6.恐怖の破片
『お前のチカラじゃない』
ウルフの台詞が頭に何度も響く。
『剣のチカラだ』
ウルフが言った事に、シンバは否定できずに、俯く。
『お前も気付いている筈だ』
その通りだ。
ウィードが悪霊の前に立ちはだかった時、振り落としたクリムズンスターが、落とされず、途中で止まり、ウィードを斬らずに済んだ。
クリムズンスターの意思で、途中で止まったとしか思えない。
もしかしたらと考える。
今更だが、呪われた剣の怖さを考える。
——僕は最初からクリムズンスターに操られていたんじゃないだろうか。
——クリムズンスターをこの世に出してしまい、良かったのか?
——呪われた闇を纏う剣なんだぞ?
——よく考えれば、おかしいじゃないか!
——よく手に出来たよな、普通は怖くて当たり前だし!
シンバは、自分が操られているのではないかと、怖くて堪らない。
「シンバ?」
難しい表情をして黙り込んだシンバに、ディジーは声をかける。
「シンバってば?」
「え? あ? 何?」
「何じゃなくて、さっきの話の続き! ゴールデンスピリッツって?」
「あぁ、だから、守護霊ってわかる? それみたいなもんだよ。この世に存在させるなら、何かにとり憑かせないといけない訳で、その指輪がいいんじゃないかなって思うんだ」
シンバは、ウィードの持ってる、あの指輪を指差して言った。
「ゴールデンスピリッツとなる霊は、魂の徳が上がるしね。悪くないと思うよ」
そう言ったシンバの顔は、いつも通りの笑顔だが、何か違う気がして、ディジーは、
「あのウルフって人と何を話したの?」
と、地雷を踏む発言をしてしまった。
シンバの顔が笑顔のまま凍りつく。
「じゃあ、おにいちゃんの言う通りにする。ファング、ボクのゴールデンスピリッツになってくれる?」
凍りついたシンバの笑顔が、そのウィードの台詞で溶けた。
「ファングはウィードが心配で成仏できずにいる訳だし、ウィードに本当の笑顔が戻れば、ファングも自然と成仏するだろうから、何の問題もなく、指輪にとり憑いていいと思うよ? ファング、ウィードの守護霊となって、ウィードを守ってやれ? な?」
ファングは、やはり言葉がわかるのだろう、素直に、白い靄になり、ウィードの指輪に宿った。ウィードはファングの入った指輪を大事に握り締める。
「もう落とすなよ? 落としたら、ファングもいなくなるんだからな?」
そう言ったシンバに、ウィードは大きく頷いた。
「あ、じゃあ、これで——」
と、ディジーは首から下げてるメダルを外し、そのネックレスのチェーンに指輪を入れ、ウィードの首に付け直した。
「でもお前、それ、大事なんじゃないの?」
「いいの、メダルが大事なだけで、チェーンは別に只のチェーンだから」
そう言って、ディジーはシンバに笑顔を向けた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
ウィードも笑顔で嬉しそうだ。
「ん、これでなくさないよ」
そう言ったディジーは、ね?と、またシンバに笑顔を向けた。
シンバも笑顔で頷く。そして、
「じゃあ、行こうか」
シンバがそう言うと、ディジーは頷いて、ウィードの頭を撫でた。
「行くってどこへ!?」
ウィードが急に悲しそうな顔で、叫ぶ。
「図書館で地図もコピーできたし、僕達は使命があるから、次の町へ行かなきゃ」
「じゃあ、ボクも一緒に行く!」
「おいおい、無茶言うなよ」
「ボク、お母さんを探すんだ! おにいちゃん達と一緒に行くよ!」
そう言ったウィードを見て、シンバとディジーはお互いの顔を見合わせる。
「お母さんを探すんだ。もう待ってるだけは嫌だ!」
「探すって言っても、もし会えたとしてさ、それでどうする訳?」
シンバが困ったように聞き返すと、ウィードは、俯いて、でも直ぐに顔を上げ、
「ボクには、お母さんはいないからって伝えたい! ボクはもう待たないからって伝えるんだ!」
と、強い意志を持った声で言った。
またシンバとディジーは顔を見合わせる。
「・・・・・・孤児院の先生にも聞かないと駄目でしょう? 先生が許してくれるかな?」
と、ディジーは遠まわしに、ウィードを説得しようとする。
俯いて、泣きそうなウィード。
「じゃぁ、ここで待ってるから、先生を説得してきなよ」
シンバがそう言うと、ウィードは顔を上げ、笑顔で頷くと、急いで孤児院に向けて走り出した。ディジーは、シンバを睨み、
「意地悪じゃない?」
そう言った。
「意地悪? なんで?」
「ウィードを連れて行く気もない癖に、気を持たせて! 後はファングが慰めてくれるとでも? シンバがそんな奴だったなんて思わなかったよ!」
「まだ会って間もないキミに、僕がどんな奴か理解されたくない」
「何、その拗ねた言い方! だったら、仲良しのウルフって奴に聞いてもらったら! さぁ、行くわよ!」
と、歩き出すディジーに、
「どこ行くの?」
と、聞くシンバ。
「どこって、神霊探すんでしょ!」
「この町に神霊はいないって言ったろ?」
「だから次の町に移動するんでしょ!」
「まだウィード来てないじゃん」
「え? ウィードを置いて行くんじゃないの?」
「なんで?」
「だって、まだ子供よ?」
「僕達もまだ子供でしょ。それに孤児院の先生がいいって言えば、大丈夫じゃないの?」
「いいなんて言う訳ないじゃない!」
「だったら、その時、ウィードは諦めるよ。僕達に付いて来れない事を」
シンバはそう言いながら、少し階段となった石段に腰を下ろす。そして空を見上げ、溜息を吐いた。ウィードの事よりも、クリムズンスターに操られているかもしれない自分の事で一杯一杯の思考。
それに加え、とても悲しいのは、ウルフに冷たくされた事。
喧嘩もしたけど、最後は必ず、笑い合っていた。こんな悲しい別れ方をしたのは初めてだ。
次に会うとしたら、どんな顔をすればいいのだろう——?
「あ、そうだ、お前さ——」
ふと、傍にいた筈のディジーに、バブルはどうしてるんだろう?と聞こうとしたが、ディジーがいない。
「あ、あれ?」
辺りを見回し、ディジーの姿を探す。ぼんやりしていた隙に、ディジーはどこかへ行ってしまったようだ。ちょっとだけ焦って、立ち上がると、向こうから駆けて来るディジー。
直ぐにわかる。紫外線を避ける為に全て肌を隠した怪しい格好の奴だから。
「シンバ、これ、食べて? お腹すいてるでしょ?」
そう言って、紙袋一杯に入ったパンを差し出して来た。
「・・・・・・どうしたの? これ?」
「買って来たの。まだ朝早いからパン屋さんしかやってなくて。でもパンが嫌いな人っていないよね? いないでしょ? シンバ嫌い?」
「いや、好きだけどさ・・・・・・」
「良かった、食べて?」
「ありがとう・・・・・・腹減ってたから嬉しいけど・・・・・・何急に?」
「急にって言うか・・・・・・さっきは私が悪かったから・・・・・・」
「さっき?」
「シンバ、ウィードを孤児院に行かせて、そのまま行っちゃうんだろうなって思ったから、意地悪だって言ったけど、違ったから。それに悪霊をやっつけたシンバ、少しカッコ良かったしね。ほら、ウィードが悪霊の前に立ちはだかった時!」
ディジーが無邪気に話し出すが、シンバは、その話はやめてくれと、内心かなり辛い。
「大きな剣を振り落とす所だったから、私、思わず目を閉じたけど、ウィードを斬らずに、剣をうまく止めてたじゃない? 凄いね、剣術って言うの? ちゃんと身につけてるんだね? そんな大きな剣を扱えるなんて凄いよ!」
「い、いや、あの・・・・・・」
「それでウィードは助かった訳だし!」
「え?」
「ん?」
「今、なんて?」
「ウィードは助かった訳だし?」
「助かった?」
「そうでしょ?」
「・・・・・・そうだよな・・・・・・そうだよ・・・・・・そうだよな!」
「シンバ?」
「そうだよな、そうだよ、あの時、ウィードを斬ろうと思えば斬れたんだ。勢いに任せて、勢いのせいにして。生きている者を殺し続ける呪いなら、そうした筈だよ。でも剣は止まったんだ。だったら、その意思が僕のものでも、剣のものでも、同じじゃないか。なんだ、同じなんだよな。操られてる訳じゃなく、きっと、これは共感? 僕達は同じ気持ちで、同じ敵を目の前に戦っただけなんだ、そうだろう?」
シンバは背負っていたクリムズンスターを抜いて、クリムズンスターにそう語りかける。
「シンバ?」
頭がおかしくなっちゃったのかと、ディジーは心配するが、シンバは、ディジーが買って来たパンをムシャムシャと大口開けて食べ始めた。
「うまいな、これ! チーズ入ってる! お前も食えよ」
と、まるで自分が買って来たかのような言い草で、パンを一つ、ディジーに渡す。
「私、イチゴとチョコが入ってるのがいいの」
「どれ?」
「これ」
「これ一個しかないじゃん」
「一個しか売られてなかったんだもの」
「じゃあ、これは僕が食うから、お前、こっちのにしろよ」
「嫌よ、それチーズロールよ、一杯あるからいらない。じゃあ、ハムのにする」
「ハムは僕のだろ!」
「誰が決めたのよ!」
「あ、これクロワッサンだ、好きなんだよね、これ!」
「私もクロワッサン好き!」
二人、パンの取り合いで、はしゃぐ。
ウルフの事も気になっていたが、食べたら、シンバも元気になる。
「あ、そうだ、これ食ったらさ、あっちにコインシャワーがあったから、順番にシャワー浴びに行こうよ」
「それなら、ホテルの大浴場に行った方がいいかも」
「え? ホテルって泊まらなくても、風呂に入れるの?」
「うん、頼めば、お風呂に入ってる間に、服もクリーニングしてくれるの。スピード乾燥って、どうかなって、布を痛めちゃうかもって思ったけど、そうでもなかったから、シンバも使ってくれば? シャンプーもリンスもバスタオルも置いてあるのを自由に使えるし、お風呂上りの冷たいお水も飲み放題! マッサージ器もあったけど、それはコイン入れなきゃダメだったかも」
「え、なに、行ったの?」
「うん、図書館で起きた後、直ぐに」
「そっかぁ、じゃぁ、僕も行って来ようかなぁ」
「私もシンバが戻って来たら、また行くね、あったかいお風呂で手足伸ばしたいし。ちょっと高いけど、服もまた綺麗にしたいし」
「高いの!? まぁ、そうだよな、それなりの値段するよなぁ・・・・・・やっぱコインシャワーにしとこうかな」
と、苦笑いするシンバに、
「お金出してあげるから、綺麗にしてきて?」
と、笑顔で言うディジー。臭いのかなと、自分のニオイを嗅いでみるシンバ。
「でも、シンバがお風呂に行ってる間に、ウィードが来たら・・・・・・私なんて言えば・・・・・・悲しそうにしてたら、なんて言ってあげればいい?」
「多分、大丈夫だよ」
「大丈夫って?」
「うん、アイツ、きっと、僕達と一緒に来れるよ」
「どうしてわかるの?」
「孤児院の先生だと思うんだけど、話したんだ、この前」
「え? そうなの?」
「うん、で、ウィードの事、『ウィードは明るい良い子だったんですけどね、今は——』って言ったんだ。最後、言葉に出さなかったけど、今は昔のウィードじゃないって事だと思うんだよね。そんなウィードが真剣になって頼み込めば、先生だって、納得すると思う。また昔のウィードに戻る可能性を、今のウィードに見ると思うから」
「知らない間に、イロイロあったんだね」
そう言って、ディジーはイチゴとチョコのパンをパクッと食べた。
「あ! お前、何食ってんだ! それ駄目って言ったろ!」
またパンの取り合いをする二人。
パンも食べ終わり、シンバがホテルへ行こうと立ち上がり、
「あ、そうだ、お前さ」
と、ディジーを見た。ディジーは、お金を差し出し、
「マッサージも受けて来る?」
なんて言うから、
「いや、そうじゃなくて、あ、金はありがとう。でもそうじゃなくて、バブルって、どうしてんの?」
「バブルは呼べば来るけど?」
「いや、だから、そうじゃなくて、餌とか」
「大丈夫よ、食べれる草を見つけて、自分で食べてるから」
「あぁ、そうなんだ。それなら良かった。じゃぁ、ちょっと行って来る」
と、シンバはディジーに見送られ、ホテルへ向かう。
数時間後、体も服も綺麗になり、サッパリした顔で戻って来たシンバと入れ替わり、今度はディジーがホテルに向かう。
そして、数時間後、ディジーが戻って来る。
今度はシンバが、市場の屋台で食べ物を買いに行き、戻って来ると、ディジーと一緒に少し遅いランチ。
更に暇な時間を2人で過ごす。
時間はどんどん過ぎていくが、二人からは、ウィードは、やっぱりもう来ないんじゃないかと言う言葉は出ない。
一緒に行けないとしても、黙って来ないような奴じゃないと、二人共、信じている。
向こうから、馬車がやって来る。
珍しい。
大きな二頭の馬に、後ろは藁を沢山乗せた農業用の馬車。
パッカパッカと軽快な足音をたて、馬は近づいて来て、シンバ達の前で止まった。
「おにいちゃん!」
藁から顔を出したウィード。
馬を引いているのは、シンバが孤児院に入った時に少し話をした、あの男性。
「先生が近くの町まで送ってくれるって!」
ウィードが嬉しそうな笑顔でそう言った。
「いやぁ、うちの孤児院は農作業もしていて、生憎、こんなもので送るしかありませんが」
と、男性が笑いながら言った。
「素敵! 私、龍以外に乗るの初めて!」
笑顔で、そう言って、ディジーは馬を見ている。
「ウィードから話はいろいろと聞きました。何故、あなたと最初に会った時に、気付かなかったのか。あなた、ガルボ村の人でしょう?」
男性がそう言って、シンバを見るから、シンバは、この衣装をどこかで着替えたいと思った。いい加減、この衣装に腹が立つ。なんせ、ガルボ村は田舎なので、カッコいいとは思えないし、まだ自分が生まれ育った場所を大事に思う程、大人でもない。
それに何より、ガルボ村という肩書きがなければ、自分と言う人間が評価されないのかと、それに腹が立つのだ。
「ガルボ村の人なら、ウィードを預けても安心だと思ってね。将来は聖職者だろう?」
にこやかな男性に、
「どうでしょうねぇ、聖職者になる者は限られますからねぇ」
と、ムッとして答える。そして、
「言っておきますけど、ウィードに何かあっても僕は——、僕達は責任とれませんよ。僕の将来に何を見たか知りませんが、今の僕は聖職者でもなければ、大人でもない。自分の事だけで精一杯ですから」
と、念を押すように言った。男は頷き、
「それはウィードにも言って聞かせました。それでもウィードは母親を探したいと強く訴えてきたんです。なら、一人で行かせるより、誰かと一緒の方がいい。それに身元がハッキリした人と一緒の方が尚いい。あなたがガルボ村の者とわかっているだけで、こちらとしては少し安心しますよ。ウィードに少しですが、金も持たせましたから」
やはり、にこやかな笑顔で、そう言った。
シンバは地図を広げ、
「ダジニヤに行こうと思うんですけど」
と、男に言うと、
「あぁ、半日もあれば着くよ」
と、崩さない笑顔で頷く。
シンバとディジーは藁が積まれてる荷台に乗った。
藁の香りが気持ちいいと、ディジーはウィードに引っぱられるまま、中に潜り込む。
藁の中から笑い声が聞こえる。
シンバは藁の上で、寝転がり、束の間の休息——。
ウトウトと眠るシンバの顔に、ディジーとウィードは一本の藁で、サワサワと触れる。
くすぐったくて、シンバは手で、藁を払う。それでも眠っているシンバに、ディジーもウィードも笑う——。
——笑い声?
——笑い声が聞こえる。
——あぁ、村のみんなだ・・・・・・。
——そうか、今日はみんなで遊ぶ約束をしてたね。
——あれ? ウルフは?
『アイツ、暗いよな』
『アイツさぁ、いつも一人で何やってんだ?』
『勉強? 嫌味な奴だよなぁ』
——そんな事ない。
——ウルフは誰よりも努力するだけで、只、それだけで、誤解ばかりだ。
『じゃあ、シンバ、お前、一緒に勉強してやれば?』
『そうだよ、同期はウルフだけなんだろ? 仲良くやれよ』
『その変わり、もうお前とは遊ばないからな』
——な、なんで? なんでそうなるの?
——僕だって勉強なんてしたくないし、遊びたいよ。
『だったらさ、あんな奴ほっといて、行こう』
——え?
『行こう! さぁ、行こう、シンバ!』
みんなから、差し出される手の平——。
この手を握れば、一人じゃない。
だから、その手の平に、手を伸ばした。
だけど、ガッチリと握られ、逃げられない感覚になり、怖くなり、振り向くと、冷めた目で、ウルフが、立っていた。そして、
『いつだって、お前は仲間に助けられるんだな、それはお前のチカラじゃないのに』
と、僕を責めた——。
『俺は怖くないよ。一人でも強くいれるさ。それは誰のチカラでもない。俺のチカラだ』
——待って、ウルフ!
——ウルフも一緒にこっちへ行こうよ!
——そっちへ行っても誰もいないよ!
——ウルフ、聞こえないの?
だけど僕には、みんなの手を振り解いて、ウルフの所へ行くだけのチカラはないんだ——。
そんな夢を見て、目を覚ますと、空はすっかり夕方のオレンジ色をしていた。
藁の中に入って眠っているのだろう、ディジーとウィードの声はなく、静かだ。
シンバがムクッと起き上がると、藁の中から、もぞもぞとディジーが顔を出した。
「もう日が落ちるから、大丈夫だろ?」
そう言うと、ディジーは眠そうな目をこすりながら、藁を掻き分けて出てきた。
頭から、体中、藁だらけだ。
「馬車って揺り篭みたいね、一定の動きをするから熟睡しちゃった。夢見たけど」
そう言ったディジーに、
「僕も」
と、頷くシンバ。
「どんな夢を見たの?」
そう聞いて来たディジーに、
「子供の頃の記憶・・・・・・かな?」
と、愛想笑いをして、答える。
「シンバの子供時代、想像できる!」
「普通・・・・・・だったよ」
「普通?」
「僕達ガルボ村に生まれた子はさ、幼い頃から、第六感を鍛える訓練をするんだ。勿論、訓練しても、第六感が鈍い奴もいる。みんながみんな、霊能力が優れてる訳じゃないから」
「そうなの? ガルボ村の人はみんな生まれた時から優れてるのかと思った」
「まさか。生まれた時は何もないよ。でもガルボ村の教育で、知識を身につける。だから他の人より、そういう特殊なものを学ぶから、その知識があるだけ。知識があれば、牧師くらいの資格は手に入るし、聖職者には変わりない。例え霊の姿が何も見えなくても——」
「へぇ。何も見えない人もいるんだね? ガルボ村の人達はみんな見えてると思ってた」
「ガルボ村に生まれなくても、第六感が優れた奴だっているし、そこに生まれたからとか、関係ないよ」
「そっか、それもそうだね」
「でもガルボ村に生まれれば、幼い頃から第六感を鍛えられる訳だから、それなりの能力はあって普通なんだよ。そして、僕は普通だった——」
「そっか、鍛えれば、鍛えた分、優れていく訳だし、優れた能力があって普通になる訳ね?」
「・・・・・・うん。でもさ、ウルフは第六感に、なかなか目覚めなかったんだ」
「え?」
「幾ら頑張っても、ウルフは先生がガラス玉にとり憑かせた霊を見る事ができなかった」
シンバが俯いて、話し始めるから、ディジーは頷くしかできなくなる。
「ウルフは村でも特別な存在だった。嘗て、英雄と共に旅をし、クリムズンスターを村に戻す大きな使命を果たした凄いゴーストハンターがいて、ウルフは、その子孫らしいんだ」
「あ、話中断して悪いんだけど、クリムズンスターって?」
「あ、あぁ、それは僕の持ってるこの剣の事。村に言い伝えられる剣で、英雄が持ってた剣なんだ。呪われた剣とも言われてるけど、僕は呪われずに剣を手にする事ができるから、旅に必要な武器として、今、持ってる」
「そう。で、ウルフが大きな使命を果たした凄いゴーストハンターの子孫で?」
「うん、それで、その子孫はウルフが生まれる迄、女の子しか授からずにいてさ、ウルフは待望の男の子として生まれ、村中大騒ぎだったらしい」
ディジーは話に頷いて聞いている。
「ウルフの血族には、そんな凄いゴーストハンターがいた訳だから、ウルフも凄くて当たり前って考えの人が一杯いた。でも僕達が訓練を受ける頃、能力というのが、あるか、ないか、分けられる。能力がないから、悪いとかじゃないんだけど、その後の訓練も異なってくるから。僕は普通に能力がある方のクラスだった——」
シンバは遠くを見つめる。
その瞳には幼い頃の光景が映っているのだろう。
「クラスには1、2歳しか変わらないが、年下もいれば、年上もいる。一人一人違う授業内容だけど、能力がある者には変わりなかった。ウルフが生まれた同じ年に生まれたのは僕だけで、ウルフとは同期だった。だけど、クラスにウルフの姿はなかった——」
シンバは少し沈黙になる。
でもディジーはその沈黙の間、何も聞かずに、只、一緒に黙って、遠くを見つめていた。
「ウルフはいつも一人だった。いつも一人で勉強してた。みんなが遊んでいても、一人、勉強に集中して、直ぐに能力を身につけた。最初はクラスに入って来た時も、みんなより遅れてたのに、ウルフはあっという間に、クラスでもトップの成績を手に入れていた。いつの間にか、ウルフには、やっぱり伝説のゴーストハンターの血族だと言うレッテルが貼られていた。ウルフはいつも一番だった。何でも一番だった。できない事も、次の日には当然のように、やってのけた。その裏に血の滲むような努力があっただろうけど、全然、顔に出さずに、やれて当たり前のような顔で、やってのけた。伝説のゴーストハンターの血族だから、凄くて当たり前だって言うみんなに、応えてたんだと思う——」
「・・・・・・ふぅん」
「僕は同期だったってだけで、ウルフと仲良くなるキッカケがあって、話してみると、案外、楽しい奴で、ウルフも僕になら、心を開いてくれてるようだったんだ。先生も、僕と一緒に遊ぶようになって、ウルフは明るくなったって言ってたし! でも、僕が他のみんなと遊んでたら、ウルフは絶対に来ないんだ。呼んでも来ないんだ。みんなも、ウルフとは遊ばないって言い出すし——」
「・・・・・・ふぅん」
「僕は、知らない間にウルフを傷つけてたかな・・・・・・」
「でもシンバ、言ってたじゃない。ウルフと友達だと、みんなから羨ましがられるって。そんなような事言ってたでしょう?」
「うん、羨ましがられるよ。だって伝説のゴーストハンターの子孫だよ? 本当はみんな、羨ましいから、嫉ましくて、ウルフを嫌っていたのかもしれない」
「違う」
「え?」
「違うよ、シンバ! ウルフは努力してて、カッコいいから、そんなカッコいい友達がいるって羨ましがられるんだって言ったんだよ! 伝説のゴーストハンターの子孫だからじゃないでしょ? どうしちゃったの? シンバ?」
「・・・・・・ウルフの方がその肩書きに拘り過ぎてるんだよ」
「どういう意味?」
「僕がクリムズンスターを所有したから、ウルフは怒ってるんだ。それにキミを助けるのもウルフの役目だった! でもそれが僕になってたから、ウルフは怒ってるんだよ! 僕はさ、ずっと普通だったんだよ、特別、頭がいい訳でもなく、悪くもなく! 今思えば、なんで旅立ちの儀式の日に、大胆な発言して、クリムズンスターを手に入れちゃったかなぁって思うんだよ。もしかしたら、あの時から、僕は呪われた剣に操られていたのかもしれないって考えたりするんだよ! ウルフだったら、操られずにクリムズンスターを扱えたかもしれない。キミの為に今頃はもうルピナスにいたかもしれない!」
「ホントだ、村長さんの言った通り」
「え? 村長?」
「あなたの村の長が言ってたの、あなたは弱いって」
「弱い?」
「でもそれがあなたの強さだって」
「は?」
「ウルフって人と何があったか知らないけど、アナタはウルフって人の方が何でも自分より一番であるよう、願ってるのよ。それがウルフって人が願ってる事だと思ってるから。そしたらウルフって人は傷つかないと思い込んでる。その人の気持ちになって考えてあげれる事は、アナタの強さだと思うけど、でも、間違って思い込んでたら、その人、もっと傷つくと思うよ?」
「・・・・・・でもウルフ、怒ってたし」
「それって、怒ってる理由聞いた?」
「い、いや——」
「聞いてみないと、わからないでしょ? 心当たりないんでしょ?」
「だからクリムズンスターとキミの事で怒ってるのかと」
「それはどうかなぁ。それはシンバに与えられたモノであって、ウルフって人には関係ない事じゃない? それにウルフって人、そんな事にいつまでも拘る人かなぁ? だって、話聞いてると、そんな過去の栄光に囚われてる人じゃないと思うよ? 伝説のゴーストハンターか何だか知らないけど、その人はその人。ウルフって人はウルフって人なんだし! 努力して、みんなに認めてもらおうと頑張ってるんじゃないかな? 僕を見て、僕自身を見てって言ってるんじゃないかな? きっとウルフって人、シンバと仲良くなって、嬉しくて、もっと友達ほしいって思ったと思うよ?」
「・・・・・・」
ディジーがシンバにとって余りにも完璧な答えを言うので、シンバは何も言えなくなる。
「真っ直ぐなんだよ、ウルフって人は! 真っ直ぐすぎて、うまく回りに馴染めないだけだよ。真っ直ぐ、自分が信じてる方へ向かって行くしか方法がわからないんじゃないかな。シンバみたいに、そうやって誰かの事を考えて、足を止める事を知らないんだよ。自分が思い描いた自分へとなる為に、真っ直ぐ、余所見をせず、突き進む。きっと思い描いた自分になれば、みんな、自分を認めてくれると信じてるんだと思う。これも村長さんの意見入っちゃってるんだけどね」
そう言って、ベッと舌を出して、笑うディジー。
話を聞いていたのだろう、ウィードが藁の中から顔を出し、
「でもさ、そういう人って、危ないよね」
と、言い出した。
「危ない?」
聞き返すシンバに、ウィードは頷き、
「真っ直ぐ、間違った方向へ行っちゃいそうだよ」
と、怖い事を言い出す。
「だ、大丈夫だよ、ウルフは間違いなんて——」
起こさないとは言い切れない。だが、シンバは信じている。
「また次に会ったら、シンバに笑ってくれるよ」
ディジーがそう言って微笑む。シンバも微笑み返すが、笑ってくれないような気がしてならない。ウルフがわからなくなってきている——。
ダジニヤの町に着いたのは、もうすっかり夜だった。
でもダジニヤは割と賑やかな町なので、夜も市場はやっていると、孤児院の男性が教えてくれ、男性も買い物をしてから、また馬車で引き返すのだと話した。
ウィードとの別れをし、男性はシンバとディジーにも何度も頭を下げ、町の中へと馬車で消えた。
町の住宅街で降ろしてもらったシンバ達は、近くの公園で夜が明けるのを待つ事にした。
しかし公園は何やら、人が沢山いる。
「あぁ、今夜はこの町の万聖節だ」
シンバがそう言った。
「ばんせいせつ?」
「町によって、日も言い方も、変わるよ、聖徒の日とか、諸聖人の祝日とか。悪霊を追い出す祭りみたいなもんかな。農作物の収穫を祝ったりする所もあって、子供達がカボチャの悪霊になって、お菓子くれなきゃ、悪い事してやるって近所を回るんだ。ちょっとした遊びかな」
「へぇ、面白いね。で、公園に集まった人達は何をしてるの? カボチャなんてないし」
「あぁ、あれは町から追い出された幽霊達」
「え!?」
「きっと、町の中心となる場所から祭りで、悪霊を追い出す踊りとかやってるんじゃない? なんてことはない嘘のような踊りでも、それで悪霊を追い出せると信じられてたら、その信仰心で、幽霊は退散せざる負えないんだよ」
「で、でも、じゃあ、あれ、全部、悪霊!?」
「あはは、悪霊だったら、そんな祭りくらいで退散しないよ。一時的に姿を消す程度でさ。こうして素直に静かな公園に来たって事は、只の成仏できない幽霊——」
既に公園に入って、同じ年くらいの女の子と何やら楽しそうに話しているウィード。
ファングも指輪から姿を現し、ウィードの傍に立っている。
「成仏させてあげれないの?」
「難しいかな。一人一人、何を心残りにして、生まれ変わる旅に出ずにいるのか、経をあげたくらいじゃあ、安らかな気持ちにはなれないだろうし。別に悪霊に堕ちるような霊達じゃなさそうだしさ、悪さもしてなさそうだし、もしかしたら、何かをきっかけに成仏する日が来るかもしれない。その日を、待ってもいいんじゃないかな」
「そっか・・・・・・」
「そういえば、お前はなんで幽霊見えるの?」
「え?」
「いつから?」
「いつって、幽霊なんて、シンバと接してから知ったのよ」
「僕の影響? そんな訳ないな。ウィードみたいに悪霊にとり憑かれたとか、自分の魂に何かあった?」
「な、ないよ、別に!」
「なんだ、その焦った答え方!」
「焦ってないよ! それよりシンバ、どうしてこの町に来たの?」
「え? あぁ、ぺージェンティスで歴史の本読んでさ、砂漠の城アダサートに神霊がいそうだなって思って。でも流石にアダサートまで馬車で送ってくれとは言えないだろ、だから、とりあえずダジニヤに寄ってもらったんだよ。で、明日、店が開く頃、服屋に行く! で、服を買ったら、アダサートに向かおう!」
「服って?」
「この服、なんかガルボ村の衣装って、みんな知ってんだもん。着替えたい」
「似合ってるよ?」
「そういう問題じゃない。それにほら、幽霊達も、この衣装の柄に脅えて、寄ってきやしねぇ!」
そう言われれば、シンバの周り、半径1メートル内には誰もいない。
「寄って来ない為の衣装なんでしょう?」
「悪霊にとり憑かれ難い為の衣装だよ」
「なら、これからもその衣装、着てた方がいいよ。悪霊がいたら危ないでしょ?」
「危なくても、この衣装は嫌なの」
と、シンバはベンチの上にゴロンと寝転がった。また眠るのだろうか。
祭りの騒がしい音がここまで流れて聞こえる。
その音を聞かない為か、幽霊達も祭り騒ぎを始めた。
どこから持ってきたのか、誰のお供え物か、ワインを持って、大騒ぎ。
幽霊の子供達と混ざり、ウィードも駆けっこをし、ファングも追いかける。
「うるさいなぁ」
と、シンバは顔を腕で隠して、ベンチの上で眠る。
ディジーは幽霊の男性に誘われ、ダンスをエスコートされる。
困り顔の割りには、ディジーもなかなかうまいダンスを見せる。
万聖節の終わりを告げる夜明けの頃には、町も静かになり、幽霊達も元の居場所へと戻って行った。
シンバの寝てるベンチの傍で、ディジーもウィードも、すっかり眠りこけていた。
まるで全て夢だったように、誰もいない公園。
キィキィと錆びている嫌な音をたて、さっきまで誰かが乗っていたようにブランコが左右に揺れている。
シンバが目を覚ますと、ディジーもウィードも目を覚ました。
「あれ? あの女の子は?」
と、ウィードは一緒に遊んだ子を探す。
「嘘みたい。何もなかったかのように消えたね」
と、ディジーも騙されたかのような表情をしている。そんな二人に、
「そんなもんだよ」
と、笑うシンバ。
公園の飲み水専用の水道で、顔を洗い、朝市へと行く事にした。
朝市は大賑わいで、食料を買わなくても、試食だけで腹一杯になる。
やがて、通常の店が並ぶ通りへと出てきた3人。
「あ、服屋発見!」
と、シンバが駆け出そうとした時、
「ねぇ、キミ! そこの変な模様の服のキミ!」
と、アクセサリー店の販売員に声をかけられた。
「僕?」
「そう、キミ! キミも買ってってよ! ディスティープルのカケラ!」
そう言いながら、石の破片のような物をブレスレットトップにしてあるアクセサリーを出して来た。
「なにそれ?」
ウィードが不思議そうに、その石の破片を見つめ、首を傾げ聞いた。
「これはね、その昔! この町から少し南に行った所にディスティープルと言う不思議な塔があったの。その塔は空間と次元が、この世界とは違うらしく、中に入った者は、全て景色も違って見えたと言うの。登る者も、高く迄登れる者もいれば、幾ら頑張っても数階迄しか登れない者もいたらしいわ。でも最上階迄、登れた者には、運命を変える程のチカラを手に入れられたって! でもある日、ディスティープルは崩れ落ちたの。一説によれば、空間と次元が、この世界の波長と合わなくて、少しずつズレて来た反動だとか、天辺迄、登り詰めた者が増えたとか。後は英雄が運命を変えるチカラなんていらないと、崩したって話もあるわ。で、これがその有名なディスティープルのカケラ! この町の名物でもあるのよ、ディスティープルのカケラ! 冒険者には必要なお守りだし、家族へのお土産としても最適よ!」
そう言って、只の石のカケラにしか見えない物を売りつけようとして来る。
「あの、なんでキミもって?」
「え?」
「さっき僕に声をかけた時、『キミも買ってって』って言ったでしょ? キミもって?」
「キミと似た服装の子が、この前、このカケラを買ってくれたのよ。だからキミと友達なのかなぁって思って」
「ウルフかな。その人って、銀髪で、ちょっと顔の整った綺麗な感じだった? 僕より身長が少し高くて、やっぱり、こうして剣背負ってなかった?」
「うんうん、そうそう、やっぱり友達?」
適当に頷いてるようにしか思えない店員の返事。でも、やはりそれはウルフだろう。こんな服装、滅多にないし、目について当たり前かもしれないとシンバは考える。
「英雄が塔を崩したって話をしたら、足を止めて、このカケラをジッと見てたわ。いつまでも見てて、買う気はなさそうって思って、もう無視してたら、ホント、ずーっと見てるのね。欲しいけど、お金ないのかしらって思った矢先に、気に入ったカケラを一つ手にとって、お金を差し出して来たのよ」
「・・・・・・ウルフ、このカケラに何を見たんだろう?」
シンバには普通の石のカケラにしか見えない。
「ねぇ、このカケラ、一つ買うわ。ところで、このカケラって、どこにあるの? さっきその塔は少し南に行った所にあったって言ってたよね? 今もそこにカケラがあるの?」
ディジーがそう聞くと、ディジーの肌を隠しきった姿が怪しいのか、店員は、思いっきり、首を振って、
「駄目駄目! あそこの所有地はこの町のモノよ。この町に住んでない者がカケラを取りに行ったら罪になるわよ! 悪い事はしない方がいいわ!」
と、言った。
「こんなカケラ、別に取りになんか行かないわよ、只、そこに行ったかもしれない友達を探しに行くだけよ、ね? シンバ?」
と、ディジーがシンバを見る。
「あ、あぁ、うん、行ってみるか」
でもシンバは、ウルフはそこに向かわなかったんじゃないだろうかと思う。
何故なら、一度、ぺージェンティスで会っているのだ、だからここから、ウルフはまた戻ったんじゃないだろうか。
でも何の為に戻ったのだろう?
ぺージェンティスに向かったシンバを探す為——?
でも、何故、ウルフがこんな石のカケラを長い間、見つめていたのか、そして、何故、購入したのか、気になる。
なんせ、石というのは霊が憑きやすい。
もしかしたら、何か見えたのかもしれない。それがディスティープルの跡地に行けば、何か、わかるかもしれない。
すっかり服を買う事を忘れ、先を急ぎ出すシンバ。
ウィードも訳がわからず、シンバに続いて、足早になる。
歩きながら、地図を広げ、ダジニヤの南辺りを見てみると、かなり南に『プラタナス』と、書かれているが、バツ印になっている所がある。
「なんだろ、ここ」
「歴史の教科書に載ってなかった? プラタナスは研究所よ」
ディジーがそう教えてくれたが、シンバは苦笑いで、そうだっけ?と誤魔化す。
「でもバツ印って事は、もうないんだよね?」
「建物が残ってるの。廃墟で、今は誰も寄り付かないわ」
「なんで?」
「シンバ、歴史の勉強、ちゃんとしなかったでしょ!」
「え、い、いや、そんな事ないよ、たまたま、知らないだけで・・・・・・」
「ふぅん、たまたまねぇ。プラタナスは優秀な研究所だったらしいけど、何か事件があって、多くの研究員が亡くなったらしいわ。人体実験とかって噂もあったみたい。そんな所だから、事件があった相当昔から、誰も寄り付かなくなって、今では建物だけが残った、只の薄気味悪い廃墟となってるみたいよ」
ディジーがそう言った後ろで、ウィードも、
「ボクも知ってるよ、そこ、噂の幽霊スポットだもん」
そう言った。
「幽霊スポット?」
聞き返すシンバに、
「うん! ほら、恐怖の名所巡りとかって、よく雑誌にあって、それに必ず出てくる場所だよ! 幽霊が一杯いるんだって!」
と、ニコニコ笑顔で答えるウィード。
「へぇ、そうなんだ。そんな有名な場所で、幽霊が一杯いるなら、神霊とかもいるかもしれないな」
そう呟きながら、まだ地図を見ているシンバ。
ディスティープル迄、そう遠くはない。
歩いて、数時間程度だろう。
だが、日中に歩いて行くのは辛いだろうと、ディジーを見る。
フードを被り、暑そうな程、全てを隠し、ディジーは歩く。
「乗り物、ヒッチハイクしよう。ほら、このポスティーノ迄行く乗り物を捕まえて、途中で下ろしてもらえばいいし」
シンバが、そう言いながら、地図を見せると、ディジーは、
「歩いても平気。ありがとう」
そう言った。
別にディジーの為じゃないと言い切って、ヒッチハイクを試みる事ができる程、シンバは大人ではない。
だが、全く気にしない程の子供でもない。
そして、出来る事と言ったら、結局、何もない訳で、シンバはこんな時ウルフならと考えてしまう。
——ウルフなら、自分が歩くのが嫌だと言いきって、ヒッチハイクをするかな。
——いや、アイツの事だから、いちいち言わなくても、乗り物を手配してそうだ。
——まず、王女の事を考え、昼と夜、逆転した行動をとるかもしれない。
——夜に行動すれば、お日様の光を気にしないで済む訳だし。
——何より、女の子がそんな格好で歩くなんて、耐えられないんじゃないだろうか。
ディジーの美しい姿は全くなく、怪しい者にしか見えない、その姿は、誰もが振り返り見る。ディジーは気付かないふりをして、気にしない態度をしてるのか、それとも——。
それとも——?
「なぁに?」
あんまりジロジロとシンバが見てくるので、その視線が気になり、ディジーが聞いた。
「あ、いや、別に」
ディジーが、肌を隠すのは仕方ない事だ。
アルビノなんだし、日に素肌を当てられない。
それをどうこう言ったって、どうしようもないだろう。
「喉渇いた」
ウィードがそう言って気が付く。
一番、乾いているのはディジーだろうと。
「あぁ、僕はバカだなぁ、市場で果物でも買えば良かった」
そう言うと、ディジーは、コートの大きなポケットから、オレンジ色の果物を出し、
「買ったのよ、さっき。はい、これで喉を潤せるよ」
と、ウィードに果物を渡す。
フードの影から、ディジーの唇が微笑むのが、チラッと見えた。
「お前も食えよ? 喉渇いてるだろ? そんなの着てるんだからさ、一番、汗掻いてるだろうし、水分とらないと死ぬよ?」
そう言ったシンバに、
「うん、だから果物買ったんだもの、わかってる」
そう言ったディジー。
そのフードの中で、どんな表情をして言ってるのだろう——?
ウルフなら、果物なんて当然のように用意してるだろうと、シンバは思う。
ウルフなら——
ウルフなら——
ウルフなら——
歩きながら、シンバはずっとそんな事ばかり考えていた——。
そして、ロープで引かれた場所の中に入り、数人の女性が何やら拾い集めている場所に着く。恐らく、そこがディスティープル跡地。
シンバが見て、女性達が拾い集めているモノは、どうしても只の石にしか見えない。
声をかけて、何を集めているのか、一応、聞いてみようとした時、シンバは足元に嫌な空気を感じた。
それは小さな石——?
いや、それこそがディスティープルのカケラだろう、シンバはそれを手にとって見る。
「・・・・・・なんだ、この鼻に絡む臭気」
カケラから放つ空気は異臭を漂わせる。それはまるで薬のような臭い。そして、わからない第六感が働く。
「何かが封印されたんだ。封印して、尚、壊した。ソイツは現れるのを待った。何を? それはソイツの存在に気付いてくれる者。そして、ソイツのカケラを集めてくれる者——」
「シンバ?」
「ディスティープルで、何かわからないけど、化け物らしき者が、聖剣か何かで殺されてる。そして、ディスティープルに封印された。封印されたまま、塔を崩され、ソイツの魂はカケラとなって、散らばった」
「封印って?」
「多分、封印しようと思って、封印された訳じゃなく、偶然、封印してしまったのかもしれない。その化け物のカケラが、今、ディスティープルのカケラとなって、世界中に散らばってるのかもしれない・・・・・・」
「さっきから、かもしれないって、全部、シンバの憶測?」
「そう感じるだけだから、何の確信もない、只の憶測に過ぎない。それに封印されて崩されたのは、もう相当昔だよ。だから、全部、只の勘違いかもしれない。でも、相当昔な筈なのに、それが今になって、何故こんなに臭気を放つ——?」
シンバはディスティープルのカケラであろう、それを手の平に置いて、見つめる。
「多分、このカケラには、重要な部分はなくて、他のカケラに、その化け物の本体みたいなのが宿ってるんだと思う。つまり重要な心臓となる部分って言うのかな」
「なんかシンバの話をまとめると、その化け物は自分の全てを集める為に、散らばったカケラを誰かに探させてるって事よね? 全て集まったら、封印は解けちゃうの?」
ディジーがそう言って、首を傾げる。そして、シンバは、ハッと気付く。
「ウルフはもしかしたら、その化け物に憑かれたんじゃ・・・・・・?」
ダジニヤで売っていたアクセサリーの一部はディスティープルのカケラで出来ている。勿論、只の石が殆どだろう、もう、相当昔の話だ、ディスティープルのカケラなど、とっくになくなっていてもいいくらいだ。
だが、こうして、カケラは存在している。たまたま、まだあったカケラを拾い集め、店に並べても、おかしくはない。
そして、そのカケラが化け物の心臓部となる重要な魂のカケラだったら——?
「ウルフって人もガルボ村の人なんだし、シンバより優秀なら、大丈夫じゃない?」
確かにディジーに言う通り、そう簡単に悪霊にとり憑かれる訳はない。だが、
「僕達はまだ修行中なだけだよ。本当に怖い悪霊に魅入られたら、ひとたまりもない——」
シンバの声は少し震えている。
「本当に怖い悪霊って?」
ウィードがそう尋ねて、シンバを見上げる。
「この世を呪い過ぎてる破壊者・・・・・・」
そんな者が存在するのだろうかと、ディジーもウィードも現実味がなくて、今一、想像もできない。
シンバはカケラを握り締める。
「ウルフがもし悪霊に魅入られたなら、必ずこのカケラを手に入れる為、僕の前に現れる」
そう言ったシンバの深刻過ぎる顔に、ディジーもウィードも、ゴクリと唾を呑んだ。
現れた時、そんな恐ろしい悪霊とどうする気なのだろうと思ったが、ディジーは何も聞けずに黙り込む。
現れない事を願うしかない。
実際、現れても、どうしていいのかわからない。
「そ、そうだわ、神霊のオーブを手に入れて、もしもウルフって人が物凄い悪霊に囚われていたら、助けてあげればいいのよ! 神霊のオーブは願いを叶えてくれるんだから」
ディジーが明るい声で、そう提案して来た。
「そうだね」
そのディジーの意見に、笑顔で頷き、賛成をしたシンバ。
だが、そううまくはいかないとシンバは知っている。
神霊のオーブを使っても、余りにも強い悪霊にとり憑かれた者から、その悪霊を取り除く事ができても、悪霊そのものを殺すのは不可能だ。
殺さなければ、また何度でもとり憑いてしまうだろう。
悪霊は無に等しい。
自分で考える事もできず、自分で型を成す事もできず、只、誰かの心の隙間に入り込んでは、その者の考えで一番、簡単な思考を倍増させる。
そう、誰かを憎んだり、悲しんだりする簡単な思考である負のチカラ。
そして自分の存在を作り上げる。
悲しくも哀れな霊だ——。
だが、本当に恐ろしい悪霊は怨念というチカラを持っている。
怨念は時間の経過がない。
まるで今さっきの出来事のように、死ぬ瞬間を覚えている。
自分が何者だったのか、何をすべきだったのか、全てを記憶し、死んだ事も理解し、そして、尚も、何かをやり遂げようと、その者自身で生きようとする。
死んだ事も理解しているから、自分が使える全てのチカラも把握している。
そんな恐ろしい霊に魅入られたら、神霊のオーブの一つや二つじゃ効く訳もない。
下手をしたら、神霊よりも、チカラが上回る場合もある。
だから、ゴーストハンターと言う職業があるのだ。
「シンバ?」
考え込んでいるシンバを心配そうに覗き込むディジー。
「あ、プラタナスに行こう、大丈夫、きっと」
何が大丈夫なのか、シンバはそう言って、笑顔で歩き出す。
その不安だらけの心細い笑顔に、ディジーも似た笑顔で頷いた。
また地図を広げ、更に南へと歩き出す。
すっかり日も暮れ、足も草臥れて来た頃、その建物は姿を現した——。
立ち入り禁止と書かれ、金網で囲まれた建物プラタナス。
シンバはクッと笑いを堪えたが、堪えきれず、
「あはははは」
と、笑ってしまった。
ディジーもウィードもプラタナスのおどろおどろしい姿に脅えていたのに、シンバが突然、笑い出すから、それもまた怖くなって、ビクッとする。
「ごめんごめん、こりゃ本当に幽霊スポットだと思ってね。これだけ霊が集まれば、第六感なんてなくても、感じちゃうよねぇ、空気が重いし」
と、まだ笑っているシンバ。
「あ、悪霊とかいるの?」
ディジーが脅えながら聞くと、
「どうだろうね、助けを求める声と悲鳴とすすり泣いている声、それと呻き声——」
もうそれだけで充分怖いとディジーもウィードも硬直する。
「中入ろう、どっかで休める場所があると思うし、疲れたろう?」
シンバが余りにも平然とそう言うから、
「おにいちゃんのバカーーーー!」
と、泣き出すウィード。
「そ、そうよ、何も暗くなってから中に入らなくてもいいじゃない。明日の朝でもいいし、それに別に、ここに立ち寄る必要ないんだから、入らなくてもいいじゃない」
「こうして幽霊が集まってる場所って言うのはね、夜に辿り着くようにできてんの。だから夜に入るんだよ、そう導かれてるんだ、誰かに」
「だ、誰かって誰よ?」
「そりゃ、幽霊達じゃないの?」
「バ、バカじゃないの! 幽霊達に導かれてるのわかってて行くなんて!」
「大丈夫だよ、悪霊らしき気配は感じないよ」
そう言うと、スタスタと一人、中に入っていくシンバ。
「ちょっ、ちょっと! 嘘でしょう!? 本気!? シンバ、アナタって、絶対、私達の事が嫌いなんでしょう!!!!」
と、もう意味のわからない事を叫びながら、ディジーはシンバを追う。ウィードもディジーにしがみ付きながら、一緒に向かう。
ディジーもウィードも、生半可に霊の姿が見えてしまうから、怖さも倍増だ。
しかも、ここの幽霊達はダジニヤの公園でお祭騒ぎをした幽霊達と違って、なんだか恐ろしい。意味もなく、スゥっときえたり、理由なく、スゥっと現れたり。
どこからか呻き声が聞こえると思えば、前方から、体を引き摺って匍匐前進しながら現れ、シンバ達に手を伸ばすと、その姿がフッと消えていく。
「ぎゃーーーーーーーー!!!!」
ディジーとウィードが悲鳴を上げる。
「いや、お前等の悲鳴が僕は怖い」
と、心臓をドキドキさせ、シンバが言った。
「・・・・・・なんか、ここの霊、変だな」
シンバが辺りを見回し、そう呟く。
「人間とは思えない型を成してる奴等がいる。自分で形を作れない悪霊とは違う。誰も想像できない型を成してる。人体実験の結果か——?」
そう言いながら、奥へ奥へと進む。
「ここで何かがあって、人が凄い変な化け物みたいな姿で死んで、その者達が、そのまま苦しんでるんだ。苦しくても、成仏せずに何かを伝える為にいる——」
しかし、何を伝えたいのか、よくわからない。
「何かを伝える為にずっと苦しみながら、ここにいたから、他の霊達が、その霊力に集まって来ちゃったんだな、だから霊が一杯いるんだ」
そんな説明はいいから、早く出ようと、ディジーが言おうとした時、
「きゃーーーーー」
と、奥から、はっきりした悲鳴が聞こえた。
「・・・・・・どう思う?」
シンバが振り返り、怖くて抱き合っているディジーとウィード見ながら聞いた。
「ど、ど、どうって、ひ、ひ、悲鳴よね、も、も、もういいでしょ、か、か、帰りましょうよ、く、く、く、暗すぎて良く見えないし」
思いっきり、歯が噛み合ってなくて、震える声で言うディジーに、
「奥に行ってみましょう? そうだな」
と、言い出すシンバ。
「言ってないわよ、そんな事!!!! そんな短くなかったでしょ!!!!」
吠えるディジーに、
「あれは幽霊の悲鳴じゃないよ、生きてる者の声だ」
と、シンバはそう言った。
生きている者が、どうして——?
プラタナスは随分と未来的構造で、ドアも自動ドアで、勝手に開くように出来ていたのだろう、取っ手やドアノブなどが見当たらない。
だからメインとなる電源を入れない限り、ドアは開かなくて、無理にこじ開けるのが大変。
そして無理にこじ開けた部屋は、乾いた人口土が広がっている。
「・・・・・・何の部屋だろう? 何か植物でも育ててたのかな?」
そう言ったシンバに、
「ディジーの花を植えてたんじゃないかしら?」
ディジーがそう言った。
「ディジーの花?」
「ほら、ここに種が」
そう言って、土の上にある小さな黒い丸いモノをディジーは手にとって見せた。
「それ、ディジーの花の種なの?」
「うん、そうよ」
「ディジーの花ってもう古代植物として、今は存在してないだろう? なのに種を見て、ディジーの花だって、なんでわかるの?」
「ルピナスにあるのよ、ディジーの花が」
「・・・・・・ルピナスに?」
「何年も何十年も何千年も、この花は永遠に絶やしてはいけないと、初代のシュロ王の決めた法の一つなの。だからルピナスで育てられてるの。今ではルピナスにしかないんじゃないかな? 種蒔きの季節になると、小さい頃は、お手伝いしてたのよ、だから種を見て、わかるの。でもこの種は死んでる——」
そう言って、ディジーが、種を乾いた土に置いた時、
「その花は、この世界を救った花なのよ」
と、現れた変な子供。
誰?と言う風に、シンバもディジーもウィードも、その子を見る。その子はオデコにライトを点け、こっちにその光を照らして来たが、その光が消えてしまい、
「あら、やだ、また電池切れ? おかしいわね」
と、額のライトを外し、電池交換を始めた。
「電池が切れたんじゃない、悪霊の仕業だ」
シンバがそう言って、クリムズンスターを抜く。
「おにいちゃん、悪霊いないって言ったじゃんか!!!!」
泣きそうな声で吠えるウィード。
「悪霊ってのはなぁ、いや、悪霊に限らず、霊ってのはなぁ、気配消せるんだよ!」
そんなの聞いてないよと、ディジーとウィードは抱き合って、震え上がる。
現れたのは人の型を成してはいるが、緑色の体をした男とも女とも言えない者——。
何も言葉を話さず、とり憑こうともせず、只、攻撃をしかけて来る。
「な、なんだ!? コイツ!? 人の霊じゃないのか!?」
言葉が通じないのか、シンバの経を唱える言葉にも反応しない。
「コイツ、ここに来た人間を只、殺してやがる」
その霊は、人を殺し続けた結果、チカラを得て、物体に触れる事も既に出来ている。
ファングがウィードの指輪から飛び出て、その霊に飛び掛る。
この建物の中にいる苦しんで止まない霊達が集まって来た。
もうこの建物に電気は流れてない筈なのに、バチバチと電灯が火花で散り、そこ等で、ラップ音が響き渡る。
『あれは植物だ』
『あれは人の型を成した植物だ』
苦しんで止まない霊達の感情がシンバの中に入り込んで来る。
『あれは月の光で変異した植物だ』
『あの植物を使い、生まれ変わろうとした』
『最強生物へと生まれ変わろうとした』
『その為に、私達の体で実験された』
『あの植物が私達に怨念を抱き続ける限り、私達の中にあるあの植物の破片は消えない』
『永遠に苦しまされる。永遠に成仏させてもらえない』
『助けて。助けて。助けて——』
「わぁかった、わかった、わかった、わかったから! うるさい、うるさい、うるさい!」
シンバは頭の中に響いて止まない声達が邪魔で集中できない。
「黙ってみてろ! 助けてやるから! 最後に経も唱えてやるから!」
言いながら、シンバはクリムズンスターを掲げる。
——最強生物に生まれ変わろうとしただと!?
——ふざけた奴がいたもんだ。
——命を弄ぶ奴は、許せない。
——植物だって、悪霊に堕ちる程、許せなくて!
——今となっては、無差別に人を喰らうだけの悪霊になっちゃって!
——こんな、こんな悲しい事ってあるかよ!!!!!
「今、無にしてやる。お前は人を喰らい過ぎた。それは許される事じゃない。お前の生まれ変わりはないけど、無になる事は、その醜い感情も消える事だ。また無から生まれる事もあるんだ、その奇跡が起きた時は、優くしてもらえる人に出会うといいな・・・・・・」
そう言うと、シンバは経を唱えながら、クリムズンスターを振り翳し、悪霊に飛び掛った!
断末魔なく、消えてなくなる悪霊達と、悪霊に解放される霊達。
シンバの唱える経に乗り、旅立っていく——。
今まで、格の高い霊能力者が訪れても、あの悪霊は気配を消し、姿を隠していたのだろう、だが、シンバはまだ修行中の身。
喰らえると思い、姿を現したのだ。
これで少しは幽霊スポットとなるこの場所も、静かになる——。
いや、もう噂となっている以上、あちこちから集まった霊達の溜まり場になるだろう。
「あぁ、やっと点いた点いた」
と、暢気な声を出す、あの変な子供。
「良かったね、もう幽霊は襲って来ないよ、おにいちゃんがやっつけたから」
と、ウィードが話し掛けると、
「幽霊? 何バカな事言ってるの? 幽霊なんてこの世にいないわよ」
と、額にライトをつけ、シンバとディジーとウィードをジロリと睨み付けて来た。
「アナタ達、どうしてここにいるの!? ここは立ち入り禁止の筈よ!」
「今、キミ、見えてなかったの!? ほら、緑色の体をした悪霊と、変な体をした幽霊達がいてさ!」
ウィードがそう言うと、
「アナタ達、肝試しか何か? バカねぇ、幽霊なんて言うのは、いると思うから、その恐怖心で脳が勝手にイメージしたもの。わかる?」
と、言い出した。
ディジーもウィードも顔を見合わせる。そして、
「ラップ音は聞こえたでしょう? それに電灯が点きそうになって火花が散ったよね?」
と、ディジーがそう言うと、
「あれはプラズマよ」
そう言い出した。
「プラズマ?」
尋ねるウィードに、
「気体放電によって気体分子が高度に電離した状態よ。だから変な音が鳴ったり、突然、何もない所から、火花が散ったり。ここは、そういう現象が起きてもおかしくない場所なの」
と、自信たっぷりの回答。
「あははははははははは」
大笑いし出すシンバ。
「ちょっと、シンバ! 笑ってないでシンバからも説明してよ!」
どうしても真実を知ってもらいたくて、ムキになるディジーに、
「無駄だよ、無駄。逆に、この子の傍に行く霊は除霊されちゃうから」
と、笑いながら言った。
「除霊されちゃうの? 霊が見えないのに?」
不思議そうにウィードが尋ねる。
「そうそう、とり憑こうにも憑けないよ。霊の存在はないと思い込んだその気持ちが、逆に強い信仰心となり、霊は除霊されてしまう。人間でもそうだろう? 存在する人間も、いないと思い込めば、ソイツはそこから排除されちゃう。声も聞こえなくなる。気持ちの問題だけど、それと同じだよ」
「でも、信じてもらえないのって悔しい! あ、そうだ、ファング!」
ウィードはファングを呼び、その子の前に立たせる。
「ファングだよ。どう? 見える?」
だが、その子は、首を傾げ、
「ファングって? 何がファング? アナタの事?」
と、目の前のファングを無視して、ウィードを見る。
「ボクじゃなくて! あぁ! もぉ! なんか悔しい!」
と、ウィードは唇を尖らせた。
シンバはまるでコントを見ているようで大笑いする。
「そんなに可笑しい訳? シンバは悔しくないの? 否定されてるのよ? 真実が嘘だと言われてるようなものでしょ!」
と、ディジーがシンバに少し怒った口調で言うと、
「だって、僕がクリムズンスターで戦ってた姿とかさ、この子から見れば、空中で剣振り回す危ない奴にしか見えないんだよ? すっげぇ笑えるじゃん。それに、否定されるのは当たり前だよ。みんながみんな、幽霊が見えたら、あの世とこの世の区別がなくなっちゃうだろ? いいんだよ、これが普通だから」
と、シンバは笑顔で、そう言った。
「おおらかと言うか、何て言うか、心が広過ぎよ、ほーんと、驚くほど!」
と、ディジーは、そんなシンバに呟く。
心が広くなければ、やってられない職業だろう、聖職者とは——。
「あ、そういえば、キミ、悲鳴上げた?」
シンバがそう尋ねると、
「悲鳴? あ、もしかして、電池切れで暗くなった時、転んだの。その時に悲鳴上げたかしら。覚えてないけど」
そう言って、
「あたし、マルメロ。マルメロ・アンタムカラー。科学研究員よ、ここの研究所には、時々来るの、昔の研究成果が残ってないか、調べにね。アナタ達は?」
と、尋ねて来た。戸惑う事もなく、ウィードが、
「ボクはウィード! お母さんを捜してるんだ」
と、笑顔で自己紹介を始める。
「あ、えっと、私はディジー。ルピナスの・・・・・・ルピナスから来たの」
ディジーも一応、自己紹介をし、何故か、ウィードもディジーもシンバを見る。
「え、僕も? 僕はシンバ・ジューア。ガルボ村の旅立ちの儀式を受け、今、修行中」
「あぁ、ガルボ村! あの嘘の集団ね」
そう言ったマルメロには、幾ら子供に温和なシンバもカチンと来た。
「あのなぁ、信じないのは個人の自由だが、嘘とか言う必要ないだろ!」
「あら、幽霊なんて幻を餌に、金儲けしてるのよ。大体、そんな幽霊なんていないのに、いるなんて思わせるような、せこい商売してるから、未だに町にも発展しない小さな村でさ。学問も進んでないし。無駄な教育方針貫いて、詐欺師を育ててるのよ」
「詐欺師!? ふざけんな! 金なんてもらわねぇよ! 殆どがボランティアみたいなもんなんだぞ! だから村の発展なんてないだけだ!」
「あら、よく言うわ。霊が出ただの何だのって言っては、国の王から大金くすめてるって噂もあるのよ。まぁ、将来は聖職者ですから、聖職者相手に、誰も詐欺師とは言えないだけでね。あたしは言わせてもらうけど」
「大金くすめてるってなんだよ! くっそー、あのジジィ! くすめてやがったのか! だったら祭りん時くらい、もっと贅沢な物を食わせてくれたっていいじゃねぇか! それにいい加減、このダサダサの服のデザインだって変えてくれたっていいじゃねぇか!」
「シ、シンバ、怒るとこ、違うから」
ディジーが村長に怒りを露にするシンバを止めた。
「それで、ここで何をしてたの? まさか幽霊退治とか言うんじゃないでしょうねぇ? 詐欺師さん?」
「詐欺師さんって、僕に言ってんじゃねぇだろうなぁ、このクソガキめ! 祟らせんぞ、この野郎!」
「お、おにいちゃん、言葉遣いが悪いよ! 祟らせるなんて、おっかない!」
ウィードが、シンバを落ち着かせようと、そう言うが、
「あら、面白いじゃないの、祟らせてみなさいよ、ほーら、ほらほらほら」
と、マルメロが挑発する。
マルメロはウィードと同じくらいだろうか、6、7歳程で、鼻が低く、赤い丸い眼鏡を下にズレてしていて、白い肌に、金髪の髪をおさげにしている。
胸元の大きなリボンが印象的なフリフリの服装に、似合わない大きな汚いリュックと額のライト。
シンバはフッと勝ち誇る笑みを零し、
「嘘つきはお前の方じゃないのか? ん?」
と、逆に挑発するような口調で言った。
「どう言う意味よ」
「科学研究員とか言ったよな? お前が? そんな訳ないじゃん。だって、お前、子供じゃん。それにその服装。研究員と言うより、どっかのお嬢様? しかも大きなリュックは服装に合ってない所を見ると、自分で適当に荷物を作ったんだろう? つまり親に内緒で出てきてるな?」
マルメロは黙り込んだ。
「当たりか? 当たりだろう? ん? どうなんだよ?」
シンバのその口調が意地悪に聞こえ、
「もういいでしょ、シンバ! 子供相手に仕返ししないの!」
と、ディジーが止める。
「だってさ、コイツ、僕を詐欺師扱いすんだもん」
「いいじゃないの、少なくとも、私もウィードも詐欺にはあってないんだし。詐欺師とも思ってないわ。変な所で、心が狭いんだから」
そう言われ、シンバはムゥッと剥れた顔をする。
「ねぇ、マルメロちゃん? あなたどこから来たの?」
「・・・・・・ポスティーノ」
「そう、じゃあ、一緒にポスティーノに行きましょうか?」
「ううん、アダサートに向かわなきゃいけないの」
「アダサート? 砂漠の城アダサートよね? 一人で?」
「・・・・・・砂漠の夜は星が肉眼で綺麗に見えるって本に書いてあったの」
そう言うと、マルメロはリュックから本を出して、ディジーに見せた。
「その本にはアダサートの事が書かれてるの、アダサートには勇者オレハ伝説があって、その勇者に祈りを捧げる為に、人々が集まるって言うのも書いてあるでしょ。そんな祈りなんてどうでもいいんだけど——」
「どうでもいいんだけど?」
突然、黙り込むマルメロに、ディジーは首を傾げる。
「最近、星がおかしいの。光り方がおかしいの。他の星の光が反射してるのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないし、何もわからないけど、兎に角、ここ等辺だと、肉眼で星を見るのは限られてくるから、砂漠の夜で、観測したいの。それに、勇者オレハに祈りでも捧げれば、精神的に落ち着いて、あたしでも少しは閃くかもしれないでしょ、パト博士のように、レーザーキャノンを作っちゃうくらいの」
「パト博士って、第2の月を破壊して、生物の理性を取り戻させたって言う、あのパト・アンタムカラー?」
シンバがそう聞くと、マルメロは頷く。
「あたし、パト博士の血筋の者なの。遠い先祖になるから、もう血族的に薄れてるかもしれないけど・・・・・・あたしはパト博士のような研究者になりたいの。彼は賛否両論ある科学者だけど、自分の意志を貫いた正義の科学者だわ! あたしは女だから、そんな無駄な知識をつけなくていいんだって言われてるけど、でも——」
「素敵ね」
ディジーがそう言って、マルメロに笑顔で、
「素敵よ! 女の子だからって博士になれない訳ないもん。頑張ってるマルメロちゃんは素敵だわ! ね、シンバ?」
と、シンバに同意見を求めてくる。
「なぁ、星がおかしいのか?」
だが、シンバは素敵かどうかなんて、どうでもいいようだ。
「僕も天体観測はよくするんだ、ガルボ村も星は綺麗に見えた。星を見ると落ち着く。だけど、星がおかしい時もある。そんな日は魑魅魍魎が溢れ出る。月に翳りがあると、良くない事が起こる前触れとも言われてるし」
「そんな事じゃないの! 現実的に、例えば、大噴火が起こるとか、津波が来るとか、大地震に襲われるとか! そういう事が起こるかもしれないのよ! 星を見て、もしかしたら、そういう災害を前もって、計算で予知できるかもしれないじゃないの」
あくまでも、霊の存在は全否定のマルメロ。
「はいはいはい、予知する為に、アダサートに?」
「そうよ、星をちゃんと観測したいの!」
「それは親にはちゃんと言って来たのか?」
「まさか! みんな、あたしのやる事に反対ばかりするのよ!」
「今頃、お前の親、お前を捜して大騒ぎだろ」
「・・・・・・しょうがないわよ。でもあたしが手柄を上げれば、わかってくれるわ」
「手柄上げらんなかったら、どうすんの?」
「・・・・・・それは——」
「お前、今夜、この幽霊スポットで一人で寝る気だったのか?」
「そうよ、ここは本当に時々来るの。昔の研究成果が何か残ってるんじゃないかって思って。今夜は宿に使おうと思っただけだけど——」
「そっか。じゃあ、今夜は僕達も、ここで一緒に休もう」
と、シンバはディジーとウィードを見る。そして、
「明日、ポスティーノに行こう、将来、聖職者になるかもしれない奴と一緒になら、アダサート迄の旅路も許してくれるさ」
そう言ったシンバに、ディジーもウィードも笑顔になる。
「それ、どういう意味?」
マルメロが一人、理解できないままで、笑顔になれず、焦っていると、ウィードが、
「ねぇ、もっと聞かせてよ! ボク、頭悪いから、科学とか、そういうの知りたい!」
と、マルメロの手を握った。
「シンバって凄いね」
ディジーがシンバにそう言って、
「だって、みんなを仲間にしちゃう。霊を信じてない人も、助けてあげちゃう。シンバって、ホント凄いね」
と、笑った。
シンバは少し照れ臭くて、苦笑いをする。
だけど、またウルフの声が脳裏を掠めた——。
『お前は誰かと一緒にいつもいた。くだらない連中を集めても無意味だ』
——ウルフ・・・・・・
——お前、今頃、何してるんだよ・・・・・・?
シンバはポケットの中のディスティープルのカケラをギュッと握り締めた。
「あたし、お菓子とか一杯持ってきたのよ、食べましょう」
と、リュックから、チョコレートだの、クッキーだの、飴玉だのを取り出すマルメロ。
今夜は噂の幽霊スポットとなる程の重い空気のこの場所も、軽い空気へと変わりそうだ。
次から次へと、手品のように、お菓子を出してくるマルメロ。
お菓子にはしゃぐウィード。
そして、ディジーの明るい笑い声。
それに釣られて笑うシンバ。
だが、ディスティープルのカケラを握り締める手の平には、恐怖を感じている。
今、夜空の星が、一つ、不思議に揺れる——。
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