2.竜を従える世にも美しい少女

「どうしよう、村長にあんな事言っちゃって」

「バカなんだよ、お前は! 後先考えず、感情に任せて興奮して、無理な事を言って。新たに英雄の伝説なんて作れる訳ないじゃん」

「だよなぁ。まぁ、それは誰もが承知の上での事だろうし、僕も知ったこっちゃないし」

旅立って直ぐに使命を投げ出すシンバ。

「ていうか、そんなお前がクリムズンスターを装備できたのが不思議」

まだ装備できた事に納得できないウルフ。

「うーん・・・・・・」

「なんだよ、お前、自分でも唸る程、不思議なの?」

「いや、あのさぁ、今さぁ、満月が、一瞬、影で消えなかった?」

「満月?」

ウルフは空を見上げ、月を見る。

「一瞬だったから、暗くなる事もなかったんだけどさぁ」

「月が翳る時は良くない事が起こるんだぜ? 例えば、魑魅魍魎が現れるとか」

「ラッキーじゃん、バンバン倒して一気にレベル上げ!」

シンバが笑いながら、そう言うと、ウルフも笑うが、目の前に影が現れ、二人共、一瞬で笑いを凍りつかせた。

折角、剣をもらっても、その柄に手をかける事もない。

まだ二人は始まったばかりで、何も慣れていない。

しかし、今回は剣を抜かなくて良かった、目の前の影は月明かりによく見ると少女だ。

「すっげぇ、美少女・・・・・・」

ウルフが思わず、そう呟く。

まるで幽霊が少女に化けているのではないかと思う程の恐ろしい美しさ。

長い真っ白の髪に、燃える赤い瞳。そして雪のように真っ白な素肌。

身に付けている衣類は上等で、動きやすいパンツ姿だが、上品さがある。

首から下げられている大きなメダルのペンダント。

そのメダルには、大きな鎌が二つ重なり合い、その中央に翼龍の紋章が刻まれている。

「あの紋章はルピナスの紋章・・・・・・」

またウルフが呟く。

「ルピナス?」

シンバが呟き返す。

「こことは違う大陸にある城だよ。でも有名な城だぜ、ルピナス城は」

「有名?」

またシンバが呟きで聞き返すと同時に、

「この辺に、ガルボ村という集落がある筈なんですけど」

と、少女が喋った。

シンと静まり返る間——。

「あの、ガルボ村という集落、御存知ないですか?」

また少女が聞いてきた。

シンバとウルフは、ふと気付く。

彼女はどこから現れたのだろうか。

周りは広がる草原——。

風が草をサラサラと撫でて行く。

見晴らしのいいこの場所で、行き成り目の前に現れた彼女は、一体、どこから——?

魑魅魍魎などの存在を否定する者もいるが、シンバとウルフは、そういう環境で育ってきた。そして、その忌わしき存在を否定できない程のリアルなモノを見てきた。

事実、ガルボ村はそういう得体の知れない輩を退治する者を育てる場所であり、そしてそういう輩は、退治されるのを恐れ、ガルボ村を襲う事もある。

勿論、ガルボ村は結界が張ってある。それを破ったとしても、村には相当なエクソシストやらハイプリーストやらゴーストハンターやらがいる。

そう簡単に、魑魅魍魎にやられる事はない。

旅立ちは儀式上、真夜中と決まっている為、シンバとウルフが、こんな月明かりを頼りに歩いているのは仕方ないが、この少女はこんな夜更けに、何故——!?

「ガルボ村はあっちですよ」

ウルフが村とは正反対の方向を指差した。

「あっち? 私、あっちから来たんだけど、あっちに小さな集落なんてなかったけど・・・・・・」

「小さな村でしょうから、そう簡単に見つからないんじゃないかな?」

ウルフのうまい嘘にシンバは感心するだけ。

「そうね、わかった、ありがとう」

少女はそう言うと、

「バブルーーーーーッ!!!!」

と、何かの呪文のように大声で月に向かって吠えた。

月が一瞬翳る。

そしてその影は大きく、こちらへ向かって来る。

風を舞い上がらせ、舞い降りて来る大きな龍——。

「翼龍?」

シンバは呟く。

そして、最初の月の翳りは、この龍だったのだと悟る。

龍は大きな首を屈ませて、少女を背に乗せる。

この幻想的な光景を只、只、魅入るばかり——。

「呪文で、龍を召喚した?」

驚いて、そう言ったウルフに、

「違う、あれは呪文じゃなくて、龍の名前だよ——」

と、シンバが答える。

「ありがとう」

と、彼女はシンバとウルフに言った。そして、龍と共に月に向かって飛んでいった——。

ポカーンと口を開け、見送るシンバとウルフ。

暫く、呆然としたまま、空を見上げていた。

「空からはガルボ村はわかんないよな、だって、木々に囲まれた森にしか見えない造りだもんな、あの村は」

シンバはそう言いながら、歩き出す。

「ま、待てよ。俺さ、あの女、悪霊かなって思って、口から出任せ言っちゃったけど、でもやっぱり、ルピナスの王女だよ」

「王女?」

「俺の読んだ本に記されてた話だけど、ルピナスの最初の王であるシュロ王が定めた法により、王族となる者は翼龍を従わせるんだ。翼龍のイヤーウィングドラゴンは全滅したけど、一匹、残ってたらしくて、そのイヤーウィングドラゴンと他のドラゴンを合わせて、生まれた翼竜がルピナスで生態されてるんだ。王族である証として、紋章のメダルもつけてたし!」

「ふぅん。でもおかしくない? なんでこんな夜中に? しかも王女が? 一人で?」

「それはそうだけど。あ、ガルボ村に来たって事はルピナスが悪霊にやられて大変だから助けを求めて一人、龍に乗って来たとか考えられないか?」

「小さな集落の村や町ならわかるけど、ルピナス城なんだろ? よくわかんないけど城下町には教会くらいあるだろうし、それなりのエクソシストだっていると思うよ。間抜けな王じゃない限り、わざわざ姫一人で来させないよ。そういうもんだろう?」

「そうだな。昔のルピナスは素晴らしい国だったらしいし、シンバの言う通りだな。でも、一つ気に掛かる事があって」

と、ウルフは考え込む。

「気に掛かるって何が?」

「うん、彼女、凄い綺麗だった」

「そりゃぁ、王女となれば、そこ等辺の普通の女の子より綺麗なんじゃないの」

「いや、ルピナスに生まれた王女は醜くて、城中の鏡を壊し、姿を映す物は全て排除したと聞いた。今では王女は城の一番高い塔の天辺で閉じ篭り、出て来ないらしい」

「へぇ。そんな醜いの?」

「化け物みたいに醜いらしい」

「へぇ。可哀相に」

「だとしたら、彼女は綺麗過ぎただろう?」

「そうだね」

「でも、彼女はアルビノだった」

「アルビノ?」

シンバは首を傾げ、聞き返した。

「アルビノ。先天性白皮症とか、白子症とか、メラニン色素を作るために必要な酵素の一種の働きが無く生まれた者の事。彼女、瞳も真っ赤だっただろ、色素が全くないんじゃないかな」

「へー、そういう人がいるんだぁ」

「アルビノはな、紫外線は大敵だし、視力も良くない筈」

「そうなの!? 不便だね」

「視力は兎も角として、紫外線は大敵。だから光の届かない塔の天辺に閉じ込められてたんじゃないかな? 醜いと言うのは単なる噂で、誰も見た事がないから、彼女が物凄い美しい事も誰も知らない。でもルピナスに何か起こり、彼女は一人、龍に乗って、ガルボ村を探し求めてきた!」

「紫外線が大敵なら、真夜中行動も理解できるしね。いいんじゃない? 名推理じゃん、探偵に向いてるんじゃない? ウルフ」

そう言って笑うシンバに、ウルフはムッとする。

「じゃあ、シンバは彼女の事、どう思うんだよ!?」

「え? 僕は別に何とも思わないよ」

「なんだよ、お前、そんなんで悪霊から人助けできんのかよ!」

「ウルフこそ、なんでもかんでも霊を悪霊と決めつけるなよな。霊だって悪い奴もいれば、いい奴もいるんだからな」

「わかってるよ。ゴールデンスピリッツになる霊を探すんだから、いい奴がいる事くらい理解できる! 今は霊の話じゃなくて! 彼女の——」

ウルフはそこまで言いかけ、面倒そうに頭を掻くと、

「シンバ、別行動だ」

そう言った。

「へ?」

「俺は塔の天辺から助けを求めに現れた姫を助ける。お前はそこらにいる人間の助けでも聞いてろ」

「・・・・・・勝手にすれば」

シンバはそう言うと、プイッと顔を背け、一人、歩いて行く。

「シンバーーーーッ!!!! バイバーーーーイ!!!!」

振り向くと、大声でそう言いながら、手を振るウルフ。

「俺はルピナスに向かうよーーーー!!!! どっかで会ったら、どっちが成長してるか楽しみだなーーーー!!!!」

そう言って、手を振り続けるウルフに、

「僕より成長してる自信あるから楽しみなんだろ」

と、呟くシンバ。それでも、直ぐに笑顔で、手を振り返し、

「僕はとりあえずページェンティスに向かうよーーーー!!!!」

と、大声で返した。

二人、手を大きく振り合い、背を向けるが、何度か振り向きながら、お互いを確認し合い歩いていく。

やがて、ウルフの姿が全く見えなくなると、シンバは暫く、ウルフが行った方向を立ち尽くし見つめていた。

そして、ページェンティスに向けて、シンバは一人歩き出す。

満月の光が、心細い——。

夜風に流れる草の香り。

まだ遠いが、道しるべとなる大樹が一本、見え始めた。

その木迄、辿り着けたと言う事は、間違いなく、真っ直ぐ来れている。

後はその目印となる木から南へ下れば、ページェンティスだ。

木の傍に誰かいる。

木を見上げている。

それはさっきの龍の少女——。

思わず振り返り、ウルフを探してしまう。

「ちょっと!」

少女の方から近づいて来て、シンバに声をかけた。

「え?」

「もう一人は?」

「キ、キミを探してるんじゃないかな?」

「もう嘘はやめて!」

「う、嘘じゃないよ」

「・・・・・・私もバカよね、どうして気付かなかったのかしら」

「え?」

「アナタ達が着てる、その服。変な模様の入った民族衣装みたいな服!」

「あ、あぁ・・・・・・」

「ガルボ村特有の衣装じゃないの、それ」

「・・・・・・」

「悪霊退散って言う意味がある衣装なんでしょ?」

「退散っていうか、一応、経文が書かれてるって言うか、祈りって言うか——」

「やっぱりガルボ村の人なのね」

「あ・・・・・・」

「で? ガルボ村はどこ?」

そう言った少女に、シンバは頭を掻いて、困った顔をした。

「お願いよ、ガルボ村の一番知識の高い僧侶でも法師でも沙門でもいいの、話があるの」

「話?」

「私をガルボ村に案内して!」

「こ、断ったら?」

「バブルがアナタを噛み殺す」

「・・・・・・バブルって、あのデカい龍?」

「そう、バブルは私に嘘をついたアナタを許さないみたいよ。今の内に私の言う事は聞いた方がいいんじゃない?」

僕が嘘を吐いた訳じゃないのにと思ったが、シンバは、

「ここを真っ直ぐ行けば、ガルボ村だよ」

と、溜息を吐き、素直に道を教えた。

「そう。アナタも来るのよ」

「は?」

「最後まで道案内しなさいよ、信用ないんだから」

「・・・・・・」

シンバは溜息を吐いて、また来た道を戻る。

シンバの後ろを付いて来る少女。

「・・・・・・龍は?」

「呼べば直ぐに来るわ」

「空から僕を狙って食わない?」

「私の合図次第よ」

「じゃあ、食わせないでね」

「あなたの態度次第よ」

「はいはい、ちゃんと案内致しますよ」

シンバは何故、こうなったんだろうかと、ウルフと別行動の意味がなかったような気がしてならない。

「もう一人は本当にどうしたの?」

「本当にキミを探しに行ったよ」

「じゃあ、どこかで会うかもね」

「そうだね」

なんとなく、会話が続かない二人。

「キミ、王女なの?」

「私が気になる?」

「別に。ウルフが——、あ、もう一人はウルフって奴なんだけどね、ソイツが気になってたから、聞いてみた」

「あなたは気にならないの?」

「どうして僕がキミを気にする必要があるの?」

「何、その言い方。感じ悪い」

「感じ悪くないよ。どっちかって言うと、キミのが感じ悪いだろ」

「どうして私が?」

「空から龍で僕を狙わせたり」

「最初に嘘ついたのはそっちでしょ」

「僕は何も言ってないよ、嘘言ったのはウルフだろ」

「仲間を裏切るの? 最低ね」

「どうやら僕とキミは相性が悪いみたいだ!」

シンバはそう言うと、振り向いて、少女を見た。

「キミの言う言葉は、もう何て言うか、一つ一つがカチンと来る!」

「あら、奇遇ね、私もあなたと同じ事を思ってたわ」

「その点では気が合うみたいだね!」

「そうね、じゃあ、サッサと道案内してよ」

そう言われ、シンバはムカッとしながらも、また前を向いて、歩き出した。

「私の事、綺麗だって思ってる癖に」

少女がボソッとそう言ったのが聞こえ、

「はぁ!?」

と、シンバは顔だけ振り向かせた。

少女の顔もシンバ同様、むかついてると言っているような顔つきだ。

「僕はキミみたいなのは好きじゃない。いいか、生きてる者の中で人間って言うのはな、感情があるんだ。ハッキリとした感情があるんだよ。悲しかったり、嬉しかったり、むかついたり、そういうのを相手に伝えれる感情もあるんだ。知力があり、知識を身につけ、精神の向上故に、憎しみも恨みも持つ生き物なんだ。綺麗って言うのはな、そんな人間以外の生き物の事を言うんだよ! 苦しめられた人間に対して恨みも持たずに憎しみさえなく、只、そこにいるだけの生物達を美しいと言うんだよ!」

そう言いながら、ズンズン歩いて行くシンバに、

「なにそれ。精神論の授業でもした回答?」

と、馬鹿にした言い方。

確かに授業で習ったままの意見ではあるが、シンバはこの話は全くその通りだと思わされた授業だった訳で、馬鹿にされた言い方をされると、余計に苛立って来る。

「所詮、人間は見た目で判断するわ。男はブスな女を嫌う。女はブサイクな男を嫌う。例え、どんなに美しい心を持っていても、見た目だけで卑下される。そういうものよ。御伽噺もそうだわ、醜い化け物だの、なんだの出てきても、最後には美しい姫や王子に姿を変える。美しくなければ、許されないのよ」

少女の話は、シンバに沈黙を与えた。

その話が自分の中で納得できるものではない。只、シンバにはわからないのだ。

醜いとは、何を言うのだろうか、目に見えるモノが全てではないのに——。

沈黙の末、吐いた台詞は、

「拘り過ぎだよ」

と、聞こえないように小声で囁くしかなかった。

やがて、旅立った筈の村が見えてくる。

「あそこがそうだよ」

と、シンバが指を差す方向を見て、

「そう、アナタも一緒に来るのよ」

と、少女はキツい口調。

「僕はいいよ!」

「駄目よ! 最高位の僧侶とかに会いたいって言ったでしょ! 行き成り訪れた者に逢わせてくれるとは思えないわ!」

「最高位って誰だよ、村長とか?」

「村長でいいわ、兎に角、アナタから行って、逢わせて!」

僕はこの村を出たばかりだぞと怒りたくなるのを押さえ、溜息を吐き、

「村長の家までだからな、案内は!」

と、村へ戻るシンバ。

村の入り口付近で、誰もいない事を確認して、中にコソコソと潜り込むように行く。

「ねぇ? 何してんの?」

「村長の家は村の奥なんだよ、それまで誰にも会いたくないんだ」

「どうして?」

「どうしても!」

「もしかして、アナタ、この村で何か悪い事でもして逃げてた最中とか?」

「僕が悪い事するように見える訳?」

「充分」

「あっそ、だったら、そういう事にしといてよ。兎に角、誰にも会いたくないから」

そう言ったシンバに、面倒臭いとボソッと呟いて、それでも仕方なく、シンバの背後についてコソコソと行く少女。

旅立ちの儀式の後、皆、家路に帰り、眠ったのだろう。

明日の朝早く、月が落ち、太陽が出る頃に、旅立った者達への無事を祈る祭りがある。

その準備だろう、社がある場所は、まだ誰かいる気配がする。

しかし、誰にも会う事なく、村長の家まで辿り着くと、

「ここが村長の家。じゃあ、僕はこれで」

と、シンバは旅の続きに向かおうとした。

「待ちなさいよ、アナタが村長さんに私を紹介してくれなきゃ!」

「なんで僕がそこまでしなきゃならない訳!?」

「あぁ、そう! バブル呼ぶわよ。ああ見えてもバブルは凶暴なんだから。この村の人達が霊に強くても、龍に強い訳ないんだから!」

「脅す気かよ!」

「お願いした所で、聞き入れてくれなさそうじゃない。だから手段としての意見よ」

「お前、嫌な性格だな。見た目が綺麗でも、お前の中身は醜いよ」

「・・・・・・」

「な、なんだよ!? 文句あるなら言えよ!」

「ないわ。その通りだと思うから。でも——」

「でも?」

「見た目も醜いわよ」

「は?」

「あなた、私の容姿、知らない癖に」

「は? 何言ってんの?」

その時、村長の家のドアがガラッと開いた。ビクッとするシンバ。

「声がすると思うたら、何をやっとるんじゃ、シンバ!」

「そ、村長様、実は彼女が、村長様にお会いしたいと——」

と、シンバはあたふたしながら、答える。

「アナタがこの村で一番の最高位にあたる人ですか? 私の話をどうか、どうか聞いて下さい。お願いします」

少女はそう言うと、行き成り、土下座した。

シンバは驚いて、オロオロしながらも、何故か一緒に土下座をする。

「・・・・・・良い。それに土下座などせんでもよろしい。さぁ、中にお入り」

そう言われ、少女が立ち上がると、シンバも立ち上がった。

「あ、あの、じゃあ、僕はこれで!」

そう言って、立ち去ろうとするシンバに、

「待てぃ。今日は儀式じゃったろう、明日は祭りじゃ、その為、用心棒達は社で祭りの準備の手伝いをしとる。だからお主、変わりにここで用心棒をしとれ」

「は?」

「なんじゃ、その返事は!」

「あ、は、はい!」

村長が言う用心棒とは、村長をお守りする守護兵の事で、それなりのレベルの高い霊力を持った者がなる。

大抵は村長のお傍で、村長のお世話をし、村長が眠る時は、こうして、外に立って、警備をするのだ。

少女が、村長にどんな話をするのか、何の話があって、この村に来たのか、気にならない訳はないが、用心棒として残るとは考えてもなかった。

シンバは、満月を見上げ、

「僕は一体何をやってるんだろう」

と、呟く。

ふと、満月に少女を思い出す。

何故、見た目も醜いと言ったのか、何故、容姿を知らない癖にと言われたのか——。

「そういえば、ウルフ、どこ行ったかな」

ウルフの事も思い出す。

そしてウルフが言った、ルピナスの王女は醜く、塔の天辺に閉じ篭っていると言う話。

「もしかしたら、彼女は自分の姿を見た事がないとか? 醜いと言われ続けて来たとか?」

本当は美しい事を知らないのかもしれないと、シンバは思う。

中で少し甲高い声が聞こえ、シンバは戸を少し開けて見る。

蝋燭の灯で、少女の大きな影が揺れて見える。そして、

「私はルピナスの王女なんです! 信じてください!」

そう吠えている大きな声——。

「わかっておる。それに信じておる」

「でも!」

「まぁ、少し、落ち着きなさい。シンバよ、覗き見しとらんで、裏の庭の井戸から水を汲んでまいれ」

そう言われ、シンバは思わず、戸を強くピシャッっと閉めた後、

「た、只今、汲んで参ります!」

と、大声で言った。そして、ドタバタと裏庭の方へ走って行った。

「シンバは優秀じゃよ」

ニコニコと笑顔で、村長は言う。

「納得いきません、私の話を信じてくれたのなら、ちゃんとした資格のある者を——」

「シンバが適任じゃよ、確かに奴はまだ未熟じゃが、だからこそ、役に立つ筈じゃ」

「・・・・・・言ってる意味がわかりません。未熟な方が役に立つなんて——」

「完璧な者より、可能性が広がる筈じゃ」

「・・・・・・だったら、もう一人いました、せめて、そのもう一人の彼に頼めませんか?」

「もう一人?」

「はい、銀髪の顔の綺麗な——」

「あぁ、ウルフじゃな。ウルフも優秀じゃよ。しかし、ウルフはこの件に関しては、適任ではあるまい。ウルフもシンバも純真で、正義感もある。そしてウルフは、真っ直ぐじゃ。目的地に辿り着く迄、近道を選び、目的だけの為に行動する。努力もし、苦手なものも克服する。全てにおいて、強くあろうとする、あの子はそういう子じゃ」

「それのどこが悪いんですか?」

「悪くない。そしてシンバも悪くない。あの子は前だけを見て真っ直ぐには進めない子じゃ。目的地に辿り着く迄、寄り道をする。目的以外のものに夢中になる。そして、進む足が止まる時もある。苦手なもの、嫌いなものからは逃げ、好きなものだけを追う。だからこそ、全てにおいて、乱れがあるが、ずば抜けて恐ろしい程の潜在能力を秘めておる。好きな事に関してはな。しかし苦手なものを克服する程の自分への厳しさがない為、弱点は多いじゃろう」

「・・・・・・弱点があるのに何故?」

「何故シンバを適任じゃと言うか? それはシンバは弱さを知っておる。その分、シンバの方が、広いんじゃよ」

「広い?」

「寛大・・・・・・そう言えばいいかのぅ。ウルフの方が知識は高く、知力も優れておる。全てに対し完璧を目指し、弱さがない。しかし、シンバの方は自分が弱い事を知っておる。それはウルフにない、シンバの強さである。自分が弱い事をシンバは知っておる。自分の弱い部分を認める事は知識だけでは理解できない事じゃ。相手への弱さも認め、それを当たり前のように受け入れ、大事なものにする。それは手に入れられないモノであり、真っ直ぐだけでは、見つからないモノじゃ。勿論、何れウルフもそれに気付き、更に自分を磨くじゃろう、ウルフもまたシンバ同様、未熟じゃ。只、この件に関してはシンバの方が適任じゃろう」

そう言われても、少女は納得いかない。

それは少女の表情でわかる。

「神霊のオーブを手に入れる為には、知識だけでは無理じゃよ。神霊は全てお見通しで、試して来るからのぅ」

村長がそう言い終わると同時に、戸がガラッと開いて、水の入ったバケツを持ったシンバが現れた。そして、戸の傍にある水瓶にバケツの水を入れると、村長をチラッと見て、

「あ、あの、終わりました」

そう言った。

「そのようじゃな。シンバ、お主に新たな使命を命ずる」

「へ?」

「彼女の名はディジー・ルピナス。あのルピナスの王女である」

「はぁ」

「シンバよ、神霊について説明せよ」

「はぁ?」

「早よぅ、習ったとこを思い出し、説明せよ!」

「は、はい! 神霊とはこの世で名を残す程に人々の心を掴んだ者が亡くなった魂の事を言います。神霊と交信できる霊能力者が、神霊の試練を受け、見事、クリアできると、神霊は、その者の精神での願いを叶えてくれるオーブを与えてくれます。精神の願いとは、魂の徳を上げるとか、霊能力を上げるとか、魂関係の願いであって、お金持ちになるとか、欲しい物がもらえるとか、そういうのではありません。但し、心から、魂からの本気の願いであるならば、それに対し、私欲がない事を条件に欲しい物をもらえる場合もあります」

「教科書丸暗記じゃのぅ」

「え、だ、だ、ダメですか?」

「いや、別に構わん。では、シンバよ、神霊のオーブを手に入れるのじゃ」

「はい?」

「聞こえんかったのか?」

「あ、い、いえ、そうじゃなくて、僕がですか?」

「そうじゃ、そして、この王女の願いを叶えるのじゃ」

「は!?」

「シンバよ、それがお主に与えられた使命じゃ」

「・・・・・・でも、僕には——」

「勿論、お主が言った英雄の伝説を新しく築くという使命も忘れずにな」

「いや、それは忘れてくれていいんですけど・・・・・・いや、でも本気ですか?」

「本気も何も、お主はゴールデンスピリッツを手に入れる必要もないのじゃから、使命が一つ増えるくらい当たり前じゃろう」

「いえ、そっちじゃなくて、英雄の伝説を新しく築く方です」

そっちの心配をしているのかと、村長は笑う。

「お主が自分で言った事じゃからな」

「・・・・・・神霊のオーブはなんとかします。では、オーブを手に入れたら、僕はルピナスへ向かえば良いのですか?」

「いいえ、その必要はありません、オーブを手に入れたら、私がもらい、そのまま私だけルピナスに帰ります」

少女がそう言うが、シンバは意味がわからず、首を傾げる。

「だから、私も一緒に神霊のオーブを手に入れる為に、あなたと共に行きます」

「は!? ちょっと、何言ってんの、この人! 冗談でしょ?」

「この人って何よ! さっき紹介されたでしょ! 私はディジーよ! ディジー!」

「嫌ですよ、僕は! こんな人と一緒に行くなんて! だってね、この人、空から龍で僕を狙ってんですよ! 翼竜が僕をいつ喰らうか!」

そう言ったシンバに、村長は声を上げて笑った。

「何が可笑しいんですか! 僕が食われて嬉しいですか!」

「シンバよ、お主、少しはウルフを見習い、知識を高めた方が良いな」

「それは今、何の関係があるんですか!」

「翼竜は草食じゃよ。しかも人に懐き、頭が良いのじゃ。喰らったりする訳なかろう」

「・・・・・・騙したのか!?」

シンバがそう言って、ディジーを見る。

ディジーは、

「お互い様よ」

と、あっかんべぇっと舌を出した。

「お互い様とは何じゃ? シンバよ、またお主、何か悪戯でもしおったか?」

「僕じゃありませんよ! ウルフが——」

また、ディジーに仲間を裏切るのかと言われるのが嫌で、シンバはその後の言葉を呑んだ。

そして、

「わかりましたが、僕は王女のボディガードではありませんから、何かあっても責任は持ちませんよ、大人しく城に帰った方が身の為だとは思いますけどね」

と、怒った顔と嫌味な口調でそう言うと、外に出て行った。

不安気な顔で、村長を見上げるディジー。

村長は絶えない笑顔で、

「大丈夫、あやつは、ああいう風にしか言えないだけじゃ。時間はかかれど、最終的には、目的地に辿り着くよう、責任感を持っておる。じゃから、使命であるオーブを必ず手に入れてくれるじゃろう、そして、王女の魂も元に戻るであろう。この小瓶をシンバに渡して下され。これはオーブを封印する小瓶。シンバに渡せばわかる故——」

そう言って、シンバの後を追うよう、ディジーの背中を押した。

ディジーは押されるまま、戸まで走り、そして振り向いて、村長を見た。

笑顔で頷いている村長。

「大丈夫、これは予言された事でもあるんじゃよ」

わからない事を言い出す村長に、

「それは私を納得させる為の台詞ですか?」

そう聞いたが、村長は笑顔で何も言わず、何もかもわかった表情をするので、ディジーは深く頭を下げ、急いで、シンバを追った。

シンバは村の直ぐ外で待っていた。

満月を見上げていた。

ディジーが駆け寄ると、

「呼べよ」

と、満月を見上げながら言った。

「何を?」

「なんつったっけ? ほら、名前忘れたな、あの龍だよ」

「呼んでどうするの?」

「乗って行こうよ」

「無理よ、まだ成龍じゃないのよ、二人も乗れないわ」

「あんなデカイのに!?」

「大きいって言っても小さい方よ」

「なんだ、そうなんだ、ちょっと乗ってみたかったな」

「・・・・・・バブル」

「ん?」

「あの子の名前。バブル。まだ赤ちゃんの頃、石鹸を食べちゃったの。食いしん坊で、何でも食べちゃおうとしてて、私が体を洗ってあげようと石鹸なんか持って行ったもんだから、珍しかったのかもしれない。それをパクッと。そしたら口から泡が一杯出てきて、それから、シャボン玉も吐いたのよ。それでバブルって名前にしたの」

「へぇ。いい話だね」

「いい話?」

「うん、想い出が笑えるのは、いい話だよ」

「・・・・・・」

「僕はシンバ。シンバ・ジューア。よろしくな」

笑顔で手を出したシンバに、ディジーは少し躊躇った。そんなディジーを悟ってか、出した手は直ぐに戻し、

「満月、綺麗だな」

と、笑顔で、言ってみた。ディジーは月を見上げ、月を見ているシンバを横目で見る。

いろいろあって、気持ちが焦っていた。

気が立っていた。

怒りっぽくなっていた。

だけど、新たな使命を与えられても、立ち止まり、穏やかに月を見上げる人がいるのだとわかった今、何故か、焦りや、不安から解放され、穏やかな気持ちになれて、

「これ、この小瓶、アナタに渡せばわかるって。それから・・・・・・それから、私はディジー・ルピナス」

そう言って、今度はディジーの方から、シンバに手を出して来た。

最も、それは握手と言うより、小瓶が握られている為、小瓶を渡す為に出された手だろう、だが、ディジーは、

「ごめんね、嫌な事ばかり言って。これから神霊のオーブを手に入れる迄の間、よろしく」

笑顔でそう言った。

小瓶を受け取り、そのディジーの初めて見る笑顔に、シンバも笑顔になる。

手が軽く触れた瞬間、シンバは、少しだけ知る。

彼女の小刻みに震えた指に、強さを無理に表面に出している事を——。

ここまで来るのに、一人で怖かったかもしれない。

知らない場所で、不安だらけかもしれない。

なんにせよ、旅立つ事は、大変な事だ。

それでも笑顔を見せるくらい、強がっている彼女の中身は、醜くなんかないのだと言う事を——。

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