかるかしら? 連れて来てほしいの。銀髪の綺麗な整った顔の、どこか淋しげな美少年・・・・・・わかる?」

「クオッ! クオッ! クオッ!」

わかるのか、バブルはそう鳴いて、飛んでいった。

ディジーは物置きのこの場所で、何やら、いろんなものを引っ張り出して、ゴソゴソと作業を始める。

一通り終わると、ディジーはフゥっと溜息を吐いて、お腹ポンポコリンで眠っているネズミを見る。

「アナタ、一人で大きなパン食べたの?」

と、ネズミの大きくなったお腹を人差し指で突付いて笑う。

「クオッ! クオッ! クオッ!」

と、窓の外で声が聞こえ、ディジーは、立ち上がり、

「遅かったわね?」

と、窓を開けた。

背中にはちゃんとウルフが乗っている。

やはり龍は人の言葉を理解している。主となる人の言葉なら特にそうなのかもしれない。

それにバブルはディジーが大好きなのだろう。

ウルフはバブルの背から、ジャンプして、物置きへと入って来た。

「キミの龍が俺を引っ張って、どうしようかと思ったよ。まさか背中に乗れって言ってるとは思わなくて、理解するのに時間かかった。俺を呼んだんだよね?」

「うん、ウルフ、火の玉みたいなの出してくれる?」

「火の玉?」

「ほら、幽霊とか出ると火の玉も出たりするじゃない?」

「俺は幽霊じゃないから、そんなの出せる訳ないだろ」

「なぁんだ、ガルボ村の人の癖に、案外役に立たないのね」

そう言われ、カチンと来るウルフ。

「何がしたいの? 蝋燭じゃ駄目なの?」

「私、化け物になろうと思って」

「は?」

ディジーは黒いカーテンを縫いつけたマントを羽織り、牙みたいなものを歯に取り付け、そして、大きな鎌を手にとって見せた。

ディジーの仮装よりも、ウルフは大きな鎌に目をとられる。

「凄いね、その鎌」

「もういらないみたい。この物置きにずっと置かれたままだもの」

「そういえば、ルピナスの紋章も翼竜と鎌だよね?」

「ええ。初代シュロ王が、翼竜に乗って鎌を持ち、月の光の影響でおかしくなった生物達の凶暴さから、人々を助けたって言われてるわ。紋章はその時の龍と鎌をデザインしたと言われてるの」

「勇ましい王様だな。もしかして、この鎌を持ってたんじゃない?」

「まさか。もうずっと昔の事だから、シュロ王がどんな鎌を持ってたか知らないけど」

「でも、これ、本物だよ? 武器だよね?」

「だとしても、こんな大きな鎌を操れる人なんているのかしら? これは武器じゃなくて、只の飾りだと思うわ。大きすぎるもの」

「でも、ディジーのチカラで簡単に持ち上げられるくらい軽いんだろう? それに刃の部分を本物に作ってる飾りなんて危ないじゃない? やっぱり武器だと思うよ?」

「でも刃の部分を本物に作ってる飾りもあるわよ? 確かに軽いけど——」

そう言って、ディジーが持ってる鎌を見上げた時、突然、ウルフが笑い出した。

「な、なに? なんで笑うの?」

「だって、凄い面白い格好してるから」

「なんで今!? だったらこの格好した時に笑ってよ!」

と、頬を膨らませて怒るディジー。

「で、この格好には何の意味があるの?」

笑いを我慢して聞いたウルフに、

「私、化け物になるの。シンバを地下牢から出さない父様と母様が悪いのよ」

ディジーは俯いて、そう言った。そして、

「シンバが裁かれるくらいなら、私、醜い眠り姫で良かった」

と、呟く。

「・・・・・・協力するよ。俺の責任でもあるし」

「だから火の玉出してよ」

と、上目使いで、ウルフに言うディジー。

「それは無理だって」

「じゃあ、黒子」

「黒子!?」

「私の後ろで、黒子になって、火の玉を釣具でぶら下げるの」

「・・・・・・それ、本気?」

「大丈夫、私、工作得意なのよ。手伝って?」

と、ディジーは、そこらへんにある荷物を引っ張り出して、使えそうなものを捜す。

そのディジーの行動に、本気なんだと知り、ウルフは苦笑い。

そして、二人で作ったのが、人形の首と黒子の衣装と、釣り具で吊るした火の玉。

ディジーは黒いマントを羽織り、目玉のとれた不気味な人形の首を右手に持ち、左手には大きな鎌を持ち、つけた牙の横唇から、赤い絵の具で血が垂れているようなものを書いて、不気味に笑って見せた。

「・・・・・・いい感じ」

と、ウルフは苦笑い。

「ウルフもいい感じ!」

と、ご機嫌な口調で、ディジーは言うが、ウルフは只の真っ黒け・・・・・・。

「さぁ、今頃、父様も母様も寝室だわ!」

「ディジーはこんな好き勝手してていいの?」

「ほら、私、閉じ込められてたじゃない? だから、まだ一日のスケジュールとか何もない状態よ。私自身、シンバの事で反抗してるし、王もどうしたものかと考えてる最中なんでしょ。だから私を結婚させる事ばかり考えてるのよ」

「結婚!?」

「そ、結婚。その事ばかり考えてるから、今、私が行方不明になっても、全然、気が付きもしないで、一週間くらいたってから、ディジーはどうした?とか聞き出すのよ、でもって、大臣とかに、見かけておりませんがとか言われて、やっとその時に行方不明って気付くのよ。あ、でも、うち、大臣っていたっけ?」

あっけらかんとそう言ったディジーに、ウルフは驚く。

「そんな顔しないで? だって一人娘が醜いからって、こんな所に閉じ込める親なのよ? 娘を閉じ込めてる間に、養女まで作る親なんだから」

ディジーの心の悲しみは姿が美しくなっても、拭い切れないのだと、ウルフは悟る。

シンバなら、こんな時、なんて声をかけるのだろうかと、ウルフは考える——。

「さぁ、行きましょ!」

ウルフは取り敢えず、言われるがまま。

ディジーは見張りの兵士達に気付かれないよう、城の中をこそこそと怪しい格好で彷徨う。

そして、王と妃の寝室へと入り込んだ。

「・・・・・・父様? 母様? 起きてください」

その声に、王が目を開ける。そして、薄暗い部屋に、ポワッ光る火の玉の灯りで、ディジーの恐ろしい姿を目にし、

「ヒィィィィィィィ!!!!!」

と、声にならない悲鳴を上げ、布団へ潜り込んだ。

「父様、私の本当の姿を見てしまいましたね?」

ガタガタと丸くなった布団が震えている。

「私は夜な夜なこのような姿になり、人を食べ歩いてたんですよ?」

「だ・・・・・・・誰か・・・・・・」

「人を呼んでも良いのですか? あなたの娘なんですよ?」

「ヒィィィィィィ」

「今まではルピナスへ訪れる旅人などを美味しく喰らっていましたが、このままではルピナスの民どころか、自分の父である王迄も喰らってしまいそうです。だって、この城にガルボ村の聖職者の雰囲気漂わせる人がいるでしょう? あの人がいると、どうもチカラがセーブできないのです。喰らい続けて、チカラをつけようとしてしまうようなのです」

と、意味不明な事を言い出すが、王は震えていて、

「わかった、わかったから! どうすれば良い!?」

などと尋ねてくる。

「あの者を早くルピナスから追っ払って下さいな。そうすれば、私もこんな姿にならずに済むでしょう」

「ひ、人を喰らわんと約束するか!?」

「ええ、いいでしょう」

「そ、その手にもった生首は、だ、誰なのだ!?」

布団の中でそう言うが、返事がなく、王は、ソッと布団から顔を出し、覗くが誰もいない。

その誰もいない静けさと暗さに、

「ぎゃーーーーーーーーー!!!!! 大臣! 大臣よ、今すぐ地下牢の者を解放せよーーーーーー!!!!!!」

そう叫んだ。驚いて飛び起きたのは、隣でスヤスヤ寝ていた妃。

何事かと飛び起き、王の顔の青さに驚く。



ディジーとウルフは悪戯が成功した気分で、ケラケラ笑いながら、その場を去る。

二人共、衣装を脱ぎ捨て、道具も捨てる。

もう化け物になる必要はない。

ディジーは大きな鎌を壁に立てかけ、置いて、

「意外に楽しかったね」

と、無邪気な子供のように、ウルフに笑いかける。

「でも、こんな事したら、キミがここに居辛いだろう?」

「ううん、平気。私を化け物だと思っている人が、今更増えた所で、何も変わらないわ」

「・・・・・・悲しいね」

「いいの、私を化け物だと思わない人もいるから」

「・・・・・・シンバの事?」

ウルフがそう聞くと、ディジーはクスッと笑い、

「みんなの事よ」

と、答えた。

「・・・・・・みんなにはお別れしないの?」

「お別れ?」

「・・・・・・シンバが釈放されるなら、俺達は行かなきゃ」

「そっか。最後にウルフとだけ楽しい思い出できたね」

「・・・・・・みんなには?」

そう聞くが、ディジーは首を振る。別れを惜しむだけ淋しさも悲しさもあるのが、余計辛いと思うのだろう。

「・・・・・・ねぇ、私の体の中にいた化け物を追うの?」

「そうなると思う」

「・・・・・・気をつけてね?」

「あぁ、キミも頑張って」

「・・・・・・ありがとう。シンバによろしく伝えて?」

「わかった」

「それから! それから・・・・・・私がまた逢いたいって言ってたって・・・・・・」

「うん、また逢いに来るよ、俺も、アイツも、みんな逢いに来るよ!」

ウルフはそう言うと、城の裏口方向へと駆け出し、

「じゃあ、俺、行くよ、外でシンバを待ってる」

ディジーに手を振った。

ディジーは頷いて、手を振り返す。

ウルフがいなくなる迄、見送った後、ディジーは鎌を置いたまま、トボトボと城内を歩き出した。少し、散歩をしようと思ったのだ。

「やや、ディジー王女様! こんな夜更けに何を!?」

びよよよよーんと鼻の下に妙な鬚を生やした男が現れ、ディジーに声をかける。

「あなた誰? どうして城にいるの?」

「何を仰っておられるのですか! この大臣であるワタクシに!」

「大臣? アナタ大臣なの? じゃあ、これからシンバを釈放しに?」

「シンバ? あのガルボ村の奴の事ですな? 奴なら、今さっき牢の鍵を開けてやろうと行ったら、既に脱走しておりましたわ!」

「脱走?」

一生懸命やった事が全て無駄だったような気がして、

「なによ! だったら、私に逢いに来てくれたっていいじゃない! 出て行く前に!」

と、苛立ちを口にした。

「どうなされました? まだ脱走者がおる可能性がありますので、ディジー王女様はお部屋でお眠りになっていて下さい。この大臣めが見回っております故、ご安心を!」

びよよよよーんと鼻の下に妙な鬚を生やした大臣はそう言って、びよよよよーんの鬚を触る。そして、またトボトボと歩き出すディジーの背に、

「早くお部屋に戻られ、眠るのですぞー」

と、吠える。

「もう沢山眠ったわ、眠りすぎて、眠れないわよ」

と、ぼやき、そして、中庭に出た。

風が気持ちいい。

ディジーの花が咲き乱れる中庭。

優しい花の香り。

「醜い眠り姫は眠りから目を覚ますと、只の普通のお姫様でした・・・・・・つまらない終わり方ね・・・・・・」

そう独り言を呟きながら、花畑の中央に立った。

ディジーは自分の手の平を見つめる。

そして、手をグッと強く握り締め、

「離さないって約束した癖に」

と——。

花びらが風に舞う。

ディジーと名付けられている女性の銅像を見つめ、ふと、なんとなく、銅像の女性の顔の造りは、自分の顔に似ているかもしれないと気が付いた——。

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