冒険録56 そうそれは……加熱自浄式洗濯樽風呂!

 俺と夕の着替きがえを調達できたところで、ヤスから風呂の使い方を説明してもらうために、みなで階下の風呂場へ向かうこととなった。

 L字階段を降り、その下部に位置するとびらから酒場の奥へと入り、ランプ片手に進むヤスの後に続く。その部屋にはたなつぼなどが所狭ところせましと並べられており、恐らくは店の倉庫だろうか。また、酒場との間以外には扉が無いため、右手の入り口には厨房ちゅうぼうが、目の前の入り口には連なった二つの部屋が見える。


わしはこっちナ」


 そこでバコスさんは右の厨房へと向かった。パン造りはとても手間がかかるらしいので、前夜に仕込しこみでもあるのだろう。明日のパン、楽しみにしてます。

 ヤスに続いて奥へ進むと、次も倉庫らしき部屋であり、加えて左側に小さな階段が設けられていた。位置からすると、バコスさんの居室へとつながっていそうだ。

 さらに奥の部屋――酒場から数えて三つ目の部屋に入ると、すぐ目の前に木製の衝立ついたてが設けられていた。つまりここが風呂場で、扉が無いため目隠めかくしにしているのだろう。


「ほい到着。一般客は店の外から入るけど、大地らは今みたいに中通ってくれていいぞ」

「あいよ」


 そこでヤスは首から下げた魔晶石ましょうせきつかみ、入り口わきかべに貼られた十㎝×二十㎝ほどのスクロールに接触せっしょくさせる。すると、風呂場の壁にえ付けられたランプに一斉いっせいに火がともり、室内を明るく照らしだした。


「わぁっ! さっき部屋でも見せてもらったけど、やっぱり魔法って便利ねぇ~」

「んだなぁ」

「ハハ。この世界じゃ『カンデラスクロール』はありふれてるけどね?」


 その壁のカンデラスクロールには、あらかじめ部屋のランプへ魔法のパスが通された二つの魔法陣まほうじんがセットで描かれており、今ヤスがれた『イグニ』の魔法陣で点灯てんとう、もう片方の『ブロウ』で消灯できる。現代の電灯のスイッチに近い仕組みと使用感であり、科学力は現代日本に遠くおよばないものの、こうして魔法を足すことで近い便利さを得ている訳だ。

 

「ちなみに『イルミナスクロール』なら、ランプ無しでも明るくできるぞ。でも――」

「魔素の消費が激しい、ですね?」

「えっ……よく分かったね?」


 説明の最後を言われてしまったヤスは、目を丸くして夕を見つめる。


「この世界の魔法って、何でもアリじゃなくて、独自の法則にしばられてますよね? 例えば、効力は願いの力や魔素の量に依存いぞんしますし、水を作った時みたいに無から物質を生み出すのは難しい――んにゃ、あれは生み出したんじゃなくて、原子や素粒子そりゅうしレベルで物質の変換へんかんが行われてたのかも……? ――っこほん。どっちにしても、魔素で光を生み出し続けるのも消費が激しいだろうなぁって?」


 なるほど、夕は魔法を物理法則の延長とみなして、仕組みを理解しようとしてるんだな。この幼女学者先生にかかれば、ファンタジーもSFになっちまうかもなぁ……ほんと、さす夕。


「だからこのカンデラスクロールを考案した人は、万能だけどコスパが悪い魔法を手間がかかるスイッチだけに使い、光源自体は他の燃料資源で代替だいたいすることで、上手く省エネしようと考えたんでしょうね」

「ほへぇ……」


 先輩せんぱい異世界人のヤスは、逆に受けた解説にポカンと口を開けている……ほんと、サッス。


「消費は少ないって言っても、魔晶石がなかったらどうしようもないよな?」

「んー、うちはサービスで極小の魔晶石を横にぶら下げてるけど、空になってたら無理で……僕がマスターにしかられる! ――とは言っても、自分のなら住民札でもいけるぞ?」

「ああ、そうか」


 住民札の本体は大きな魔晶石で、魔素がチャージされているのだから、同じように使えるはずだ。なるほど、住民札は強制魔素徴収機ちょうしゅうきや身分証なだけでなく、魔法文明が発達した街で便利に暮らすための必須ひっすアイテムでもあったんだな。


「ま、立ち話はこんくらいにして、たる風呂!」


 ヤスの催促さいそくを受けて衝立を横から通り抜け、はば四mの奥行き六mほどの部屋の中を進めば、コツコツと石床のかたい音がひびく。部屋を見渡せば、中央右には壁に沿って石の水槽すいそうすみには銭湯にあるような衣類だなかご、そして奥の扉の前にはうわさの大樽が二つ置かれていた。


「どうよ、僕のお手製樽風呂はっ!」


 ヤスが大樽に両手を向けてそう告げると、夕からは再度の拍手が上がる。その木製の大樽は高さ一mの直径八十㎝ほどもあり、中には七割ほどお湯が入っていた。だが、下から火で沸かせるような構造にはなっておらず、かと言って厨房から運んでくるには大変過ぎる量に思える。


「これ、どうやって温めてるんだ?」

「ん、この『ヒートスクロール』でいけるぞ」


 ヤスはそう言って、樽の側面にはらられた十㎝角ほどの羊皮紙を指差す。そこには魔法陣が一つ描かれており、紙面の隅には「熱」と雑にメモ書きされていた。


「魔晶石を当ててる間は加熱できるから、入るとき適当に調節してな」


 ヤスは隣にひもられたサービス魔晶石を指してそう言った。


「へぇ……で、こっちは?」


 隅に「じょう」と書かれたスクロールが隣に貼られており、魔法陣がわずかに青く光っているように見える。


「『クリーンスクロール』だね。中の水を綺麗きれいにしてくれるから、魔素入れて貼っといたら基本的に水換みずかえが要らない。人が入るから気分的にはアレだけど、飲んでも全然平気なレベル」

「ええと、つまりこの二枚で湯沸ゆわかし器と浄水じょうすい器になるんですね?」

「だね。――んでもそれだけじゃないぜぇ? 魔素をブーストすれば、かるだけで身体の汚れを分解してくれるし、洗濯物せんたくもの放り込めばキレイになる!」

「おおお、そりゃ便利だなぁ」「すごいです!」

「だろぉ? まだ新しい商品だし結構なお値段するけど、これはイケルと思って奮発ふんぱつして買ってきたんだ」


 まさかの洗濯機にもなり、さらに身体の洗浄もできるとなれば、もはやハイテク多機能風呂……これは現代日本技術でも再現は難しいだろう。これほど便利な魔法グッズを見せられると、本当にファンタジー世界に来たのだと実感して、なんだかワクワクしてくるなぁ。


「それで実は、『ヤッス風呂』って名付けたんだけど……誰もそう呼んでくれないのが悲しい!」

「そりゃなぁ」「あはは……」「やすぶろー!」


 せっかくの素晴らしいハイテク風呂なのに、そんな格安風呂みたいな名前を付けられるとは、何とも気の毒なことだ。




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