冒険録62 ヒロインが熱暴走した!

 ヤスお手製ヤッス風呂に入ったヤスをたるごと熱した甲斐かいもあり、安々とヤスを追い出すことに成功した。続いて俺も、キケンな夕’sゆうづ樽からおいとましようと立ち上がったところで、


「じゃ、俺も――っおととと」


 右手を下へ引かれ、ゆっくりと元の膝立ひざだちにもどされてしまった。


「……夕?」

「も、もぉちょっとだけ、一緒いっしょに……はいろ?」

「えーと……うーむ……」

「ね?」


 いつもならやんわりとお断りを入れるところだが……ヤスも「今日のお礼」と言っていたし、ここはお願いを聞いてあげるべきだよな。……決して夕の甘々ボイスにくっしたわけじゃないからな?


「……少しくらいなら?」

「うふっ、ありがと♪」


 勇気の要る選択せんたくだったが、後ろの夕はとてもうれしそうにしてくれているので、これで良かったと思おう。

 そうしてまた、キケンな同樽混浴タイムが到来とうらいすると……


「……」

「……」


 先ほどまではヤスへの対応で気がまぎれていたが、じっとしていると互いを強く意識して何も話せなくなってしまった。ルナは変わらず静かにているので、唯一ゆいいつ発せられる天井からのしずくの音がやけに大きく聞こえる。……うーん、お願いを聞いてあげたは良いが、これで夕は満足してくれるのだろうか。


「……ね、ねぇっ!」

「おお?」


 そこで夕が急に、緊張きんちょうした様子で声をかけてきた。


「そのぉ、パパは今……ドキドキ、してる?」

「ん……それは……」


 当然イエスもイエスに決まっている。ただ、はたから見れば幼女と一緒にお風呂に入っているだけなので、仮に正直に答えると、俺はロリコンですと言っていることに……でも「夕だから」と補足するのも気恥きはずかしいものがある。とは言え完全否定したなら、それはそれでレディな夕さんはねるような……気も? ええい、どっちが正解なんだ!?


「……それは?」

「……」


 俺が返答に困ってだまっていたところ、夕がこちらを向く音がし……


「――ちょぉ!」


 なんと背中にピトッと両手を当ててきた。


「きゅっ、急にどうした!?」


 お嬢さん、おさわりは許可していませんが!? 適切な距離きょりを保ってご入浴ください!


「えとぉ……触ったら心臓の音聞こえるかなぁ、なんて? でも背中じゃわかんないや…………あそうだ――」

「待った待った! 答えるから!」


 この流れからして、うでを前に回して確認する気だよな? そんなことしたら、体勢的に大変なことになるって分かってる? お願いだから落ち着いて欲しいな!


「あーその……ちょ、ちょっとだけ、な?」


 全然全くちょっとどころじゃないんですがね。ペタペタと背中を触られてる今は特にさ。


「ほ、ほんとっ!? そ、そっかぁ、こんな姿でも………………良かったぁ、うふふ♪」


 夕は安心半分の嬉しさ半分と言った雰囲気ふんいきであり、どうやら正解だったようだ。

 それで夕は、幼女の姿では一緒に風呂に入っても俺が平然としているのでは、と心配して聞いてきたのだろうか。幼い姿はさておき、中身がこれほど魅力みりょく的な女の子はいないし、それこそとんだ杞憂きゆう……まぁ、もし姿もお姉さんだったとしたら、それこそとんでもない破壊はかい力だった訳だが。何にせよ、夕の自己評価の低さにはあきれてしまうな。


「あ、えとぉ……もちろんあたしも、だよ?」

「っ!? ――ふ、ふーん?」


 わざわざ報告してくれなくても良いのですが! 聞いたからには自分もと思ったのだろうけど……律儀りちぎ過ぎか!


「パパも……確認、してみる?」

「はあぁぁ!?」


 さらに夕から放たれたとんでも発言に、思わずさけんでしまった。

 夕から俺は、万歩まんぽゆずって可としようか。でも逆は、絶対ダメに決まってんだろ!


「あ、ああ、ご、ごめん! ややや、やっぱなしで! あたし、これ以上は気絶しちゃうかも……」


 夕は少し冷静になってくれたのか、すぐに提案を取り消してくれた。


「ったくよぉ……」


 ヤスが居なくなった途端とたん、いつにも増してグイグイ来やがる。やはりこれは、ヤスのお節介せっかいが効いてやる気ゲージがばく上がりしてしまったのか?


「ぅ……」


 そこで夕はか細い声をらしたと思えば、


「ちょっと夕さん!?」


 今度はかたに頭を乗せてきた。


「…………夕?」


 返事が無い夕を不思議に思い、慎重しんちょうに首を回して声をかけると……夕は俺の肩に頭を乗せたまま、少し苦しそうな声を漏らす。


「もしかして、のぼせた?」

「ん……かもぉ……ふわふわするぅ……」


 思い返せば、夕だけは湯船にかりっぱなしだったし、加えて身体も小さいとなればのぼせるのも早いだろう。……ああそうか、頭が熱暴走ねつぼうそうしたせいで、やたらと積極的になっていたのかもしれないな。


「急いで上がってすずまないと――一人で出れるか?」


 はだかの夕をかかえるなんてハードル高過ぎだが、もし自力が無理そうなほどの状態なら、恥ずかしがっている場合ではない。


「ん、だいじょび……」


 夕は肩から頭をどけると、後ろで樽から無事に出られた様子。


「はぁ、ふぅ……んわわっ!?」


 そこで夕の叫び声とともに、ビタンと床を打つ音がひびいた。


「大丈夫か!」

「あたたた……んぅ~、おしり打っちゃったけどぉ、へいきぃ……」


 そこで安否確認のため、樽のわきに倒れた夕を見ようとし……


「それならよかっ――たあぁぁ!?」


 目に映った光景に絶叫ぜっきょうすることとなった。時間切れのためか倒れた衝撃しょうげきのためか、夕をおおきりが消えてしまっていたのだ。


「【召霧フォグ!】【召霧フォグ!】【召霧フォグ!】」


 俺は即座そくざに目をつむり、大慌おおあわてで霧をけ直す。


「くはっ……」


 夕の胸元へは長いかみが被り、腰より下は樽の死角になっていたので、奇跡きせき的にシークレットスリーポイントは死守されたが……もちろん俺の被害ひがい甚大じんだい! 瑞々みずみずしくも少し赤らんだ肌、張り付く美しい蒼黒そうこくの髪、腹部から腰部へのなめらかなライン、それらがまぶたの裏に上映され続けており……ぬぉぉ、誰か魔法か何かでこの脳内映像を消してくれ!


「……んえ、どしたのぉ?」

「ななな、なんでもないぞっ? ハハハハハ」


 熱で朦朧もうろうとしている夕は、幸いにも霧が消えたことに気付いていなかったらしい。病状も悪化してしまうだろうし、伝えない方が良さそうだ。……そもそも俺にそんな勇気はないがな! 墓まで持っていくぞ!




【370/370(+28)】

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