7. 最強のモンスター

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、出て行け、出て行け、出て行けよぉぉぉぉーーーーー!!!!!」

水鏡に自分を映しながら、ウルフは悲鳴に似た声を上げた。

「俺の中から出て行け!!!! 俺はそんな事思っちゃいない!!!!」

『いいや、お前は私と同じなんだ』

水鏡の中のウルフが嫌な笑みを浮かべ、そう言って、ウルフ自身を見つめる。

「違う! 違う! 違う! 出て行け!」

『出て行ける訳がない。お前が私を引き止めて、離さないんだ』

「出て行けよぉぉぉぉーーーー!!!!」

『よぉく、思い出せ、お前の友人はお前を探してたか?』

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

『孤独なお前とは違い、アイツは楽しそうだったなぁ?』

「うるさい、うるさい、うるさい!」

『お前は何の為に私のカケラを探してくれてる?』

「違う! お前が俺を動かしてるだけだ!」

『お前は勝ちたいんだろう? あの忌わしき剣を持つ奴に!』

「違う! アイツは友達だ!」

『友達? 向こうはお前をそう思ってると思うか?』

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

『お前の異変に気付いてくれたか?』

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

『背を向ける、お前を追ってきてくれたか?』

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

『さぁ、ぺージェンティスに散ったカケラは全て手に入った、次はアダサートだ』

「嫌だ、もうお前の言う通りになんてしない! 俺はお前を切り離す!!」

『友よ、私達は切り離せないよ、もう私達はひとつじゃないか』

「違う! お前なんかと! 出て行け! 俺の魂を返してくれ!」

『返す? 返すモノなんて何もない。私はお前で、お前は私なんだ』

「助けて、誰か、助けて・・・・・・」

『そう、意識が朦朧としてきたようだね? そのまま身を委ねてごらん?』

「助けて・・・・・・」

『大丈夫、お前は私自身だ、全てのカケラが手に入れば、あの忌わしき剣を持つ奴にも勝てる。私とお前はもっとひとつになれる』

「助けて・・・・・・助けてよ・・・・・・シンバァァァァーーーーッ!!!!」



「なに?」

「だから、良かったわねって、マルメロちゃんがアダサートへ行く事を許されて」

「あぁ、そんな事か」

シンバは、そうじゃなくて、誰かに呼ばれた気がしたんだが、気のせいかと、ポスティーノの街を見渡す。

大きな街だ。

ポスティーノは郵便を扱う街で有名だ。

嘗て第2の月を破壊し、生物達に理性を取り戻させたと言われるパト・アンタムカラーの弟のヤーツ・アンタムカラーと言う人物がこの街を作ったらしい。

ヤーツ博士は、研究と言うより、発明家として有名で、ミニットと言われる乗り物を作った。その乗り物は太陽エネルギーで動き、小さい癖に、空も飛べるし、地も走る乗り物で、郵便屋さんは、その乗り物に乗り、世界中に荷物や手紙を届ける。

それぞれの国にあるポストに手紙を入れると、自動的に、この街に転送されるという発明をしたのもヤーツ博士。

所謂、転送装置だ。

だが、その転送装置も、大きさが決められていて、ポストの大きさが限度らしい。

「シンバのその服装、ホント、信用度高いのね。ちょっと笑っちゃった。聖職者って、そんなに偉い地位にあるんだね。でもホント、マルメロちゃんって、お嬢様だったのねぇ、アダサート迄、エアータクシーを手配してくれるって言うし」

ディジーが感心してるから、おかしくなった。

「お前はお嬢様どころか、王女だろ、贅沢三昧なんじゃないの?」

と、笑いながら言うと、ディジーは急に黙り込んだ。

「あ、いや、ごめん、変な意味で言ったんじゃないよ」

「わかってる」

「あ、マルメロは家で準備してるんだよな? ウィードは?」

「孤児院に手紙を書いて送るって、さっき、郵便局に行ったわ」

「そうか。お前はルピナスに手紙とかいいの? 王様、心配してるんじゃないの?」

「・・・・・・平気。私はほら、手紙もバブルに頼めるから」

「すげぇな、あの翼竜、郵便もできんのか」

笑いながら、シンバはそう言うが、笑わないディジーに、困ったなと頭を掻く。

「・・・・・・神霊って、見つからないのね」

「あぁ、大丈夫だよ、ほら、マルメロがアダサートの話してただろ、その時、勇者オレハの話聞いてさ、そんな祈られてるなら、神霊になってる筈だから。バッチシ、オーブ手に入れるから、安心しろって!」

ディジーの機嫌をとりたくて、シンバは、任せろとばかりに、力強く頷いて言った。

「・・・・・・そっか、良かった。手に入るんだね、オーブ」

「勿論だよ! そしたら、ルピナスに帰るのか?」

「・・・・・・うん」

「僕も行っていい?」

「え?」

「ルピナスに一緒に行っていい?」

「どうして?」

「見たいんだ、ディジーの花。ルピナスにあるんだろ?」

「どうして花なんか?」

「もしかして僕が行くのはイヤ?」

「え!? イヤって言うか・・・・・・」

「お前が嫌なら城にまでは行かない! 城下町にいるから! お願い!」

「・・・・・・花は城の中庭にあるの」

「あぁ・・・・・・そうなんだ・・・・・・」

「・・・・・・ごめんね」

謝られたので、来てほしくないんだと悟り、シンバは、

「いや、別に、本当はそんなに行きたい訳でもないから」

と、無理な笑顔で誤魔化す。鈍感ではない限り、シンバの下手な笑顔はお見通しとなる。

「・・・・・・城下町でいいなら」

「え?」

「小さい頃、ディジーの花で押し花の栞を作ったから、それでいいなら、あげる」

「ホントに?」

シンバが嘘じゃない?と言う感じに聞き返すから、ディジーは無理な笑顔で誤魔化し、頷く。しかし、上手に作る笑顔に、シンバは困ってるなんて思わない。

「ヤッタァ!」

「で、でも城下町で待ってて。ルピナスに着いたら、私の指示に従って?」

「わかった! 約束する!」

その場の勢いだけの約束に、ディジーは不安で一杯になるが、もう嬉しくて嬉しくて、シンバは気にも止めない。

もしかしたら、時々見る夢の謎が解けるかもしれないと、大喜びだ。

「おにいちゃーん、おねえちゃーん! お待たせー!」

ウィードも向こうから無邪気に駆けて来る。

アンタムカラー家の屋敷の前に大きなエアータクシーがやって来た。

どうやら、手配したタクシーが来たようだ。

だが、タクシーと言うより、リムジン。

既にマルメロは乗り込んで、ウィードもはしゃぎっぱなしで、乗り込んだ。

「なんか嬉しい、龍以外の乗り物に乗れるなんて、シンバと旅ができたおかげね」

ディジーが笑顔でそう言うもんだから、

「じゃあ、ルピナスで、オーブの願いが終わったら、また一緒に旅続けようよ、僕もディジーと一緒にいれて、楽しいしさ。王様も反対しないよ、寧ろ、僕の衣装で直ぐ納得するよ、王族ってのは信仰心高い人ばっかりだしさ」

と、シンバは、何も考えなしで言ってしまう。そして何も考えなしの笑顔で、ウィードと一緒にはしゃいで、タクシーに乗り込んだ。

「・・・・・・シンバ、あなたは本当の私を知らない——」

そう呟いて、悲しげな瞳のディジー。

「おねえちゃん! 何してんの、早く乗りなよ! 中が広いんだから!」

と、タクシーの中から、ウィードがディジーを呼ぶ。

今は何も考えまいと、ディジーは、笑顔を作り、タクシーに乗り込んだ。

シンバもエアータクシーなんて初めてで、ワクワクした気持ちを抑えきれない。

だが、アダサート迄、タクシーを使っても、半日以上かかる。

ずっとタクシーに乗ってると、いい加減飽きて来る。

途中のダジニヤの町で、食事休憩。皆、タクシーから降りる。

体を伸ばし、シンバは広場で、一人散歩。

広場は芝が美しく生え、太陽の光も気持ち良く、シンバはゴロンと寝転がった。

——いい天気だなぁ・・・・・・。

ぼんやりと時間は過ぎていく。

「よっと!」

シンバはムクっと起き上がった。

——あれ?

——なんか、こんな事が前にもあった気がする?

「わぁっ!!!!」

ディジーがシンバを見つけ、背後に回り、突然、そう大声を出した。

こんないい天気なのに、ディジーは肌を隠さなければいけないんだなぁと、シンバは思いながら、

「どうしたの?」

と、聞いてみる。

「・・・・・・驚かそうと思ったのに、シンバったら、ちっとも、驚かないんだもん」

と、少し拗ねた可愛い声を出すディジーに、

「あ、まただ」

と、意味不明な呟き。

「また?」

「うん、なんか、見た事あるコレ」

「どれ?」

「だから、この、光景・・・・・・知ってる。前にもこんな事があった気がする。それで僕はキミにこう言うんだ、『お前、僕が好きなんだろ?』って。あ、違うかな? ニュアンスは違っても、なんかそう言うような事! ほら、覚えてない?」

「・・・・・・?」

「あ、あぁ、なんだろ、僕も覚えてないって言うか、そんな事ないんだけどね」

何を言ってるのか、わからなくなるシンバ。だが、ディジーは、

「私は何て答えたの?」

と、聞いて来た。シンバは少し考えて、

「いや、ごめん、夢でも見たんだと思う」

と、苦笑いをするから、ディジーは、

「きっと、『好きよ』って答えたのね」

と、照れもなく、そう言った。

また、シンバの中で、何かが弾けるように、この光景を思い出す——。

「ねぇ、シンバ? そういうの何て言うか知ってる?」

「え?」

「デジャヴって言うのよ、一度も経験したことのない事を、いつかどこかですでに経験したことがあるかのように感じる事。デジャヴ——」

「・・・・・・それって前世の記憶とかなのかなぁ?」

「前世? そうかな? そうとも言い切れないけど、そうじゃないとも言い切れないわよね、だって、生まれ変わりとか、シンバと一緒にいると、本当にあるんだなぁって思わされたし。シンバは前世とか感じやすいのかもね、第六感が優れてるから。ねぇ、そしたら、私達は前世では恋人同士だったのかしら?」

そう言いながら、ディジーは伸びをして、空気を一杯吸い込み、気持ち良さそう。

フードも、コートも脱げれば、もっと気持ちいいのにと思いながら、シンバは、やっぱり、伸びをしているディジーに、こんな光景を見た事があると感じている——。

「ねぇ、シンバ?」

ぼんやり、ディジーを見つめていたから、突然、声をかけられ、シンバはドキッとする。

「今夜、アダサートに着いたら、夜の砂漠を、二人で歩かない?」

「え?」

「私、昼間はこんな格好してるから、夜なら、少しはロマンチックに過ごせると思うの」

「・・・・・・ロマンチックに過ごす必要ある?」

間の抜けたシンバの返事に、ディジーは、何故かクスクス笑う。

「シンバには、この姿の私を覚えててほしいの」

「どういう意味?」

「ルピナスに着いたら、バイバイだから、私を覚えててほしいの、それだけ」

「いや、だから、一緒にさ——」

「無理なのよ、私、王女だから」

そう言われると、シンバは何も言えなくなる。

「でも、また会えるだろう? 永遠の別れじゃないんだし」

「永遠の別れなのよ」

「なんで? ルピナスに遊びに行くよ!」

「駄目!」

「なんで?」

「シンバが好きだから」

また、シンバの中で、何かが弾けた——。

デジャヴ——。

「シンバが好きだから、もう会えないの。だって私、王女よ? 身分違い過ぎるよ」

冗談っぽく笑い声で、そんな悲しい事を言うディジー。

「そろそろ出発かな? 行こう、シンバ」

そう言って、駆けて行く背に、

「嘘つき」

と、シンバは呟いた。

——嘘ばっかりだ。

——簡単に好きだなんて、本当に好きな奴に言える言葉じゃない。

——その好きは、只の友達として好きって意味なんだろう。

——それくらい、僕も理解できる。

——でも、だったら、なんなんだ、この懐かしく切ない気持ちは!

わからない感情に支配されているようで、シンバは苛立つ。

タクシーに乗り込み、ウィードとマルメロはお菓子を食べながら、まだはしゃいでいるが、シンバとディジーは、無言で、窓に流れる景色を見つめている。

やがて、シンバもディジーも眠りだし、ウィードもマルメロも眠りこけていた。

そして、シンバは夢を見た。

その夢の中で、シンバは大きなクリムズンスターを背負い、誰かと剣を交えて、戦っていた。不思議なのは、クリムズンスターは背負われたままで、腰に携えたもう一つの剣を抜いて戦っていた事——。

ディジーの花畑で、死に物狂いで戦っている。

戦っている相手は——。

満月のような美しいブルーシルバーの瞳と燃えるような赤い髪の男——。

男がシンバの頭を鷲掴みするように掴み、髪を引っ張り上げ、顔を近づけて来た。

その瞳に月が見える。そして、唇が動く。

『誰からも愛されないモンスターには死を——』

シンバはバッと起き上がった。

ドクドクと心臓の音が速い。

とても怖かった記憶を呼び覚ましたような感覚。

——あの赤髪の男・・・・・・誰なんだ・・・・・・?

冷や汗がシンバの頬を流れた。

月のような瞳に恐怖が忘れられない——。

——誰からも愛されないモンスターってなんだ?

——いや、違う、あの男が言ったのは『待ってる』だ。

——待ってると、最後に聞こえた気がする。

——待ってる?

——どこで?

——誰が?

——いつ?

——なんで? なんで夢くらいで、僕はこんなに震えている?

ガタガタと震えが止まらない体を押さえるように、自分を自分で抱きしめた。

まだ、みんな、スースーと寝息をたてて、眠っている。

わからない恐怖に、只の夢だと片付けられなくて、シンバは脅える以外できずにいる。

景色は岩山を映し出す。

エアータクシーは岩山をも登る。

この岩山を超え、砂漠エリアに入れば、アダサートは直ぐだ。

シンバは赤髪の男を思い出し、誰なんだろうかと考える。

考えれば考える程、恐怖し、震えが止まらない。

「やだ、シンバ、寒いの?」

目を覚ましたディジーが、震えているシンバに驚いて聞いた。

「具合悪い? 大丈夫? コート貸してあげる。もう日も落ちてるし、私は使わないから」

と、ディジーは自分のコートをシンバの膝の上にかけた。

「・・・・・・ありがとう」

うまく言葉が出なくて、やっと出た言葉だったが、震え過ぎた声は何を言っているのか、わからなかった。でもディジーは、聞き取れたんだろうか、ニッコリ微笑む——。

そして、ディジーは、シンバに、話を始めた。

「今はないんだけど、昔、ヘリオトロープって言う森があったのね。そこにはディジーの花畑があって、初代のシュロ王の大好きな人が眠ってる場所だったんだって。それでシュロ王はその人の亡骸を、森がなくなってしまう前に、城へと移したの。ディジーの花と一緒に——」

「へぇ、そうなんだ」

気付いたら、シンバの震えは止まっていた。

「シンバはどうしてディジーの花を見たいの?」

「夢でよく出てくるんだ。ディジーの花」

「夢占いとかで調べてもらったら?」

「占いなんて信じないよ」

「どうして? 私、結構、信じるよ?」

「夢は占うものじゃないよ、記憶が勝手に作り出した世界だろうけど、忘れられない事とか、誰かが伝えたい事とか、夢を使って教えてくれてるんだよ。誰かからのメッセージ。このクリムズンスターも僕を呼んだんだ、夢の中で。だから、そんなの占う必要ないよ」

そう言いながら、赤髪の男は何か伝えに来たのだろうかと思う。

もう男を思い出しても、脅える事はない。それはディジーが傍にいるからだとシンバはわかる。一人じゃないと、ディジーの何気ない話が教えてくれている。

それはとても温かい——。

「でもそれはシンバに第六感があるからでしょ?」

「寝てる時はみんな同じだよ」

「そうなの?」

「寝てる時程、無防備な事ってないじゃん。そんな時まで神経研ぎ澄ませないよ」

「じゃあ、私が見る夢も、現実に誰かが呼んでるのかなぁ?」

「その可能性もあるよ」

「私もよく夢を見るんだ、私だけの王子様が迎えに来てくれる夢。あ、笑う?」

笑うも何も、王女なんだから、そりゃ、いつかは王子様と結婚するのだ、それは正夢だろうと、シンバは思う。だから、

「きっと迎えに来るよ」

そう答えた。

「・・・・・・そっか、夢は誰かからのメッセージかぁ。シンバの言葉って、いいね」

「え? 言葉?」

「うん、シンバが喋る言葉。時々、そうなんだぁって感心しちゃうし、納得しちゃうの」

だけど、シンバは、ディジーの方が、とても温かいのだと思いながら、

「僕は簡単な事しか言ってないよ」

と、苦笑いで言う。

「その簡単な事が、わからない時が多いから」

と、ニッコリ笑うディジーに、シンバはそんなものかなと首を傾げる。

エアータクシーは砂漠の砂を吹き上げ、スピードを上げる。

やがて、砂漠に佇む大きな城と、その城下町が見え始めた。

驚いたのは城下町にタクシーが止まると、城の兵士達がズラッと並び、更にシンバ達がタクシーから下りると、シンバ達に一斉に敬礼した事だ。

「おお、おお、おお、すっげぇ、すっげぇ、流石、歴史に名を残すだけの博士の血筋だな」

と、シンバが、はしゃいだ声で、マルメロに言うと、

「バカね、幾らなんでも兵士が出迎えるなんてないわよ!」

と、赤い淵の眼鏡をクイッと上にあげて、シンバを睨み付けながら言った。

「え? じゃあ、ディジーか! 流石、王女!」

シンバがディジーを見て、そう言うと、ディジーは首を振る。そして、シンバの耳元で、

「私を王女だってわかってるのは、シンバとガルボ村の村長だけよ。隠してるもの」

と、言い出した。

「か、隠してるって、顔見ればわかるんじゃないの?」

「まさか! 普段もフード被って、顔なんて見せてないし、それにルピナスの王女の素顔は誰も知らないのよ。こんなとこで出迎えられる筈ないわ」

コソコソと話をしているシンバとディジーの前に、将軍のメダルを付けた男が現れた。

シンバとディジーは、そのメダルを見て、ぎょっとする。

そして、何を思ったか、シンバは、

「まだ何も悪い事してません!!!!」

と、頭を深く下げながら大声で、言った。驚いたディジーは、

「ち、違います、まだも何も、悪い事なんて、何もしません」

と、言い直し、シンバを突付く。頭を下げたシンバは突付かれて、頭を上げ、

「あ、間違えた? えっと、あ、ほら、見て? 僕、将来、聖職者だし!」

と、衣装を指差す——。

シンと静まる空気。

「あの、一体、何があったんですか? こんなに兵士を引き連れて?」

ディジーが問うと、

「シンバ・ジューア様ですね?」

と、将軍が言った。

「は、はい?」

「王がお呼びです」

「へ?」

「こちらへどうぞ」

どうやら、兵士達の敬礼はディジーでもマルメロでもなく、シンバのものだったようだ。

訳がわからず、シンバはディジー、ウィード、マルメロ達と顔を見合わせながら、首を傾げ、将軍の後を追った。

もう夜だと言うのに、城下町は兵士達の列と、シンバ達を物珍しく見物してる人で大騒ぎ。

将軍は黙々と歩き続け、城へと入って行く。

王の間へ呼ばれたのは、シンバだけで、後の3人は客間へと通された。

シンバは一人になり、不安で、視点が定かではない。

「アンタ、キョドり過ぎよ! キモい!」

と、初対面で酷い事を言って来たのは、王の隣に座る姫君。

アダサートのプリンセス、ローズ王女だ。

とりあえず、シンバは愛想笑いをしていると、将軍が、跪くのだと小声で教えてくれたので、村長の前に行く時と同じにすればいいのかと、シンバは跪き、頭を下げた。

「顔を上げなさい、シンバと申すのは確かか?」

王がそう尋ねて来たので、

「はい! ガルボ村から来ました、シンバ・ジューアです!」

そう答え、顔を上げた。

「やはり、そうか」

「あの、何故、僕を知ってるんですか?」

「わたしが知ってるのよ」

そう言ったのはローズ王女。

「わたし、予知夢を見るの。よく当たるの。それでアナタがアダサートに今宵、訪れる事は予知してたのよ」

「・・・・・・はぁ、でも、それにしては、凄い出迎えられ方でしたけど?」

「わざわざ凄い出迎えてあげたのよ」

「・・・・・・はぁ」

どういう状況?と、シンバは、首を傾げる。

「シンバよ、ディスティープルを知っておるか?」

王が話しを切り出す。

「はい、跡地も見て来た所です」

「そうか。では、この城に、勇者伝説の他に伝説が残っている事を話そう」

「勇者伝説の他に?」

「このアダサートには、勇者オレハが怪物スフィンクスを封印した伝説がある。しかし、その裏には、英雄伝が残っている」

「英雄伝?」

「怪物スフィンクスを倒した英雄の話だ」

「それって、もしかして、クリムズンスターの英雄と同じ英雄!? 英雄は砂漠の地でも有名だったんだ・・・・・・」

シンバは言いながら、これだけ有名で、あちこちに名を残すとなると、神的存在ではなく、只のアイドル的存在で、神霊にもならず、普通に成仏してそうだなぁと考える。

「その英雄はディスティープルを破壊した。最近、わかった事だが、あのディスティープルは我等がアダサートの血族の賢者達が創り上げたモノで、その価値は歴史的なモノだった。しかし英雄は、やはり我等が血族の賢者達が創り上げたスフィンクスを倒すと言う手柄も上げていた。当時の王は英雄と約束を交わしていた、必ずスフィンクスを倒すと。それは1000年先の王にも誓うと——」

「実際、スフィンクスは、今はいないんですよね? それに、ダジニヤのアクセサリーを売ってる店の人に、ディスティープルが崩れたのは、一説によれば、空間と次元が、この世界の波長と合わなくて、少しずつズレて来た反動だとか、天辺迄、登り詰めた者が増えたとか、聞きました。付け加えたように、後は英雄が運命を変えるチカラなんていらないと、崩したって話もあるとは言ってましたけど、でも、英雄が崩したとは思えません」

「何故?」

「封印が行われていたからです」

「封印?」

「僕は跡地に行き、感じました。ディスティープルは何か得体の知れない者の魂を封印して、その者が出て来れないよう、崩されてます。その者の魂はバラバラになり、二度と復活のないようにと言う意味だと思います。悪いが、英雄が封印術を使ったなんて、聞いた事がない。英雄が術を使うとは思えない。確かに、封印しようと思って、した訳じゃない場合もあります、知らず知らず、封印してしまった場合も。だけど、わざわざ塔を崩したのなら、やはり封印しようと思い、封印したと思うんです。なら封印は、やはり聖職者が唱えたんじゃないでしょうか? それに聖剣じゃないと術は難しいですから、聖職者じゃない英雄が、難しい術を使うなんて有り得ないと思うんですよね」

「誰でもいいのだ、そんな事は」

「はい?」

「英雄であろうと、誰であろうと。只、ディスティープルは崩された、それは事実。そして、そのディスティープルの大きな瓦礫は全て、我が国の博物館に保管してあった」

「まさか!?」

「まさかとは?」

「い、いえ」

シンバは、あの小さなカケラでさえ、異臭を漂わせていた程なのに、大きな瓦礫全てが、この町にあるのなら、もっと重い空気を感じる筈だと思った。それに瓦礫という大きなカケラがあるのなら、小さなカケラに封印された魂の心臓部となる部分が残る確率は低い。

だとしたら、ウルフはディスティープルのカケラに呪われた訳じゃないのかもしれない。

だったら、ウルフのあの変わりようはなんだったんだろうとシンバは思う。

「我等アダサートの者は、歴史的価値のモノを壊されても、英雄には罪を問わなかった。それ程、英雄を敬っているからだ。しかし、英雄は英雄伝を残す必要はないと言ったそうだ。だから、表向きに、勇者伝説しか語らぬのだ。だが、王の間では語り継がれてきた。そして今となってはディスティープルの瓦礫も、英雄への繋がりの大事な宝だと言う事だ。わかるかな? つまり英雄とは、我等がアダサートの者にとって、宝のようなものなのだ」

「はぁ・・・・・・」

「そして、その英雄へと繋がるディスティープルの瓦礫が一夜で全部消え失せた——」

「はい? いつ? 今?」

今な訳ないだろうと思うが、余りにも王の話が悠長過ぎて、間抜けた事を聞いてしまう。

「昨夜だ」

「昨夜かぁ」

なんだぁと、少しホッとするシンバ。

昨夜なら、ウルフではないと思ったのだ。昨夜以前に、ぺージェンティスで会った時のウルフがおかしかったのだから、昨夜は関係ないだろう。どうしてもウルフの変わりようはディスティープルのカケラのような気がしてならなかったが、それも気のせいだろうと、シンバは少し安心する。

「あ、それで、なんで僕があんな凄い出迎えを受けたんでしょうか? まさか瓦礫を盗んだ奴を探せなんて言いませんよね?」

「そんな事、アナタに頼まなくても、沢山の兵士達が捜してくれてるわ。でもわたし達アダサートの王族が大事にしてきた英雄との繋がりが失せてしまったのよ」

喋り口調が高飛車の王女に、シンバはディジーとは偉い違いだなと思う。

でも最初に出会ったディジーは、こんな感じだったかなと、少し思い出し笑い。

「その笑みは、下さると言う意味?」

「へ? 何を?」

「だから、英雄が扱っていた剣を、アナタが持って現れるという予知夢を見たのよ! その剣を我等アダサートの王族が、これから代々、言い伝えて行きましょうって話!」

「・・・・・・無理無理無理! だって、これ、呪われてるから!」

「呪い? 大丈夫よ、ディスティープルの瓦礫もね、呪われていると言われてて、エクソシストが呪いのチカラを封印してたから、その剣もちゃんとそうして行くわ」

その時、大きな扉がバンッと勢い良く開けられ、

「大変です!」

と、一人の兵士が現れた。

「何事だ!?」

ずっと黙ったまま立っていた将軍が兵士に駆け寄って聞いた。

「ス、スフィンクスが——」

「なにぃ!?」

「ゆ、勇者オレハが——」

「落ち着いて、ゆっくり喋るのだ!」

「勇者オレハがスフィンクスの封印を解いたんです!!!!」

「何を馬鹿な事を!?」

「ほ、本当なんです! スフィンクスが町で民達を襲ってるんです!!!!」

シンバはそれを聞いて、

「感じる。ソイツ等はこの世のものじゃない」

と、呟いた。そして、

「スフィンクスがどんなものか僕は知りませんが、化け物なら、それは冥界へ送られた筈! 冥界の化け物ならば、普通の霊と違い、元々、チカラを持っている故に、この世の物体に触れられます、民を襲うのも容易いでしょう! 多分、それが見えてる者はそうはいないでしょうけど、この兵士には見えたんです。他の人より霊感があるんでしょう。僕が行きます!」

王にそう言って、頭を下げると、飛び出して行った。

城が広すぎて、どこが出口かと迷っている所で、ディジーとウィード、そして、意味もわからずマルメロが焦って、やって来た。

「シンバ! なんか外が騒がしくて、誰も見えてないみたいだけど、人が宙に浮いたりしてるから騒いでるんだけど、変な化け物が!」

ディジーがそう説明して、シンバはわかってると頷く。

——どういう事だ?

——スフィンクスは英雄に仕留められたんだろう?

——これじゃあ、まるで、冥界への扉が開いたみたいじゃないか!

やっと外に出られたと思ったら、シンバはスフィンクスのデカさに驚く。

「でかっ! え、うっそ、でか!?? アレでか過ぎ! しかも飛んでる! つーか、二匹もいる!?」

そう言って、あたふたするシンバ。

「慌てるな! シンバ!」

と、背後でそう叫んだ声に、シンバは振り向いた。

「鳥の翼を持つ人面の獅子、アンドロスフィンクスと女の頭と乳房を持つ、ジノスフィンクス。まともに戦える相手じゃない。冥界へ送り返そう!」

その声は正義感に満ち溢れ、強くて、シンバのよく知っているウルフだった。

「何ぼんやりしてるんだ! 町全体に冥界の陣を描く! 俺はここ北から、東向きに描いていくから、お前は西向きに! 南の町の外で会おう! そして中央へ向けて行く! いいな!?」

「え? え? ウルフ?」

「馬鹿野郎! 迷ってる暇なんてないだろう! 大丈夫、俺達ならできる!」

何も変わらないウルフがいて、よく知っているウルフが、よくわかる台詞を言う。

シンバは強く頷き、

「わかった!」

と、言うと、ウルフと二人、別れて走り出した。

シンバはクリムズンスターを抜き、その刃で地に陣を描いて走る。

冥界の陣。

シンバは教科書で見た陣を考えながら、そして実習で描いたのを思い出しながら、走る。

スフィンクス二匹が、人々を襲う。

ディジーとウィードが人々に避難の声をかけ、マルメロもプラズマの説明をしながら、人々を安全な場所へと導いている。

大きな陣を描く為、時間がかかる。

アンドロスフィンクスが空から建物を壊し、人々は突然壊れ崩れる建物に悲鳴を上げる。

向こうから剣で陣を描きながら走って来るウルフが見える。

ウルフもシンバが走って来るのを目にする。

今、クリムズンスターとムーンライトの刃がカチンとぶつかり、そのまま中央へと陣を描き続け走り出す二人。

「息があがってんぞ、シンバ!」

「うるせー! お前こそ、似あわないんだよ、その汗だく!」

「唱える経は覚えてるだろうな? 一文字も抜かすなよ?」

「わかってるよ、僕だって、やるときゃやるって!」

「それは俺が一番わかってんだよ! お前がやる時はやる奴だって!」

そう言ったウルフに、シンバはとても嬉しくなる。

全ての不安が消え去って行く。

「シンバ! お前、シックスセンスが異常に優れてるよな? 俺が経を唱えるのを感じてくれ。俺達の経が合わずに、少しでも遅れると、冥界の陣は完成しない」

「・・・・・・わかった、やってみる」

中央で、また二人は別方向へと走り出し、陣を描き続ける。

そして、陣を描き終わり、シンバは瞳を閉じる。

ウルフが経を読み出すのを、感じとると、それに合わせて、経を読み上げる。

スフィンクス二匹共、経を唱える声に呪縛される。

今、シンバがクリムズンスターを掲げ、地に突き刺した。

今、ウルフがムーンライトを掲げ、地に突き刺した。

そして、剣の契約の印を描く。それが鍵となり、陣と冥界への道が繋がる。

地に描いた陣が、光だし、それは町ごと光って見える。

その大きな光に飲み込まれていくスフィンクス。

地が揺れる。大地震でも起きたかのように、地が大きく揺れる。

ぐおおおおおおおおお・・・・・・と、凄い音が鳴り響き渡る。そして静けさ——。

シンバとウルフの経だけが、夜空に突き抜けて行く——。

シンバは経を唱えるのを止め、空を見上げる。

満天の星空。

「シンバ」

ゆっくりと歩いてくるウルフ。

シンバも笑顔で、ウルフの傍に歩いていく。

そして、二人、

「やったな、俺達」

「あんなモンスターみたいな奴を、一発で冥界へ返せたなんて、凄いよ、僕達」

と、自分達の活躍を自分達で誉める。

「でもどういう事だと思う? スフィンクスは昔、退治されてる。その時に、冥界に行った筈、そして冥界で大人しくしていた筈」

「そうだな、神となる程の化け物は冥界で留まる。まだちゃんと実体化してないだけ良かったけど」

「実体化するなんて、そんな呪文でも唱えない限りないよ」

「呪文を唱える奴がいるかもしれないだろう?」

「まさか!」

「冥界の扉を開けた奴がいるのに?」

「え?」

「そりゃそうだろ、じゃなきゃ、冥界から出て来ない」

「やっぱりそうなのかな? でも冥界の扉って、アケルナルにあるって聞いたよ? そんな所に誰が行くの?」

「知るかよ」

「だとしたら・・・・・・閉じなきゃいけない・・・・・・」

そう言ったシンバに、ウルフは、

「そうだな、でも、まだそうと決まった訳じゃないし。それにそれは修行中の俺達じゃ無理だろ、ガルボ村のエクソシスト達が今頃、旅立ってんじゃないの? アケルナルに」

そう言った。

「シンバーーーーッ!!!!」

名前を叫びながら、ディジーとウィード、マルメロが駆けて来る。

「おにいちゃーん!!!!」

手を振るウィードに、シンバも振り返す。

息を切らせ、3人が、シンバの元に辿り着くと、ウルフが、

「じゃあ、俺は行くよ」

そう言った。

「え? なんで?」

「なんでって・・・・・・」

「一緒に行こうよ。だって、王女はここにいるよ?」

ウルフが探してた王女は、ここだと、シンバはディジーを見て、ウルフを見る。

「・・・・・・いいのか?」

「何言ってんだよ、いいに決まってんだろ!」

シンバがそう言うと、ウルフは、照れ臭そうに笑って、髪を掻き上げて、俯いた。

その髪を掻き上げた左手が、手の甲から、腕の間接にかけて、ぐるぐるに包帯が巻かれている。

「ウルフ、どうしたんだソレ? 怪我したのか?」

「え? あぁ、そうなんだ、ちょっとドジっちゃってさ」

「大丈夫か? 見せてみろよ」

「いいよ、大した事ない! それよりシンバ、王に報告した方がいいんじゃないか?」

「あ、うん」

「俺は、そういうの苦手だから、待ってるよ」

「え、僕の方が苦手だよ!」

「そう言うなって! 怪我人なんだから、俺は」

「大した事ないんだろ?」

「シンバ一人の手柄にしていいからさ」

「何バカな事言ってんだよ」

「いいから行けって!」

ウルフがそう言った時、二人の間に、マルメロが立ち、

「ねぇ、この人も服装からしてガルボ村の人でしょ? やっぱり精神異常者なのかしら?」

そう言って、眼鏡をクイッと上にあげ、ウルフを睨みつけた。

「精神・・・・・・異常者・・・・・・? 俺の事?」

と、ウルフが驚いて、シンバに尋ねる。

「僕なんて詐欺師だよ」

と、答えるシンバに、ウルフはブハッと吹き出して、笑う。その笑顔に釣られ、シンバも笑う。詐欺師は当たってるだろうと言いながら笑うウルフに、なんでだよと突っ込みながら笑うシンバ。もう二人には何の蟠りもない。

結局、王への報告はシンバ一人で行く事になった——。

「話はアダサートに仕えるエクソシストから聞いた。クリムズンスターがなければ、この国は滅びていただろう。シンバよ、それは英雄の剣でありながら、お主の剣でもあるのだな。我等が間違っていた」

と、王は頭を下げる。シンバは慌てて、何故か、一緒に頭を下げる。

「シンバよ、アダサートを救ってくれた礼もある。何でも申せ」

「な、何でもと言われても——」

「金銀財宝か? 最高の地位か? そうだ、王女はどうだ?」

「は?」

「ローズ王女の婿になり、将来、この国の王となるのだ」

「え、いや、あの、嫌です!!!!」

「嫌って何よ! アンタ、私が嫌いなの!?」

ローズ王女がシンバの態度に怒り出す。

「そ、そうじゃなくて、その、凄い嬉しいんですけど、あの、お願いがあるんです」

「願い? 言うがいい」

「勇者オレハが祈られてる聖堂がありますよね? そこに、僕一人だけにしてくれませんか? 精神統一したいんです。僕が出て来る迄、誰も入れないでほしいんです」

「そんな事なら——」

「いえ、それだけで! それだけで充分ですから!」

シンバはそう言うと、頭を深く下げた。

そして、シンバは聖堂へと向かう。

神霊のオーブを手に入れる為に。

「シンバー!」

向こうから駆けて来るのはローズ王女。

「なんですか?」

「シンバって、見かけによらず凄いのね。しかも疲れてる筈なのに精神統一だなんて」

「やらなきゃいけない事がありますから」

「やらなきゃいけない事って?」

「だから、その、精神統一?」

そう言ったシンバの腕に腕を絡ませ、

「わたしも精神統一したいな」

と、訳のわからない事を言い出すローズ王女。

「いや、あの、邪魔ですから!」

「邪魔!?」

「あ、いや、あの——」

「シンバ? 何してるの?」

と、ディジーが現れ、シンバは頭を抱える。

「何、この女!」

ローズ王女が睨みつける。

「私はシンバの——」

シンバのなんだろう?と、シンバを見るディジーに、シンバは、

「恋人!」

そう言った。

「な!? なにいっ——」

何言ってるのよと言おうとしたディジーの口を塞ぎ、シンバは、

「恋人なんだ、僕達」

と、ローズ王女に言う。ローズ王女は首を振り、

「嘘でしょう!?」

と、言うが、シンバは、

「ホント。愛し合ってる仲だから」

と、言い出す。口を塞がれながら、ディジーはフガフガと何か訴えている。

「嘘よ! 嘘! 嘘よぉーーーーっ!!!!」

と、泣きながら、走り去るローズ王女。

シンバはフゥっと安堵の溜息を吐いて、ディジーの口元から手を外す。

「ちょっと! どういう事よ!」

「なんか、あの王女、怖いんだもん」

「怖い?」

「ディジーも怖いけど、また違う感じ。同じ王女でも違うんだな」

「なにそれ」

「ディジーで良かったなって思ってさ。あんな王女だったら、旅も辛いよ」

「・・・・・・それ誉めてるの?」

「どうだろ?」

と、笑うシンバに、ディジーは、ムッとして、シンバを軽く叩く。

「この国にいる間は恋人のふりしててよ」

「どうしようかしら」

「意地悪言うなよ、そうだ、じゃあ、ディジーに似合うアクセサリーを買ってやるから」

そう言いながら、またデジャヴだと、シンバは思う。

前にも、似た台詞を言ったような気がするからだ。

「ホント?」

「え?」

「ホントに買ってくれるの?」

「あ、冗談だよ? だって王女様に買えるアクセサリーなんて、そんな金ないよ」

と、ヘラッと笑って言うシンバに、

「ローズ王女様ぁ、私はこんな奴の恋人ではありませぇん」

と、ディジーは大声で言い出した。

「わぁぁぁぁぁ、で、でもでも、ディジーの為にオーブ手に入れるから!」

「・・・・・・オーブ?」

「神霊のオーブ! あれ、結構、大変なんだ。でも頑張るから」

「・・・・・・うん」

少し淋しげに頷くディジーに気付かずに、ブイサインをしながら、そのまま聖堂へと入って行くシンバ。

「・・・・・・もうすぐ、お別れだね、シンバ」

ディジーは、夜の砂漠を散歩したくて、シンバを探して、ここまで来たが、シンバはそんな約束、すっかり忘れてるようだった——。

「王女」

その声に振り向くと、ウルフが立っていた。

「夜の砂漠は風が気持ちいいですよ、散歩でもどうですか?」

そう言って、ウルフが手を差し出すから、ディジーはクスッと笑い、手を握る。

二人、手を繋ぎながら、城内に作られた砂漠の庭を歩く。

そんな二人を遠くから見ながら、

「いいわよねぇ、美男美女のカップル。惚れ惚れしちゃう」

と、マルメロが言い、

「そうかなぁ。シンバおにいちゃんと一緒にいるおねえちゃんの方が笑顔だよ」

と、ウィードが言う。

二人は柔らかい砂の上をゆっくり歩き、夜風を感じている。

「シンバどこ行ったんだろう?」

「知らない! あんな人!」

「喧嘩でもしたんですか?」

「その口調やめない? 普通でいいわよ」

「そ、そうですか?」

「シンバなんて、最初から偉そうにしてたわよ」

「あはは、アイツらしいな」

「アナタこそ、シンバと仲直りしたの?」

「え? 仲直り?」

「シンバが、アナタが怒ってるんじゃないかって心配してたの」

「心配する事なんて何もないよ。何か思い違いしてたんじゃないの?」

「それならいいんだけど」

「ねぇ、ルピナスの王女様? なんだよねぇ?」

「・・・・・・そうよ」

「本当に?」

そう聞いて、疑わしい目で見つめてきたウルフに、

「・・・・・・なに? なんなの?」

と、ディジーは手を振り解き、睨み返した。

「あぁ、ごめんごめん、信じてない訳じゃないんだ。で、次はルピナスに?」

「・・・・・・ええ、多分——」

「そう、ルピナスにね」

「でも城には入らないと約束したから」

「どうして?」

「どうしても!」

「ふぅん」

「何よ! 何なの!?」

「・・・・・・別に。只、シンバを傷つけないでね?」

「え?」

「アイツを傷つけたら、俺が許さないよ」

「・・・・・・」

黙り込むディジーに、ウルフは優しく微笑みかける。

「でも心配しないで? キミを助けてあげれるのも俺だよ」

「・・・・・・」

「俺なら、キミを解放する術を知ってる。だから、相談する気になったら、相談してくれていいからね?」

「・・・・・・別に相談する事なんか何もないわ」

「そう? ならいいんだ」

と、優しい笑顔のまま、ウルフは背を向け、夜空に伸びをする。

「なんだか変ね」

「なにが?」

「アナタ、私が想像してた人と違う感じ」

「俺を想像してたの? どんな風に?」

「・・・・・・もっと真っ直ぐな人だと思ったから」

そう言ったディジーに、星を指差して、

「消える」

そう言った。ディジーはどの星を指差してるのか、わからなくて、

「どれ? どれ?」

と、探すが、探してる間に、

「もう消えちゃった」

と、そして、

「何の話だっけ?」

と、ウルフが笑顔で聞くから、ディジーも星を見ながら、

「星が消える話?」

と、答える。ウルフは笑いながら、

「正確には星が翳って見えただけなんだけどね」

と、また夜空を見上げた——。

庭を出て、客間に戻る途中、聖堂の前を通ると、兵士が見張りで一人立っている。

ディジーは、シンバが出てきた気配がないので、少し不安になる。

「ねぇ、神霊のオーブって手に入れるとしたら、それって、凄く大変な事?」

「え? 神霊のオーブ? そりゃあ、死ぬ時もあるって聞くよ」

「え!? 死ぬの!?」

「神霊の試練に耐えれなかった場合はね。でも、せめてシンバや俺くらいに、霊感がないと試練は受けれないよ、神霊の声聞こえないでしょ?」

「・・・・・・」

「どうしたの? 神霊のオーブなんて、よくそんな事知ってるね?」

「ううん、先に部屋に戻って休んでて? 私、ちょっと、一人で考えたいから」

と、走って行くディジーの後ろ姿を、ウルフは黙って見つめていた。

ディジーは聖堂の前の兵士に、シンバがまだ出て来ない事を聞くが、中には入れてもらえず、その見張りの兵士と共に、そこでシンバが出てくるのを待つ事にした。

「後1時間もすれば夜明けですね」

そう言った兵士に、ディジーは不安で、

「中にどうしても入っては駄目ですか?」

と、またお願いしてみる。

「王からの命令なんです、シンバさんが出て来る迄、中には誰も入れるなと! 大丈夫ですよ、精神統一してるだけらしいですから」

精神統一ではなく、神霊のオーブを手に入れようとしているのだと説明したかったが、兵士に話した所で、この状況は変わらないと、ディジーは俯く。

「スフィンクスと、あんな事があって直ぐに、何も神霊のオーブを手に入れなくてもいいじゃない。バカなんだから・・・・・・」

そう呟いた時、扉が開いて、シンバが出てきた。

「あ、あれ? お前、まだここにいたの? なんだよ、寝てて良かったのに」

と、ディジーがどれだけ心配したかなど、お構いなしの台詞。

兵士も敬礼をし、その場を立ち去る。

「寝てられる訳ないじゃないの!」

「そっか、今、何時?」

「もう1時間もすれば夜が明けるわ」

「良かった、間に合ったんだ」

「間に合った?」

「あ、言い出した奴が忘れんなよ、砂漠の夜を一緒に歩こうって言ってたじゃん。寝てると思ったから、急いで起こしに行かなきゃなって思ってた」

そう言って笑うシンバに、ディジーは驚く。

「覚えてたの?」

「お前、僕の事、かなりバカだと思ってるだろ? 普通の記憶力くらいはあるから」

「嬉しい!」

ディジーが思った以上に喜ぶ顔をするので、もっと喜ばせたくて、

「ほら、勇者オレハのオーブも、ちゃんと手に入れたよ」

と、小瓶に入った光輝く玉を見せた。

「ありがとう、シンバ。私、あなたにどれだけ感謝しなきゃいけないのかしら」

と、涙目になりながら言うから、

「大袈裟だよ」

と、シンバは困ったような、照れたような顔で笑う。そして、ディジーに手を差し出し、

「王女様、夜の砂漠を御一緒に——」

と、カッコつけて言ってみる。ディジーはクスッと笑い、シンバの手に手を重ね、

「よろしくってよ」

と、気取って言ってみる。

二人、見合い、クスクス笑いながら、手を握り合って、外に出て行く——。

この時間、起きているのは、見張りの兵士くらいだ。

静かな夜明け前。

今更、照れ臭いのか、只、一緒に中庭を歩いているだけで、二人は俯いたまま。

だが、この時間がもう少し続けばと、ディジーが願った瞬間、朝日が空を明るくして行く。

「もう朝だ」

シンバがそう言うのと同時に、ディジーはシンバの手を振り解き、建物の中へと駆け出す。

「お、おい、そんな急がなくても」

「もう魔法は解けたの」

と、面白い返事を返すディジー。そして、

「ねぇ、シンバ? 魔法のかかったままの私を覚えててね」

と、言い残すと、建物の中へと入ってしまった。

シンバは朝日を浴びて、背伸びをする。

「まだ早朝だもんな、僕も一眠りするかな」

と、ゲストルームへと向かった。

ゲストルームは幾つかあり、一人一人、部屋を貸してもらえた。

通路はバラバラで、右の通路はディジーが、その右から3つ目の通路へ入ると、ウィードとマルメロが、そして、一番左の通路へ入り、最初の扉が、ウルフが貸してもらっている部屋。その隣が、シンバが貸してもらえた部屋。

そして、その部屋に入ろうとした時、

「うわああああああああああああ」

と、物凄い悲鳴が、ウルフの部屋から聞こえた。

「ウルフ? おい、ウルフ? ウルフってば?」

シンバは自分の部屋へ入らずに、ウルフの部屋の扉をノックするが、返事がない。

「おい! ウルフ? 入るぞ?」

そう言うと、扉が開き、ウルフが、汗びっしょりで立っていた。そして、

「なに?」

と、なんでもなさそうな声で、そう聞いてきた。

「いや、なにって、悲鳴あげたろ?」

「悲鳴? 誰が?」

「ウルフがだよ」

「俺が? まさか」

と、ウルフは笑うが、シンバは笑えずに、ウルフを見つめる。

「凄い汗じゃん。何してたの?」

「なんも」

「ウルフ、何か、僕に隠してない?」

「何がだよ。あ、これ、寝汗だよ、悲鳴って、もしかして寝ぼけたのかも」

「寝ぼけた?」

「よくあるだろ? 寝言だよ、寝言。だって、俺、悲鳴あげたなんて、覚えてないし。でも聞こえたんだろ?」

「う、うん」

「だったら、寝言だよ」

そう言うが、あれは寝言なんてものとは思えないと、シンバはウルフをジッと見つめる。

そして、左手の包帯に血が滲んでるのを目にする。

「ウルフ! お前、怪我、酷いんじゃないのか?」

そう言って、シンバがウルフの左手を触ろうとした、その手をバシッと弾き返された。

「あ、いや、ごめん、本当に大した事ないんだ」

「・・・・・・でもさ」

「本当に! 俺は大丈夫だから!」

「・・・・・・それならいいけど、僕、直ぐ隣の部屋にいるから、何かあったら呼んで?」

「あ、ああ、わかってる」

笑顔で頷くウルフに、シンバも笑顔で手を振って、隣の部屋に入った。

ウルフはシンバが隣の部屋に入るのを確認してから、扉を閉める。

そして、その場に力を失い、座り込む。呼吸を乱し、その瞳は宙を見つめる。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・助けて・・・・・・シンバ・・・・・・」

その声は、小さすぎて、直ぐ隣の部屋にいるのに、シンバには届かない——。

シンバはウルフの様子がおかしい事に気付いてはいたが、疲れているせいもあり、ベッドに倒れ込むと、スゥッと深い眠りへ誘われた——。

そして、シンバはまた夢を見る。

甘く優しいディジーの花の香りを残し、『約束だよ』と、優しい声は遠く儚く消えてなくなる。そして、ディジーの花畑で、赤髪の男と剣を交える。いろんな言葉が聞こえるが、ハッキリと聞こえた言葉は『もっと強くなれ』と、言う台詞。

『もっともっと強くなれ。俺を殺せる程、強くなれ』

赤髪の男のブルーシルバーの瞳の中に、脅える自分が映る。

『その程度か?』

——怖い、来るな、来ないでくれ!

『お前はその程度なのか?』

——何が言いたいんだ!

『待ってる』

——え?

『誰にも愛されないモンスターには死を——』

——なに? なんなの?

『待ってる』

——どこで、誰が、誰を待ってるって言うんだよ!

ハッと目を覚ますとディジーの顔がシンバをジッと覗き込んで見てたので、

「うわぁ!」

と、驚いて、飛び起きた。

「ごめん、驚かしちゃった? 魘されてたから」

「あぁ、いや、大丈夫」

「もうお昼よ? ローズ王女がシンバを昼食に招いてるの。用意できたら来てって」

「そ、そうなんだ、わかった」

シンバが返事をすると、ディジーは、本当に大丈夫かしら?と不安そうに何度か振り返りながらも、部屋を出て行った。

シンバはフゥッと大きな深呼吸をし、顔を洗いに部屋を出た。

そう言えば、スフィンクスに崩された建物とかはどうなったんだろうと、シンバはディジーの言葉も無視して、外へと出て行った。

城内入り口で、兵士達が民を押さえつけている。

「昨日の騒ぎはなんだったんだ! 家が突然壊れたんだ!」

「うちは夫が突然大怪我を負って帰って来たんですよ!」

「王はこの事について、説明もないのか!」

どうやら、民達は、昨日の出来事について怒っているようだ。

その人混みを、小さな体を使い、スルスルと抜けていくマルメロ。

「あ、マルメロ? おい、おいってば!」

シンバもマルメロを追いかけて行くが、人混みを掻き分けるどころか、兵士達の壁が邪魔で通り抜けさえできない。

仕方なく、裏へ回り、大きな塀を登り、外へと出た。

「マルメロ、どこへ行ったんだろう?」

町中は瓦礫の山となっていた。

店も閉店している所ばかりだ。

ポストも壊れていて、中から、手紙やら小包やらが溢れている。

そのポストの後ろに聳え立つ建物。

立ち入り禁止のロープが張られているが、そこが博物館だとわかると、シンバは中へ入ろうと、ロープを潜った。

「ここにディスティープルの瓦礫が保管してあったのかぁ」

シンバがそう呟きながら、中に入ろうとしたが、当然ながら鍵がかかっている。

だが、扉が開き、

「ガチャガチャとドアノブ回すから、誰かと思ったら、詐欺師か。あら、やだ、ちょっと、寝癖くらい直したら? 目脂もついてるし、ヨダレの跡もついてる」

と、マルメロが中から出てきた。

「な、なんだよ、いいだろ、別に! お前こそ、何してんだよ?」

そう言いながら、シンバは手の甲で、ヨダレの跡をゴシゴシと拭く。

「ここにオペラグラスがあるって聞いたから、アダサートの管理者に問い合わせて、裏口の鍵を貸してもらったの。オペラグラス、くれるって言うし」

「そんな事、お前みたいなガキによく許可が下りたな。しかもプレゼントかよ」

「あら、聖職者だけが信用得る訳じゃないのよ、アンタムカラーの名はどこでも通用するんだから」

「親には反対されるけど?」

そう言って笑うシンバに、

「子供扱いしないでよ」

と、マルメロは膨れる。

「で、どうなの? 星の動きは」

「昨日、観測してて思ったんだけど、南の方に流れ星が幾つも流れてたの」

「へぇ」

「それで少し南の空が明るくなったの。星が堕ちたのかも。隕石とまで行かないだろうけど。小さな星が堕ちたのかも」

「それ南の方角に何か起こる前触れじゃない?」

「何よ、それ? 占い?」

「占いとかじゃなくて。なんて言うか、そういうのを教えてくれてるんだよ」

「誰が? 誰に?」

「誰かが、僕達に」

「本当にバカね。そんなに自分は特別だと思いたいの? 空想もそこまで来たら異常よ。それより、昨日は地震とか雷が凄かったわね、やっぱり、近々、大災害が起こるのかしら」

「・・・・・・どうだかね」

シンバは何を言っても、空想で終わってしまうので、

「どうしてさぁ、そう、科学って言うのは、全てを否定するのかって思うよ」

と、逆に否定してやろうと思って言ったのだが、

「あら、ここ、スペースが随分と空いてるわね、何を飾ってあったのかしら?」

と、シンバの話など聞いないマルメロの台詞。

「あぁ、多分、ディスティープルの瓦礫だよ。一夜で消えたらしい。だから今は閉館してるんだろうな、表はロープ張られて立ち入り禁止だったもん。な? 不思議な事ってあるもんだろ? 全て理論だけで解決できると思ったら大間違いだぞ?」

「瓦礫を一夜で消すだけなら簡単よ」

「簡単?」

「ポストを使えばいいじゃない」

「え? ポスト?」

「そうね、細かくできるなら、ポストで転送しちゃって消せるわね。古い瓦礫なら、崩れやすくなってるだろうし、簡単に細かく崩せるんじゃないかしら?」

ポストは博物館の直ぐ前にあった——。

「で、でもさ、ポストって手紙とか小包とか入れるだけだろ?」

「そうよ、でもそれはそういう物を入れるように言ってるだけで、中には生まれたばかりの子供を入れた人だっているのよ。知らないの? そういう事件あったでしょう?」

「し、知らなかった。それで、その赤ちゃんとかは?」

「ポスティーノに転送されて来たわ。確か大騒ぎになったけど、孤児院に引き取られて終わったと思う」

そんなナマモノ迄もが転送できるのかとシンバは驚く。

「・・・・・・あのさ、瓦礫が崩された物がポスティーノに転送されたら、どうなるの?」

「どうもこうも、只の悪戯だと思われて、捨てられそうね、外に」

「・・・・・・」

「そりゃそうでしょう、だって、只の石の破片くらいにしか思わないわ」

「・・・・・・外に捨てられるって事はさ、瓦礫はポスティーノの郵便局内に?」

「ええ、そうよ」

「郵便局にはどれだけの人がいるのかな?」

「人? 働いてる人も沢山いるし、直接、手紙や荷物を届けに来る人も沢山いるわ。数え切れないと思うけど?」

シンバの中で嫌な予感がしてならない。

「な、なぁ、ポストに入れば、僕も直ぐにポスティーノに移動できるかな!?」

「何言ってるの!? バカじゃないの! 無理に決まってるじゃないの!」

「瓦礫より軽いぞ!」

「誰が重さの話してんのよ!」

「あ、でも駄目か、今、ポスト壊れてて、手紙が溢れてた」

「え?」

「ん?」

「今、何て言ったの?」

「ポストが壊れてたんだ。昨日の騒ぎでだよ」

「気付かなかった。裏の道から来たからだわ。でも手紙が溢れるなんて、入れたら直ぐに転送機能が働く筈よ。それがポストが壊れたからと言って、送った物がわざわざ戻ってきて溢れるなんて有り得ないわ。向こうの郵便局の方で何かあったのかしら?」

そう言いながらも、マルメロは、然程、大袈裟な事ではないだろうと思うが、シンバは、嫌な予感がしてならなかった——。

——誰かが、ポストに入るくらいの大きさに瓦礫を細かく崩したんだ。

——そして、瓦礫を全てポスティーノに送った。

——誰がそんな事を?

——そう言えば、瓦礫を保管していたと言うエクソシスト達はどうしたんだろう?

オペラグラスを持って帰ろうとするマルメロに、

「あ、お前、これからどうするんだ?」

と、シンバが呼び止めた。

「僕達はルピナスに行くけど、お前も一緒に来いよ、用が済んだらポスティーノに送るよ」

マルメロ一人でポスティーノに帰す事はできないと思い、シンバはそう言った。

「ルピナス? あの有名なルピナスね」

「有名?」

「翼龍を生態してる国だから有名よ。それとルピナスのプリンセスは生まれながらの化け物としても有名だし。そう言えば、ディジーさんはルピナスから来たって言ってたわね」

と、言い出した。シンバはムッとして、

「ルピナスのプリンセスは綺麗だよ」

と、呟く。

「いいわ、ルピナスに行ってみたいと思ってたし、オペラグラスがあれば、どこでも星は観測できるし。その後、ポスティーノに送ってくれるなら、一緒に行ってあげる」

そう言って、眼鏡をクイッと上げるマルメロ。

そして博物館を後にし、城に戻ると、ディジーが、シンバを捜していた。

「どこ行ってたの! ローズ王女がお怒りよ! 昼食に招待されてるって言ったでしょ!」

「やべっ!」

と、シンバは王室へと走り出す。ディジーもシンバについて走るが、王の間の扉から、ウルフが出てきて、二人共、足を止めた。

「シンバ、どこへ行ってたんだ? ローズ王女のご機嫌をとるのも大変だったんだぞ?」

そう言ったウルフに、

「フォローしてくれる人がいて助かったね、シンバ」

と、ディジーは言うが——。

「・・・・・・ウルフがローズ王女のご機嫌とり?」

と、シンバはポカンと口を開け、不思議そうに言う。

「なんだよ?」

「ウルフが誰かのご機嫌とるなんて、なんか変な感じで」

「バカ。時と場合って言うのがあるんだよ。俺だってやりたかねぇけど、お前の為だろ!?」

「僕の?」

そう言ったシンバに、ニヤリと笑い、

「どうやらローズ王女、お前に惚れてんな」

と、ウルフが言い出した。だが、シンバは、何とも思わないのか、それとも、そんな事には興味がないのか、

「あのさ、博物館にディスティープルの瓦礫が保管されてたんだ」

と、全く別の話を始めた。

「それが一夜で消えたんだ、ウルフ、知らない?」

「そんな事件は知らないなぁ、誰に聞いたの?」

「王に。まだ誰にも公表されてないかも」

「だったら俺が知る訳ないじゃん」

そう言って笑うウルフ。

「そ、そうだよな、あははははは」

シンバも笑う。笑って全て流そうとしたのに、

「俺を疑ってんの?」

と、突然、真顔で、言い出すウルフにシンバの笑いは止まった。

冷めた目で見下ろすウルフの瞳が、シンバは耐えれなくなりそうで、呼吸を止める。

だが、

「なんてな。そんな訳ないじゃんな?」

と、また笑うウルフに、笑えないシンバがいる。

「・・・・・・そろそろ出発しよう、僕、王に挨拶してくるよ」

笑うウルフの横を通り抜け、シンバは王の間の扉を開けた——。

シンバは跪き、

「昨夜は勇者オレハの聖堂を貸して下さり、有難う御座いました」

と、丁寧に一言一言、気持ちを込めて言い、頭を下げた。

「シンバ、昼食も食べずに、これからのアダサートの運命が良き方へ向かうよう、祈ってくれてたんですって?」

「へ?」

ローズ王女の台詞がわからなくて、シンバは思わず、顔を上げる。

「ウルフという、あなたの友人に全て聞いたわ。本当なら死刑よ、この王女の誘いを無視するなんて」

「し、死刑!? だったんですか?」

「でもウルフという方が、アダサートの運命が良き方へ向かうように祈っているシンバを死刑にするには余りにも酷だと申し出たのよ。昨夜の聖堂での精神統一も、実は、この国の為に祈ってたんでしょう?」

「・・・・・・いや、あの」

「いいの、隠さなくて」

隠してる訳ではなく、答えに困っているだけだが、王女が、

「シンバ、アナタには感謝致します」

そう言うものだから、苦笑いする他、なかった。王迄もが、

「ガルボ村へ、感謝の気持ちを込めて、御礼の品を贈るとしよう」

と、言い出す。

「あ、いや、御礼などいいんですが、それより、気になったので聞きたいんですが、ディスティープルの瓦礫が消えた時にエクソシストは何をしてたんですか?」

「あのディスティープルの瓦礫は呪われていると言われて、代々、徳の高いエクソシストを雇い、呪いを封じさせておった。だが、瓦礫が消えた夜から、呪いを封じていたエクソシストも消えた。しかし呪われた物をエクソシストが持ち出すとも考えられん——」

王がそう言って黙り込むので、シンバは、

「僕もアダサートに泥棒がいるとは思いません。きっと呪われてるなど知らない外部の者の仕業でしょう」

そう言って、王を少し安心させる。

「シンバよ、教会へ行き、これからの旅の無事を祈るがいい。教会には神に祈りを届けるエクソシストがおる。呪いを封じていた者とは別のエクソシストがな」

「有り難きお言葉です! またアダサートに立ち寄る際には挨拶に参ります!」

シンバはそう言い、深く頭を下げると、立ち上がり、王の間を後にした。

だが、直ぐにローズ王女がシンバを追い駆けて来て、

「話があるの、だから昼食に誘ったの!」

と、真剣な顔で言って来た。

「なんですか?」

そう聞くと、王女は辺りに誰もいない事を確認して、

「呪いを封じていたエクソシストは殺されたのよ」

と、小さい声で言って来た。

「殺された? 誰に?」

「わからないわ。でも夢で見たの。予知夢よ」

「・・・・・・どうやって殺されたんですか?」

「毒薬で」

「毒薬?」

「誰か知らない人に毒薬入りの飲み物を渡されて、それを飲んだのよ。そして苦しんで死んだの。死体はアダサートを出た砂漠へ埋められた筈! わたし、その夢を見て、エクソシストに忠告したのよ、知らない人から飲み物をもらっても飲んじゃいけないって! なのに・・・・・・」

「知らない人って、どんな顔してたの?」

「わからないわ。でもアダサートの人間じゃないってだけは覚えてる」

「そっか。それが本当なら、王に伝えた方がいいんじゃないか?」

「言えないわ」

「どうして?」

「言えないのよ。あんな怖い夢を見たのは初めてよ。そして私が夢を見ると、その夢は必ず現実で起こる。予知夢なんてチカラ、ほしくなかったと初めて思ったわ。もし——」

「もし?」

「もし、アダサートを出た砂漠の下から死体が出てきたら・・・・・・そう考えるだけで恐ろしくなるわ」

ローズ王女は小刻みに震えている。

「・・・・・・じゃあ、何も見なかった事に——」

「え?」

「王女は何も知らなくていいし、何も見ていない。それでいいじゃないですか」

「だ、だけど——」

「今更、死体が出てきても、瓦礫は出て来ない。そうでしょう?」

「・・・・・・そうね」

無理に納得し、ローズ王女は頷く。

シンバは、向こうから歩いてくるウルフを見つめる。

——ウルフ、お前じゃないよな?

——エクソシストが王女の忠告を受けながらも安心して飲み物を受け取った相手。

——そのガルボ村の衣装を着てる奴になら、心を許すんじゃないか?

シンバはウルフを疑う自分が嫌で、苦しくなる。

「シンバ、王への挨拶は終わったのか?」

と、いつものウルフだ。

——僕はバカだ。ウルフを疑うなんて。

——昨夜は一緒にスフィンクスを冥界へと送り、さっきは王女へのフォローもしてくれた。

——ウルフじゃないよ、ウルフである筈がない!

——もしウルフが犯人なら、剣で殺すだろう。

——わざわざ毒入りの飲み物なんて、小賢しい事をするとは思えない。

——そうだ、ウルフである筈がない!

「うん、そろそろ出発しようと思う、みんなを呼んで来るよ。町で落ち合おう?」

シンバは笑顔でそう言うと、ローズ王女の震える肩を大丈夫だと言う風に、ポンッと優しく叩いて、ウルフにも、手を上げ、その場を離れ、皆を呼びに行く。

そのシンバの背を見ながら、ウルフは、

「王女が夢で見たエクソシスト殺しの犯人は、俺に似てませんでした?」

と、怖い事を感情のない声で言い出した。ローズ王女は驚いて、ウルフを見上げる。そして、余りにも感情のないウルフの表情に、恐怖し、ローズ王女はシンバを追おうとしたが、その腕を強く握られ、

「本気にしないで下さいよ?」

と、また感情のない表情で言われ、ローズ王女はその場に力をなくし、座り込む。

「貧血ですか? 王室に戻って横になられた方がいい。こんな誰もいない所に王女が一人で来る方がどうかしてる。それから、予知夢は余り口外しない方が身の為ですよ」

そう言ったウルフに、ローズ王女は頷くしかなかった——。

ウルフは力を失ったローズ王女をその場に置き去りにし、シンバ達が待つ町へと向かう。

次はルピナス——。

シンバ達は、地図を広げ、ルピナス迄の道のりを考える。

「やっぱりヒッチハイクだろ?」

そう言ったシンバに、

「海底列車を使おう」

と、ウルフが提案した。

「列車のチケットって結構高いよな?」

「俺が出すよ、人数分」

「お前、そんな金持ってんの?」

「親に持たせてもらったろ?」

「そりゃそうだけどさ。いいな、ウルフんとこ、金持ってるもんな。僕なんて、僕の旅立ちってのに、セコい額しかくれないんだぜ?」

「シンバは逞しいからさ」

と、笑うウルフに、

「笑えねぇよ」

と、不貞腐れるシンバ。

「私が出すわ。お金なら、それなりに持ってるし、シンバには御世話になったし、この事を報告すれば、お父様は惜しみなくお金を出してくれるだろうし。何より、ルピナスに帰る道のりですもの」

と、ディジーがそう言い出すと、

「あら、お金ならあたしだってあるわよ。お金に困る家庭に育ってないし、誰かの施しは受けないわ。自分の分くらい自分で出せるもの」

と、マルメロは、相変わらずの生意気な口調で言う。

あたふたするのはウィード。

「えっと、えっと、ボク、少しなら持ってるけど、列車ってどのくらいするの?」

そう言って、ポケットから財布を取り出して、中身を開いてみる。

「ウィードもマルメロも、7歳未満って事で無料料金だよな?」

シンバがそう言うと、

「あたしは後数ヶ月もすれば7歳よ!」

と、マルメロが怒り出すが、

「まだ7歳未満じゃん!」

と、シンバも怒って言い聞かす。

「んまぁ!!!! だから嫌なのよ、この詐欺師!!!!」

「詐欺じゃないだろ!」

「あたしは自分で払えるのよ!」

「無駄に金を使うな!!!!」

「無駄じゃないわ! 正規の値段を払うのは当然の義務でしょ!」

「だから7歳未満は無料だろうが!」

「子供じゃないから払うのよ!!!!」

口喧嘩しているシンバとマルメロの間に入り、

「シンバ、お前が悪い」

と、ウルフが止めた。

「なんでだよ!?」

「いいじゃないか、自分の金で払うってんだから払わせれば。シンバの分は俺が払ってやるんだし、ディジーも自分で払うみたいだし、ウィードは7歳未満で無料で乗ればいい。何の問題もない。だろ?」

確かにそうなのだが、納得いかないシンバは、

「僕だって、自分で払うよ」

と、言って、またも不貞腐れる。

「あ、えっと、じゃあ、私、チケット売り場で買ってくるわ。お金は後から、みんなで分け合うってどうかしら?」

「みんなで分け合う?」

ウルフがディジーに聞き返す。

「え、ええ。えっと、だから、買ったチケットの代金を5人で分け合うの。うんと、とにかく、買ってくるわ」

と、ディジーがその場を逃げるように走って行く。

「あ、ウィード、追いかけて、教会に行ってるからって伝えてくれ」

シンバがそう言うと、ウィードは頷いて、ディジーを追う。

「アダサート王に従い、教会に祈りを捧げてから、出発しよう」

シンバはそう言って、教会へ向けて歩き出す、ウルフもマルメロも一緒に向かう。

教会は極普通の、どこの町にもある造りで、小さな庭の奥に小さな三角の形をした建物があり、それを見て、マルメロが、

「懺悔室よ、詐欺師としての行為を懺悔したら?」

と、シンバを見上げ、言い出した。

「マルメロも少しは僕への尊敬を失った気持ちを懺悔して来いよ」

「詐欺師を尊敬できる訳ないでしょう!」

「僕のおかげで、アダサートに来れたろう!」

「あなたのおかげじゃないわ、あなたのその着ている詐欺服のおかげよ!」

「詐欺服ってなんだよ! これは正当な霊力のある衣装なんだぞ!」

「言っとくけど、ダサいわよ」

「言われんでもわかっとるわ!!!!」

そう吠えたシンバに、

「まぁ、まぁ、まぁ、まぁ。子供の言う事にいちいち怒るなよ、ガキだなぁ」

と、ウルフが言うもんだから、シンバは余計に腹を立てる。

「あたしは子供じゃないわ! これだからガルボ村の人って嫌いよ!」

と、一人、マルメロは庭の方へ行く。

「おい、懺悔室に行くのか!?」

そう聞いたシンバに、

「まさか! 庭の花を見るのよ! 植物の生態も知りたいの!」

と、怒った口調で答えるマルメロ。

そして、シンバは教会を見上げ、

「なんでエクソシストなんだろう?」

そう呟いた。

「何が?」

「普通の教会だろ? なのに牧師や神父じゃなく、エクソシストの肩書きを持った聖職者がいるらしい」

「へぇ」

「エクソシストって言えば、払魔師だろ? 悪魔払いの術や経、呪い封じなどの知識を高く持った聖職者じゃないか。わざわざどうしてだろう?」

「聞いてみればいいじゃん」

「教えてくれるかな?」

「そりゃ、この衣装ですから」

と、ウルフは自分の衣装を指差し、笑いながら言った。シンバも、

「そうだね」

と、笑いながら頷く。

二人、中に入ると、中央に太陽のオブジェが輝く礼拝堂となっていた。

シンバとウルフはその太陽に跪き、祈りを捧げる。そして、奥へと続く扉に、

「すいませーん、誰かいませんかー?」

と、ノックをする。すると、中から、黒い衣装を身に纏った年老いた男が現れた。

「おや、修行中の聖職者達だな?」

と、笑顔で、シンバとウルフを見る。

「旅立ちの儀式を受け、ガルボ村から来ました。シンバ・ジューアです」

「ウルフ・ポルベニアです」

と、二人、頭を下げ、挨拶をすると、

「私もガルボ村の出だ。昨夜の活躍は見せてもらったよ、今年の修行者は期待できそうだ」

と、男は優しい笑みで、言った。

「有り難きお言葉です!」

と、シンバもウルフも頭を下げる。

「礼儀もそれなりに心得ておるみたいだな。良き事だ」

「あの、突然、失礼な質問かもしれませんが、あなたはエクソシストなんですか?」

シンバがそう尋ねると、男は、頷き、

「年は老いておっても、エクソシストとしてのチカラは鈍ってはおらんぞ?」

と、答えた。シンバとウルフはお互い顔を見合う。そして、

「何故、教会に牧師や神父ではなく、エクソシストが?」

と、シンバが尋ねると、男は、きょとんとした表情をしたが、

「はっはっはっはっ、面白い所に気付いたな。ここで、もう数十年もおるが、旅立ちの儀式で訪れた修行者がそのような質問をして来た事は一度もなかったよ」

と、大笑いした。

「すいません、変な事を疑問に思ってしまって」

思わず、謝るシンバに、

「いや、運命が動き出したのかもしれんな。来なさい、見せてやろう、キミ達に——」

そう言って、男は台座へと向かい、太陽のオブジェの丁度、真下となる部分の壁をガチャリと開いた。

「隠し扉だ」

と、ウルフが思わず声に出して言ってしまう。

「そう、壁と一体になった簡単な隠し扉。入りなさい」

男はその中に二人を招き入れる。

中は真っ暗で何も見えないが、男が蝋燭を持って中に入って来たので、ボヤァっとした蝋燭の頼りない光で中は照らされていく。

そこは小さな部屋で、窓もなく、あると言えば本棚と椅子と——。

そして、シンバはビクッとする。

蝋燭の灯りに照らされた壁に絵画がある。

赤い長い髪をした男のポートレート。

それはシンバの夢に出てきた男そのものだった。

その絵の隅の方に、アルファルドと記されている。

それは絵を描いた者のサインなのか、それとも、この絵の人物の名前なのか——。

「この絵の人は誰ですか?」

ウルフがエクソシストの男に尋ねる。

「昔、シーラポートとウェッシャーポートを繋ぐ客船があった。豪華客船として有名なその船も、海底列車ができると同時に、客も集まらなくなった。そんな時、客船は沈没事故を起こした。乗っていた乗客、船員など、皆、行方不明となる大きな事故だった。客船の中にはカジノもあり、そのカジノのディーラーとして働いていた腕のいい女がいたそうだ。その女と、もう一人、乗客の赤子が生き残った。女はその赤子を引き取り、育てた。とても美しい女だったが、誰からのプロポーズも断り、男との噂は全くなかった。女は客船もなくなり、ディーラーを辞め、行く宛がなくなると、子供と共にアダサートへとやってきた。当時のアダサートの王女の結婚式に参加する程の仲だったからと言う話もあったが、本当の理由はわからない。何故、そのようなディーラーと、王女が知り合いだったのかも謎だ。だが、事実、知り合いだったのだろう、女がアダサートの王に、この教会を作るよう、頼み込み、実際、この教会は存在するのだから」

「その女がこの教会を?」

ウルフが聞き返すと、エクソシストの男は頷き、また話を続ける。

「女は王に、この教会にはエクソシストを雇い、ずっと守らせるように言った。何故なら、その女は呪われていたからだ」

「呪われていた?」

またそう聞き返すウルフに、男も頷く。

「自分を呪い続け、自分に呪いをかけた。それ程、この男を愛していたのだ。だが、愛し通せなかった事に悔いて、呪った。女は男と一緒になりたくて、この絵を描いた。そして、この赤い髪は、女の血で描かれたと言う——」

「人を愛する事は呪う事でもある、か。弱いな、人間て」

ウルフがそう呟くと、男は、

「最強らしい」

そう言った。

「最強?」

「この絵の人物はこの世で最も恐ろしく最も強いモンスターらしい」

ウルフはそう言われ、絵画をジッと見る。蝋燭の灯りに浮かぶ赤髪の男——。

「そんな話は聞いた事がない。この人物は言い伝えの英雄とは似ても似つかない。この世で最強はクリムズンスターを操った英雄、只ひとり! な? そうだよな? シンバ?」

ウルフはそう言って、シンバを見る。シンバは物凄い汗を流しながら、真っ青な顔で、口を押さえ、今にも嘔吐しそう。

「お、おい! 大丈夫か!? どうしたんだよ!?」

ウルフが驚いて、今にも倒れそうなシンバを支える。

「狭い部屋で圧迫された空気だ、気分も悪くなるだろう」

男がそう言って、部屋から出て行く。ウルフはシンバを支えながら、部屋から出る。

そして、部屋から出て直ぐに床にシンバを寝かせる。

「大丈夫か?」

覗き込むウルフ。

シンバは目を開けると、太陽のオブジェが見えた。

「あれは月のモンスターと言うらしい。満月の色に似た瞳をしていただろう? 女は太陽に隠れる場所に、彼の居場所をと、あの隠し扉を作ったのだ。女は絵を描いた後、あの部屋で死に、今でも、その月のモンスターが蘇らぬようにとエクソシストが、ここを守っているのだ。あの絵はまるで生きているかのようだっただろう? だが、絵の男が実際、存在したかはわからぬ。しかしな、例え女の狂った空想だとしても、その空想から化け物が生まれる事もある」

シンバは太陽のオブジェを見つめながら、エクソシストの男の語りを聞いていた。

そして、シンバは思っていた。

赤髪のあの男は存在し、今現在に蘇ったのではないのだろうかと——。

「女が育てた子は、この地を離れ、結婚し、幸せに暮らしたと聞いておる。呪われた女に育てられたと言われ続けて、ここを出て行ってからは一度も訪れなかったそうだ。『ローべ・リアカーディ・ナルス』この教会の懺悔室の名称となっているが、その女の名前だったと言う話だ。リアカーディ・ナルス、ミドルネームも入っておるセカンドだ、珍しい。この名前を持った者がいたら、恐らく、女に育てられた子供の子孫だろうなぁ」

そう言って、男は倒れこんでいるシンバの顔を覗き込み、

「もしも、旅路、どこかでこの名を聞いたら、一度、この教会へ訪れるよう、伝えておくれ。赤い石のリングを、今も尚、伝えられ、持っているようなら、一緒に祈りを捧げておくのもいいだろう、呪われた女に育てたられたからこそ、今の命があると言う事も悟るべきだ——」

優しい笑みで、そう言った。シンバはぼんやりとしながらも、小さく頷いた。

「リングって?」

ウルフが聞くと、

「男が持っていた剣の柄に入った赤い石をくり貫いて作ったリングだそうだ、女が子に持たせたと聞いている。だがそんなもの、今も尚、伝えられているとは考え難いがな」

と、エクソシストは太陽のオブジェを見上げながら言った。

シンバはゆっくりと起き上がる。

「もう大丈夫か?」

ウルフがシンバに肩を貸す。

まだ少し顔色の悪いシンバは、ウルフだけに聞こえる声で、

「もう外に出たい」

そう言った。ウルフは頷いて、

「それじゃあ、そろそろ失礼します」

と、深く頭を下げると、シンバを連れ、外へと出た。

外の空気は、清々しく、シンバはフゥッと呼吸を吐き出す。

「一体どうしたんだよ?」

「わからん。なんか気持ち悪くなった。寒気もするし、風邪かな?」

シンバは、夢で赤髪の男に会った事は言わない。

怖くて口に出せないのだ。

こんなにも脅え、恐怖を感じる、あの赤髪の男に——。

シンバは知っている。

赤髪の男は存在する。

そして、ディスティープルのカケラに感じる嫌な臭気よりも、あちこちで伝説に残る英雄よりも、本当に怖いモンスターは誰なのか——。

満月の瞳を持つ赤い髪の男。

『誰にも愛されないモンスターには死を——』

そう言いながら、アイツは僕に殺されに、そして、僕を殺しに来る・・・・・・。

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