冒険録57 妖精さんは一緒にお風呂へ入りたいぞ!

「じゃ、僕は軽く仕事の残りを」


 ヤスがヤッス風呂の説明を終え、片手を上げて足早に去って行った。


「――んやぁ~、お風呂があってほんと良かったわぁ」

「風呂、そんなに好きなのか?」

「ん、好きかと言われたら人並みにはね? でもホッとしたのは……初めてパパと一緒いっしょのお布団で寝るのに、お風呂も入れないなんて最悪も最悪で……魔法でも使って綺麗きれいにする方法を考えなきゃと思ってたの」

「お、おう」


 うーん……一緒に寝るんだよなぁ……そうなんだよなぁ。

 そこで夕がモジモジし始めると、


「…………その、さっきはそんなこと考えてる余裕なかったけど………………だいじょぶ……だった?」


 とても言い辛そうにたずねてきたのだが……一体何のことだろうか。


「さっき…………――あっ!」


 俺がたおれて胸元に抱きしめられた時の話かっ!


「えーと…………あれだ、ダイジョウブだった、かな?」


 夕の懸念けねんについてはもちろん大丈夫だが、ヤワラカフワフワイイニオイに包まれた俺の精神的にはちっとも大丈夫ではなかったので、どうしても疑問形になってしまう。


「ううぅ、ごめんね……こんなの女の子失格だよぉ……」


 それで俺が気をつかったと誤解されたのか、夕はしょんぼりとうつむいてしまった。


「ちがっ、そうじゃなくて! その……」

「?」


 くっ……むしろすごく良い匂いで大変でしたなんて……言えるかいっ!


「…………――あ。そ、そっかぁ。よかったぁ……」


 俺が照れて返答に困っている様子を見て、おおよそ察してくれたようだ。


「んぐぅ、でもそれはそれで、うれしはずかし、なんだよぉぉ……うがぁ」

「そう、なん?」


 どちらにしても困るらしい。女心、ムズカシイネ。

 そう思っていたところ、夕は表情を照れからあきれへと変え、


「……もちろんあたしもだよっ?」


 最後にはそう言ってニヤッと笑った。


「え…………ええ!?」


 少しおくれて意味を理解し、激しく動揺どうようしてしまう。ああ、今日は逆パターンも、あったな……くっ。


「にしし♪」


 そうしてまさかのお返しが来てしまい、俺もバッチリと実感させられてしまうのであった。



   ◇◇◇



 俺と夕は着替えを持って来ているので、さっそく入浴タイムとなった。


「んじゃ、とりあえず俺から入っても?」

「あー………………むむぅ、そうよね」


 夕は風呂場内を見回してソワソワした末に、少しくちびるとがらせてそう答える。


「あいや、俺が後でもいいぞ?」


 夕は先に入りたくて不満げにしているのかと思ったが、


「んーん、もちろんパパからどうぞ?」


 返答は意外にもあっさりとしたものだった。


「じゃ、部屋で待ってるね~」

「おう」

「るなもはいるのー!」

「ルナちゃんはママと入ろうね?」

「むー! ――ふやぁ~」


 そこでルナはぷくっとほおふくらませるが、やわらかな夕の両手に優しく包みこまれ、速やかに風呂場から退場させられていった。

 俺は酒場との間の扉が閉まった音を確認し、服をいで左のたなかご仕舞しまい、わき柄杓ひしゃくでかけ湯をする。湯はすでに程よい熱さであり、『ヒートスクロール』での調整は不要のようなので、『クリーンスクロール』への追い魔素だけしておく。


「さてさて、ご自慢じまんのヤッス風呂やいかに……」


 腰上高さほどの樽の縁をまたぎ、期待を込めて湯に全身をひたしていく。すると……


「お……おお……! イイ……イイゾ……」


 温かな湯に包まれて、充足感と共に身体全体が弛緩しかんしていく。思えば今日は、骸骨がいこつ死闘しとうり広げたり十㎞以上も歩いたり、挙げ句には死にかけたりと、随分ずいぶんと身体を酷使こくししたものだ。


「くおぉぉ……きくぅぅぅ」


 そのかたく張った全身の筋肉を湯の中でみほぐせば、じんと心地よいしびれを伝えて、つかれがけて染み出していく。もしや疲労にまで効く魔法なのではと思ってしまうほどの、格別の気持ちよさだ。また、木目のある自然で優しい肌触はだざわりに加えて、木材の芳香ほうこうかすかな酒の残り香が鼻をくすぐり、精神的なやしをも与えてくれる。我が家の人工的なユニットバスでは到底とうてい味わえない、トータルリラクゼーションを享受きょうじゅしている。


「樽風呂……いいもんだな」


 それにこの樽は、スーパー銭湯によくある壺湯つぼゆと形状が近いので、もしお湯をなみなみと張れれば、かたと足を縁にかけて浸かるエレガンス入浴ができそうだ。明日もここにまることになったら、バスマスターヤスに提案してみよう。

 そうして俺がヤッス風呂を満喫まんきつしていたところで……


「――ぱぱー! いっしょにはいるのー!」


 浴室の外からさけび声が聞こえたかと思うと、ルナが入り口の衝立をえて目の前まで飛んできた。扉は閉まっていたはずだが……ああ、バーカウンターから厨房ちゅうぼうを経由すれば扉はないな。意外とかしこい子だ。


「まぁ、別に構わ――ん?」


 樽から腰上まで出したところで、遠くからパタパタと足音が聞こえ……


「こらぁ、ルナちゃん!」


 なんと今度は夕が飛び出してきた!


「後でって言ったでしょ――っっはうぁ!?」

「……よ、よう」


 二mほど前で立ち止まった夕は、俺の上半身を見るなりプシュッと顔を沸騰ふっとうさせ、大慌てで目を両手でおおう。


「ごっ、ごめにゃしゃい!」

「す、すまん……」


 み噛みの上ずり声になってしまった夕が気の毒に思えたので、俺は全く悪くない気もするが、謝りつつ湯船に身体をしずめる。すると夕は指の隙間すきまを少しだけ開き、俺の顔だけが出ていることを確認して手を下ろした。

 その間にも横のルナは、人形サイズのフリフリワンピースと下着をポポイッと床にぎ捨てており、


「やはー!」


 小さな飛沫しぶきを上げて樽の中に飛び込んできた。ルナサイズでは広大なお湯の海へ全力ダイブ……少しうらましいな。


「――ぷはぁっ! ぱぱとおふろー、たーのしーのー!」


 すぐに大の字の仰向あおむけ状態でプカっとかんでくると、両手でパチャパチャ水面をたたいてはしゃいでいる。


「だっ、だめよルナちゃん! 出てきなさい!」


 夕は一歩近付くと、水面に浮かぶルナをたしなめる。


「んえー? なんでー?」

「そ、それは……そのぉ……」


 不思議そうに問いかけるルナに対し、夕は目を泳がせ言葉をまらせる。これはもしかして、混浴を気にしている……?


「銭湯とかじゃ小学生くらいまでは普通に入ってくるし、ルナの好きにさせたらいいんじゃ?」


 妖精さんも同じあつかいで良いのかは分からないが、見た目も中身も五歳かそこらだし、何の問題もないはず。本当の親娘おやこではないが、言ってみれば幼い娘がパパとママのどちらと一緒に入りたいかだけの話だろう。


「そうじゃなくて…………むぅ~、ルナちゃんだけパパと……ズルいもん……ごにょごにょ」


 あ、ルナがどうこうじゃなくて、そういうことですか……んなこと言われましてもねぇ。


「ほえ? ままもはいったらいいのー!」

「「!?」」


 そこでルナの爆弾ばくだん発言が投下され……


「そっ、そうよ! 小学生までオッケーなら、あたしもオッケーだよね!? ねっ!?」


 夕が目をグルグルにさせつつ、その爆弾をキャッチして地面に叩きつけやがった。


「イヤイヤそうはならんて! 銭湯でも高学年は普通に止められるっての!」

「ここは異世界だもん、ルールなんてないわっ! だから、いっ、いいのよ!」

「ちっともよくねぇよ!!!」


 中身がお姉さんなのが一番問題だってのに……仮に夕の身体がルナくらいまで若返ったとしても、ダメゼッタイ。そもそも、夕だって顔がで上がりそうなほどずかしがってるくせによ!?


「――ってぇおい待て!」


 脱衣所だついじょもないので、なんと夕はその場でくつとタイツを脱ぎ始めた。俺は暴走した夕の蛮行ばんこうを止めるべく、大慌てで樽から出ようとし……ダメだっ、俺マッパだった! くっ、どうしたら……!?




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