冒険録79 主人公が即死魔法を食らった!

「え、と、夕……なんだよな?」


 突如とつじょ現れた夕らしき美しい女性に、念のため本人確認をしてみる。


「うん。十年後の二十歳のわたし――本来の天野あまの夕星ゆうづの姿だよ」

「マ・ジ・か!?」


 なぞ可憐かれんな美女は、まさかのリアル大人夕さんだった。

 その夕さんは背丈せたけが百四十㎝半ばほどと十㎝はびており、合わせて声変わりもしたのか、幼女夕より若干低めの落ち着いたやしヴォイスになっている。また、いつもの愛らしさを残した童顔どうがんながらも、凛々りりしさもね備えた少し大人びた顔付きをしており……同い年の高三女子くらいの雰囲気ふんいきだろうか。その実年齢じつねんれいより気持ち幼く見えるところも、俺が思い描いていた大人夕さん像にかなり近い。


「わわわー! ままがままだー!」


 そこでルナがまくらから飛び出すと、テーブル横に立つ夕の周りをうれしそうに飛び回る。これまでは精神的な意味合いでママだった夕だが、今は見た目までママっぽくなった、という意味だろう……タブン。


「ふっふっふー。どぉ、どぉ? びっくりしたぁ? にっしし♪」


 姿は大人のお姉さんになっているが、いつものようにこぶしを口元に当ててイタズラっ子のようにニヤニヤする夕。……ははは、確かにまぎれもなく夕だな。


「びっくりなのー!」

「ああ。そりゃもう、ビックリなんてもんじゃ……いやぁ、魔法でそんなことまで――あっ! これが秘密の願い事?」

「そそそ」


 タイムトラベルで幼女の姿になってしまった夕は、それをくやしがっていることが度々あったので、最初にカレンから願い事を聞かれた時に、真っ先にこれが思いかんだのだろう。魔法で大人に成りたい――いや、夕の場合はもどりたいが正しいが、いずれにしても実に女の子らしい願いだ。


「今の私にできるか心配だったけど、慣れ親しんだ本来の姿に戻るだけだから、上手くイメージできた……と思うよ?」


 そこで夕はベッドの前まで歩いてくると、その場でゆっくりと一回転する。鏡も無いので、上手くできたか俺に確認して欲しいのだろう。……それともちろん服の感想も。

 それで身体については、美女と美少女の中間のような雰囲気で、美しくも可愛らしい童顔のお姉さんだ。当然本物を見たことがないので何ともだが、十年成長したらこんな感じかなと思っていた俺のイメージ通りだったので、おそらく変身に失敗してはいないだろう。

 一方で服装の寝巻きナイトローブだが、中着なかぎの白いネグリジェは全体がふわふわとしたうす半透明はんとうめいのレース生地きじで、加えてすそ袖口そでぐちには可愛らしいフリルが付いており、例えば洋画に出てくるお姫様が就寝しゅうしん時に着ていそうだ。また、その上から羽織はおった広く長めの肩掛けショールは、ネグリジェスケスケ事案を回避かいひしつつ、可愛くも大人びた印象を与えてくる。

 率直な感想としては、総じて大人夕さんにとても良く似合っており……その、何と言いますか……物凄ものすごく色っぽいです。その感想も普段の幼女の姿であればはばかられるところだが、今なら大手をってそう言えるはずだ。ヨシ。


「……ど、どお?」

「…………………………………………………………………………ウム」


 ――いやいや、「色っぽいぞ!」なんて言えるわけねぇだろ! 俺はバカか!? もっと良く考えろや!

 それでこれまで俺は、主に夕の内面に対して大いに魅力みりょくを感じていた訳だが……こうして可愛らしくも美しい大人の女性の身体に戻ったことで、その魅力は二倍――からの激カワ衣装まで相まってさらに倍! もはや非の打ち所の無い完全体パーフェクト夕さんになってしまった訳だ。もう正直言って、ヤベェ。ヤバすぎる。じっと見てるだけで頭がクラクラしてくるし……もしや俺は魅了魔法チャームでもかけられてるのか?


「えとぉ……変じゃない、かな?」

「ああ、キレイだ……」

「――っ! ――っっっ!?」


 完全に見惚みとほうけていた俺は、うっかり思うがままに答えてしまった。それを聞いた夕は、顔を真っ赤にさせて声にならない声を上げながら、両手をわちゃわちゃ振り回す。


「――ハッ! あ、いやちがっ――くはない、けど……」


 俺があわてて取りつくろおうとしたところで、


「んなっ!?」


 夕のわちゃわちゃのせいで、羽織っていたショールがズリ落ちてしまい……なんとネグリジェ一枚になってしまった! 

 それはへそ周りや脇腹わきばらや太ももがけて見えている上に、肩紐かたひものみでられた胸部パーツから肩にかけて大きく開放されており、年相応のふくらみとその瑞々みずみずしい柔肌やわはだがこれでもかと存在を主張してくる。


「っぐふぁっ……」


 目の前に広がる光景のあまりの破壊はかい力に、俺はワンパンKOとばかりに頭からくずれ落ちた。俺はいま即死そくし魔法を食らった!


「えっ、え、えええ!? どど、どうしちゃったの?」

「ふ……く……」

「……服? ――っわとととぉ………………えと、もういいよ?」


 息も絶え絶えにそう告げれば、気付いた夕が落ちたショールを拾って羽織り直してくれたようだ。ゆっくりと身体を起こして夕を見れば、無事にケンゼンな部分は再びショールでかくされていた。……目に焼き付いたケンゼンな映像が消えてくれないので、手遅ておくれ感は否めないが。


「……はああぁ~。バコスさん、なんてもん貸してくれたんだ……」

「あはは……ちょっとダイタンな服だった、かもね?」


 夕は自分の身体を見下ろすと、苦笑いしながらほおく。……夕さん? ちょっとどころのさわぎではないですよ? 俺を殺す気で? 世界がほろんでもいいのか!?


「でも、そっかぁ……今の私なら、綺麗きれいって思ってくれて……そのぉ、倒れちゃうくらい、ドキドキ、してくれたんだ? ああ、嬉しいなぁ……大人の姿に戻れて本当に良かったよぉ……」

「いや――」


 夕は勘違かんちがいしているようだが、普段ふだんの姿でも充分じゅうぶん過ぎるほどにドキドキさせられている。もちろん、この姿となればその威力いりょくは計測不能で完全にオーバーキル――ってまぁ、んなことずかしくて本人に言える訳ないんだが。


「え……違うの?」

「……むぅ」


 それで悲しそうに眉尻まゆじりを下げる夕に、俺は何と言って良いか分からず、だまって目をらしつつ熱い頬をさする。


「………………あっ」


 それで夕は色々と察してしまったのか、悲しげな顔から一転、ニヤリと口を三日月みかづきに変える。


「へ~、ふ~ん、そっかそっかぁ。は、なんかが何しても、ぜ~んぜんへっちゃらなんだ~?」

「え」


 姿と共に気まで大きくなったのか、先ほどまでの緊張きんちょうはどこへやら、口調も大人モード夕さんになって余裕よゆうの表情でそう聞いてきた。これは俺が全然へっちゃらではないと確信しているやつで、耳を真っ赤にさせつつも、実に嬉しそうに口元をニマニマさせている。

 そして夕さんは、くついでベッドへ両手をつき、こちらへグイと身を乗り出すと……

 

「じゃぁ、朝まで一緒いっしょられるね?」


 首をかしげて強烈きょうれつな一撃を打ち込んできた。

 即座そくざに言葉の意味が脳内に浸透しんとうし、俺の心臓がバクンと大きくね上がる。


「ちょま――」

「だ~め、待ちませ~ん。うふふふふ♪」


 激しく動揺どうようする俺の制止もむなしく、夕さんはあやしい微笑ほほえみを浮かべてベッドに上がると、こちらへジリジリとい寄ってくるのだった。




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