冒険録73 突如スニーキングミッションが発令された!

「うふふっ♪」


 いずれ来るルナとの別れに気を重くしていた夕であったが、幸いにも一緒いっしょに日本に帰れると聞いて安心したのか、今はカレンと楽しげに話すルナを見て優しげに微笑ほほえみをかべている。


「ホッとしたか?」

「うん。それと人間の姿のルナちゃんを想像したら、そっちもすっごく可愛いんだろうなぁ~って?」

「ああ、でも……(間違いなく超お転婆てんば娘だ!)」

「(あはは)」


 本人に聞かれると体当たりされてしまうので、少し小声で笑い合う。


「でも素直な良い子だよ?」

「まぁな」


 テーブルに立つルナは、「かーちゃんせんせーおやすみなさいなのー」と元気に手を挙げて挨拶あいさつしている。元気で純粋じゅんすい無垢むく園児えんじの姿が思い浮かぶ。


だって本当は……」

「?」

「んにゃ、気にしないで」


 夕は少し悲しそうな声でふと何かを言いかけたが、ぷるぷるっと首をって、いつもの夕に戻った。


「――よーし、これは日本に帰った後が楽しみね!」

「だな!」


 そうして二人でうなずきあったところで……


「ぁっく……」


 夕が突然とつぜん頭を押さえて前かがみになると、椅子いすからズリ落ちそうになった。


「うおとと……大丈夫か?」


 あわてて近寄って身体を支え、そのまま顔をのぞめば……夕は何かにえるように歯を食いしばっている。


「まず、い……が起き、そう」

「ちょちょマジで!?」


 先ほど風呂場では、何かの拍子ひょうしで勝手に起きてしまう可能性もゼロではないと話していたのだが……まさかの悪い予想が当たってしまったのか!


「こ、交代ってこと!? どっ、どうしたら!?」

『ええい落ち着きたまえ! まずはかくれないとだろう!?』

「――っ! ああ!」


 突然の事に頭が真っ白になりかけた俺だったが、即座そくざに緊急事態と察したカレンのかつにより冷静さを取り戻す。俺がゆづに見られてしまうと二人の命に関わるので、早急にゆづの視界から消えないといけないのだ。


「ご、ごめん……おねが、い……」


 隠れる先を探そうとした矢先、夕がか細い声と共にガクッと頭をれ…………次いでゆっくりと顔を上げ始める。一刻の猶予ゆうよもない中、俺はルナをつかんで胸ポケットに仕舞しまい、【猫歩キャッツ・ウォーク!】と心で魔法をとなえてき足で背後に回った。


「………………あ、れ?」


 間一髪かんいっぱつ、夕――いや、ゆづが身体を起こして立ち上がり、真後ろで息を殺す俺のほおには冷や汗が伝う。


「ここぉ……どこぉ?」


 幸いゆづはまだ半分ぼけているのか、ゆっくり首をひねりながらふわふわした声を出しており……すんでのところで即バレ終了は回避かいひできたようだが、振り向かれれば一巻の終わりだ。俺はあせにじむ手で高鳴る心臓を押さえ、ごくごく少しずつ後退あとずさりしてゆづとの距離きょりを取っていく。

 それでこのまま部屋の出口まで移動して外へ出られなくもないが、右も左も分からないゆづを置いてげる訳にもいかない……この絶対絶命の状況じょうきょうをどう打開したらいいんだ。


「……ん~?」


 ――っやばい、振り向く! 即座に視界を断つにはフォグ――いや、周りに水が一切無い……となると別の何かで光を遮断しゃだん――あっ、単純に消せばいいのか!

 ゆづがこちらへと上半身を回す中、【消灯ブロウ!】と俺は心の中で詠唱した。


「うわわわぁ!? なに、なにっ!?」


 すると部屋の四隅よすみとテーブルのランプの火がフッとかき消え、室内が暗闇くらやみに包まれた。……ふぅ、何度も見てきた『カンデラスクロール』の『ブロウ』の魔法陣まほうじんの効果をイメージして使ってみたが、上手くいってくれて良かった。


「て、停電、なの? こっ、こわいよぉ……」


 これでひとまず姿を見られる心配はなくなったが……次の手はどうする? 風呂場で相談した時には、多少手荒てあらなことをしてでもと夕に言われていたが、ゆづを傷つけるなんて絶対にしたくないし……それは本当に最後の手段だ。

 それで穏便おんびんな手段となれば中に居る夕がゆづをねむらせるしかないが、ゆづの感情が高ぶっている時にはできないそうなので、まずは俺の方である程度まで落ち着かせないといけない。ここは感情操作の魔法で――いやダメだ、少なくともゆづが俺を信頼しんらいしていないと効果がないので、絶対に効かない。魔法に頼れないとなると会話を試みるしかないが、こうも真っ暗では余計にこわがらせてしまうだろうし、そもそも俺の声すらも聞かせない方が良い。

 そこで頼れる魔王様を求めてテーブルの方を見るが、光がれないようにするためか、すでにスクリーンは閉じられてしまっている。他にはポケットにルナが居るが、幼女には荷が重いミッション……となれば不安だがとなりのヤスを呼びに――いや、人間不信気味ぎみのゆづに知らない男なんて絶対アウトだ。何か他に手は……あ、ルナが髪型かみがたを変えてみせたように、魔法でゆづと親しい女性に変身――いやいやいや、そんな人ひとりも知らねぇぇ!


「うっ、ううっ……だれか、たすけてぇ……」


 そうして俺がグルグル思考をめぐらせてあせりをつのらせる中、前でしゃがみ込んでいるらしいゆづが、か細いなみだ声をこぼした。夕とは違ってゆづは中身も十歳児じゅっさいじ、見知らぬ部屋で目覚めて突然真っ暗闇になれば、恐怖きょうふられてしまうのも無理はない。一刻も早くなんとかしてあげないと、状況がどんどん悪化してしまう。

 ……くそっ、せめて中の夕と相談できたら何か良い知恵ちえを――ああ待てよ、その手があったか! もうこれにけるしかないっ!




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