1. 呪われし剣を持つ者

「シンバ、早くしなさい!」

「わかってるってば!」

「ノロマなんだから!」

「普通、そういう事、言うかなぁ、可愛い息子に」

「可愛いのは見た目だけね。ホント、アンタ、私に似て、見た目は可愛いのに」

「普通、そういう事、言うかなぁ」

シンバは頭を掻きながら、洗面所に向かう。

小五月蝿い母親が、

「先に行ってるわよー!」

と、大きな声で言った。

父親はとっくに向かっている。

だから、今、家にいるのはシンバだけ。

洗面所で顔を洗い、髪をセットする。

ムースなどを手に取り、泡で、髪を跳ねさせて、

「よし」

と、頷く。

ブラウンの髪と瞳。肌は象牙色。

身長、168センチだが、伸び盛りの16歳。

いや、昨日で17歳。

初恋は小さい時によく遊んでもらった隣のおねえさん。

趣味はパズル、釣り、天体観測。

生まれも育ちもガルボ村。

得意科目は格闘術。

苦手科目は浄霊。

どこにでもいる、いたって普通で、特に目立つ事は何もない。

物語の主人公ではなく、脇役タイプ。

それがシンバ。

母親が用意してくれた荷物を背負わず、中をゴソゴソと漁り、お金だけを抜き取ると、それを自分のポッケトの中から財布を取り出し、中に入れる。

「セコイなぁ、僕の旅立ちなのに、もう少しくれたっていいのになぁ。まぁ、しょうがないか、うち、そんな裕福でもないし。でもなぁ、だからって、もうちょっとくれてもいいのに」

と、ブチブチ口に文句を言いながら、玄関で靴を履いて、外に出た。

「よぅ! シンバ! 今から?」

そう言って駆けて来たのは、ウルフ。

「ウルフも?」

シンバもそう言うと、ウルフは頷いて、

「てか、お前、荷物は? 手ぶらじゃん?」

と、シンバを見て、言った。

「荷物いらないかなって。なんか重そう」

「バカだろ、お前! 近くへお使いに行くんじゃないんだぞ?」

「だからこそ、いらないかなぁってさぁ」

喋りながら、二人は村の奥へと向かう。

やがて村長の屋敷へと着いた。

ノックをし、中に入ると、村中の人達が、二人を迎えた。

拍手の中、花道を通るように、二人は村長の前まで行き、そして跪いた。

「今年、この村で17歳を迎えるのは二人だけじゃな。顔を上げるが良い、シンバ・ジューア、ウルフ・ポルベニア」

名を呼ばれ、二人は顔を上げる。

ふと、シンバは、同じように跪き、村長を強い眼差しで見ているウルフを横目に見る。

銀髪に青い瞳、白い肌——。

シンバの知っているウルフのデーターだと、初恋は2つ年上の女の子で両想いだった筈。

趣味は読書、霊研究、歴史調査と言う程の勉強家。

生まれも育ちもガルボ村。これは同じ。

得意科目は教科全般。

苦手科目はこれと言ってなし。

どこにもいやしない、特別な存在で、いるだけで目立つ。

物語の主人公じゃなければ、主人公のライバル役くらいやってのけるだろう。

それがウルフ。

「旅立つ日がやって来たのじゃ」

その村長の言葉にハッとして、シンバは前を向く。

「お主等の使命はゴールデンスピリッツを手に入れて来る事じゃ。例えどんな魂でも、各々に合えば、それは最強の自分だけのゴールデンスピリッツとなる。自分の武器に宿らせる魂は、お主等が生きて、それを手にし続けるまで、守護してくれよう」

村長の話は長い。

毎年、毎年、旅立つ者に同じ話をするので、シンバは欠伸を我慢する。

「お主等に贈り物を授けよう——」

村長がそう言うと、奥から若い衆が二人、それぞれに武器を持って現れた。

「この日の為に、村のハイプリースト達が寝ずに祈り続け、聖なる力を与えた武器じゃ。お主等の使いようで、伝説の武器になるであろう。ゴールデンスピリッツを手に入れれば、武器は更に強くなり、あの世とこの世を結ぶモノとなる。さて、まず一つはソードじゃ。その名はムーンライト。そして二つ目はスピアじゃ。ホーリースター。どちらも聖剣である。但し、扱えるのは魂をも切り裂く潜在能力を秘めた者のみ。今までの成果が表れるという事じゃ。どちらを選ぶか、それは剣とお主等自身の波長で決めれば良い」

村長がそう言い終わると、若い衆の二人が、武器を持ち、ウルフの前に立った。

ウルフは立ち上がり、剣を手にとって見定め始める。

そして、ソードであるムーンライトを手にとり、

「ピッタリ来ます。とても軽く、手に吸い付くようです」

と、言った。それは装備できたと言う事である。

「では、シンバよ、お主も両方の剣を手にとってみるのじゃ」

村長に言われるまま、シンバは頷き、立ち上がって、両方、試してみたが——。

「・・・・・・うーん? どっちも装備できないかも」

と、困り果てた台詞。

「なんと申す? では、新たな武器を作らせるか——」

村長がそう言った時、

「いえ、僕にクリムズンスターを下さい」

と、シンバは言った。

ウルフは目を丸くし、シンバを驚いて見る。

村の人々もザワザワと驚きを隠せずに騒ぎ出す。

「シンバよ、何を申しておるか、わかっておるのか? あれは呪われし暗黒剣じゃ。代々、祠に祭って、誰にも触れられぬよう守ってきたモノ。それは御主もわかっておろう?」

「僕は触れた事があります」

またその台詞に、皆、驚きの声を上げる。

「ええい! 静まれ! シンバよ、誠の発言か?」

村長の優しい顔はどこへやら。

「さっき、ウルフはとても軽く、手に吸い付くようだと言いました。それが装備できているという表現なら、僕はクリムズンスターを装備できたと思います」

「バカな! あれは誰にも装備できん!」

「英雄は装備できていたんじゃないんですか!」

「英雄とは伝説じゃ! 実在したかも、今となってはわからん!」

「でも言い伝えはクリムズンスターだけじゃない! 伝説だと言うのなら、クリムズンスターが誰にも装備できないと言うのも、今となってはわからないんじゃないんですか」

「駄目じゃ、駄目じゃ! あれは危険じゃ! 装備した者は剣の呪いに呑まれ、無差別に生きる者を殺す。そう言われ続けておる!」

「でも僕は誰も殺してません」

そう言ったシンバに、皆のざわめきは消え、シーンと静まり返った。

「村長様、聞いて下さい。僕はあの剣に呼ばれるんです。信じてもらえないなら、構いません、だけど、あの剣に、僕は呼ばれ、そして、満月の夜、僕はあの剣に初めて触れた。とても軽く、手に吸い付くようで、まるで何も持っていないかのような、いや、剣が体の一部になったような感覚でした。今、僕は初めて、あの剣以外の真剣と言う物に触れました。でも、あの剣、クリムズンスターより、僕と調和する物はないと悟りました」

村長は頭を痛め、考え込む。

「どうか! どうか、あの剣を僕に! あれは僕にしか扱えない!」

そう言い切ったシンバに、

「偉い自信だな。やめとけよ。似合わないだろ? そういうの」

と、小声で、ウルフが言った。

そうかもしれない、似合わないかもしれない、だけど、

「見た目はこんなでも、中身は英雄かもよ?」

と、負けずに、言い返すシンバ。

「おい、どうしたんだよ? 本気でお前らしくないな。熱くなりすぎ」

ウルフの言う通り、シンバらしくなくて、一番、驚いているのは、シンバの両親である。

暫く、長い沈黙が続いた後、村長が、

「エクソシストの者よ、誰か、祠へ行ってまいれ。クリムズンスターをここに——」

そう言った。

シンバの表情がヤッタァと明るくなる。

その表情を見透かすように、

「あの剣が誰にも扱えない証明を見せてやらねばなるまい」

と、村長が呟いた。そして、

「シンバよ、お主の話が誠であるならば、お主はこの村の掟を破っておる事になる。わかっておるな? エクソシスト以外の者は、祠には行ってはならぬ。ましてやあの忌わしき呪われた剣に触れるなど、それが誠であるならば、お主に裁きを下す必要がある」

と、厳しい口調と鋭い瞳をシンバに向けた。

ゴクリと唾を飲み込んだのは、村長の気迫に恐れを抱いているシンバだけではなく、隣にいるウルフもだ。

「お、お、お言葉ですが、そ、村長様!」

村長の怖さの余り、どもり出すシンバ。

「確かに、あの祠に行くべからず、クリムズンスターに触れるべからずとありますが、例外も掟には書かれてましたよね? 但し、クリムズンスターの闇の力を光に変える者のみ、手にする事を許すと。嘗て英雄はあの剣を使い、この世に光を齎したと言い伝えられています。その為、掟には追加の条件を加えたんでしょう。あの剣に触れれば呪いを受け、生きる者を殺しに走るのであれば、その症状が出なければ呪いを受けなかったと言う証になり、そして更にあの剣を装備できれば、闇の力を光に変える者であると——、そうは思えませんか!?」

「シンバよ、それは装備できればの話じゃ」

そう厳しい声で言われ、シンバは黙り込んだ。

そして村に残るエクソシストの職業を持った若い衆が、箱のまま封印されているクリムズンスターを持ってきた——。

箱は開けられた形跡は全くない。

ゴクリと皆、唾を呑み込む。

「開けよ」

その村長の命により、エクソシスト達が箱の周りで祈りを捧げ、一人が箱に手をかけた。

箱につけられた札のようなモノが破かれ、重い空気が箱から溢れ出す。

「嘗ては祠にそのまま封じられておったらしいが、子供等が悪戯しかねないと、この箱に封じられたのじゃ。シンバよ、お前が言うように、この剣に触れたと言うのであれば、この箱の封印は解かれている筈じゃ。だが、見るに、封印は今、解かれようとしておるとこ」

「・・・・・・」

「誠にお主が見て、触れた剣はこれか?」

不思議な空気の音が箱の中から漏れている。その箱の中を覗き込むシンバ。

そこには大きく美しいソードが眠っている——。

「・・・・・・これです、僕が装備できる剣です!」

そう言うと、シンバは、

「待て!」

という村長の声も聞かず、箱の中からソードを取り出した!

眠っていた剣が目覚めたのか、輝きを増し、それはそれは美しく——。

皆、我を忘れ、ぼんやりと、そのソードに見惚れる——。

そして、

「軽い。手に吸い付いてくる。やっぱり夢で見た通りだ」

そのシンバの台詞で、皆、我に返る。

「シンバよ、夢で見た通りとは、お主、まさか、クリムズンスターを装備する夢を見ただけじゃと言うんじゃなかろうな!?」

村長が怒り口調で尋ねると、

「そうです、満月の夜にクリムズンスターに呼ばれ、そして触れる夢を見たんだ。一度だけ見た夢だけど」

と、あっけらかんと緊張感のないへラッとした顔で悪びれなく答えた。

頭を抱える村長。

「しかし、まぁ、装備・・・・・・できとるようじゃのぅ。シンバの意識もシッカリあるようじゃし、剣に思考を呑まれとらんみたいじゃし、うーむ・・・・・・」

考え込む村長。その後、考えても考えても村長の口からは溜息ばかり。

シンバの手に持たれ、美しく光り輝くクリムズンスター。

「なんとも不思議じゃな。何の手入れもないまま箱に数千年もの間、眠っておったのに、とてつもなく美しいままじゃ。呪われし剣とはよく言ったものよ」

そう言いながら、村長は言い伝えを思い出す。

英雄はクリムズンスターで、この世に光を齎した——。

闇は闇に溶け込み、更に闇を深めるが、そのチカラを持ち、光に変える者がおる——。

闇の王は、この世のどんな闇よりも強く、更なる闇よりも深い闇で、闇を切り裂く——。

シンバが闇を切り裂く者だと——?

村長はシンバをジロリと見る。

余りにも長い時間の沈黙に、あくびを我慢して、鼻であくびをするシンバ。

そんなシンバに、村長は、

「大物よのぅ、わしを目の前にあくびか」

と、言う。シンバは首をぶんぶんと左右に振り、

「してない、してない、あくびしてない」

と、無駄な言い訳。

「良いじゃろう、シンバ、お主にクリムズンスターを授けよう」

その余りにも簡単に認めた台詞に、皆、騒がしくなる。

何故、村長が頷いたかなど、シンバは気にもせず、

「マジで! ヤッタァ!!!!」

と、大喜びし、クリムズンスターを掲げ、その場で、ちょっと小躍りしてみせる。

「納得いきません!!!!」

そう吠えたのはシンバの隣に立っているウルフ。

皆、シーンと静まる。

「旅の使命はゴールデンスピリッツを手に入れて来る事ですよね。ゴールデンスピリッツとは己が扱う武器に魂を宿す為の魂探し。己の武器に魂を宿し、あの世の者への攻撃もできるような武器にする為ですよね。それは俺達がゴーストハンターになるか、エクソシストになるか、只の牧師になるか、将来への重要な使命。そうですよね」

「うむ」

「なのにクリムズンスターは既にゴールデンスピリッツなどなしで魂までも切り裂くと聞いております! あの世の者への攻撃を既にできる剣を装備するなら、旅の使命はなくなり、何の為に旅立つ必要があると言うのですか!」

確かにウルフの言う通りだと、村の人々は口々に騒ぎ出す。

「さて、シンバよ、お主、何の為に旅立つ?」

この状況が面白いのか、村長はニヤニヤ笑って、意地悪な質問をシンバに問う。

しかし、この意地悪な質問に答えられなければ、クリムズンスターはまた箱に封印され、シンバは武器をもらえないと悟る。

「旅の使命はゴールデンスピリッツだけではありません。世界中で霊に悩む者達の手助けをし、エクソシスト、またはゴーストハンターとしてのレベルを上げる事も必要です」

「職業のレベル上げなら、旅立たなくてもできる! 悪霊に悩む奴等は、この村に助けを求めて来てるんだ。その依頼を受ければいい!」

ウルフがそう言って、シンバに噛み付く。

「なんだよ、お前! 僕を旅立たせたくないのかよ!?」

「旅立たせたくない!? 俺はお前がクリムズンスターを装備するのが気に入らないんだよ! なんで俺が出来たてホヤホヤの聖剣で、お前が既に最強の、しかも呪われた名を持つ剣を所有できるんだよ!」

「できちゃったんだから、しょうがないだろ!」

「しょうがないで済むかよ!」

「お前の聖剣もクリムズンスターくらい大物にすりゃぁいいじゃん」

「できる訳ないだろ! クリムズンスターは最強だぞ!? わかってんだろ!」

「・・・・・・僕が羨ましいんだ?」

「なんだと!?」

「なんでも並の僕がクリムズンスターを装備できるのが悔しいんだろ!? そうだよな、ウルフ、なんでも一番だもんな。一番じゃなきゃ気が済まないんだろ」

「てめぇ!!!!」

ウルフがシンバの胸倉を掴むと、

「やめぃ!!!!」

と、村長が大声を上げ、二人は動きを止めた。

「旅立つ儀式に喧嘩を始めたのはお前等が初めてじゃ。もうやめぃ。ウルフよ、お主が気に食わないのもわかる。わかるが、クリムズンスターは最強ではないぞ?」

村長がそう言うが、ウルフは駄々をこねた子供をあやす風に言われてるようで、俯く。

「ウルフよ、それからここにおる皆の者よ、言い伝えは、伝えられていく内に、薄れていく部分もある。クリムズンスターが最強の剣じゃと? 皆もそう思うか? 忘れてはおらぬか? クリムズンスターは最強となる為に、それだけが為に、生きる者を殺し続けるよう、魂を操られる恐ろしい剣なのじゃ。そんな剣が最強である筈があるまい。武器は扱う者により、その品性が決まる。何故、クリムズンスターが最強と呼ばれるか、それは多くの者を殺し続けたからか? いや違う、それは嘗て英雄が扱ったからじゃ。しかし、今、扱おうとしとるのはシンバじゃ。シンバが最強な訳あるまい?」

カチンと来るシンバと成る程と頷くウルフ。

「僕はクリムズンスターが最強であると証明します!」

ムッとして、そう言ったシンバに、

「ほぅ、証明とな? まさか呪われている事を最強であると証明する気じゃあるまいな?」

と、ニヤリと笑う村長。

「いえ、呪いのチカラは大きくても、それを最強とは言いません、呪いに勝った英雄が最強なんです。英雄は偉大なる王達にも頭を下げられた程の人物だったと聞きます! 僕もそうなればいい! 英雄に負けない程の・・・・・・そう、新たに英雄の伝説を作りますよ!」

随分と大きく出たが、これでシンバの旅立ちの意味ができた。

村長も笑顔で頷いて見せる。

「この村まで尋ねて来れず、悪霊に悩む人々は、沢山おるじゃろう。悪霊とは気付かず、只の体調不良と思い込んでおる者もおるじゃろう。沢山の人々を助けて来るのじゃ。そして、自分が聖職者として、将来、選ぶべき道を見つけて来るのじゃ。それがゴールデンスピリッツを手に入れて来る他にお主等に与えられた使命でもある」

ハプニングはあったが、無事、旅立ちの儀式が終わり、二人の若者が使命を持ち、ガルボ村を発つ。

親族に囲まれ、ウルフは暫しの別れの挨拶をする。

シンバは親に頭をバシバシと叩かれ、儀式での礼儀のなさ、クリムズンスターの事、荷物を持ってない事を叱られ、それでも、旅の無事と必ず帰って来る事を祈られ、別れの挨拶をする。

二人、手を振り、村を出たのは、満月の光が照る夜。

今、満月に何かが翳った——。

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