冒険録80 主人公がついに気付いてしまった!

 魔法で可愛くも美しい大人の姿にもどった夕は、色っぽいネグリジェという最強装備まで身に着けて、俺が座るベッドへとい上がってきた。


「うふふ、楽しみだね♪」


 それは何気ない一言ではあるのだが……紅潮したほおと熱を帯びた声からするに、ただ一緒いっしょねむるだけのつもりは絶対にないだろう。その証拠しょうこに、すみに座る俺の方へゆっくりと向かってきている。


「待て待て、なぜにじり寄ってくる!?」

「ん~? そんなの、大地君にき付きたいからに決まってるじゃない?」


 ヤレヤレとあきれる夕、それをまくらの上で真似っ子するルナ。


「ちょぉ……そんな当たり前みたいに言われても、ダメだって!」

「え~、なんでぇ~? 別にドキドキなんて、しないんだよね~? にゅふふ♪」


 しないわけ、あるかぁっ! 百%分かってて言ってやがるっ! この夕さんめぇ!


「いや、その…………――っほら! ルナも見てるだろ?」

「ん? ぎゅ〜ってくらい、いいでしょ? ね~ルナちゃん?」

「おー! もっとくっつくのー! ぎゅってするのー!」

「ほらー」

「んな……」


 それが意味するところを全然分かっていないルナが、枕の上で横にびながら無邪気むじゃきに答える。――くっ、娘は完全にママの味方のようで……パパはツライよ。


「――ごほん。別にくっつかなくても、られる広さだろ? ほら、明日からもっといそがしくなるんだし、早く寝とこうぜ? な?」


 俺は努めて冷静を装い、誘惑ゆうわくしてくる夕をさとしてみる。ここで流されたらお終いだ、負けるな大地!


「むぅぅ~! …………あのね? 私だってすっごくずかしいんだよ? 勇気を出してこんなに頑張ってるのに、大地君ってばあんまりだよぉ……」


 夕はわざとらしくヨヨヨと横倒よこだおしにしおれると、顔だけをこちらに向けてこう続けた。


「……大地君は、靖之やすゆきさんの言葉、忘れちゃったのかなぁ?」

「え?」


 ナゼここでヤスが?


「ほら、さっき言ってたじゃない……お礼って」

「あー」


 助けてもらったお礼に、夕が喜びそうなこと――風呂にでもさそったらどうだとか言っていたな。しくもすでに一緒に入っていたので、その機会は無かったが。


「もちろん私は、こうして大地が無事だっただけでうれしいし、他に何も要らないんだけど……でも、でもっ! ものすっごぉぉく心配したんだからね!?」

「す、すみません……」


 これに関しては弁解の余地もない。夕を泣かせてしまった罪は重すぎる。


「それもあるし、その……欲張り言っちゃうと、ちょっとくらいご褒美ほうび、あったら嬉しいなぁ? なぁんて? チラッ」

「くっ……」


 夕は上目うわめづかいで小首をかしげておねだりしつつ、こちらへの侵攻しんこうも再開してくる。

 それは欲張りでも何でもなく、夕が居なければ俺はとっくに死んでいる訳で、おねだりの一つくらい聞いてあげないと天罰てんばつが下るというもの……ではあるんだがぁ……。うーん、何か上手く返す手は――あっ、これなら!


「そ、その、夕がご褒美とやらで何を望んでいるかは分からないが……全く分からないがっ! その身体がゆづのだって、忘れて……ないか?」

「むっ! むぅぅぅ……くにゅぅぅぅ……」


 俺の予感は当たったようで、夕は実にくやしそうにうめくと、おずおずとひざを下げて後退し始めた。よし、この調子で説得して押し返そう!


「それにだ。さっきヤスにも言ったけど、色々と順序ってもんが、あるだろ?」

「そんなの私はとっくの昔に大歓迎かんげいで、そもそも大地君が……んぅ、でもこれはゆづの件で仕方ないことだしぃ……むにゅぅ」


 夕はもにょむにょ言っており、どうやら説得が効いているようだ。

 そう思って少し安心していたところ……


「――あっ! ねぇねぇ、大地君」


 ふと何かを思いついたらしく、そこでみょうなことをたずねてきた。


「もし全部が上手くトントン拍子びょうしに進んで、いざ日本に帰れるってなったら……どうする?」

「え、そりゃ、帰るだろ? そのために頑張るんだし?」


 こんな当たり前のことを、ナゼわざわざ聞いてきたのだろうか。


「うん。そうなんだけど…………えっと、参考までに聞いてね?」

「お、おう?」


 そこで夕は真剣しんけんな顔をすると……


「もしこの世界でずっと暮らすとしたら、私とゆづ、両方を選ぶこともできるんだよ」


 俺が気付いていなかった重大な事実を告げてきた。


「な!? そう、か……」


 まさに目からうろこだった。二人が身体を共有しているから、虐待ぎゃくたいを受けるゆづを救えば夕とは一緒に居られないということで、言わば究極の選択せんたくを日本ではせまられていたが……もしこの世界で夕の身体の作製に成功したなら、俺の努力次第でどちらの手も取ることができるのだ。


「もちろんこれは私とゆづの都合だから、大地が望むままに選んでくれたらいいの。私は大地さえ側に居てくれたら幸せだから、大地が選んだ先にずっと付いていくよ。……とは言っても、本当に身体を作れるのかも分からないし、まだまだ先も長いから、今すぐ慌てて決めることじゃないんだけどね?」

「そう、だな」


 日本を捨ててこの世界で暮らす、か……夕達のことを第一に思えば、最善の選択ではあるが……もちろん、そう簡単に決められることではない。そもそも俺達が帰らなければ、ルナやカレンやヤスも帰れないかもしれないので、俺の一存で決める訳にはいかないだろう。……まぁヤスは、ほっといてもしれっと帰ってきそうだが。


「それで、何でこんなこと急に言い出したかっていうと……そのぉ……参考になる、かなって……?」

「さん、こう?」

「…………お、お返事の!」

「っ! お、おうよ……」


 まったくもって情けないことにも、夕の告白への返事を待ってもらっている状態なのだ。それは俺の気持ちが不確かな事に加えてゆづの事情もあるからで、それで夕も気長に待つとは言ってくれてはいるものの……本当に申し訳ないと思っている。

 だが……この世界で暮らすなら、ゆづに気兼きがねすることもなく、大手をって夕を好きになってもいいんだよなぁ………………――っえ!?


 おい……おいおいおい……。


 俺は今……なんて?


 好きになってもいいって……何だよそりゃ……。


 それじゃまるで……。


 思考を否定すべく前を向けば、座りんでテレテレモジモジしている夕が目に入る。

 すると不意に、昔の出来事が脳裏をよぎっていく。


 ――パパ、あたしと結婚して!!!

 俺は初対面なのに、木から落ちてくるなり、プロポーズしてきた夕。

 ああ、あの時は、頭のおかしな子だと思ったもんだなぁ……ハハハ。


 ――あたしが毎日ご飯作って、パパの細胞さいぼうを全部えてあげるんだからね!

 いつも俺のために、最高に美味しい手料理をってくれる夕。

 愛情が調味料とか小っ恥ずかしいこと言ってたが……まぁ、ある、かもな。


 ――私、こんな、こんな大地なんて見たくなかった!!!

 今よりずっと弱かったころの俺を、なみだこぼしながら本気でおこってくれた夕。

 あれは、ガツンときたなぁ……涙をたたえる夕のひとみが一晩中頭からはなれなかった。


 ――またっ、こうしてぇ、お話してくれてぇ……ほんとに、よかったってぇ……

 喧嘩けんか別れした俺と、また話せただけで嬉し泣きしてしまった夕。

 こんな強い心を持ってるくせに、俺の事になると途端とたんに泣き虫になるんだよな。


 ――くぬぬぅ、あたしのほおで遊ぶ悪いパパにはぁぁぁ……こぉぉよお!

 ――うふっ♪ どぉ、どぉ? あたしのスターちゃん、とっても強いでしょぉ?

 俺に頬をつままれて、お返しに頬に吸い付いてきた、ただの二十歳児にじゅっさいじの夕。

 一緒に遊んだゲームに勝ち、得意げになって子供のようにはしゃぐ夕。

 真面目な時との温度差が激し過ぎて……それがまた夕らしくていいなと思う。


 ――私とあなたが死で分かたれる、その時が必ず来るとしても!

 ――その悲しみをえられるほどの、喜び! 愛! そして幸せをあげるわ!

 俺の心の闇をたましいさけびで打ち払う、まるでヒーローのように格好良い夕。

 いつか俺も、夕にほこれるような立派な人間にならないと、そう決心した。


 ――だからそのときは、ゆづを助けてあげてくださいね

 もしもの別れの悲しみを必死にこらえ、健気にもゆづのことをたくしてくる夕。

 何を犠牲ぎせいにしてもと言いつつ、非情に成りきれない、どこまでも優しい子。


 そして……


 ――大地はいつだって……私が心から欲しいもの、本当に大切なものをくれるのね

 ――ありがとう 大好きだよ

 頬を染めて、ただただ真っ直ぐに真摯しんしな愛をぶつけてきた夕。

 こうして思い返しただけで、再度心臓をかれた。


 次々と去来きょらいする夕との思い出に、胸のおくがどんどん熱くなっていく。

 もう苦しくて、目の前の夕を見ていられない。


「そう、か………………ハハッ、ハハハハ」


 自分のアホさ加減にあきれて、笑いが込み上げてきた。


 なんだ


 俺はとっくの昔に


 落ちてたんだな


 思えば至極しごく当然の話だった。俺に愛情を届けて心を救ってくれた小さなヒーローで、聡明そうめいで心優しく努力家な、可愛くもカッコイイ、家族のように大切な女の子……こんなの、れない方がどうかしてる。そりゃ周りもこぞって呆れる訳だ。

 そうと自覚した今となれば、このき上がる熱い気持ちを今までどうやって誤魔化ごまかしていたのやら、全くもって不思議でならない。あれか、人を好きになったこともないヤツが突然とつぜんベタ惚れしたもんだから、感情がバグって良く分からなくなってたのか?


「ん~?」


 突然笑い出してだまりこくった俺を不思議に思ったのか、夕がその人形のように整った愛らしい顔を近づけて、宝石のような蒼黒そうこくの瞳でじぃっと見つめてきた。


「――っっん!?」


 ヤバイヤバイヤバイ……ハッキリと自覚したせいか、夕がいつもの百倍可愛く見えてきた。大人夕さんになって二倍、とか言ってあわててたのがなつかしいレベル。もはや顔を直視できんのだがっ!?


「ナッ、ナンデモナイゾォ?」

「うふふっ、へんな大地君♪」


 慌てて後ろに下がって誤魔化すが、緊張で声が上ずってしまい、夕にクスクスと笑われてしまった。

 でも、その楽しそうな微笑ほほえみがまたまぶし過ぎて……ははっ、だめだこりゃ。俺はもう、本格的に頭がバグってしまったらしい。

 挙げ句には、それすらも悪くないなと思ってしまう始末で……全くもって救いようのない、不治の病というものか。

 嗚呼ああ、本当に、是非ぜひもないね。



【550/550(+27)】

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