冒険録83 主人公とヒロインが月を愛でた!

 大人夕さん騒動そうどうも落ち着いたところで、ようやく就寝しゅうしん雰囲気ふんいきとなった。ベッドでの配置は、より安全な壁側かべがわに夕、反対側に俺、その間にルナとなっており、二人のご希望通りに川の字フォーメーションだ。


「寝る前にっとぉ……」


 夕がそう言ってお団子だんごがみほどいて下ろすと、ルナもあわてて同じ髪型へと魔法で変化させていく。とにかくママの真似がしたいお年頃としごろのようで、何とも微笑ほほえましいことだ。

 そうして寝る準備万端ばんたんとなったので、俺が『消灯ブロウ』を唱えようとしたが……


「むぅっ! とどかないの!」


 我らがお転婆てんば娘のさけびが割りんできた。見れば両手を俺と夕に向かってばしているが、俺達がベッドはしギリギリに寄っているので、その小さな手では全然届かない。何やらそれが大層ご不満のようで、まくらの上で駄々だだっ子のようにジタバタし始めた。


「かわのじじゃないの!」

「そう、か?」

「なの!」


 三人並んで寝れば川の条件を満たしているとは思うが、ルナの思いえがくものとちがえばダメなのだろう。幼児とは理不尽りふじんな存在、それは今日一日で重々理解させられている。


「もっとくっつくの!」


 なるほど、両側からぎゅっとはさまれてねむる状態をご希望と。日本に居た時は、本当のご両親に普段ふだんそうしてもらっていたのだろうか。


「そう言われても……なぁ?」

「うん……ほんとはそうしたいけど……もにょむにょ」


 これ以上夕に近付くと、緊張きんちょう到底とうてい眠れやしない。夕の方も今はずかしさの方が勝っているのか、け布団を口元まで引き上げてモゴモゴつぶやいている。

 それで俺達が困り顔をしていると、しびれを切らしたルナがほおふくらませながらき上がる。さらには俺と夕それぞれに指先を向けると、


「ん〜〜〜〜、【えいっ!】」


 全身を銀色にかがやかせながら、掛け声と共にその両指先を中央へ向かって閉じた。


「ちょぉ!」「うゃぁ!?」


 すると、俺と夕が磁石のように引き寄せられてかた同士が接触せっしょくし、さらに手まで組まされてしまった。しかもそれは、たがいの指をからめ合う形で……ぞくに言う、恋人こいびとつなぎ、だ!

 瞬時しゅんじき上がった気恥ずかしさに、慌てて手をはなそうとするが……


「んなっ、取れねぇ!?」


 接着ざいでも使ったかのようにガッチリ固着していて、全くほどける気配がない。


「ルナちゃんの魔法、つよすぎぃ……」

「ここは解除魔法で――いや、うーん」


 こちらも魔法で対抗たいこうしようと考えたが……途中とちゅうで思い直す。ここまで強固ということは、かなり強いイメージで行使されたということになるので、つまりルナが心から望んでいる願いと言えるからだ。


「……はぁ、困ったもんだなぁ」

「ほんとねぇ」


 夕も同じ考えに至ったのか、空中のルナを指でツンツンしながら「しょうがない子ねぇ」とあきれつつ……頬を少し染めている。とまぁ何だかんだ理由付けしつつも、恥ずかしいだけで本当はうれしい……二人ともそう思っているのだから、しょうがないのは一体どっちだろうな、ハハハ。


「むっふぅ~」


 ピッタリくっついた事を確認したルナは、その間に降りて枕の上で仰向あおむけになると、俺達の顔をペタペタ触って嬉しげに鼻を鳴らす。今度こそご満足いただけたようで何より。


「――あっ、ルナ、寒くないか?」

「へーちゃらなのー」


 ルナ用の布団がないので心配したところ、ルナはそう言って夜空色の流体髪を前に出してうすく広げると、掛け布団のようにして身体をおおった。


「おおお、そんな手が」


 おどろきつつも即席そくせき髪布団かみぶとんに指先で触れてみると、水のような絹のような不思議な素材であり、やわらかくなめらかな肌触はだざわりだ。しかも極薄の流体となれば軽くて断熱性もあるだろうし、高級羽毛布団も顔負けのパーフェクト寝具しんぐ……できるものなら俺も真似したいくらいだ。


「それにとってもキレイで素敵ね♪」

「にひひー」


 夕がめたように、あわ明滅めいめつしながら流動する星空の布団は幻想的げんそうてきで美しく、妖精のルナにとても良く似合っている。……そりゃ身体の一部だし当然だけどさ。


「よし、寝よ――」

「ねーねー、ままぱぱ」

「今度は何だよ……」


 ランプを消そうとしたところで、ルナがほおをピチピチたたいてきた。また無理難題を言い出すのではと身構える中、


「おやしゅみのちゅー! してぇ~!」


 ルナが両手両足で万歳ばんざいしつつそう叫ぶ。


「え……あー」


 アレな、洋画とかで良くみるヤツ。


「あら、あまえんぼうさんね。おやすみなさい、ちゅっ」

「んふぅぅ〜。ぱぱもー!」

「お、おう……おやすみ、ちゅ」

「くふふっ。ままぱぱぁ……おやしゅみぃ……なのぉ……」


 少々照れくさいながらも夕に習って頭へ軽くキスしてあげると、ルナは幸せそうに微笑んで、その美しい黄金と蒼玉の瞳オッドアイをゆっくりと閉じていく。今がチャンスとばかりに心の中で【消灯ブロウ】を唱えると、全てのランプがフッとかき消えて、部屋がかすかな油の残り香と静かな闇に包まれる。するとすぐに、耳元のルナから可愛らしい寝息が聞こえ始めた。


「(うふふ、よっぽどつかれてたのね)」

「(だな。まぁ、今日は色々ありすぎて、正直俺もクタクタだぜ)」

「(あはは、あたしもだよぉ)」


 寝る子を起こさないようささやき声で話すが、顔がごく間近にあるのでとても良く聞こえる。……ただ、その息遣いきづかいまで伝わる夕の囁き声がみょうに色っぽくて、しかも姿が見えないので大人夕さんを想像してしまい……ドキドキして困る。


「(っ!?)」


 そこでさらに夕が、俺の手をきゅっきゅっと優しくにぎり始め、柔らかスベスベもちもちお手々の感触を手の平に伝えてくる。すると、努めて忘れようとしていた恋人繋ぎ中の事実が強制的に思い起こされて、急速に頬が熱くなってきた。


「(……あ、あの、夕?)」

「(パパの手、あったかい。安心する)」

「(そ、そうか)」


 そうだよな……突然とつぜん異世界に連れて来られて、骸骨がいこつおそわれたり、俺が毒で死にかけたりして、さらにゆづの件まで……一日中ずっと不安をかかえていたに違いない。


「(……早くゆづと一緒いっしょに暮らせるよう、俺も精一杯せいいっぱい頑張るから)」

「(うん……ありがと、大地)」


 安心させようとこちらも握ってあげると、夕は握る右手に左手も重ね、優しい声でそう囁き返してきた。瞬間――あわい月光が雲間から差し込み、こちらをいとおしそうに見つめるうるんだひとみが、夜空の明星みょうじょうのように優しくきらめく。


「(――っ)」


 俺はそのあまりの美しさに息を飲み、思わずこぼれかけた「綺麗きれいだ」という言葉も飲み込んだのだが……


「(月が綺麗ね)」

「(っん!?)」


 逆に言われてしまった。しかもお決まりのセリフで。


「(…………見てないのに、よく月と分かったな?)」


 つまりはいうだと気付きつつも、気付いていないフリで誤魔化ごまかしてみる。そんな俺のトンチンカンな返答を聞いて、夕は一瞬だけむぅっとくちびるとがらせると……


「あら、見えてるわよ?」

「……え?」


 実に意外な事を言ってきた。不思議がる俺をよそに、夕はこちらを見つめたままスッと真面目な顔に変えると、


「(大地あなたの瞳に映ってるもの。だからこそ、私にとって、最高に綺麗なのよ)」


 より深い意味を込めたド直球で囁いて――いや、口説いてきた。合わせて可愛らしく小首こくびかしげる仕草しぐさは、「見逃みのがしなんてさせないわよ?」とでも言いたげだ。


「(え、えと……その……なんだ……)」


 内心大慌てであせりまくり、何と返すべきか思いなやむ俺だったが……


「(うふふ。おやすみなさい)」


 夕は返事を期待していなかったようで、最後に一度だけきゅっと手を握って微笑むと、天井へ向いて目をつむった。……要はいつも通りからかわれていただけ……とは言え、もちろん言ってる事は本気も本気、本来なら見逃しなんて到底とうてい許されない。


「(……おやすみ)」


 不甲斐ふがいなくも心の中だけで「俺もな」と返事を返すと共に、早くそれを伝えてあげるためにも、頑張ってゆづの問題を解決せねばと決意を新たにする。だが折角せっかくこうして想い人と不思議な世界に来て、ルナという可愛い旅の仲間もできたのだから、ただ気負うだけでなく楽しむことも忘れないようにしたいものだ。

 そうして俺は明日からの異世界生活に様々な思いをせつつ、左手の温かな熱と愛しい娘達の寝息に包まれて、幸せな気持ちで眠りに就くのであった。



~ 月と金星とステラマジカ 第1部 完  ~



【650/650(本章での増加量+170)】



――――――――――――――――――――――――――――――――



第1部まで読了いただきまして、誠にありがとうございます。


異世界でも変わらずジレジレとイチャイチャする二人を楽しんでいただけましたら、ぜひとも【★評価とフォロー】をお願いいたします。


第2部は、二人+妖精さんのドキドキ船デート、にぶちんホリンの恋愛指導、本編のあの子やあの子の登場、大魔導幼女爆誕、などなどを考えております。どうぞご期待ください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る