冒険録67 お節介なルームサービスが提供された!

 ――ゴンゴン!


 無事に娘達のヘアセットが完了し、俺が椅子いすに座ろうとテーブルを回ったところで、入り口のとびらから大きめのノック音がひびいた。こんな時間となれば、ヤスかバコスさんだとは思うが、一体何用だろうか。


「は、はい!」

邪魔じゃまするゼ」


 来訪者はバコスさんであり、その巨体をのっそりとくぐらせるなり、手に持ったジョッキをこちらへき出してきた。


「風呂上がりに一杯いっぱい欲しいだろう? ホレ、グイっといきナ!」


 まさかのルームサービス……このいこいの宿、いたれりくせりである。


「あ、ありがとうございます」


 俺は半ば押し付けられたジョッキを見れば、中には白い飲み物――何かのミルクだろう。

 それですすめられるがまま飲めば、口に広がるは馴染なじみの牛のミルクの味であり、しかもちょうど良く冷えていた。


「ぷはぁ、冷たくて美味しいです!」

「ガハハ、そうだろう! 料理にも酒にも使うからな、当然仕入れ先もこだわってるゼ」


 風呂上がりの冷たい牛乳は格別であり、実に気の利いたサービスだ。こうした細かい心遣こころづかいも、商売繁盛はんじょう秘訣ひけつなのだろう。


「……ちなみにこれ、どうやって冷やしてるんです?」


 当然冷蔵庫など無いはずだが……もしかすると、魔法でわざわざ冷やしてから持ってきてくれたのだろうか。


「ン? 夏場は厨房ちゅうぼうの一角を『コールドスクロール』で冷やして、肉や魚あたりの冷蔵品をまとめて置いてんダ。王都で店構えてるヤツぁ、だいたいそうしてやがんナ?」

「なるほど」


 冷蔵庫ではなく、業務用の魔法冷蔵室があるらしい。よくよく考えてみれば、初夏に牛乳を常温保存すれば傷んでしまうので、そもそも冷蔵庫がなければ衛生面から夜に提供できない。


「じゃわしは――」

「あ! すみません……もう一つ、もらえたりします?」


 立ち去ろうとするバコスさんを引き止めて、お願いしてみる。量的には二人分あるのだが、ジョッキが一つでは夕との共有になってしまい……それは、困る。


「なんでぃ、オメェさん意外と欲張りだナ? そんなにのどかわいてやがったのか?」

「あ、いえ、中身じゃなくて入れ物が……あああ、やっぱり大丈夫です」


 いずれにしても手間をかけてしまう。無料サービスにこれ以上を要求するのは、まさに欲張りというものだ。


「ン。飲みな?」


 バコスさんはニヤリと笑ってそう言い残すと、自室へともどって行った。……もしや、分かってて言ってた?

 それで俺はテーブルに戻ると、飲みかけのジョッキを真ん中に置いて夕を見る。


「あーその……どうする?」

「えと……その……むぅ……」


 すると夕は、ジョッキと俺を交互こうごにチラチラ見ながら、大いになやみ始めた。逆の立場なら俺はよほどの状況じょうきょうでなければ断るし、こうして夕が飲む側だとしても、みょう気恥きはずかしいので正直断って欲しいところだ。


「……まぁ、悪いけど今回は全部もらっておくな?」


 そういう訳で、俺がジョッキを回収しようと手を伸ばしたところ……


「ま、待って! の、飲む、から!」


 夕が先んじて素早く手元へと寄せた。――えっ、飲むの? マジでして?

 夕はジョッキをぎゅっとき寄せると、ジョッキを回して取手を左手に移し、飲み口を逆にする。……ご配慮はいりょ、助かります。

 そうして夕の様子を観察していたところ、


「もっ、もぉ! そんなじっと見ないで欲しいなぁ! パパのえっち!」

「ええぇ……」


 なぜかおこられてしまった。先ほど目の前でぎ始めた状況から比べたら、はるかにケンゼンだと思うのだが……せぬ。

 少々納得いかないながらも後ろを向けば、「ヨ、ヨーシッ!」と牛乳を飲むには大げさな掛け声が聞こえ……


「んっ、んっ、んっ、ぷはぁ~!」


 喉を鳴らす音、勢い良く息をく音が続いた。

 飲み終えたようなので俺が顔を戻すと、夕はの空のジョッキをカコンッと置く。


「どうだ、なかなか美味うまかったろ?」

「ソ、ソウネ。オイシカッタワ、ウン」


 夕は気もそぞろといった様子で、ほおを赤くしながらカタコトで答える。


「いひひ~、ままおひげー!」


 慌てて飲んだためか、夕の鼻下に白ひげのようにあとが残っており、それを見たルナがケラケラと笑いだした。


「おととぉ」


 すると夕は少し恥ずかしそうにしつつ、鼻下をペロリと赤い舌でめ取る。俺はそのとてもケンゼンな仕草にドキリとして、今度は言われるまでもなく目をらしてしまうのだった。




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