冒険録77 主人公達はとてもツイてるぞ!

『ここで一つ大きな問題がある』


 話がトントン拍子びょうしに進んでいたところで、カレンが難しい顔をしてそう言った。


『ゆーちゃんの魔法が無事上達し、ホムンクルスの調整に成功したとしても、リア充魔法には効果時間があるため、定期的にかけ直さなければ元に戻ってしまう』

「え……それって、もしかけ忘れたり、リア充力が足りなくなったりしたら……中の夕は……」


 カレンが神妙しんみょうな顔付きでうなずく。俺がおそれた通り、夕が消えてしまい……さらには世界がほろぶということだろう。そのようなリスク、到底とうてい負えるものではない。


『なので、もうひと工夫必要なのさ。具体的には、恒久こうきゅう的に効力を発揮し続けるために、キミ達のリア充力の器の一部を移して結晶けっしょう化する』

「えと、その器を移すというのは……リア充力の最大値を消費するって意味です?」

『うむ。要はらぶらぶ結晶の作製だね!』

「もぉ、カレンさんってば……」

『くくく』


 何はともあれ、最大値を消費しても困らないよう、とにかく沢山たくさんめておかないとか。とは言え、溜めようと思うと溜まらない厄介やっかいな力だし、そもそも溜めるという行為こういは、つまり、その……ムズカシイネ!


「その結晶化は、どうするんです?」

『特級触媒しょくばいを使う。今回の目的と相性の良いものとなれば、生命関連の触媒である賢者けんじゃの石かな。それを物理的なうつわ増幅器ぞうふくきとして、ゆーちゃんの魔法とリア充力を込めて結晶化し、効力が永続化された状態でホムンクルスに移植すれば良いだろう』

「へえぇ、そんな便利な物が――ってなんだよ、おどかしてきた割にはちゃんと解決手段が――」

『ただし入手が極めて困難』


 カレンが俺の早合点をさえぎり、まゆを寄せて首を横にる。


「ああ……そりゃ特級って付くくらいだもんなぁ。――ん? 特級? そういや、土魔どま騎士団長のルケーさんが、俺を助けるために秘蔵の特級触媒を持ってきたって言ってたような……?」

「あっ、言ってたね!」


 ホリンに頼まれて大急ぎで持ってきたのに、夕とルナの大活躍かつやくで不要になり、挙げ句にホリンから素気なく帰れと言われて怒っていたな。


『おお! 土魔騎士団長ほどの立場となれば所持していても不思議ではないし、キミの治療用に持参したということは、賢者の石の可能性が高い。くくっ、ツイてるねえ?』

「よしっ! 当ては見つかったな」

「……でも、とても貴重な物なんですよね? もし譲ってもらうとしたら、いくらくらいします?」

『魔法を生業なりわいにする者が入手すれば、人生が変わる程の代物しろもの――色々な意味でね。……小さな物でも、豪邸ごうていが買えるかな?』

「ダメダァ~」


 つまり安くとも億超え。無理の極み。夕が「クリウスさんに弟子入りするしか……」とつぶやいているので、ナイナイと手を振っておく。


『そもそもの話、いくら積んでも売ってはくれないだろう』

「むむむ……――あっ! 日本に帰るまで借りるだけなら、どうです?」

『おお、それならばかなり敷居しきいが下がるね。いずれにしろ交渉こうしょう材料を用意しないとだが』

「交渉ってもなぁ」


 異世界ニュービーの俺たちに、騎士団長様とけ引きできるような手札があるとは思えない。


『そうだねえ……そのルケーさんと恋仲こいなかにでもなれば、交渉できるかも? 例えば――』

「カレン、サン? ナニヲ、イッテルンデス?」


 そこで夕がこおりつく視線でカレンをにらみ付けると、


『っちょとぉ、最後まで聞いてぇ! そ、そんな目で睨まれたら、わたしショックで泣いちゃうよ……?』


 非常にめずらしいことにも、魔王様があせりまくっている。というのもカレンは、過去のトラウマで友達に嫌われる事を心の底から恐れており……普段は完全無欠に見える魔王様だが、実はとても臆病おくびょうなフラジャイルハートの持ち主だったりするのだ。


「……どういうことです?」

『あのね? だいち君が、とは一言も言っていないよ?』

「あ」

『そもそも、わたしがそのようなひどい提案をすると思うのかい? それこそ心外だよ!』

「っ! そ、その、あたしったら、ご、ごめんなさい!」


 早とちりに気付いた夕が、カレンに深々と頭を下げる。


『はぁぁぁ、まったくゆーちゃんは……だいち君がらみになると途端とたんに冷静さを欠くのは良くないぞぉ?』

「んだな」

「パ、パパまでぇ……む、ぐぅ、しゅみましぇん……」


 こればかりは大いに反省して欲しい。


『――こほん。そういう訳で、まずは彼女周りの情報収集かな。もしすでに想い人が居るのであれば、それを全力フォローして恩を売る。まだ居なければ、彼女を好きで見込みのある男を――』

「いえ、まずはホリンさんに恋愛指導です!」

『おお。すでに心当たりがあるとは、ゆーちゃんもツイてるねえ!」

「ふふっ、運もありますが……これもお人好しのパパの頑張りが手繰たぐり寄せた、確かなえにしですよ」

『おっと、これは失敬』


 夕は蒼黒そうこくひとみをパチリとウインクし、微笑ほほえみを向けてくる。……くぅっ、うちの娘が可愛いすぎるんだが。


「えーと……なんでホリン?」

「はあぁ~、そんなのルケーさん見てたら丸分かりじゃないの」

「……………………え!? もしかして、そういうこと?」

「うん。目がハートだったわ」


 いやハートにはならんて。……まぁ、乙女視点ではそのくらい丸分かりということか。


「ああ、色々とに落ちた」


 思い返してみれば、あの時のルケーさんは怒っているというよりも、どこかねているような印象だった。想い人にたよられてウキウキとさんじたのに、いざ来てみれば素気すげなく帰れと言われてショックを受けたのだろう。そのホリンに嫌われる原因となっている普段のツンツン態度も、素直になれず好きな子をいじめてしまうアレ……あの女性ひと小学生なのかな? まぁ、鈍感どんかんなホリンも悪いし、どっちもどっちだ! あと俺も人のこと言えねぇけどな!



   ◇◇◇



「何だか色々ややこしくなってきたし、ミッションをまとめてみるわね」


 おおむね方針も定まり解散ムードとなったところで、夕がそう言い出した。


「①不定期に現れるゆづへ随時ずいじ対処する、②ホムンクルスを作れる錬金術師を探す、③ルケーさんの恋の応援をしつつ追加の交渉手札を探す、④ホムンクルスの調整とたまちゃんの輸送ができるように魔法の特訓をする、⑤賢者の石への固定化と帰還きかんのためにリア充力を溜める、⑥リア充力を溜められる協力者を探す。……こんなところかしら?」

『おやおや。肝心かんじんの⑦魔王を倒す、を忘れているよ? くくく』

「あはは……そう言えばそうでしたねぇ……(これ要るかしらぁ?)」


 夕は苦笑いで大人の対応をしつつ、ぼそっとツッコミを呟く。当初の目的だったはずだが、もはや誰も目的と認識していない不思議。……この子ってば、いつまで黒幕ムーブする気なんだ?

 それでミッション⑦ははなから除外するとしても、こう改めて列挙されると、実に険しい道のりだと感じる。カレンが言うように、確かに道筋はあり不可能ではないが……なにせ異世界に来たばかりだ、きっと次から次へと想定外の問題も起きるだろう。


「はぁ、こりゃ先は長いな」

『くくっ、まさに異世界大冒険だね?』

「おおー! みんなでぼうけんなのー! わっく、わっく」

『うむ。愛しの娘達のために頑張りたまえよ、パパ殿どの?』

「……ああ、もちろんだ!」


 道はあるのだ。あとは全力で走るだけだ。


『――さて、今度こそわたしはおいとまするよ』

「色々ありがとな」「本当に助かりました!」「かーちゃんまたねー!」


 一同椅子いすから立ち上がると、夜間補講まで務めてくれた講師殿に深々と頭を下げる。


『切れた後に時計を回収するので、おどろかないようにね? 翌朝に返しにくる。ではGood night!』


 カレンが片手を挙げてパチンと指を鳴らすと、ホログラムスクリーンが文字盤もじばんへと引っ込む。次いで皆中かいちゅう時計の側に直径十㎝ほどの黒いうずが現れ、き出した細い指が金色の時計のくさりを引っけてシュルリと回収していった。何とも便利な魔法だ。


「えと……翌朝って、言ったよね?」

「あ、ああ。まさか、徹夜てつやで改造してくれるって、こと?」

「ううう、親切過ぎでしょぉ……もぉカレンさん、どんだけいい人なの!?」

「それな」


 今に始まったことではないが、本当にブレないお節介せっかい魔王様だ。


「ま、その期待に応えられるよう、俺らも頑張らないとだな!」

「うんっ!」「おー!」


 こうして目下の行動指針が決まった俺達は、新たな家族を無事にむかえるべく、決意を新たにするのであった。



~ 第8章 月と金星と夜間補講 完 ~ 



【480/480(本章での増加量+70)】



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第8章までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


ゆづちゃんを救うために頑張って! と彼らを応援したくなりましたら、ぜひとも【★評価とフォロー】をお願いいたします。


第一部最終章となる第9章は、実質カップルな二人が一緒の布団で寝るだけなので、大したことは起きません。……起きるわけないですよね? 引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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