冒険録74 夢オチはとても便利だぞ!

 打つ手がないと思われた厳しい状況じょうきょう、俺がひらめいたのは……ゆづが一番良く知る人間である「ゆづ本人」に化ける作戦だった。

 自分自身が目の前に現れたらおどろきはするだろうけど、上手く誘導ゆうどうすれば夢だと思ってもらえるかもしれない。つまり、夢オチ作戦で上手く誤魔化ごまかそうというわけだ。その肝心かんじんの変身については、体格まで変えるのはイメージがつかないものの、夕の顔と声だけならできそう……という訳で、さっそく夕の顔を思いかべてみる。

 ぷっくりつややかなくちびる、ちんまり可愛らしい小鼻、パッチリ大きい目に長いまつ毛、小ぶりで丸っこい耳にかかる美しい蒼黒そうこくかみ……よーしよし、隅々すみずみまでバッチリだ。続いて声……年相応の高めな可愛らしい声ながらも、大人の落ち着きも秘めた不思議な魅力みりょくのある声……ウム、完璧かんぺきなイメージだ。よっしゃぁ、いくぞ! 【写相ミミック・フェイス!】、【写声ミミック・ヴォイス!】。

 心の中で詠唱えいしょうすると、顔の表面やのどの内側がぐねぐね動き、合わせて髪もび始めた。痛くはないが、ムズムズしてちょっと気持ち悪い。

 やがて動きが止まったところで、胸ポケットのルナに耳打ちでお願いをしてからはなし、俺はゆづの正面にき足で近付く。首より下は俺のままなので、豊かな髪でかたと胸をおおかくし、ひざを付いてゆづの高さに合わせると……【点火イグニ】と心でとなえて、部屋のランプに火をともした。


「あっ、ついた。よかったぁ――ってええええ!? ゆっ、ゆづが、いる? どどどど、どぉなってるの!?」


 やはり驚かれてはしまった。だが、こうして本人が自分と見間違えるほどには、上手く変身できたようだ。


「あー、こほん」


 うぉすげぇ、俺の口から夕の声が出るぞ――って感動してる場合じゃない。ここからが勝負だ!


「ゆづ、良く聞いてね。ここは、夢の世界なの」

「ゆ、め?」

「そうよ」


 む、むぅ……夕の口調を真似まねるのはみょうに照れくさい。だが、しっかり演じて夢だと信じてもらわないとだ。


「ねね、上をみて? 妖精さんがいるでしょ?」

「やははー!」

「わぁ~、かっわいい」


 耳打ちでお願いした通り、ルナが俺たちの真上でクルクルおどってくれており、さらにはルナの魔法なのか周りが虹色にじいろの光でキラキラかがやいている。よしよし、デキル子だ。


「ほらほら、ゆづが二人いたり、妖精さんがいたりなんて、普通ふつうじゃないよね?」

「そっ、そっかぁ。こんな不思議なこと、夢に決まってるよね。あ~びっくりしたぁ~」


 ゆづはそう言って胸をで下ろすと、強張っていた表情を少しゆるめてくれた。……よぉし、順調に誘導ゆうどうできてるぞ。


「うん。でも実はね……あんまり長いこといると、この夢の世界から出られなくなっちゃうかもしれないわ」

「えええっ、そうなの? たいへん、早く起きなきゃ……」


 ゆづはあわてて自身のほおをむにぃと引張るが、「いだぁい」と言って痛みに顔をしかめるのみ。


「ふふ、ここは特別な夢だから、めるにはそこのベッドでないといけないの」

「んえ……? 寝たら夢がおわる、の? うふふっ、へんなのぉ」


 自分(?)の言うことだからか、不思議そうにしつつも納得してくれた様子。一度だけ俺と会ったときには、嫌悪感けんおかんと敵意むき出しのおそろしい子だったが……やっぱり本当は素直な良い子なのだろう。根っこは同じ夕なんだから、当然だが。

 そこで俺は顔以外を見られないように、すかさずゆづの背と膝に手を当ててお姫様ひめさまっこをすると、ベッドの上へと運んで寝かせる。


「うわわわぁっ! 夢のゆづは力持ちなのねぇ」


 身体は男子高生だしな。それにゆづが軽すぎるのだ。


「えっと、ここでふつーに寝るだけで……いいの?」

「ええそうよ」


 俺が膝立ひざだちでくつがせ、布団をけてあげると、ゆづは静かに目を閉じた。

 これでゆづの精神状態が落ち着いてくれたところで、夕が交代しようとすればねむくなるはずだ。加えて今なら精神に作用する魔法への抵抗ていこううすいだろうから、俺もこっそり援護えんごしておくか……【誘眠スリープ・コンダクション!】。

 すると魔法が効いたのか、夕の交代の作用なのか、すぐにゆづが寝息ねいきを立て始めた。


「………………ふうぅぅ、何とか乗り切ったか」


 ギリギリの綱渡つなわたりの連続ではあったが、こうして緊急きんきゅう対処できた自分をめてあげたいものだ。

 そうしてゆづの愛らしい寝顔をじっとながめていると……


「……んっ、戻ったよ。ごめんね、パパ」


 夕が目をゆっくりと開けながら、申し訳なさそうな声でそう言った。ちなみに夕は、ゆづが起きている間も感覚を共有しているため、今の一部始終を全て把握はあくしている。


「まぁ、上手くいったし気にすんな——ってのも、さっき風呂で一緒に対策を考えてたし、パニックにならずに済んだかも?」

「うん。何でも準備は大切よね」


 そこで夕が隣に立つ俺に顔を向けるなり……


「――っぷふふ、あははは」


 突然とつぜんき出してベッドをパタパタたたき始めた。


「ごごっ、ごめん。あたしの顔と声なのに、口調と身体はパパなんだもん――ぷふっ、おかしくってぇ~」

「ぱぱなのにままなのー! いひひひひ、へんてこなのー!」


 降りてきたルナまで笑い出し、顔をツンツンつついてくる。それで自分の胸元を見ると、綺麗きれいな蒼黒の長髪が腰まで降りてきているが、その髪をずらせば筋肉の付いた男性の胸やうでが現れる――まるで女装しているようで実にシュールだ。


「ははは……これでよくゆづをだませたもんだよなぁ」

「ふふっ。だって、顔だけはビックリするくらいソックリだもん?」


 夕がそう言って身体をベッドから起こすと、両手でチョイチョイと手招きする。俺が顔を近付けてあげると、まじまじと見つめてきた。


「んや~ほんとすごいわぁ、まるで鏡を見てるみたい。こんなにも精確にあたしの顔と声を再現できるってことは……――っ! えと、な、なんだか照れちゃうわね?」

「あ、いや……ま、まぁな」


 夕が顔を赤くしてモジモジし始めたので、俺もられてしまう。はたから見れば、同じ顔の二人が照れ合っているという、実に可笑おかしな光景に映ることだろう……とは言っても見ているのはルナだけだ、気にしない気にしない。そう思ったところで……


『――くくく、もありなん。七時間もまるというものだ』

「「っ!?」」


 テーブルに置かれた時計から魔王様の声。

 なんてこった、スクリーンは消えても通話は切れていなかったのか!? ええい、またカレンにずかしいところを聞かれてしまったぞ!



【384/457(+8)】

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