冒険録64 ヒロインを褒めるのはもっと難しいぞ!

 俺は夕の衣類一式をまとめて脱水だっすいした後、先に風呂場を出て夕の着替きがえを出口で待っていた。実はすでにそこそこの時間が経過しており、やはり女の子の身支度みじたくは時間がかかるのだろう。ちなみにルナは、先ほど「じゅーすのみたいのー!」とさけんで厨房ちゅうぼうへと飛んで行った。

 ランタンを風呂場に置いてきたので、かべの『カンデラスクロール』で部屋の明かりをともしたところで……


「ん、倉庫が明るい? ――あぁ大地か。えらい長いこと入ってたな? よっ、あつ湯プロ!」


 ちょうど左手の厨房から出てきたヤスと遭遇そうぐうし、長風呂を茶化ちゃかされた。


「いや、ついでに洗濯せんたくもな? にしてもヤッス風呂の洗浄せんじょう力すっげぇな」

「だろぉ~?」


 そこで小さな足音と共に、衝立ついたての向こうから制服姿の夕がランタン片手に現れ……

 

「ごめんね、おまたせぇ――あ」

「「あ」」


 三人の視線が交差した。


「え、まさか、夕ちゃんと……? おいおい大地、すげぇじゃんか!? 見直したぞ!」

「チガウチガウ! 夕が入ってる間、俺が見張ってたんだよ!」

「そそそ、そうです!」

「あ、あーそっか。いやぁびっくりした。うーん、早速実行したのかと思ったのに……ったく見直して損したぜぇ」

「ハハハ」


 まさに実行されたんだけどな? あと損したは流石さすがひどくね?


「んで夕ちゃんも、お風呂楽しめた?」

「はいっ! ほんっと~にもう最高でした!!!」

「おおう!? んまぁそこまで喜んでくれたなら、僕も作った甲斐かいがあったってもんよぉ~」


 ヤスは満足気にそう言って、倉庫の従業員用階段へ向かったのだが……なぜか引き返して来ると、俺のかたうでを回して耳打ちしてきた。


「(おい大地、ちゃんとめてあげろよ?)」

「(ん? ……ああ、分かってるっての。てか余計なお世話だ!)」

「(ハハハ、大地のことだしスルーすんじゃねと思ってな? それなら安心したぜっと!)」


 ヤスは最後に俺の背をパンとたたいてニヤリと笑うと、今度こそ階段を上って去っていった。


「(じぃ~)」


 振り返れば、夕が少しジト目でこちらを見ていた。


「ほんっと仲いいよねぇ」

「そうかぁ?」

「そうよ! もぉ、なんだかけちゃうわぁ~」


 夕は少しだけくちびるとがらせ、プイッと後ろを向いてしまった。まさか野郎やろうとの仲でねられるとは……夕ってば、意外とヤキモチ焼きなのかな? そうだとしたら、うれしくもあり、困ったことでもありだなぁ。

 それでヤスが去り際に言っていたのは、夕の髪型かみがたのことだ。目の前で背を向ける夕を見れば、普段のツーサイドテールではなく、つむじ辺りで大きなお団子を作る髪型にしている。恐らくは湿しめった長髪が服に付かないようにするためで、またこの髪型に結うのに少し時間がかかっていたのだろう。

 その髪型の感想だが……正直メチャクチャ可愛いし、同時に綺麗きれいだとも思う。というのも、普段は隠れた白いうなじと蒼黒そうこくの髪のコントラストが美しく、しっとり瑞々みずみずしい肌に湯上がりで上気したほお、さらに時折ときおり見せる大人びた所作しょさも相まって、十歳児じゅっさいじとは思えないあでやかな魅力みりょくあふれているのだ。先ほどまでこの夕と同じ湯船にかっていたのかと思うと、再度心臓がね上がってしまう。……うーん、それでどう感想を伝えようか。


「と、ところで夕」

「えっ、なぁに?」


 声をかければ夕はギュンと振り返り、小首をかしげてこちらを見上げてくる。そこまで重度の拗ねではなかったようで、もういつも通り――どころか少しワクワクしてない? どゆこと?

 それで切り出したは良いが……女の子をめるって、慣れない俺にはすっげぇ緊張きんちょうするんだが! でもヤスにああ言った手前もあるし、当然スルーする訳にもいかん。男を見せろ大地!


「え、えと……あれだ……その髪型も似合ってて、すごく……かっ、可愛いぞ!」


 ふいぃ、なんとか言えたぞ。面と向かっては恥ずかしすぎて無理なので、横の壁を見つつなのはご容赦ようしゃ


「え………………えええぇ!?」


 勇気を振りしぼって褒めたのに、何故か全力でおどろかれてしまった。――くっ、もしやここは「可愛い」より「綺麗」の方が適切だった……のか? 心はレディだもんな。


「えと、ごめん、叫んじゃって! パパから『可愛い』って言われるなんて、もうほんと嬉しすぎて、動悸どうきバクバクのだいぱにっくに? なっちゃって?」


 夕は顔を真っ赤にさせて、両手をわちゃわちゃ振り回している。……よかった、褒め方に難があった訳ではないらしい。


「はうぅ、こんなのクラクラころんってなっちゃいそうだよぉ」

「またなのか!?」

「んやや、例え! そのくらい嬉しかったってことっ!」


 そこで夕はトトッと目の前に来て、髪を見せつけるようにクルリと回ると、


「ありがと、パパ♪」


 俺を見上げて満面の笑みを向けてきた。


「っ! ……まったく、こんな一言くらいで大げさな」


 色々と褒め言葉を考えたものの、緊張して全然上手く言えなかったのだ。カレン魔王様への賛辞さんじはスイスイ出てきたのになぁ。


「はあぁぁ~」


 すると夕は大きな溜息ためいきき、しょうがないわねぇと言わんばかりに首を振ると、こう続けた。


「あのね? 照れ屋なパパが、こうして頑張って褒めてくれたこと自体が、あたしはいっちばん嬉しいのっ!」

「お、おお?」

「んとね……実はってる時からちょっと期待してたんだぁ」


 ――ああ! ヤスとの仲がどうのは方便で、そっちで拗ねてたのかよぉ……――くっ、女心はムズカシイ!


「でもパパだし、頑張っても『似合ってるぞ』くらいかなぁ~、それでもすっごく嬉しいなぁ~……と思ってたところからのぉ、ビックリ大サービス! こんなのあたしには余裕よゆうでオーバーキルなのっ! きゅんっきゅんなのです!」

「わわ、わかったから!」


 小っ恥ずかしいことを次々とまくし立て、ドヤ顔でふんすと鼻を鳴らす夕だったが……それがフッとやわらかな微笑ほほえみに変わった。

 俺が不思議に思ったところで、夕はスッと背伸せのびをして片手を真上へとばすと、


「うふふ。まだまだにぶちんね、だ・い・ち・くん?」


 大人びた声でそうささやいて、俺の鼻頭を指でチョンとつついてきた。


「んな!? ――ぐ、むぅ……精進しょうじんします」


 普段の夕にもからかわれっぱなしだが、こうして気分がノると現れる大人モード夕さんともなれば、まるで弟あつかいの俺は手も足も出ない。是非ぜひもないね。


「ん~? そこは頑張らなくていいのになぁ~」

「えーと……そのココロは?」

「んふふっ、これならまだまだ安心ねぇ。にっしっし♪」

「???」


 夕は口元にこぶしを当ててそう言うと、楽しげな鼻歌混じりに歩き出す。俺は目の前でゆらゆられるお団子を見つめながら、ゆっくりと首をかしげるのであった。




【394/394(+16)】

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