冒険録82 主人公がヒロインに叱られた!

 ちゅっ❤


 ――っ!? つ、ついに夕と、キスしてしまったぁぁ!!!

 ああ、ヤバイ、うれしすぎる……。

 押し寄せる膨大ぼうだいな幸福物質に、頭が真っ白になっていく。

 頭の中が夕で満たされて、もはや何も考えられない。

 今はただ、このくちびるに伝わる、熱く平らですべすべとした感触かんしょくを――ん?


「「……え?」」


 想像していたものと異なる感触に目を開けば、飛び込んできたのは夕の美しいひとみではなくお団子髪だんごがみ。また、そのサラサラの前髪が俺の鼻先をくすぐり、夕の甘いにおいを運んできている。そして肝心かんじんの唇がれているのは……なぜか夕の眉間おでこだった。

 それで恍惚こうこつ状態から我に返り、身体を引いて夕の全身をながめてみれば……なんと元の幼女の身体にもどっていた。

 なるほど、身長が縮んだことで接触せっしょく位置が上にズレてしまった訳か。不測の事態で想い人との実質初キスが失敗に終わり、すごく残念なような、でも少しホッとしたような……うーん、何とも複雑な心境だ。

 それで夕の方はと言うと……


「んなっ、ななな、なんってことよぉぉぉ!!! こんな絶妙ぜつみょうなタイミングで時間切れとか、ひどすぎるよぉぉぉ!!! うわあぁぁぁ神様のばかぁぁぁ!!!」


 横向きにフラフラとくずれ落ち、ベッドの上で大の字になってジタバタ暴れながら、まるでこの世の終わりとばかりにさけんでいる。……ははは、直前までのあでやか夕さんはどこへやら、姿と一緒いっしょに心までお子様モードになってしまったようだ。


「……んあぁ~、うるひゃいの~」


 夕の叫び声で、もう一人のお子様が起きてしまった。


「ん~? ままー、どしたのー?」

「パパとちゅーできなかった……もうおしまいよぉ……」

「げんきだすのー! るながしたげるのー!」


 ぐでっと横になった夕のほおへ、ルナがチュッと口付ける。

 するとその可愛らしいフェアリーキッスがバッチリ効いたようで、夕ママはむくりと起き上がり長座になると、ルナを優しく手元につかみ寄せる。


「ん……ありがとぉ、ルナちゃん。ちゅっ」

「くふふ~、くしゅぐったいの~」


 ルナは夕のてのひらの上でお返しを受けると、嬉しそうにモゾモゾくねくねしている。


「あと、パパ……ごめんね? こんなすぐ解けちゃうなんて……」

「あーでもまぁ、失敗って訳でも、ないだろ?」


 短い時間とは言え、こうしてしっかりと大人の姿にはなれたのだ。これまで魔法が上手くいかなかった夕としては、上出来も上出来だろう。


「そ、そうよね! おでこでも、大好きなパパとのキスには違いないんだから! うん、千里の大地も一歩からよ!」


 あ、そっちで解釈かいしゃくしますか。夕が元気出してくれたら何でもいいけどさ?


「やははー! ぱぱにもちゅ~!」


 そこでルナがこちらに勢い良く飛んできて、頬にキス――というより衝突しょうとつしてきた。


「おいおい、照れるなぁ――ってどした夕?」


 夕が唇をとがらせてルナを見ている。


「むううぅぅ……ほっぺはあたしもまだなのにぃ……んや、宇宙おもちをカウントするとあたしのが先……? ――って何言ってんのよぉ、あたしわぁ……そもそも娘にヤキモチなんて大人げなさすぎるぅ……うがぁぁ……」


 夕は自戒じかいの念にられているのか、ペチペチと両手で頬をたたくと、前屈まえかがみでウネウネしながらうめいている。

 いそがしいやっちゃなぁと、その様子を半ばあきれつつながめていたところ、


「ははは……まった――くぅっ!?」


 俺は首が取れんばかりの勢いで視線をらすこととなった。 

 こうして夕の身体が縮んだことで、先ほどまで猛威もういるっていたヒル&ヴァレイはしくも消失しているものの、そうなれば必然的にその場所に隙間すきまが生じる訳だ。つまり何が言いたいかと言うとだ…………隙間からチラ見えしそうになっている! 超キケンなシークレットポイントが!


「……んー?」


 俺が途中とちゅうだまったものだから、前屈みで呻いていた夕が不思議そうに見上げてきた。……うーん、これは、言ってあげるべきだよな……すっげぇ言い辛いけど。


「ゆ、夕……その、なんだ、とりあえず上着を着て、かくして欲しい、かな?」


 視線を吸い込むアブナイ隙間ブラックホールの吸引力に、理性と根性でからくも逆らいつつ、勇気を持ってそう伝えた。


「え? ――っんわわわ!!!」


 夕は自分の身体を見下ろすなり、大慌おおあわてで横のショールを引っ掴んで羽織ると、両サイドを中央に引っ張り寄せて胸元を隠す。どうやら、大人モードバフと「つよきになーれ」バフは完全に消えているようで、普段のアクシンデントによわよわな夕に戻っている。


「………………み……みた?」


 夕は顔を赤くして、半分涙目なみだめ上目遣うわめづかいでそう聞いてきた。


「……え、えーと」


 正直どこまでがアウトなのか判断が付かず、返答に一瞬なやんでしまったところ……


「っっぅぅぅ! …………………………パパのえっち」


 早合点した夕が顔をプシュッと沸騰ふっとうさせると、ジト目を向けてそうつぶやいた。


「ちょぉ待て待て、誤解だ! 夕が考えてるとこは、見えてないってば! ギリ!」

「っっぁ! じっ、じゃぁ、近くはじっと見てたのねっ!?」

「いやいやいや、じっとというのも語弊ごへいが……ってかそもそも、さっきと言ってる事が……違うような……?」


 堂々と胸を張って好きなだけ見ていいとか言ってたのに……いやまぁ、そう言われても大手を振って見る訳には絶対いかんけどさ?


「いっ、いいい、言ったけどっ! でっ、でも、こういうのはね……イイ時とダメな時があるのっ! だ、だってぇ、今はちっちゃいし……それに心の準備もできてないからダメッ! 雰囲気ふんいきで察しなさいっ!」

「え、ええぇ……」

「わかったぁ!?」

「は、はい。すんません」


 少々理不尽りふじんな気もするが、女心とはそういうものなのだろうと納得するしかない。これもれた弱みというやつか……是非ぜひもないね。


「ひひひー、またままにおこられてるのー! ぱぱかっこわるいのー!」


 そこでルナが目の前にかんでゆらゆらしながら、夜空色の髪先を矢印状にして俺に向けると、楽しげにクスクス笑っている。


「おい、そんな言うほど…………うん、おこられてるなぁ。……いやでも、ルナも俺のこと言えんぞ?」

「むー! そなことないのー!」

「そうかぁ? 絶対俺より怒られてるって」

「るな、ぱぱよりいいこだもんっ!」

「――こらぁ二人とも! そんな情けない事で張り合わないの! 特にパパ!」

「ぴゃっ」「すまん」


 ほんとそれな。ついさっきの夕じゃないが、幼女と張り合ってどうすんだって話だ。


「やはは……またおこられちゃったの」

「だなぁ、ははは」


 しかられ仲間のルナと顔を見合わせると、鏡合わせのようにそろって頬をく。


「まったくもぉ…………さ、寝るわよ」

「はーい」「だな」


 そうして直前までの激甘気分がき飛んだ俺と夕は、新たな家族ルナを間にはさんで、大人しくベッドへ身体をしずめるのであった。



【550/629(+19)】

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