4.神霊のオーブ

孤児院に入ったシンバは、ウロウロと見て回る。

「どちら様? 勝手に館内に入られては困ります!」

40代くらいの小太りの男が、厳しい口調で、シンバに注意をする。

「すいません、歴史の調査をしてて、この孤児院はもう古いんですか?」

気さくな笑顔で、そう聞いて来るシンバに、男は少し不審に思いながらも、

「あぁ、歴代のぺージェンティスの王に、リンと言う王がいてね、その王が作った孤児院だから古いよ。建物自体は何度もリフォームして、建て増しもしてるから、新しいけどね」

そう答えてくれた。

「そうですか。ではその王がいた頃からあるものってありませんよね?」

「と言うと?」

「うーん、なんて言うのかな、民の皆が、その王を忘れない為に残したものって言うか」

「あぁ、リン王は立派な王だったからね。今も祈りを捧げる民も少なくないだろう、だが、ここにはないよ。城の礼拝堂にリン王が大事にしていたオルゴールがあって、それが祀られている。もう昔の話だから、よくは知らないが、リン王には妹のラン王女がおられ、その王女は違う城へと花嫁に行ってしまい、リン王は、妹にそのオルゴールの対になる物を渡したとか。それから、リン王は妹の幸せを願い、毎晩、そのオルゴールの音色を聞いて過ごしたらしい。それはそれは毎晩で、それはいつしか、リン王の形見となる程に——」

「そうですか。わかりました。城は僕でも入れますか?」

そう聞いたシンバに、男は笑い、

「無断で入れる所なんてないよ、門番の兵士にリン王の形見を見たいと言えば、キミが怪しくない事をチェックされた上で、通してくれるよ」

そう教えてくれた。シンバは苦笑いで頭を掻きながら、ふと、壁に子供達が描いた絵に目をとられた。

「この絵——」

それは何の絵だろうか、黒いグルグルの渦巻きと、赤いモノが混ざり合った絵。

「あぁ、ウィードの絵ですね」

「あ、ウィード・・・・・・」

思わず、知ってると言いそうになる口を押さえた。

「ウィードは母子家庭だったんですよ、でも去年、ウィードの母はウィードを捨て、男と出て行ったんです」

「亡くなったんじゃないんですか!?」

「おや、どこかでそう聞いたんですね。子供達の手前、そう言ってるだけですよ」

「そうなんですか。母親は?」

「さぁ? 酷い母親ですよ、ウィードに橋の上で待っててと言って消えたんですからね。ウィードは明るい良い子だったんですけどね、今は・・・・・・」

今はどうだと言うのだろう、それ以上、何も言わない男に、シンバも何も聞けない。

「じゃあ、失礼します、色々と教えて下さり、ありがとうございました」

シンバが頭を下げると、男も、一応、頭を下げて見せる。

そして、シンバは城へと向かった。

勿論、そう簡単に入れる訳はない。

なんせ、シンバは大きな剣、クリムズンスターを背負っている。

それだけで充分、城に入れない理由がある。

だが、クリムズンスターをどこかへ置いておく訳にはいかない。

その為、にこやかに兵士に対応する他、思いつかないのだ。

「駄目だ駄目だ駄目だ! リン王の祈りに来たのなら、持ち物はここで預かる!」

「いや、持ち物なんて、何もないし」

「その剣の事を言っているのだ!」

「いや、この剣は・・・・・・呪われちゃうよ?」

「何を言っているのだ! 兎に角、持ち物を置いて行かぬのなら帰られよ!」

仕舞いには、腰の剣で斬りかかって来そうな勢いの兵士の形相に、シンバは後退り。

それでも、にこやかな笑顔は絶やさず、

「で、でも、リン王の——」

と、まだ粘る。

「いいだろう、行かせてあげなさい」

そう言って来たのは、

「少尉殿!」

らしい——。

「しかし少尉殿!」

「大丈夫だろう、王の間に行く訳ではあるまい。それにまだ子供ではないか。聞けば、歴史調査と? 勉強熱心なのはいい事だ」

と、少尉は笑顔で、シンバを通してくれた。

シンバは頭を下げ、少尉の気が変わらぬ内にと、オルゴールが祀ってある礼拝堂まで走る。

「少尉殿! 歴史調査など嘘に決まってますよ!」

「だろうなぁ」

「え? 嘘とわかって通したんですか!?」

「あの子はガルボ村の子だよ。服装でわからんか?」

「ガルボ村?」

「将来、聖職者になる者だよ。ガルボ村の子は毎年、17歳になる子供を旅立たせ、世の悪霊を退治させておる」

「悪霊!?」

「はっはっはっ、城に何か悪いモノが憑いておるかな?」

少尉は笑い事ではない事を言い出す。

その頃、シンバは礼拝堂へ辿り着いていた。

走り続けた為、少し呼吸が乱れている。

礼拝堂は運良く、誰もいない——。

不気味な程、シンと静まり返っている。

透明のケースに入れられている小さなオルゴールがある。

シンバはそれをジィーっと見つめた後、不敵な笑みでニヤリと笑った。

そして、背負っているクリムズンスターを抜いた。

そして、大きな刃を天高く掲げ、

「我の名はシンバ! シンバ・ジューア! この聖剣に——・・・・・・ん? ちょっと待て、クリムズンスターは聖剣じゃないぞ?」

と、何やら、困った様子。

「聖剣じゃないのに、どうやって神霊と交信するんだ?」

どうやら神霊は聖剣に反応を示すようだ。

シンバは参ったなと、その場にしゃがみ込んだ。

「ウルフがいればな・・・・・・」

何を甘ったれているのだろうか、しかし、ウルフがいればと何度も思う。

「聖なる光がなければ、こんなの無理だよ・・・・・・」

そう呟き、オーブを入れる小瓶を取り出す。

こんな使命、何故、クリムズンスターを持って出たシンバに与えたのだろうか。

「そう言えば、村長が言ってたよな。武器は扱う者により、その品性が決まるって。じゃあ、聖剣ではないけど、聖なる光くらい出せんじゃないの? お前」

と、クリムズンスターに問い掛ける。だが、クリムズンスターは沈黙のまま——。

ガチャリと扉の開く音がして、シンバは立ち上がり、振り向いた。

「おやおや、兵士達からガルボ村から旅立った者が来ていると聞いていたが、こんな所におったか」

「あ、い、いや、あの、歴史調査で——」

「気にせんでいい。霊の存在をバカにする者ではないよ、私は。見てわかるじゃろう?」

その人は牧師の格好をしている。

「私もガルボ村出身の者だよ。名はなんと申す?」

「あ、はい、シンバです。シンバ・ジューア」

「ああ、ジューアさんの所の・・・・・・大きくなった、もう17歳か? あんなに小さかった赤ん坊が、もう旅立ちの儀式を受けておるとは。月日の流れは早い」

「あの・・・・・・僕は神霊のオーブを手に入れなければならなくて」

「ほぅ、今年はそんな新たな使命も加わったのか?」

「いえ、えっと、僕だけなんですけど・・・・・・でも僕の剣は——」

「それはクリムズンスター!?」

シンバの手にする剣をマジマジと見つめ、牧師は驚きの声を上げた。

「あの・・・・・・それで・・・・・・聖なる光がなくて——」

「神霊と交信できないと申すのだな?」

「はい!」

「何か勘違いしておるようじゃな。聖剣である光を利用して、神霊と対話するのではない。己の心の光を使うのじゃ。聖職者になる者、常に光を秘めておかねばなるまい。それを物体化する為に聖剣に光を反射させるだけの事。それが例え暗黒剣であろうが、呪われし剣であろうが、鏡のように美しい刃さえあれば、己の心に秘めたる聖なる光が反映される筈」

「・・・・・・はぁ、そういうもんでしょうか」

「但し、難しいぞ? 元が聖なる光を宿しやすい聖剣でない場合、まだまだ未熟な修行者が只の鏡なぞに自らの聖なる部分を反映さすだけでも困難なものを、呪われし闇のモノに反映するとなれば、それはとても難しい。修行を積んだ者も、それができるかどうか」

「・・・・・・やってみます」

シンバはそう言うと、またクリムズンスターを天高く掲げた。

やるしかないのだ。

クリムズンスターを所有したいと無茶な願いを出したのはシンバ自身。今更、後戻りはできない。

「我の名はシンバ! シンバ・ジューア! この・・・・・・このクリムズンスターに応え給え!」

そう言うと、シンバは剣を縦に置き、その場に跪く。

何の反応もないので、またそれを繰り返す。

何度も何度も繰り返す。

やがて、呼吸も荒れて来たが、休む事なく、何度も続ける。

牧師はこの礼拝堂に誰も入って来ないように、鍵を閉めた。

シンバは只、只管、神霊との交信を望み続ける。

——大体、僕の中に聖なる光ってどれくらいあるんだ?

——そりゃあ、誰の中にも闇と光があるだろうけどさ。

——そんなに良い行いばかりして来た訳じゃないし、闇の部分の方が多いような気がする。

——駄目だ! 無心になれ! 余計な事を考えるな!

——大丈夫、応えてくれるさ、必ず!

シンバは、何度も何度も同じ事を繰り返す。

気付いたら、何千回、同じ事をしただろうか、もう立ち上がれない程に、フラフラだ。

「今日はここまでにして、また明日になさい。そうだ、休む所を用意しよう、お腹も減っただろう? そのクリムズンスターを手にできた話も聞きたいし、今晩はゆっくりと——」

その牧師の台詞で、

「今晩!? ってもう夜ですか!?」

と、日が落ちていた事に気が付いた。そして、

「また明日来ます!」

と、言うと、急いで、その場から立ち去る。

そして、ヨロヨロの体を走らせ、急いで図書館に向かった。

「やべぇ! アイツ、どうしてるかな!」

そのまま置いてきたディジーが心配だ。

図書館は閉館していた。

シンバは町のどこかにいる筈だと、ディジーを探し、走る。疲れているせいもあり、走り方がヨタヨタと、素早さがないが、兎に角、前へ前へと走る。

そしてディジーを見つけた——。

「・・・・・・なにやってんだよ、アイツ」

ディジーはあの橋の下の川へ入り、何かを探している。

多分、指輪を探しているのだろう。

川は思ったより浅いようで、ディジーの膝の辺りまでしか水はない。

空に浮かぶ三日月。

日がすっかり落ちてから、行動するしかないディジー。

「・・・・・・バカだな、あの指輪はない方がいいんだ」

そう独り言を言いながらも、シンバは、ディジーの行動を見てるだけ。

多分、すぐに見つからないと諦めるだろうと、橋の上から見ていたが、ディジーは探し続ける。諦めずに探し続ける。

「・・・・・・だって、お前、あの子と知り合いでもないだろう?」

また独り言で、橋の上から問い掛ける。ディジーは一人で一生懸命、探している。

「・・・・・・ちょっと会っただけの奴に、なんでそこまでするの?」

この独り言は、呟いているだけで、ディジーには届かない。届かないが、問い掛けてしまう。余りにも一生懸命に探している姿が、わからなくて——。

朝日が昇る頃、ディジーはやっと川から上がる。

ガチガチに震えているのが、橋の上からでもわかる。

指輪は見つからなかったのだろう、ディジーの表情がそう語っている。

どこから手に入れて来たのか、川沿いで、大きな寝袋を広げ、ディジーはその中に入ると、動かなくなった。

「嘘だろ、あんなとこで眠る気か!?」

寝袋に入っていれば、紫外線からは逃れられるだろうが、それよりも、

「アイツ、王女なんだろう!?」

王女様の行動とは思えない。

そう、指輪を探す辺り、王女様とは思えない。

「・・・・・・だったら指輪、新しいのを買ってあげるよな」

そう、どうしてもウィードが気になるのならば、王女様なら、似た指輪を買って与えるだろう。

トボトボと向こうから、やって来るのはウィード。朝早くの散歩だろうか。しかし、橋の中央にシンバの姿を見つけると、一目散に逃げ出した。

「なんだよ、あのガキ! 感じ悪いな!」

シンバはムッとして追い駆けようとするが、結局、ずっと寝てないせいもあり、体が言う事を聞かず、その場でストンと力を失うように、座り込んだ瞬間、眠り込んでしまった。

人通りが激しくなる頃、足音や声や周囲の音で目を覚ますシンバ。

皆、こんな所で眠っているシンバを見て見ぬふりで通り過ぎて行く。

いつの間にか眠ってしまった事に驚いた後、バッと勢い良く、橋から体を乗り出して、下を覗き込む。ディジーの寝袋もそのままある。ホッとして、シンバは辺りを見回す。

太陽は天辺にある。

もう昼近いのかもしれないと、シンバは急いで城へと向かう。

途中、パン屋さんの美味しそうな匂いに、フラフラと足が勝手にパン屋へ向かったが、空腹の方が精神統一しやすいと思い、ここはグッと堪えた。

城内へは直ぐに入れた。

門番の兵士に、

「悪霊が住み着いてるって本当?」

と、聞かれ、どんな噂がたっているのだと、驚いたが、

「いえ、城にはいませんよ」

そう答えた。兵士は、良かったと頷いていたが、

「城には? じゃあ、城以外の場所に悪霊がいるって事?」

と、鋭い突っ込み。

今、悪霊がいるとしたら、それは川底。流れのある水に、悪霊は閉じ込められたも同然。それにぺージェンティスは宗教文明が強い。そのぺージェンティスに流れる水は勝手に聖水となっている。まず、誰かが悪霊を出してしまわない限り、封印されたも同じだろう。

あの指輪の中に——。

礼拝堂では牧師が待ち侘びていたかのように、立っていた。

シンバが息を切らし、現れると、優しい笑顔で迎えてくれて、誰も入って来ないよう、鍵を閉めてくれた。

シンバは、オルゴールの前に立つ。

呼吸を整え、思う——。

心の中の聖なる光とはなんなのだろうかと。

無心になっても駄目。

無我夢中になっても駄目。

一生懸命やればいいってもんじゃないのだろう、只管、続けても駄目。

目を閉じると、昨夜、川の中で、指輪を一人で探すディジーの姿が浮かんだ。

——僕は何の為に無心でいたのだろう。

——僕は何の為に無我夢中だったのだろう。

——僕は何の為に、只管、同じ事を繰り返し頑張っていたのだろう。

——早く神霊のオーブを手に入れたい。

——早く使命を終わらせたい。

——そんな事を心に置いて、全てを無効化にしていたんじゃないだろうか。

——どうして、ディジーが神霊のオーブを手に入れたい理由を軽く見ていたのか。

——理由も知らない癖に、くだらない願いだと決め付けてる自分がいる。

——ディジーは・・・・・・

ふと、シンバの閉じている目蓋の向こうに映るディジーの花畑け。

その中央に誰かが立っている。

誰だろう——?

——ディジー?

ハッキリした姿がわからないが、後姿のような気がする。今、その誰かが振り向いた。

思わず、目を開けると、目の前には誰もいない。

オルゴールが何も変化なく、そこにあるだけ——。

「牧師さん・・・・・・ディジーの花って、今はもうどこにもないんですよね?」

振り向いて、牧師にそう尋ねた。

牧師はディジーの花が、今、何の関係があるのだろうと、眉間に皺を寄せるが、

「いや、聞いた事がないなぁ、古代植物として、どこかで——」

「あ、いや、いいんです、すいません」

シンバは牧師の台詞を途中で止めさせ、今はそれどころじゃないんだと、集中する。

「我の名はシンバ! シンバ・ジューア! このクリムズンスターに応え給え!」

オルゴールに、そう言うと、シンバは剣を縦に置き、その場に跪く。が、

「違う、そうじゃない! 今のナシ! もう一回!」

シンバはそう言って、立ち上がる。

牧師は、昨日と違うシンバに、感心を隠せない。

「凄いな、昨日の今日で、何か違うと感じるなんて」

と、呟き、シンバを見守る。

何時間経っただろうか、汗びっしょりのシンバは、剣を高く掲げ、黙り込んでいる。

牧師が、疲れたのだろうと、少し休めばどうかと話し掛けようとした時——。

オルゴールの音色が礼拝堂に響く。

優しく奏でるオルゴールの音色に、シンバは、今、何を思っているのか、只、黙り込んで、立ったままだ。

牧師も何故か動けない、いや、金縛り——!?

『我を呼ぶ者よ、我の深き眠りを妨げる者よ——』

まるで地の底から響く、その声は牧師にも届いた。

神霊は人々の思念が強く、魂の半分は成仏出来ず、生まれ変わりの旅へ出れずに、人々の思いの強い場所に留まる。

留まるが、何をする訳でもない。只、そこに眠る。

そこに祈る人々の気持ちを軽くする程度、つまり、気の持ちように過ぎないが、そこに眠って、人々の声を聞いているだけ——。

だから、その深い眠りを無理に起こす事は、許される事ではない。下手をすれば、悪霊へと堕とし兼ねない事である。

神霊が悪霊へと変わると、恐ろしい災いが起こるであろう。

今、シンバが見えないチカラによって、宙に浮く。そして、遠くの壁に思いっきり打ち当てられ、そのまま、壁に貼り付けに合うように、動けなくなる。

「・・・・・・くっ! くはっ!」

封じられたのは動きだけでなく、呼吸もうまくできない。もがくまま、力を入れてみるが、自由がきかない。

『我を呼ぶ者よ、我の深き眠りを妨げる者よ——』

また声が礼拝堂に響き渡る。

シンバが、その声に応えようとするが、それは口をパクパク開けているだけで、言葉が出て来ない。牧師も金縛りに合ったままだ。

シンバは、クリムズンスターを握っている手に力を入れ、兎に角、もがく。

——もう駄目だ、もう息が続かない。

——苦しい。

——死ぬんだ・・・・・・。

気が遠くなる。

この感じは遥か昔、感じた事があった。

ブルーの中に沈んでいく感じ。

もう駄目だ、苦しい、助けて、息ができない!

そう感じた——。

目を開くと満月が見えた。

それは鮮明に感じる、時空を飛んだ感覚。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

物凄い雄叫びを上げ、シンバは呪縛を断ち切る。

二度とそんな想いはしたくないと、シンバは恐怖を覚えている。

前世の記憶など、何もないが、どこかで感じる記憶と感覚は確かに現在に蘇った。

壁に貼り付けられて、身動きできなかったシンバは、その呪縛を断ち切り、自由になった。

そして、今、クリムズンスターを天高く掲げ、

「我の名はシンバ! シンバ・ジューア! このクリムズンスターに応え給え!」

そう大声で唱える。そして、剣を縦に置き、その場に跪く。

クリムズンスターの刃が眩い光を放った!

『我は名も忘れた魂。我の名を——』

地の底から響く声が、シンバの声に返した。

「アナタはこの地に祈られた偉大なる王! リン・ぺージェンティス! 神霊となる大いなる魂よ、あなたの眠りを妨げた我に試練を与え給え!」

『試練を求める者よ、我の名はリン・ぺージェンティス。我の名を呼び、己の魂の中に導かれよ——』

「・・・・・・リン・ぺージェンティス」

シンバが名を呼ぶ。

「リン・ぺージェンティス!」

名を大声で叫ぶ。呼ばれた魂はシンバの精神の中に入り込む。それは見えない何かが、シンバの胸の辺りに吸い込まれていくようで、シンバはその衝撃に咳き込むように、ヨダレを嘔吐する。

そして、その凄まじい空気が、恐ろしく、シンと静まり返ると、オルゴールの音色も止まり、シンバは倒れて、意識を失った。

やっと身動きがとれるようになった牧師は、シンバを覗き込み、揺さ振り、何度も呼びかけるが、シンバは呼吸も止まっている——。

今、シンバの体の中には二つの魂が存在している。

一つはシンバの魂。そして、もう一つは神霊であるリン・ぺージェンティスの魂。

リン・ぺージェンティスの魂は、生きてきた全ての記憶がある訳ではない。

その魂は人格に値する魂であって、全てでもない。

だが、シンバに、今持っている全ての記憶を見せる。

それは生きる事の厳しさ、辛さ、そして、悲しみと絶望——。

そして誰にでもある闇の部分。

誰かを嘲笑い、誰かを蹴落とし、誰かを裏切り、誰かを見殺しにする。

シンバは耳を塞ぎ、目を閉じるが、それはシンバの中に流れ込んで入ってくる。

誰かを平等に見れない、誰かを下に見て安心し、誰かを許せずに、誰かを傷つける。

全て悪い事は誰かのせいであり、常に誰かが足元で悔しがっている。

「やめろ! 違う! 僕はそんな事ない!」

そう、それはシンバではない、シンバではないが、シンバも持っている部分である。

リン・ぺージェンティスは、シンバに、全てを流し込む。

暗い暗い闇の中に引きずり込む。

また足掻くシンバ。闇に沈まないよう、何かに掴まろうと、手を伸ばす。

「でも闇ばかりじゃないだろ!? リン王は人々に祈られる程の偉大なる王なんだろ!? 誰か! 誰かリン王の中に存在する光をくれる誰か!!!!」

どうか、名も忘れた魂となったリン王の中に忘れられない存在があると信じて——!

「誰か!!!!」

シンバがわからない誰かに助けを求める声を上げると、闇が嘘のように晴れていく。

リン王の光となる部分。

闇に光を照らした者——。

どんなに詰る台詞も、どんなに見下した瞳も、どんなに酷い屈辱も、全てを許し、助けてくれた事、そしてそれを教えてくれた、リン王の中に存在する人物——。

しかし、それも恐ろしい程の光過ぎて、今度は光に呑まれて行くシンバ。

誰かを助け、誰かを愛し、誰かを信じ、誰かを救う。

それは生きる事の尊さ、生きる理由の希望と、生きている素晴らしさ——。

そして誰でも持っている光。

眩しすぎて、シンバは苦しくなる。

「リン王! 僕は——! でも僕はまだこんなに光を受け入れるだけの精神力は持っていないんです! 闇も光も僕もあるけど、まだ強くない!」

シンバは全てを受け入れられない事を口にする。

やがて、シンバは光に呑まれ、オルゴールの音色と、

『我はリン・ぺージェンティス、我は民の幸せを守る者なり——』

と言う声だけを聞いた後、

「しっかりするのじゃ! おい! おい!」

と、シンバを呼ぶ牧師の声で、意識を戻した。

「あ・・・・・・あれ? 僕は——」

「ああ、良かった、息をしてなくて、心音も止まっていたのだよ」

「僕が?」

シンバは信じられないと言う風に、首を傾げ、起き上がった。すると、オルゴールが再び鳴り出し、天から金色に光る玉のようなモノが落ちて来た。

「神霊のオーブ!」

シンバは急いで、小瓶を取り出し、落ちてくるソレを小瓶の中に入れた。

小瓶の中で輝く丸い光。

「どうやら神霊の試練に耐えぬいたようじゃな」

そう言った牧師に、そうなのかなぁ?と首をまた傾げるシンバ。

「キミのようだったら、私も雇われ牧師などではなく、名高いエクソシストくらいにはなれたかもしれんな」

と、笑う牧師を、シンバはキョトンとした表情で見て、

「牧師って職業、いいと思いますよ、本当に。僕は名声を上げるより、小さな町や村の小さな教会で、みんなの懺悔なんか聞いて、のんびり暮らす生活がいいなって思うから」

そう言った。牧師はまた笑い、

「キミはもっと上を目指せるよ、そのチカラがある。選ばれし者なんだよ」

冗談っぽく言ったので、シンバは冗談と受け取るが、

「ほら、その証拠にクリムズンスターという誰にも扱えないモノを扱う特別な能力がある」

と、真剣に言われ、シンバは床に置かれたままのクリムズンスターを見た。

——僕が?

——特別?

——まさか。

シンバは有り得ないと少し笑い、クリムズンスターを背中の鞘に収め、牧師に深く頭を下げると、ディジーの元へと駆け出した。

——きっとアイツ、驚くぞ。

——神霊のオーブをもう手に入れたのかって驚くぞ!

——そして喜ぶだろうな!

ディジーの笑顔を思い描き、シンバは外に飛び出した。

もうすっかり夜だ。

今夜も月が見下ろしている。

そして、今夜もディジーは川に入って、指輪を探していた——。

ディジーに神霊のオーブを見せようと、橋の上から大声で呼ぼうとした、そのはしゃいだ気持ちが一気に冷めていく——。

余りにもディジーは一生懸命すぎる。

普通は大きな川で、小さな指輪が見つかる訳がないと、わかる事だ。

でも、わかっていても、見つかる事を信じて、止めない。

あのウィードと言う、名前しか知らない少年の為に——。

そこに利益は何もないだろう。

それに見つかったとしても、それは悪霊の宿った危険な指輪である。

それでも、この時、シンバは、ディジーの深い愛情を感じ、それを無駄にはしたくないと思い、神霊のオーブを小瓶から取り出した。

ふわふわと宙に浮く丸い小さな黄金の光——。

「神霊のオーブよ、心から願う。あの少女が探しているモノが見つかりますように——」

シンバはオーブにそう祈り、祈り続ける。瞳を閉じて、手を合わせ、祈る。

「あったぁ!!!!」

と、ディジーの声が聞こえ、目を開けると、もうオーブは跡形もなく消えていた。

「あった、あった、あったぁ!」

と、嬉しそうな弾んだ声が聞こえ、シンバは橋から身を乗り出して、ディジーを見る。

「おーい! お前、何やってんだよぉー! 図書館で待ってろって言ったろー!?」

そう吠えると、ディジーは上を向き、シンバに手を振って、

「ねぇー! 見てぇー! あの子の指輪、見つけたよぉー!」

と、大声で叫んだ。

また振り出しに戻り、神霊を見つけ、また苦しい試練を受けなければならない。

でもシンバはそれでもいいと思った。

余りにもディジーが嬉しそうに笑うので、ディジーの願いが一つ叶ったと思えば、それで良しと、自分に言い聞かせる。

それに思い描いたディジーの笑顔は見れたのだ。

満足感と達成感はある。思わず、シンバの顔も緩むが、こんな夜更けに、向こうから歩いてくるウィードの姿を見つけ、

「さて、これからが本番だ」

と、シンバは怖い顔になり、呟く。

まだ何も理解していないディジーは、はしゃぎ続け、その手には怪しく光る指輪——。

そして、指輪に呼ばれるがままに、操られているとも気付かず、やって来るウィード。

悪霊との対決は初めてのシンバ。

だが、シンバは一つの自信をつけている。

神霊のオーブは、もうないが、オーブを手に入れたという事実は、シンバに自信を与えた。

呪われた剣に自分の内なる聖なる光を反映させた事も、神霊の試練を受けた事も。

今のシンバは自信に満ち溢れている——。

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