第8章 月と金星と夜間補講

冒険録66 ヒロインの髪がツヤツヤになった!

 俺と夕とルナの三人は、しくも家族風呂となった入浴タイムを終え、二階の宿泊部屋へと戻ってきた。入り口にられた『カンデラスクロール』に魔晶石ましょうせきを当てれば、部屋の四隅よすみと中央のテーブルのランプに火がともり、十二じょうほどの空間を橙色光とうしょくこうが照らし出す。俺と夕はテーブルをはさんで腰掛こしかけ、ルナは夕のお団子だんごがみにチョコンと乗ると、三人で風呂上がりの余韻よいんひたり始めた。

 そうして俺が対面の二人を何とはなしにながめていたところ、急にルナがふわりとき上がり、自身のおしりさわりながら「しめしめなのー!」と報告してきた。かわいていない夕の髪に座っていたので、ワンピースが少し湿気しけってしまったのだろう。


「あらら、ごめんねルナちゃん」

「乾かそうか?」

「うん、お願いしよっかな?」


 この世界にドライヤーは無いものの、代わりに魔法という便利なものがある。特に水抜みずぬき魔法の効果の程はお墨付すみつきであり、加えて俺も大分と使い慣れてきているので安心だ。

 早速と俺は椅子いすに座る夕の後ろに立ち、ルナをテーブルへひょいと移す。次いで目の前のお団子髪へと手をかざし、


「アクア・ドレ――」


 詠唱えいしょうを始めたものの、途中とちゅうで止めた。というのは、対象周辺の水を見境なく抜くとなれば、髪が内部に保有している水分まで根こそぎ吸い出してしまい、夕の綺麗きれい蒼黒そうこくの髪がパサパサになってしまうのではと危惧きぐしたのだ。それで隙間すきまの水分だけ器用に吸い出せれば良いのだが、俺にそのような複雑なイメージができるかはあやしい。


「どしたの? ――あっ、確かにマズイわねぇ……となると、ほどいて地道に温風かしら?」


 かしこい夕がすぐに俺の意図を察して、名残なごりしそうにお団子へ手を回したところで、


「いや待った」


 俺は静止の声をかける。一つ妙案みょうあんを思いついたのもあるし、それにせっかくの可愛い新ヘアスタイルだ、まだもう少しながめていたいというもの。


「上手くいくかは分からないが、先に浸出しんしゅつから保護しておいたらどうか、と?」

「保護……なるほど、それならいけそうね! んやぁ、やっぱりパパは賢いなぁ~。それにこんなにあたしの髪を気遣きづかってくれるなんて、優しい、ステキ、かっこいい!」

「ぱぱかっこいいー!」

「ちょちょ、二人して大げさな……」


 うれしそうにベタめしてくる夕とルナに、顔が熱くなってしまう。


「――こほん。それで浸出はeffusionを使うかな」

「オッケー」


 俺が知らないと思われる難しめの単語は、先んじて教えてくれる夕先生。いつもお世話になります。


「んじゃ早速……【防浸ブロック・エフュージョン!】」


 夕の身体からの水の浸出を防ぐバリアをイメージしつつ、髪全体をおおうように手をかざして詠唱えいしょうした。俺は人体を髪や皮膚ひふ細胞さいぼうより内側と認識しているので、これなら髪の隙間にはバリアがかからないはずだ。


「からの、【水吸アクア・ドレイン!】」


 毎度お馴染なじみの便利魔法を夕の髪全体にかければ、髪から青く光る水が染み出し、小さな水球を形成していく。


「……どうかな?」


 俺が水抜き完了を告げて夕の前に回ると、二人は髪をさわって確認し始める。


「んーと……――おお! すっごくツヤツヤ!」「すべすべきもちいーの!」

「よっし!」


 どうやら防護魔法が想定通りに作用したようで、無事に隙間からのみ水を抜き出せた。こうして普段ふだんから複合魔法の発想練習をしておけば、戦闘せんとうなどのいざという時にも色々と役立ちそうだ。


「んやぁ~、これだとドライヤーとかアイロンとちがって、髪が傷まなくていいわぁ」

「アイロン!?」


 まさかのアイロンで髪をかわかすとな。確かにロングヘアなら台に乗せられるが……危険すぎるのでは?


「えっと、はさんで使う細長い棒だよ?」


 夕は両手をちょんと胸元に出すと、「かぱかぱぁ~」と言って動かし、ついでにルナも真似まねっこする。――くっ、なんてあざとい仕草! この娘たち可愛すぎか!


「どちらかと言うと、乾燥用じゃなくてセットアップ用だけどね?」

「へぇ~」


 短髪たんぱつ男子の俺は見たこともないが、何やら髪専用のアイロンがあるらしい。世の長髪女子たちが、日々火傷やけどと戦っている訳ではなかったか……そりゃそうだ。


「またお願いするね?」

「おう、任せろ」


 夕の髪を守れるなら、こんなものお安い御用ごようというやつだな。



   ◇◇◇



 そうしてひと仕事を終えた俺が椅子に戻ると、ルナも定位置とばかりに乾いたお団子髪に座った。


「ふふっ、おそろいだな」


 ルナは両サイドで夕は後頭部だが、どちらも同じお団子髪なことに気付いてそうつぶやいた。すると、二段になって座る二人がそろって小首をかしげたので、俺は夕の髪を指差して「お団子」と伝える。


「あ~! 別に意識して結ってなかったけど、そうね?」

「おそろいー!」

「まあ、数は違うけどな?」

「むー!」


 するとルナがほおをぷくっとふくらませると、テーブルに飛び降りて両腕りょううでり上げる。……しまったなぁ、余計な一言だったか。


「ままといっしょにするのー!」

「う、うーん」


 お人形サイズであるルナの髪を結うのは不可能に近いし、水のように絶えず流動し続けている不思議な髪なんて、そもそもどうあつかって良いかすら分からない。かと言って夕の方を二つに結い直しても、きっとルナは満足しない……そんな気がする。夕も同感なのか、頬に人差し指を当てて困り顔をしている。そもそもの話、幼いルナがどうやってこの髪をセットしたのだろうか。


「えいっ!」


 そこでルナがけ声と共に気合を入れると、その小さな身体が銀色にあわく光り、W団子がみるみる間にほどけてふわりと浮き広がる。そしてその極細ごくぼそ半透明はんとうめいの空色髪は、まるで絹糸が巻かれるように後頭部で一つの球をえがいていき……やがて夕とうり二つの髪型へと変わった。ちなみに首より下の流体部分は、今まで通り水のように随時ずいじ形状が変化している。


「おおお、すっげぇ」

「やぁんもぉ、かっわいい~♪」


 ルナのヘアチェンジが終わるや否や、夕が抱き寄せて頬ずりしつつ、黄色い声を上げる。……なるほど、夕の髪を見た通りにイメージして、自身の髪を願いの魔法で操作した訳か。そうなると、普段の髪型も手ではなく魔法で結っていたのだろう。まったく器用なもんだな。


「そっくりー?」

「うんうん、完璧かんぺきにお揃いになったね♪」

「むふぅ~」


 ルナは大好きなママと同じ髪型になれて満足したのか、嬉しそうに鼻を鳴らす。二人はサイズの差はあれども顔の造形が近いので、さらに髪型まで同じとなれば、まさにソックリさんというやつだな。




【願いの力:418/418(+8)】

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