冒険録75 妖精さんが大手柄を挙げたぞ!

 夢オチ作戦でゆづを夕に再交代することに成功した俺達は、ベッドから元のテーブルに移動して並んで座ると、カレンの声が聞こえる懐中かいちゅう時計に目を向ける。


『いやあ、ハラハラしながら音声だけ聞いていたのだが……無事に乗り切れたようで何より。――っと誰かタップしてくれるかい?』

「はーいなのー!」


 すぐにルナが飛んで行き、ピチンと文字盤もじばんを叩けば、カレンの姿が再びスクリーンに映し出される。


『それにしても、あの差しせまった状況じょうきょうでの的確な判断、流石さすがはわたしの親愛なる――くふふっ、キモ可愛らしいお友達だ』

「ぐぬぅ、早くもどってくれぇ――あっそうだ、【解呪ディスペル!】」


 カレンにまで笑われてしまったので、試しに変身を戻すイメージで魔法をけてみると、すぐに顔とのどがムズムズし始めた。


「おお~、モーフィングみたいで面白いわね?」「ままがぱぱになったのー!」


 どうやら無事に顔を戻せたらしく、これで魔法は効果が切れる前に強制的に解除することも可能と分かった。いずれどこかで役に立つテクニックかもしれない。


『……それで?』


 カレンが俺を見てそうたずねてきた。事情を説明したまえ、と言いたいのだろう。


「ああ。この世界ではゆづに交代しないことにしてたんだが……長時間交代しないと、さっきみたいに勝手に出てくるようなんだ」

「うん……あたしの考えが甘かったわ……」

「いや、知り得た情報から総合的に考えて、最善手と判断したんだ。こればっかりはいても仕方ねぇさ」


 しょんぼりと項垂うなだれる夕の頭をでつつ、フォローしてあげる。


「それよりも、次にどうつなげるかが重要、だろ?」

「……うん、そうね。ありがとっ! いつでも前を向いてるパパ、素敵だよ♪」

『ひゅぅ~かっくいぃ~♪』

「ぱぱかっこいーの!」


 こうも女性陣じょせいじんめられると、こそばゆくて仕方ないな。そもそも、こうして俺が前を向けるようになったのは、夕のおかげなんだからさ。


『――こほん。そうなれば、もうひと相談ご希望かな?』

「ああ、是非ぜひとも知恵ちえを貸して欲しい」

おそい時間に申し訳ないですけど……お願いします」

『くくっ、もちろんお安い御用ごようさ。ま、わたしがお役に立てる保証はないけれども』


 謙遜けんそんも良いところだ。カレンが役に立たないならば、役に立つ人間など皆無かいむに等しい。


『ではまず確認。ゆーちゃんには、わずかな予兆よちょうも感じられなかったのかい?』

「はい。直前まで全く」

「となると、いつ起きるかも分からないゆづを夕が察知してから、たったの数秒で対処を考えないといかん訳か……滅茶めちゃ苦茶くちゃシビアな戦いだな」


 今回はたまたま上手く事が運んだが、その時の状況次第ではそく詰む可能性もある。


「……どうだ?」

『ふーむ…………では、時計に追加機能でも付けてあげようか。言わば、づーちゃん警報機』

「んなことできるのか!?」

『くくく。魔法と科学技術をあわせ持った今のわたしならば、おそらく可能だろう。何せ魔王だからね!』


 この魔王様、マジで無敵か。


「すみません。魔改造、お願いします……でもどうか、こわさないでくだしゃい……」


 状況が状況なので依頼いらいはしつつも、さらなる魔改造をうれえているようだ。


『うむ、任せたまえ。これはマジカルエンジニアとしてのうでの見せ所だね!』

「じゃぁ、早速明日わたしに――」

『いや、通話後に回収してあげよう』


 カレンはそう言って得意げに指先をクルクルと回しており……なるほど、小さなゲートで緊急きんきゅう輸送する訳か。後で魔晶石代を請求せいきゅうされなければ良いが。


「……んで、起きるのが事前に分かるようになるとしてだ、実際の対処はどうするよ?」

「うーん、さっきみたいにあたしへ変身してもらうのは……いずれボロが出そうでこわいわね」

「だなぁ。顔以外見られたらアウトだったし、ぶっちゃけ良くあれで乗り切れたもんだ」


 より安全性の高い方法を考えねば……とは言え、とらの子の魔法に頼ってねむらせることもできないし……ん? じゃぁ魔法以外では?


「なぁカレン、この世界に眠り薬みたいなもんはないのか? ほら、よくサスペンスドラマとかで、後ろからクロロホルムの布を口にあてて眠らせたり?」

『ないこともない。だが確実性かつ即効性そっこうせいのある薬物は、身体への負担が非常に大きい』

「絶対ダメだ」


 ゆづを危険にさらしては本末転倒、論外も論外だ。


「あとねパパ、クロロホルムでぱたんきゅぅ~は話の展開に便利だからフィクションで良く使われてるだけで、現実じゃまず不可能なんだよ? 武術の達人が首チョップで都合良く気絶させるのと同じくらい、無理の無理」

「あ、そうなんか……」


 良く考えてみれば、人体がそんな簡単に気絶する構造の訳がない。


「うーん――あっ、カレンさん! この世界の魔法やスクロールに、傷付けずに眠らせるだけのものはないんですか?」


 なるほど、俺達のリア充魔法は精神操作に制限があるが、この世界の魔法ならば仕様は違うかもしれない。


睡眠すいみん魔法はあるにはあるが、途轍とてつもなく高度な魔法のため使える者は古代種こだいしゅと呼ばれる者達くらい――つまり習得方法を探す時点で困難を極めるし、当然ながらスクロールなど存在しない。まあかしこいキミ達なら、運良く習得方法を教わって修練すれば、いずれ使えるかもしれないが……現状への対策にはなり得ないね』

「残念です……」


 ファンタジーあるあるの魔法だが、戦闘せんとう時に意識を失えば一巻の終わりな訳で、現実で考えればとんでもない効果なのだ。そう簡単に習得できないのも道理か。


「はぁ~……そもそも、この対処たいしょ療法りょうほうをいつまで続けるんだって話で……ずっとゆづをひとり眠らせておくって事自体が、すごつらいんだよなぁ。それがゆづにとって一番安全だから仕方ないんだけどさ……できるもんなら、普通に接してあげたいぜ」

「ああ……やっぱりパパはパパだよぉ……あううぅ、うれしいなぁ」


 夕は少し目をうるませて、俺をなつかしむように見ている。もしかすると、未来の俺に昔大切にしてもらった事を思い出しているのだろうか。

 ただ、言うは易しというもので、俺がゆづと対面できないという条件が、とにもかくにも厳しすぎるのだ。何とかしてこの根本の問題を解決できれば良いのだが……夕にとっての超重要記憶きおくとされる「宇宙大地」という情報について、ゆづの記憶との齟齬そごが生じることで脳に異常をきたすらしいので、夕とゆづが同居シェアブレインしている以上はどうしようもない……本当に困ったものだ。

 そうして俺が頭をひねっていたところで、


「……ねーねー、ままじゃないままもままなのー?」

「……んんん?」


 ひまそうに一人遊びをしていたルナが、突然とつぜん良く分からない事を言い出した。


「ええそうよ。ルナちゃんにはちょっと難しいかもだけど……実は昔のママなの。ゆづって呼んであげてね?」


 そうか、見た目が全く同じであっても、夕とゆづが別の存在とルナにはちゃんと分かっているようだ。それで、ママと違うっぽいけど同じママのにおいがするしやっぱりママなの? ってところだろうか。……にしても夕のルナ語読解力がはんぱねぇな。俺は普通に何言ってるか分からんかったぞ。


「んとんと……こどもの、ままぁ?」

「うん」

「やったー、ままがふたりなのー! うれしいのー!」


 ゆづはママというよりも、お姉ちゃんだとは思うが。


「るなね、るなね、づーままとゆーままと、みんなでいっしょにあそびたいのー!」

「ふふっ、それができたら素敵ねぇ……」


 夕とゆづが一緒いっしょにか……ああ、そんな未来があったら、どんなに良いことか。


「でもね、ママ達の身体は一つしかないから、一緒には出てこられないの。だから残念だけど、ゆづはてなきゃいけないのよ」

「えー? づーままだけ、かわいそーなのー! づーままにも、!」

「「『!?』」」


 幼女妖精さんの突拍子とっぴょうしもない発言に、俺達三人はおどろき顔を見合わせる。


「「『それだぁ!!!』」」


 そして一斉いっせい歓喜かんきさけびを上げるのであった。




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